Episode 17「奥の手と左腕」
ソルディア・イフォエンス。
ソルディアと呼ばれているそれは、遥か昔のカンフラントで対魔物戦のために開発された、金属製の特殊兵器である。
これの研究を専門分野の一つとしているテル曰く、ソルディアは征魔術の使用、術の威力や効果の増加といった様々な恩恵を装備者に与えるという。一方、作成技術が失われた事でソルディアは貴重な物となっており、一般人は殆ど目にする機会がないらしい。
そんな貴重な物を、カンフラントとは無縁である葦原の人間である俺がどういう経緯で手に入れたのかはさておき。
戦乙女・マリア=インセンスとの戦闘の最中の事である。
俺が右腕に装着していたソルディア「イクスラヴァス」によって、太刀・紅蓮之天田の刃に焔が纏わりつく現象が発生した。
この現象を上手く使えば、中々決着のつかない戦闘に終止符を打てる、戦乙女に勝つ事ができると思った。
……が、俺の読みは甘かった。
戦乙女も、俺同様にソルディアを持っていたのである。
「嘘だろ……笑えねーな、こりゃ」
勝てると思った矢先に出された、戦乙女の奥の手──藍色を基調とした腕輪型のソルディア。
それに対し、言葉では表し切れない程の不安を感じると共に、思わず眉間にしわを寄せ、歯を食いしばる。
そんな俺に対し、彼女は真剣な表情を一切変える事なく、淡々と言葉を返してきた。
「……そうだろうか。私がこれを使うのは、本当に厳しい状況に追い込まれた時だけだ。つまり、君はこれを使わなければいけない程、私を追い詰めている。寧ろ君は『戦乙女をここまで追い詰めてやったぞ』と笑える筈だが」
「そういう問題じゃねーんだよ……」
何とか粘り、戦乙女に奥の手を出させるにまで至ったが、俺はこの一騎討ちで終始彼女に押されている。
猛攻しても押し切れず、隙を突いてもあっさりと防がれ、挙げ句の果てには志剛天賦守を弾かれて吹き飛ばされた。
言うまでもなく、俺より彼女の方が単純な戦闘力では一枚上手である。笑える筈もない。
一瞬、ソルディアの恩恵で押し返せるのではないかと思ったが、相手もソルディアを持っているとなると、話は別だ──
「ともかく、だ。……私をここまで追い詰めたのは君を含めて僅か三人。君が左眼の眼帯による視界のハンデを持っている事や、その細い剣二本とソルディアのみで戦っているのを考慮すれば、かつて私を追い詰めた者とは比べ物にならない。その強さに敬意を表して、最大火力で戦わせて貰おう」
その強さに敬意を表する……か。
「これまた、嬉しくねぇ敬意だな……。だが、そこまで言われちゃこっちも応えるしかねぇ」
……決めた。やってやろうじゃねぇか。
長い一騎討ちの決着をつけるであろう、今からの戦いを。
「勝つか散るまで戦い抜くのが武人の本道、ここまで来たら最後まで相手してやるよ」
戦乙女が剣をこちらに向けて構えると同時に、俺も右腕を前に突き出しては、紅蓮之天田の刃を彼女に向ける。
「……天田慎鷲郎、いざ参る」
口から出てきた冷めたような低い声とは裏腹に、俺は心の何処かで興奮に近い何かを感じていた。
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主戦場となっている橋からかなり離れた草原で、一対一の激戦が始まる。
陽が沈んだ事で徐々に暗くなり視界が悪くなっているにも関わらず、的確に急所や隙のできやすい部分を狙ってくる戦乙女。
息吐く間もなく猛攻を仕掛けてくる彼女に対し、俺はそれを確実に防いだ上で彼女にほんの僅かな隙ができるのを窺うのみ。
防戦一方であるのは先程までと変わらないが、改めて腹を括ったからか、心の中の不安は取り除かれていた。
「……はぁぁぁーっ!」
戦乙女の剣からは俺を真っ二つに引き裂くであろう、大振りの一撃が放たれる。
その瞬間、反撃の隙ができた。
「……見えたっ!」
紅蓮之天田の柄を強く握り、大きく振りかぶって斬り上げる。
刃が戦乙女の剣に当たると同時に、黒いソルディアに嵌め込まれている紅い玉石が袖越しでも分かる程の強い光を放つ。
光が放たれてすぐ、刀身に赤黒い焔が纏わりつき、その強力な焔は瞬時に戦乙女の剣の刀身を溶かした。
「っ⁉︎」
「……終わりだ!」
動揺の隙を突き、止めの一撃を放つ。
「……っ!」
だが、すんでの所で躱され後退りされてしまった。
そして、使い物にならなくなった金色の剣を迷いなく捨てた戦乙女は、腰に着けていた二本目の剣を鞘からスーッと引き抜いては剣を上段へと振りかぶり、それを地面へと強く叩きつけた。
