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因縁のカンフラント 〜鬼天田の異世界戦記〜  作者: 志尚元嗣
第一章 異界に飛ばされ候
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第一章幕間・其の二「戦乙女の追憶」

 ライゴやテルが砦を出た頃、北の方に撤退していた「戦乙女」ことマリア=インセンス将校と、彼女の副官のやりとりです。


 名も無き異国人に敗北を喫した彼女は、毒舌の副官に何を語るのか──。



 ──二、三年振りに、人に()けた。


 敗けたのは、他ならぬ私の失態だ。

 しかも、敗けた相手は帝国軍の将校でも、(せい)魔術(まじゅつ)()でも、はたまた聖都のサメリア教団の組織した騎士団の人間でもない。

 黒髪赤目の、よく分からない立場の異国人に、だ。



 ソエス橋を経由し、キャルム砦に攻め込もうとした、あの時。

 私の部隊が少数の帝国軍と衝突する中、私は自ら帝国軍を指揮するテル=ブランチディカを討ち取ろうと試みた。

 彼女は名が知られている将校とはいえ護衛は少なく、征魔術士が故に接近戦に持ち込んでしまえば、圧倒的に弱くなる。

 そんな相手をさっさと討ってしまえば、指揮官を失った帝国軍は混乱する。それによって味方の士気は上がり、砦の攻略も少しは楽になるだろうと踏んだのだ。


 だが、私の考えはひどく甘かった。

 彼がいた事でその考えは悉く覆され、挙句の果てには敗北を喫してしまった──




──────────────────




「はぁ……」


 撤退の途上、馬上で思わずため息を吐く。


「『はぁ……』はこっちの台詞ですよ将校!毎度毎度後先考えずに特攻して!」


 すると、私の副官・ヨゼフ=マドグラスが、低い声で容赦なく言い放ってきた。

 これは確実に怒っている声だ。


「ははは……すまない」


「すまない、どころの話ではありません!いつもならまだ許しますが、今回ばかりは謝罪の一言では済まないんですよ⁉︎たった二百人そこらの帝国軍に苦戦させられて負傷者や戦死者が続出、聖都の騎士団も合流して押し返されて帝国軍の挟撃に晒されかけた上、総大将の貴女が名もない異国人風情に敗北を喫して負傷したんです!キャルム砦の攻略どころかその前にボロ負けしてこうやって撤退している事、本陣のアイグル中将やトスマルガ少将にどう説明するんですか!キャルム砦攻略用に開発した、新型の攻城車も使わず終いですし!」


「う……ぐうの音も出ないよ」


 毒舌で率直な副官の怒りに、耳が痛くなる。


「けど、一つだけ異論を唱えさせてくれ。『彼』は君が異国人風情、と片づけられるような人じゃないんだ」


「と、言いますと……?」


「彼は──アマダ殿は、私がこれまで戦ってきた者とは比にならないくらい強く、そして恐ろしかったんだ」


 そう口にしては、あの一騎討ちの事を思い返す。




 ──あの時。

 テル=ブランチディカを逃し、私の前に立ちはだかった彼は、余裕を感じさせる程の平然な表情で名乗りを上げた。


『遠からん者は音に聞け、近くば寄りて目にも見よ。我こそは、葦原(あしはら)の朝廷に千五百年続きし天田公爵の血を引く者、下州(かしゅう)那賀(なが)(もと)天田(あまだ)慎鷲郎(しんじゅろう)雷忠(らいただ)なり』


……と。

 葦原とかいう異国の事については殆ど知らなかったため、彼がどういう人物であるかはよく分からなかったが、彼がとてつもない強者である事だけは肌で感じた。


 平然な表情のまま発せられる気迫に、「戦乙女(ヴァリキュリー)」と呼ばれる相手に対しても物怖じせずに受け答えする余裕。

 そして彼の身体から滲み出る、強者の風格。


 決して怖気ついた訳ではない。

 だが、いつものようにほんの僅かな時間で勝利を掴む事はできなかった。

 それどころか戦闘は長期化し、疲弊していくばかり。

 彼の使う剣を弾き飛ばすなど、一時は優勢に持ち込んだが、奥の手としてソルディアを使っても決定打を与える事はできず、遂に反撃の一閃を諸に受けて敗北した。


 一閃を諸に受けた際に、彼の紅く鋭い目が据わっている事に気づきながら──




「……いつもならあっさり倒せるんだが、決定打を与えるどころか武器を打ちつけあってばかり。結果、私は彼の左頬に切り傷をつけるくらいしかできなかった。このソルディアの恩恵による冷気で動きを封じ、彼の懐を狙うまで至ったにも関わらず。それどころか、返り討ちにされて吹き飛ばされたよ。君があの時馬を飛ばして来てくれなかったら、今頃私は首と胴体を切り離されて晒されてるだろうね」


