Episode 19「新たな旅の始まり」
作者の諸々の事情で予定よりかなり遅れましたが、ようやく第二章が始まります。
キャルム砦の件を乗り越えたライゴ。
そんな彼に次々と襲い来る試練を、彼は如何にして乗り越えるのか。
「鬼天田」と呼ばれた武人の異世界戦記第二章、始動。
「だりぃ……」
ボソリと呟いては深く、重いため息を吐く。
俺が異世界・カンフラントに飛ばされてから、早いもので半月程が経過した。
しかし帰るどころか、帰るための手がかりすら一つも得られていない状況にある。そもそも、そのための行動に出るような余裕もなかったのだ。
異世界に飛ばされて早々の戦場送り。
聖都を出る二日前に見えた、砦を襲う悲劇の幻覚。
休む暇なく作業をしても、中々修復されない外壁。日を追う毎に大きくなっていく不安。
そして遂に砦にまで迫った、精強な敵軍との戦い。
……あまりにも濃過ぎる半月間だった。
この半月で、俺は様々な物事を見聞きし、知った。
ソルディアに属素、魔物に征魔術といった、カンフラント特有の物質や現象を挙げるだけでもこんなにあるのである。
一方で当然ながら、今一つピンと来ないものやあまりよく分かっていないものも存在する。
その一つが、「予知」だ。
遺跡を探検していた少年とそのお供の小動物がドラゴンに襲われ、助けもなく喰われる。
これは、キャルム砦の一件を乗り越えた後、テルの護衛としてセラムという街に向かう途上で見た「予知」である。
俺自身も、この「予知」の事はあまりよく分からない。
何の前兆もなく、頭に鈍器で殴られたかのような激痛が走り、それから程なくして目眩や視界不良、聴力の一時的な喪失、意識の混濁といった現象が起こる。
その後時折だが、何処かで誰かが殺されたり死んだりする、目も当てられない謎の幻覚が僅かな間、見えるのだ。
その際の頭痛を体調不良の時の頭痛と分けるためそれを「例の頭痛」と呼び、幻覚の方はこれから先に起こり得る事とも解釈できるため「予知」と、俺は勝手に呼んでいる。
「例の頭痛」の方は葦原にいた時──それも幼少期から偶に起こっていたが、「予知」の方はカンフラントに飛ばされて以降見られるようになったものだ。
それ以外、「例の頭痛」や「予知」については何一つ分からない。
何故起こるのか、どの頃合いで起こるのか、治す方法はあるのか、といった事は現時点では不明だ──
──────────────────
「おーいライゴ、目の下にすっごいクマできてるけど……大丈夫?」
「大丈夫な訳あるかよ……こちとら聖都を出て以来、ロクに睡眠を取れてねーんだ。まだセラムには着かねーのか……」
「そのうちサゴート街道に入るから、セラムまではそう遠くはないよ。この辺りからだとざっと三時間、日が暮れる頃には着く筈だよ」
「日没時……マジで言ってんのか?」
「伊達にセラムとベルフキスを何度も往復してる訳じゃないからね!ボクを舐めないでよライゴ」
馬を走らせる中、自信満々にそう口にする少年。
紅蓮に跨っている俺の前に座っている彼が、昨夜見た「予知」に出てきた少年である。
彼の名はファマロンド=カリアスと言い、周囲からはマロンという愛称で呼ばれているらしい。
本人曰く「世界を股にかける大冒険家」というものになるのが夢らしく、その資金を貯めるために運送を司るギルド──組合に参加しては、十二歳の若さで配達員としてセラム周辺を日々回っているという。
昨日、彼が狼の群れに追いかけられていたのは仕事からの帰路の途中、運悪く遭遇してしまったからなのだとか。
それを成り行きで助けたため、俺とテルはこの少年も連れてセラムへと向かっていた。
