Episode 18「仲間や砦との別れ」
「戦乙女」マリア=インセンスとの一騎討ちは、彼女の部隊の撤退によって実質上、俺の勝利で終わった。
疲労困憊している中で紅蓮を駆けさせた俺は、血腥さを感じざるを得ない主戦場に向かい、ガルザンディラス軍との戦闘を終えた帝国軍に合流した。
「あ、ライゴ。おーい、聞こえるー?」
すると、疲弊の色を見せていたテルが俺に気づき、馬上から声を掛けてくる。
「おー、聞こえるぞー。生きてるようで何よりだ、お疲れさん」
俺は先程まで戦っていたとは思えないくらいの軽々しい答えを返しながら、紅蓮をテル達の方に向かわせる。
「そっちもね。ついさっき、戦乙女がえげつないスピードで橋を突破していったのが見えたからまさか、とは思ったけど、生きてて良かったわー。よく生き延びたもんよ」
「冷や冷やした場面も何度かあったがな。そっちはどうだ?結構大変そうだったが」
テル自身には目立った怪我は見られないが、一瞥する限りでは彼女の指揮下で奮戦していた帝国兵は負傷している者がちらほらと見られる。
それも、切り傷程度の怪我から、大量出血、身体を動かす事すらままならない怪我まで様々。
「どうもこうも見ての通り、ギリギリ保ち堪えた感じね。状況的にブラストロードみたいな大規模な征魔術は使えないから小回りの利く征魔術で応戦してたんだけど、本当キツかったわ。あそこにいる騎士団の連中が途中で合流して押し返せてなきゃ、今頃全滅してたわよー」
「あ、本当だ」
テルの指さした方向には、フィメリアやアズラン小隊長ら騎士団の連中の姿があった。
程なくして、フィメリアが俺に気づいたのか、乗っていた白馬で俺達の所まで向かって来る。
「ライゴ!」
「おう、お前も無事みたいだな」
「ええ、何とかね。……それはそうと、貴方は一体何をしていたの⁉︎本営にひょこっと現れては武器を掻っ攫っていくし、ブランチディカ術士と共に出撃するし、慌てて部隊を率いて橋に向かえば見当たらないし!どういうつもりなの⁉︎」
「えーっとだな……」
これはまたかなりご立腹の様子。どう説明したものか。
「しかも頬を切ってるでしょう!応急処置をするからちょっと顔を貸して!」
「マジか、気づかなかったわ。唾つけときゃ治るだろこんなの」
いつ戦乙女にやられてたのか、左頬に切り傷がある事に今更気づく。
「軽く見ないの!とにかく、ほら!」
「いやいいよ別に。俺、身体の治りは早いし」
「……ああもう!焦ったい!」
彼女は放って置けなかったのか、俺の静止を振り切っては。
「『ライトヒール』!」
俺の頬に向けて小さな淡い光を放ち、頬の傷を一瞬のうちに消滅させた。
「何これ凄い」
「何これ、って治癒術よ。応急処置用の一番簡単なものだけれど」
「へぇ……わざわざどうも」
そういえば聖都を出る直前、エロス達についての資料をくれたフィメリア隊の兵士が彼女の事を「かなりのお節介焼き」と言っていたが、その意味がやっと分かった気がする。
こいつは筋金入りのお節介焼きだ。
「どういたしまして。それはそうとライゴ、明日の朝から騎士団の本営に来る事。武器の持ち出しに独断行動、スパイ紛いの行動などなど、聞かなければならない事が山程あるから。ブランチディカ術士、貴女もです」
「……え、あたしも?」
自分に話を振られるとは思いもよらなかったのか、それまで橋の方を眺めていたテルは少しばかり動揺した様子を見せる。
「当然です。ライゴの行動の背後に貴女がいた事は既に分かっています。貴女にも色々と聞かせて頂きます」
「だとよテル、一緒に叱られようぜ」
テルは諦めるように深いため息を吐き。
「はいはい、分かったわよ。明日、あんたらの所に行けば良いんでしょ?」
「ええ。わたしはこれから負傷者の治療に回るので失礼します。……ライゴ、少しでも早く砦に戻って一緒に行動していた人達に会ってあげて。彼ら、貴方が前線に行った事を聞いて物凄く心配してたから」
「エロス達か。……そういやそうだな」
エロスにサラにバートにゴードン爺さん。
戦う力のないあいつらに何も言わず、蚊帳の外に置いていた以上、ちゃんと顔を見せてやらないと。
その際に「なんで前線に行ってたんだ」とか訊かれたら、適当に誤魔化しておこう。
