第一章終幕「束の間の安息」
キャルム砦を出た日の、夕方。
日が暮れつつある中、俺とテルは移動の足を止め野営を始めていた。
「あー、やっとであの砦から解放されたわー。一件落着ねー」
天幕を張り終えた後、一息ついたテルはふーっ、とそれまで溜め込んでいた息を吐き出した。
「一件落着、ねぇ……」
「何よ、まだ何かあるって言うの?」
「違げーよ。俺からしたら一件落着もクソもねーんだよ。音信に帰るまで、俺の身に起こった事件は続いたままなんだからな」
あの時、あの場所で忽然と姿を消したであろう俺は死んだ事にされたのか、行方知れずの扱いにされたのか分からない。
だが、いずれにせよこうやって生きている以上は、何としてでもあちらに帰らなければならない。
……俺の帰りを待ってる奴が、少なからずいるのだから。
「なるほどねー。……ま、精々頑張りなさい」
「おいおい、助けてくれねーのかよ」
突き離すような彼女の言葉についついそう返すと。
「どうしようもないでしょ。その辺りの話はあたしの専門外だし、そもそもあんたのいた国についてあまり知らないからねー」
確かにその通りなんだが。……クソッ、何も言い返せない。
「ま、今はそんな事を考えずに束の間の休息を満喫しなさい。ほら、固形食と水」
「……どうも。久々の飯だな」
彼女がそう言って差し出してきた固形食の入った袋と水入り瓶を受け取り、袋から固形食を一つ取り出しては口に入れる。
相変わらず固形食は不味かった。
「そういや断食三日食らってたんだっけ」
「ああ。……今思ったが、空腹に疲労、睡眠不足、加えて防具なしでよくあんなのに勝てたな俺」
固形食を口の中で細かく噛み砕き、飲み込んでは瓶の中の水を口に含んでいく。
我ながら、よくやったもんだよマジで。誰か褒めてくれ。
「本当そうよねー……。ま、それはともかく。あたしが見張りしてるから、お疲れのあんたは暫く寝てていいわよー」
「ああ。それじゃあお言葉に甘え……──っ⁉︎」
言葉の途中で強い衝撃が頭の中に走ると共に、無意識のうちに額を右手で覆う。
それが何であるかを悟ったと同時に、頭が痛みに耐え切れず身体は地面へと倒れ込んだ。
「ライゴっ⁉︎」
「……また、だ……頭が……っ!」
「……!」
身体は動かない。声も掠れる。目眩と共に、視界が有耶無耶になっていく。
砦の件についてはもう解決した筈だぞ──
次の瞬間、あの時見えた無残な光景とはまた別の、訳の分からない光景が流れ込んできた。
◇◇◇
薄暗い、建造物らしき場所。
その中で、蛇の尾や魚の鱗、蝙蝠のような飛膜の翼を持つ奇妙な大型の怪物が咆哮を上げる。
その怪物に目をつけられたのか、十二、三歳そこらの焦茶色の髪と琥珀色の瞳を持つ少年と、嘴をもつ小さな小動物が追い掛けられていた。
一人と一匹は、追ってくる大きな生物から死に物狂いで建造物の中を逃げ惑うが、かなりの速さで獲物を執拗に追うそれからは逃げ切れず、遂には退路を絶たれてしまう。
小動物の方は丸飲みにされ、一方の少年は追い詰められるあまり涙を流しては泣き喚き、恐怖で身体を震わせるだけ。武器もないのか、ロクな抵抗もできない。
そして少年は、怪物に身体を無残にも喰い千切られ──
◇◇◇
「「……っ!」」
遠退きかけた意識が戻ってくると同時にカッ、と目を見開く。
あまりの悲惨さに目も当てられないその光景に、俺は言うまでもなく、俺を通してその光景を見たと思われるテルも動揺を隠せずにいた。
「…………」
ただただ、言葉を失う。
キャルム砦の件の幻覚──予知、とでも言おうか。あの時の予知もかなり悲惨なものだったが、これはこれで酷い。
あの予知で犠牲になっていたのが帝国軍の将兵や騎士団の面々、エロスら聖都から徴兵された連中といったのに対し、この予知で犠牲になっていたのは、十二、三歳程の少年とそのお供と思われる小動物。
少年が誰の助けも得られず呆気なく命を散らした事が、俺の中で事の悲惨さを大きくしていた。
「……目も当てられない光景、だったな」
「そうね……。遺跡らしき場所で、大型のドラゴンにガキンチョとマリモ族の子供が追っかけられて無残に喰われる。この光景を、あんたはどう見る?」
ドラゴン……か。