「……へいへい。そうだマロン、何か面白い話をしてくれよ」
「え⁉︎話せる事なんて殆どが失敗談だよ⁉︎というか、ボクより年上のライゴやテルの方が色々話せると思うけど!」
「いやいや、そんな事ねーよ。俺の話なんて微塵も面白くねーしな」
俺の過去の話をしようものなら、あまりの辛さに話が盛り上がるどころか、その場の空気が重くなるのは間違いなしだ。
しかも、それを出会ってさほど経っていないような相手に言いたくない。
「えぇ〜、じゃあテルは?何かないの?」
俺とマロンの隣で馬を並走させていたテルは、少し考え込んでから口にする。
「何か……ねぇ。あたしの口から出るのはソルディアと征魔術の話ばかりだけど、それでも良いなら話してあげるわよー?」
「やっぱなしで」
即答。
……少しくらい躊躇してやれよ。
「なら、マロンの話一択だな」
「そうねー」
「嘘でしょ⁉︎ムリだよムリ!」
マズい、と思ったのかマロンは大慌てで必死になって拒否するが、テルはそれを聞き入れる事なく。
「何が無理よ、人の話を聞くのを拒否しておきながら。あたしの話を即座に拒否ったからには、あんたにはうんと面白い話をして貰わないとねー」
そう口にしては、何処か冷めた目でマロンの方にその視線を向けた。
面白くなさそうだから聞きたくないと言わんばかりに真っ先に拒否された事に対して、根に持ちやがったぞこいつ。
「……わ、分かったよ!話せばいいんでしょ⁉︎じゃあ話すよ!」
テルの圧に負け、あっさりと折れたマロン。
年下、それも子供に対して容赦なく圧を掛けるテルに大人気ないと言いたくなる一方、粘る事もなくそれに屈したマロンもそれで良いのかと問わずにはいられない。
とはいえ、それをうっかり口にすれば俺に火の粉が掛かるのは明白だ。
黙っておくか。
──────────────────
そうしてマロンの数多くの失敗談が語るに語り尽くされ、セラムに到着した頃に日は落ち、淡く光る月が虚空へと浮かびつつあった。
「到着……っと。ライゴ、今からどうする?」
馬から降りて早々、今後の行動をテルが問うてくる。
「そうだな。まずは寝床の確保をしなきゃなんねーんだよな……」
なんとか街に着いたのは良し。だが、そこからどうするかをまともに決めてなかった以上、どう動くかで悩む羽目になる。
どうしたものか。
それに、身体がもう限界だ。少しでも気を抜いたらバタンと倒れそうな程に。
保ち堪えろ、保ち堪えろと自分に言い聞かせて何とか今に至っているが、流石に休まないともう駄目だ。
「確かにそうねー……。元帥の所に行くのは明日でいっか。今は休みたいし、時間的に行ったところで門前払いされるでしょうし」
「だな。あの件の問題もあるしな……」
「あの件?」
「あー、こっちの話だ気にすんな。……かと言って、マロンの家に泊まるとなると親御さんとか迷惑じゃねーか?」
俺が何気なくそんな事を問うと。
「あ、ウチ民宿やってるから部屋は提供できるよ!馬舎もあるから馬も泊めれるし!一応、商売だからお金は取るけど……」
「「マジで?」」
初耳の情報に、思わず二人揃ってマロンに言い返す。
「うん。ただ、ライゴはともかくテルは軍の人だから、そこをどうするかなんだよね。母ちゃん、受け入れてくれるかなぁ……」
「問題はそこよねー。ま、セラムに来たのはあくまでも元帥への報告のためだけ。それさえ終わればあたしは自由。それ以前に仕事に支障が出ない程度に好きに動いて良い、って言われてるから懸念する事はないわよー。あとは民宿次第。それにあと数日は『一個人』としてあたしもライゴもこの街に留まるつもりだから、最初からガキンチョの所の民宿に泊まっていれば手間は省ける。それに民宿にも泊まった分だけ金は入るから、結果的に両方とも得する訳。どう?」