「それではわたしはこれで。明日、逃げずにちゃんと来る事。いい?」
「分かってるよ」
「分かってるならいいわ」
フィメリアは軽く頭を下げて会釈をし、俺達から離れていった。
それを見届けた俺は一度紅蓮から降り、橋の向こう側の方に歩き出す。
「ライゴあんた、何処行くの?」
テルに問われ、歩きながらその答えを返す。
「帰る前にちょっとそこまで、な。この一戦で命を散らした奴らが安らかに眠れるように、少しばかり祈らせてくれ」
「……じゃああたしも。あいつら、文句一つ言わずに指揮官でもない一将校のあたしの指示に従って戦ってくれたしね」
「そういや、そうだったな」
少しばかり歩いて、戦場となった橋の中央部に着いた俺とテルは、この戦いに殉じた者達に対し、深い祈りを捧げた。
身命を賭して戦った武人達への敬意と、彼らが安らかに眠れるように、という想いを込めて。
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翌日。
連日の作業や戦乙女との一騎討ちによる疲労が抜けずにいる中、朝っぱらからフィメリアに尋問も兼ねた説教をされる羽目になってしまった。
どういう経緯でテルと関わるようになったのか、彼女と何を話していたのか、そして俺の独断行動や間者紛いの行動について等々、根掘り葉掘り問い詰められた。
今となってはあり得ぬ事となった「予知」の事や、ソルディアについて教えて貰うため砦を抜け出した件については、テルと口裏を合わせて伏せ切ったが。
「もう、身体が限界だ……。なんか昨日よりも疲れた気がするぞ……」
「そうねー……どう弁解するのかで結構頭使ったわ……。なんなのあいつ」
地獄のような尋問を終え、持ち場に戻る事が許された時には、俺もテルも昨日以上に疲れ切っていた。
「……そうだライゴ。あんた、この後どうすんの?」
エロス達のいる外壁に戻る途上、テルが思い立ったかのように問うてくる。
「どうもこうも、今日明日と今まで通り城壁の修復作業だよ。昨日、俺らが前線にいた時にあいつらが修復作業を大慌てで再開したらしいもんだから、作業量はこれまでより少ないみたいだがな」
ゴードン爺さん曰く、俺が前線に行った事を知ったエロスやサラは「ライゴが戦ってんのに俺達が寝てたら駄目だろ!」と言っては、他の班の連中や疲弊して爆睡していたバートも巻き添えにして、死に物狂いで修復作業をしたらしい。俺達がガルザンディラス軍の足止めと撤退に成功したため、彼らの努力は徒労に帰す羽目になったが。
とりあえず俺の目的は達成したものの、まだ工作兵としての仕事は残っていた。
「ふーん……その後はどうすんの?聖都に帰るの?」
「まぁそうだな。その後どうするかはあまり考えてないが。どうやって葦原に帰るのかも、今んとこは分かんねーし」
俺が歩きながらぼやくと、テルは少しの間黙り込む。
そして、彼女は思いもしない提案をしてきたのである。
「……なら、あたしに護衛としてついてくる?実をいうと、あたしは今日で一ヶ月の駐屯期間が終わりなのよ」
「えっ。そうなのか?」
彼女はこくりと頷き。
「それだから、あたしは今日のうちにこの砦を出てヴィルムに帰るわ。ま、その途中で軍の本営──マゼヴァルラント元帥のいる、セラム公の屋敷までこれまでの経過を報告しに行かなくちゃいけないんだけどねー」
「で、帰郷のために俺を護衛として連れて行く、と」
「そうそう。それに、あんたのソルディア『イクスラヴァス』についても色々調べたいのよ。あんたにとってそのソルディアは、確か爺ちゃんの形見的なものなんでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「それなら、ずっと借りっぱなしという訳にはいかないでしょ。だから持ち主であるあんたもあたしに同行する──という考えなんだけど、どう?あんたはあたしに同行する事で当面の目的が決まるし、運が良ければあんたがアシハラ……だっけ?そこに帰る方法が見つかるかもしれない。あとついでだけど、今日明日の作業も正当な理由でサボれる。それらを踏まえて訊くけど、あんたはどうする?」
テルの提案に、俺は思わずなるほど、と感嘆の声を上げる。