かつて、天田家へ取引しに来る南蛮商人からそんな単語を聞いた事があったが、あの奇妙な怪物がそれなのか。
マリモ族とやらが何かはさっぱり分からないが、先程見えた光景から察するに、恐らく少年と一緒にドラゴンから逃げていた小動物の事だろう。
「砦の件と同様、これから起こり得る未来の事じゃないか?杞憂で済んだら良いんだが……」
どうも心の奥でモヤモヤする。
この流れだと、また何か面倒事が舞い込んでくるような気がするぞ。
「なるほどねー……ま、今は考えたってどうしようもないわ。情報が少な過ぎる。とにかく、さっさとあんたは寝て疲れを少しでも──」
テルがそこまで口にし、俺に寝るよう促したその時。
「うわぁぁあーーーっ!そこ、そこの人ー!助けてぇーっ‼︎」
何処からか、騒々しく幼い声が遠くから徐々に聞こえてくる。
今度は何なんだ──
「‼︎」
声の方に振り向くと、ついさっきの予知で見た、焦茶色の髪と琥珀色の瞳を持つ少年が、狼の群れに追いかけられながら必死にこちらへと走って来ていた。
「う、嘘でしょー……これから何かあるのが確定したじゃない」
「諦めろテル。これも何かの因縁だ。とにかく助けるぞ」
「ったく、しょうがないわね……」
諦めるようにため息を吐いたテルは、こちらへと走って来る少年の方に身体を向けて詠唱を始め。
「……燃えよ紅炎、柱と成りて悪しき存在を焼き尽くせ!『ラーヴァランス』!」
展開した魔法陣から瞬時に高火力の火柱を放っては、獲物に向けてまっしぐらだった狼達を悉く燃やし尽くした。
それから間もなくして、必死にこちらへ走って来ていた少年は俺達の目の前で倒れ込み。
「た、助かった〜〜……。何処の誰かは知らないけど、助かったよ……ありがとう」
息を切らしながら、安堵の声を上げた。
「命拾いしたわねガキンチョ。あと少し遅ければ、今はそこで燃えカスになってるあの狼達に喰われてたわよー。つか、ロクに武器も持たず、かと言って護衛も連れずによくこんな所をうろちょろとしてたわね。あんた馬鹿?」
「あはは……」
ご尤も、と言わんばかりに少年は苦笑いし。
「あれ、その服、もしかしなくても帝国軍の服……だよね」
一瞬にして、その顔を青褪めさせる。彼の頭の中が真っ白になっているのは、表情からして明らかだった。
「そうよー。ま、それはともかくもう日も暮れてきたし、ガキンチョ、あんたも動かない方が良いわ。ウチの傭兵と一緒に休んでなさい」
「え、えーっと……念のため訊くけど、お二人は何処に向かってるの?まさか、戦場じゃないよね?」
あからさまに不安な顔で訊いてきた少年の問いに対し、テルは気怠げそうにしながらその答えを返す。
「砦からセラムに向かう途中よー。別にこの一帯が戦場になったりはしないから、安心しなさい」
「そうなんだ。ボクもセラムに行く……というか、帰る途中だったんだ」
帰る、って事はこの少年はセラムの出身なのか。
何をしに街から出ていたかは俺の知った事じゃないが。
「なら、セラムまで一緒に行く?護衛くらいはしてあげるけど」
少年は「えっ」と口にして驚きを見せてすぐ、どうしようと唸っては悩む様子を見せ、少し時間を要した後にその結論を出した。
「じゃ、じゃあ頼んでいい?お金とかは要る?」
「別に要らないわよ。ガキから金を巻き上げる程、あたし金銭欲ないし」
そういう問題じゃないと思うが、まぁいいか。
「おーいテル、悪いが先に寝させて貰うぞー」
一度大きなあくびをした俺は、二人の会話から離れ天幕の中に入ってはテルに寝る旨を伝える。
「はいはーい。深夜に見張り交代のために叩き起こすから、それまで寝といて良いわよー」
「へーい。じゃあおやすみー」
「おやすみー」
叩き起こされるのか、と内心でため息を吐きながら、俺は束の間の眠りに就いたのだった。
そう遠くないうちに、立て続けに襲い来る困難の数々に立ち向かう事になるとは思わずに──
第一章、これにて完結です。
予期せぬ異世界転移をして早々に戦場送りにされ、
漠然とした不安と戦い続け、幾つものアクシデントに見舞われながらも、キャルム砦の危機を回避する事に成功したライゴ。
次なる試練を、彼は如何にして乗り越えていくのか。
第二章、乞うご期待。