テルの意見に、俺もマロンも文句なしに納得する。
「じゃあそうしよう!ここから家まで結構近いから、決めたからにはさっさと行こうよ!」
「だな。……なぁテル、あの件はどう防ぐ?」
マロンが民宿のある方向に走っていく中、俺は目線だけをテルの方に向けて訊く。
「うーん……そういやあいつ、冒険家だの遺跡探索が趣味だの言ってたわね。近いうちに遺跡に行くだろうから、適当に理由をつけて護衛としてついて行けばいいでしょ」
「これまた杜撰だな……」
「変に疑われても面倒でしょー?昨夜あんたが寝た後にあいつから聞いた話とか、さっきまでのお間抜けな失敗談とかを聞いてて思ったけど、あのガキンチョ、一見馬鹿に見えるけど案外そうじゃないわよ」
「……確かにそれは言えるな。移動途中で出会した蜂の群れに長時間追いかけられただの、足を踏み外して谷底に落ちかけただのと言ってたが、話を聞く限り冒険に行く前とかはしっかり準備してるみたいだし、地図を見ずとも大体の距離や移動に掛かる時間もほぼ正確に当てやがった。失敗談の件の前、日没時には着く、とあいつは言ってたが……見事に当てているしな」
……だが、そうとなると気になる点が一つ。
周到に準備し、街から街への距離や移動に掛かる時間をほぼ正確に当てるような奴が、何故悉く失敗を繰り返すのか。
運がない、と言えばそれまでだが、どうも引っかかる。
「おーいライゴ!テル!置いてくよー!」
マロンの呼ぶ声で、意識が頭の中から目の前まで戻ってくる。
「へいへい……考えるのは後でいいか」
「そうねー。腹は減ったし疲れも溜まってるし、今は後回しにしておきなさい」
「ああ。じゃ、行くか」
──────────────────
宿に入った俺とテルは、マロンの母親でもある宿屋の女主人──女将さんとでも呼ぼうか、その人の案内で泊まる部屋に向かっていた。
「男女のお客だから分けた方が良いかとは思ったんだけど、生憎にも二つある一人部屋が二つとも埋まっててねぇ。……すまないけど、相部屋でいいかい?」
「寝る所さえあればあたしは平気よー。ライゴ、あんたは?」
「俺も問題ねーぞ。今は風呂入って飯食って寝たい」
テルとそんな軽口を叩き合っていると、女将さんは男のように闊達に笑い。
「いやー、もう本当におばちゃんびっくりしたよ。息子が帰ってきたと思ったら、軍のお偉いさんと変わった風貌の異国の人を連れてきて。天変地異でも起こるんじゃないかと思ったね」
「あー……なんか申し訳ない」
女将さんはいやいや、気にする事ないさと口にして。
「数年前から国境の方で断続的に小競り合いが起こって人の行き来が減ってるから、客も以前より少なくてねぇ……。経営難に陥りつつあるから、お客が一人でも来てくれるってのは本当にありがたいのさ。それがたとえ軍の人だろうと異国の人だろうとね。さ、ここがお二人の部屋さ」
そうこうしているうちに部屋に到着したようだ。
扉を開けると、そこには八畳程の空間が広がっていた。
「悪くないわねー。あー、疲れた……」
テルは部屋に入って早々に、入口側の寝床へ顔を突っ伏した。
「トイレはそこのドアの奥にあるよ。食事を摂るなら、一階の食堂に来て頂戴。おばちゃんが精一杯作るからさ。それじゃ、ごゆっくり」
「ありがとな、女将さん」
女将さんが部屋から立ち去って一階の方に降りていくのと同時に、俺も部屋に入る。
部屋に入って真っ先にテルに押し付けられた荷物の入った袋や、腰につけていた装備の数々を机の上に置いていく。