 私の推量にヨゼフは顔を青ざめる。


「そ、そこまで苦戦するとは……そういえば腹部に傷も負っておられましたが、傷はその時の?」


「ああ。衛生兵による治療や、プレートアーマーの下にチェインメイルを着込んでたのもあって大事にならずには済んだが、あれは本当に痛かったなぁ……」


「何が『痛かったなぁ……』ですか!天下の『戦乙女』が名もない異国人に敗退して敗走した上、陛下や王女殿下から頂いた剣まで失ったとなれば、将校はどうなるんですか!良くて左遷、最悪の場合は処刑ですよ⁉︎痛いどころでは済みませんよ⁉︎︎」


 またもや容赦なく吐かれたヨゼフの毒舌に、思わず「うっ……」と言葉を詰まらせる。

 私は彼に敗れただけではなく、国王陛下に頂いた金色のクレイモアの『ゴルドセイバー』や、王女殿下から頂いたブロードソードの『アメスディゼリカ』を失ってしまった。


 国と、王室に忠誠を捧げる身としては、一騎討ちの敗北よりも大きな失態である。


 あの戦いで、ゴルドセイバーは彼の持つソルディアの恩恵による焔で剣身の半分以上が溶け、使い物にならなくなってしまった。

 一方のアメスディゼリカは私が吹き飛ばされた際に彼の近くに落ちた事で回収するにも回収できず、急いで撤退した事もあり、あの場に置いてきてしまったのである。


 ヨゼフの言葉でそれを思い出した私は、深いため息を吐く。


「確かにそうだな……。陛下は仕方ない、そんな事もあるだろうと赦して下さるだろうが、王女殿下に関しては……無理かもしれないな」


 寛大で気さくなお人柄の陛下はともかく、警戒心が強い上、気難しい王女殿下にこの事を知られたらどうなるか。

 汚物を見るような目で「二度とその顔を私の前に見せないで。消えなさい」と言われ、追い出されるのは避けられないだろう。

 胸の辺りが苦しくなってくる。


「そうでしょう⁉︎となると、今後どうするんですか!将校が陛下のお気に入りである以上、処刑は免れても、将校の立場が不利になるのは避けられません!王国軍内部だけでも若くして中尉にまで上り詰めた将校を敵視する者は多い、このままだと奴らが調子に乗るばかり──」


 焦るあまり、声がどんどん大きく、そして荒くなっていくヨゼフ。

 そんな彼の言葉を私は途中で遮った。


「そう(はや)るな。確かに君の言う通り、私を敵視する者らがここぞと言わんばかりに私を追い落とそうとするのも明らかだろう。……だが、私は今回多くの失態を犯し、結果的に国益を損ねる事になってしまった。左遷されるにせよ軍勢を取り上げられるにせよ、私は今回の責任をきっちりと取るつもりだ。多くの将兵を犠牲にし、目的を果たすどころか敵に背を向けて逃げているのだから、尚更だ」


「ですが──」


「それに今回の件で、上には上がいる事を改めて気づかされたんだ。私はここ一年そこらの戦いで連戦連勝、心の何処かで優越感に浸っていた。だが、今回の敗北で私は井戸の中の蛙でしかなかった事を思い知らされたよ。とにかく、今回の件はしっかり反省して次に活かそう。剣に関しては……彼が回収してくれているのを願うのみだな」


「そりゃまた何故ですか?」


「名もない帝国軍の将兵やロクでもない盗賊如きに、陛下や王女殿下から頂いた剣を奪われたくないからな。戦利品的な扱いで構わないから、せめて彼に持っていて欲しいものだ」


「かなり買い被りますね将校……」


「当然だ。『戦乙女』と呼ばれた私を打ち負かせた数少ない人間だからな。しかも左眼に眼帯付き、加えて防具の類も籠手型のソルディア以外なかったからな……」


 ふと思い返すと、疑問が浮かんでくる。

 左眼の視力がない、即ち視界が狭まるハンデがあったにも関わらず、彼はそれを感じさせなかった。隙もなかなか見せなかった。

 そこがどうも引っかかる──


「……将校、将校!そろそろ本陣ですよ!何ボーっとしてるんですか⁉︎」


 ヨゼフの声で、思考から意識がフッと戻ってくる。


「あ、ああ。すまない」


 今、分からない事を考えてもしょうがない。とにかく今は目の前の事柄に集中しよう。


「さて、中将や少将にこっ酷く叱られるとしようか」


 ぽつりと一言、呟いて私は本陣へと向かった──



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