彼女の言う通りにすれば俺は目的が見つかる上、ソルディア関連の知識を得られるし、彼女も俺という名の護衛を得ると共に俺のソルディアの研究も憂いなく行えるようになる。
しかも、運が良ければ葦原に帰る方法の手掛かりが見つかるかもしれない。
この話、利点だらけで欠点が殆ど見当たらない。
欠点を挙げるなら、当分の間エロス達と別れざるを得ない事と、騎士団の連中との間に新たな問題が発生する事くらいか。
「乗ってやるよその提案。だが、フィメリア達にはどう説明する?」
唯一懸念する点がそこだ。
しかし、テルは気怠げな表情を変える事なく答えた。
「昨日の件同様、帝国軍権限を使えば説明も何も要らないわよー。そもそも、異国人の一人二人いなくなっても大した問題にはならないでしょ」
「これまた強引だな。まぁ、ややこしい説明をするのも面倒だし、その方が手っ取り早いから俺は別にそれでも構わんがな」
俺がそう返すと、テルは両腕を頭の方に上げて伸びをしては一瞬、嬉しそうな表情を浮かべ。
「じゃ、それで決まりね。……あたしは三十分くらい時間あれば砦を出れるけど、いつ砦出る?」
「善は急げ、だ。支度をしたらさっさと砦を出よう。……あ、せめてエロス達には別れの挨拶の一つ二つはしておきたい。悪いがちょっとだけ時間くれ」
「オーケー。そんじゃ、支度終わったらあんたらの所向かうから」
「おう、それじゃ後でな」
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キャルム砦の外壁にて。
テルに同行する事を決めた俺は、一週間以上苦楽を共にしてきた連中らと一旦の別れを告げる事となった。
「嘘だろ⁉︎ライゴてめぇ、明日明後日にはようやく聖都に帰れるってのに、聖都に帰らねぇのかよ⁉︎」
開口一番、そう言って騒いできたのはエロスだ。まぁ、こいつらしい反応ではあるが。
「落ち着けよエロス。帰らないとは一言も言ってない。寄り道するんだよ、寄り道」
「軍の征魔術士様と共に行く、とか言ったな?黒いの」
「そうそう。護衛兼荷物持ちだ」
「はぁ⁉︎俺らよりもあの女征魔術士と一緒に行動するのを選ぶのかよ!」
「まぁ黒いのもワシらと変わらん男じゃ、男臭い連中よりも女と一緒にいる方を選ぶじゃろうなぁ」
「おい待て!アタシもその男臭い連中にカウントしてんじゃねーよクソジジイ!」
「サ、サラ姐!ちょっと落ち着いてくれよ!爺さんも悪気があって言った訳じゃねぇ筈なんだ、きっと!」
爺さんの毒の入った発言に対して激昂し、拳を上げかけたサラを、バートがすぐさま止めに入る。
何か誤解されてる気がするが、まぁいい。
「つっても、あの女征魔術士、それなりに身分高いだろ?部下に頼めばいいじゃねーか。なんでお前に頼んだんだよ」
「まぁ気になる点ではあるが、きっとあいつなりの考えがあるんだろ。俺の知った事じゃないが」
「そうか……」
確かに、何故部下ではなく俺に護衛を頼んだのか、と気になる点はある。だが、気にした所で俺にはどうしようもない部分だろう。
俺もエロスも詮索を早々に諦めた頃、支度のため別行動だったテルが馬でこちらに向かってきた。
噂をすれば影が射す、とはこの事か。
「ライゴ、時間よー。さっさとしなさい。さもないと移動中に日が暮れるわよー?」
「いやいや早すぎるだろ。あとちょっと時間くれよ」
俺の頼みに、テルは仕方ないかと言った顔でため息を吐き。
「はいはい。取り敢えず手短にしなさい?」
と、俺の少し無茶な要求を受け入れてくれた。
すかさず話を戻す。
「……まぁ何だかんだでテルの奴について行く事になったから聖都に戻るのは暫し後になる。あと、騎士団の連中に伝えといてくれ。『天田雷吾はブランチディカ術士の護衛のため傭兵となって砦を離れ候、そう遠くないうちに聖都に行く故その時は宜しく頼み申す』ってな」
「しょうがねぇなぁ……俺達は先に聖都に帰ってるぜ。待ってるからなライゴ!」
「無理はするんじゃないぞ、黒いの」
「くれぐれも途中で死ぬんじゃねーぞライゴ。あと、聖都に戻ってきたらアタシ達と一緒に酒飲もうぜ」
「オレ、ライゴさんが聖都に戻ってくるまでに仕事見つけるんで、ライゴさんも頑張ってくださいよ!」
皆の言葉に、俺は思わず笑みを浮かべて。
「おう、お前らもな。頑張れよ」
仲間達と、砦に別れを告げた。