「ぐっ……!」
瞬く間に放たれる、肌を刺すような冷気。
思わず目を瞑ると共に、ソルディアを着けている右腕を目前に出した。
すると、右腕がとてつもなく冷たい何かに襲われる。
冷たい何かに襲われたと同時に、右腕の動きはままならなくなっていた。
──氷だ。
右腕から肘まで、氷が纏わりつくかのように形成されている。
これだと腕が動かせない。刀も振れない。
しかも、冷気によって発生した霧で戦乙女の姿も見え辛くなっている。
してやられた。
このままだと、追撃を防ぐどころの話じゃないぞ──
「‼︎」
「……その首、今ここで貰うぞ!」
彼女の接近に気づいた時は既に遅く、霧の中から突如現れた一閃が、目前にまで迫っていた。
───────────────────
遡る事、十年程前──
当時、宗家の家督を継いでいた長兄・雷政公の家老として御家に仕えていた香寺政親に剣を教えて貰っていた頃の話である。
「……やはり、若様は筋が宜しいですな」
政親が刀の構えを解き、四尺五寸もない程の身丈だった頃の俺を見てはそう口にする。
「そうか?三郎兄さんも強いだろ」
三郎兄さんとは、今は亡き三人目の兄・勝輝公の事だ。当時、雷政公の右腕であった彼は、皆の規範たる文武両道の男として知られていた。
「ええ。ですが、若様の筋の良さは殿や左近様よりも上でございます。若様は御家に代々伝わる『輝富流』の奥義も僅か数日で習得されました。曲矢守様曰く、奥義の習得には短くても一月は掛かるとの事。『剣老』と呼ばれたこの老いぼれでも、曲矢守様から教わった輝富流の奥義習得は二月余り掛かりましたからな」
「そうなのか?意外だな」
「ええ。……されど、奥義の習得が速く優れた武辺者と言われるような者でも、突如利き腕が怪我や病で動かなくなれば、ろくに刀を振れず、そこらの雑兵と同じ程の弱さになりましょう。そうなれば戦では生き残れず、大切な方も守れませぬぞ」
「じゃあどうすんだよ」
この時の俺は、何か秘策があるのか、と少しばかり心を躍らせたが。
「至極単純、逆の腕で刀を扱えば良いだけの事。戦に勝ち、生き残ってこそ武人。生き残るため、大切な人を守るための努力を怠ってはなりません」
あっさりと期待は裏切られてしまった。
「なんだ。政親お前、案外脳筋なんだな……」
「脳筋……その通りかもしれませんな。この老いぼれは身寄りも学もなく育ち、十三で若き頃の曲矢守様に拾われた時は、剣の腕くらいしか取り柄のなかった身ですからな。まぁ、その剣の腕で曲矢守様を幾度も守り、この老いぼれの剣の腕に惚れられた亡き妻と夫婦になって今に至る訳ですが」
「おい、なんか最後良い話に持ってこうとすんなよ」
かなり話が逸れたのを十歳そこらのガキに指摘されても、政親は気にすることなく笑い飛ばし。
「はっはっは、これは厳しい事を言われますな若様。左で刀を扱えるようになって損はないでしょう。若様は筋が良いですから、左で刀を扱えるようになるのにもさほど時間は掛からないでしょうな」
孫を温かい目で見るような笑みを浮かべた彼は、半ば呆れていた俺に次の指示を出した──
──────────────────
ガキの頃の記憶をふと思い出し、ハッとする。
こんな危機的局面で、どうして十年そこら前の何気ない記憶を思い出したのだろうか。
きっと深い理由なんてない。今はそれどころじゃないというのに。
(至極単純、逆の腕で刀を扱えば良いだけの事)
またもや、あの時の政親の言葉が頭を過ぎる。
……まさか。
何が右腕が動かない、だよ馬鹿野郎。
左腕が、左手が俺にはあるじゃないか。
しっかりしろ天田雷吾。いや、天田慎鷲郎よ。
貴様は死線を潜り抜けてきた人間だろうが、こんな所で諦めて死ぬ訳にはいかんだろうが。
不幸中の幸いか、刀の柄を握っている右手の指は動かせる。
最善を尽くせ。生き延びて葦原へと帰るために。
自身への喝を繰り返し、我が身を奮い立たせる。
そして、霧から現れた戦乙女の一閃が届く、寸前。
「させるかぁっ!」
意識しないうちに左腕が動き、左手は右手から紅蓮之天田を掠め取る。
そして考える暇もなく我が身を守るように前方に刀を出し、戦乙女の方に刃を向けては、すんでの所で彼女の剣を防ぎ、攻撃を弾いた。
「……っ!」
間一髪。
それ以外の言葉が見つからない。間一髪であると同時に、またとない好機である。
止めの一撃を防がれ、弾かれた事で仰け反ってしまった戦乙女は無防備。隙という、隙塗れだ。
眼を見開く。左手に刀の柄を握り潰すつもりで力を込める。
今度こそ、終わりにしてやる──!