彼女が布団に顔を埋める中、荷物を置き終わった俺は、寝床へと腰を掛けた。
「クッソ疲れた……風呂入りてぇ」
これまた深いため息が出てくる。
「風呂……大衆浴場に行くなら明日の朝にしなさい。あんたのいた国がどうかは知らないけど、この一帯では風呂は朝に入るもんだし、それに夜に外出るのはマジで危ないわよー。魔物はいないけど、チンピラどもはいるからねー」
「嘘だろ」
「いや本当よ。……あんた、まさかこっち来てから風呂入ってない?」
「いやいや、聖都で無宿人の収容施設にいた頃は毎日入ってたぞ?……あれ?よくよく思い出したら風呂入ってるのはいずれも朝だな……」
ふと思えば、風呂──大衆浴場に行っているのは全て朝だった気がする。
あの時は全然気づかなかったが、まさかカンフラントでは夜ではなく朝に入浴するとは考えもしなかった。
と、いう事は。
「かなり汚れてるから気持ちは分かるけど、外出て暫く歩いてまた戻って来る程の気力も残ってないでしょ?」
「まぁな……」
「なら、風呂行くのは明日にしなさい。とりあえず飯食ってさっさと寝る。で、明日大衆浴場に行って汗を流す。それでオーケー?」
風呂に入るのはひとまずお預け、って訳だ。
「分かったよ、ったく……じゃあ飯行くか」
──────────────────
そして、暫し後。
遅めの夕食を摂った俺とテルは、部屋に戻り今にも眠りにつこうとしていた。
「……飯美味かったな。久々にまともな食事をした気がする」
昨日まで三日間断食していたし、それ以前に食っていた固形食は食事かというと疑問符が付くし、聖都の施設の飯は不味すぎて(流し込んで何とか食ったものの)正直に言うとまともに食えたものではなかった。
崖から落ちてこの世界に飛ばされたあの日の昼、真希や政親、爺ちゃん、あとは妾の女と一緒に食事したのが最後のまともな食事だった気がする。
と言うか、これでよく今まで体調を崩さなかったな俺。
「確かにねー。お陰で満腹だから、あたしは寝るわ。おやすみー」
黒い長革靴を脱ぎ捨てたテルは、寝床に顔を埋め間もなく寝息を立てて眠りについてしまった。
「寝るの早いなこいつ。さて、腹一杯食ったし俺も寝るか………っつ⁉︎」
突如、鈍器で殴られたかのような強い衝撃が頭の中を走る。
また、か……!
「があぁっ!ぐっ、頭が………………‼︎」
激しい痛みに、言葉がまともに出なくなる。焦りが増し、冷や汗が出てくる。
目眩もしてきた。耳もだんだん遠くなる。
蹌踉ながらも寝床に辿り着き、草履を脱いで一度横になるも、痛みは止まない。それどころか、痛みは一層増してくる。
「っ……!」
痛みに悶え苦しむ中、頭痛が起きた際に時折聞こえてくる幻聴が、頭の中に響き渡ってきた。
(器よ。よく聞け……忠告だ………)
声が響くと共に痛みが激しくなる。それも、頭の中に何かが悪いものが入り込んだのかの如く。
最後に幻聴を聞いたのは、半年以上前だったか。
「くそっ……またか……っ」
(貴様の元に…………が………いる。……は……を狙っている。くれぐれも……せよ)
忠告?狙っている?くれぐれも?
何を言ってるんだ、この幻聴は。
「うっせぇっ……今は……てめぇに構ってる暇なんてねーんだよ……!」
(……仕方あるまい。今急いだとてどうにかなる訳でもない、また後に送るとしよう──)
幻聴はそこで途絶え、徐々に痛みも薄れてくる。
例の頭痛や「予知」も未だに慣れないが、この幻聴はそれらよりも慣れない。
全く、何の嫌がらせだよクソ野郎。
「ハァ……ハァ……くそっ、良い医者に出会ったら訊いてみるか……」
息を切らし、腹立たしさみたいなものを覚える中、俺は目を閉じて眠っていった。