「……奥義、紅蓮千撃!」
自由の利く左腕から勢い良く放たれた、反撃の、それも渾身の一閃。
戦乙女の板金鎧に刃が触れる刹那、刃にまたもや赤黒く、右腕を不自由にしていた氷が溶ける程の熱を発する焔がほんの一瞬、纏わりついた。
「がはっ──!」
止めの攻撃が戦乙女の腹に直撃すると共に、彼女の小さな口から僅かな量の血が吐き出される。
流石の彼女でも至近距離、かつ無防備な状態では防ぐ事も避ける事もできず、後方へと大きく吹き飛ばされてはごろごろごろ、と草叢の上を転がった。
それと共に、持ち主の手から離れた彼女の二本目の剣がガシャンという金属音と共に草叢へと落ちる。
「ぐっ……ううっ……!」
戦乙女の身体が僅かに動き、やがて彼女は息を切らし、よろめきながら立ち上がった。
どうやら、先程の一撃は致命傷にはならなかったようだ。しかも、未だ彼女の闘志は燃え尽きていない。
だが、彼女は満身創痍。二本あった剣も使い物にならなくなったか、回収する前に俺に殺されるかの二択である。
焔の高熱による汗が額から頬を流れていく中、念には念を、と思い構え直したその時。
「……将校、将校ーっ!ここにおられましたか!」
四十歳そこらのガルザンディラス軍の兵士が何処からか現れ、こちらへと馬を飛ばしてきた。
「っ……ヨゼフか……今は……!」
兵士に気づいた彼女は、まだ勝負そのものは終わっていない、来るなと言おうとしたようだった。
しかし馬から降りて戦乙女の下へと駆け寄って来た兵士は、上司の言葉に耳を貸す素振りは全くなく。
「今も何も、帝国軍の大軍が我が軍に接近中です!今すぐ撤退を!」
「どういう事だ……もしや、敵方の増援か……?」
相当体力を消耗していたのか、徐々に疲労の色を濃くしていき、遂に膝を屈した戦乙女は問う。
兵士はそんな状態の彼女に必死になって次の言葉を発していく。
「それ以外何があると⁉︎キャルム砦の方だけではなく、デルカル方面で友軍と交戦していたバラー率いる二千五百程の帝国軍も北方からこちらに来ています!このままだと、ブランチディカの部隊に三十分以上足止めを受けている我が軍は、橋上で挟撃されて壊滅します!」
キャルム砦と北方から帝国軍の襲来。
という事は、俺の目的だった砦の壊滅の阻止には成功した訳だ。
知らせを聞いた事で目的の達成を確信し、安堵した俺に対し、戦乙女は目を見開き動揺を隠せずにいた。
「挟撃されて壊滅……ねぇ。戦乙女さんよ、被害を抑えて撤退するなら今のうちだぞ」
俺は構えを解いてはボソリと呟く。
彼女はそれを聞き逃さず、解せないと言わんばかりの顔になって俺に問うてきた。
「何故、敵である君がそんな事を言うんだ……っ」
俺はここから遠く離れた主戦場となっている、橋の方に目線を向けてはその質問に答える。
「なに、俺はこの場にいただけの第三者さ。俺があんたと戦ったのはあくまでもテルや砦にいる連中を守るため。別にあんたらを壊滅させるために出て来た訳じゃねーよ。勝負は大方ついたし、ここは撤退した方がいいぞ。これ以上無駄な血を流して、大切な部下を失いたくなければな。……それに、俺もあんたも四半刻は戦ったが故に疲労困憊の状態だ、呑気に一騎討ちしていられる程の状況でもないだろ」
「ぐっ……確かにそうだな……」
戦乙女は眉を潜ませては、悔しそうな顔をして。
「こうなったらどうしようもないし、これ以上無闇に損害を出すわけにもいかない。敵に背を向けて逃げるのは悔しいが、命には代えられない……退こう」
兵士の肩を借りて何とか立ち上がった彼女は、疲労のためか、それともつい先程の攻撃による傷のためかふらつきながらも馬上の人となり。
「……悪いが、ここで失礼する。次は……負けない」
「ああ、望む所だ。ま、その次が果たしていつになるかは分からんがな」
「そうだな……次に会うのはそう遠くない時である事を願うよ」
再戦を明言した戦乙女は、乗っていた馬を嘶かせては物凄い速度で走らせ、兵士と共に来た道へとその姿を消していった。
そして、その場はしんと何事もなかったのように静まり返る。
「戦ってるうちに主戦場から大分離れちまったな……」
やれる事はやり切った。
あとは、橋でガルザンディラス軍を足止めしているであろうテル達がどれだけ上手くやれてるか、だ。
「とにかく、少しでも早くあいつらと合流しなきゃいけねぇな……。まずは天賦守を引っこ抜いて、と」
戦乙女に弾き飛ばされて地面に突き刺さっていた志剛天賦守を、力強く引き抜く。
それをひとまず鞘に戻し、疲労のため息を吐き出した時、戦乙女の残していった二本の剣が目に入った。
「……げ。あの人、自分の剣を放って行っちまったぞ。次会うのがいつ何処になるかは分からんが、回収しとくか」
俺の攻撃で使い物にならなくなった一本目の金色の剣に、草叢に落ちたまま放置された二本目の剣。
いつか訪れるであろう再会の際に返すため、二本の剣を回収した俺は、少しぶりに紅蓮に跨り、馬上の人となったのだった。




