Episode 16「一騎討ち」
一騎討ち。
戦場において、戦士同士が一対一を原則として決着をつける戦闘手段の事を指す。
決闘とも類似の面があるが、決闘には戦場で行う事を前提とはしない私闘も含まれるため、必ずしも同じとは言えない。
それはさておき、前線であるキャルム砦に侵攻すべく進軍していた「戦乙女」マリア=インセンスの率いるガルザンディラス軍と、テル指揮下の帝国軍が国境付近のレゾニナ川で激しい戦いを繰り広げていた。
そんな中、戦乙女が単騎でテルのいた場所にまで侵攻、テルの護衛に就いていた帝国軍六騎を瞬殺。
偶然にも狙われなかった俺は、作戦の要であるテルを守るため、戦乙女と一騎討ちをする事になった。
しかし、何度打ち合っても決着をつける所か武器を打ち付け合ってばかりで、互いに決定打を与える事ができず、時間だけが進んでいった──
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一体、どれほどの時間が経っただろうか。
日はとうに暮れ、空は徐々に暗くなっていた。
「……これで十五回目だ。これまで何度か一騎討ちをして勝利を収めてきたが……ここまで長引いたことは一度もない。これ程の腕なら、君の名前が私の耳にも届いている筈だが……」
戦乙女が息を切らしながら、そんな事を口にする。
そう思うのも無理はないが、彼女の耳に俺の名前が届く事はそもそもあり得ないのだ。
「届く訳がないだろ……。葦原にいた時は『鬼』と呼ばれた身だが、今の俺は騎士団に徴兵されて聖都からここに連れて来られた、地位も立場もないただの一般人だ。それに、帝国軍や騎士団の連中には真名や出自は口にしてねーからな。ま、言った所であいつらは何一つピンと来ないだろうが……」
「オニ……?何だそれは」
……そこからか。分からなくても仕方ないが。
「鬼ってのは、醜悪な形相と恐るべき怪力を持ち、人に害をなす化け物だ。そこから転じて、冷酷な人、強くて恐ろしい人、勇猛な人という意味の言葉として使われるようになった。で、俺はかつて『鬼天田』と呼ばれていた」
その後に色々あって引き篭もり同然の状況になった挙句、こんな異世界に飛ばされた今となっては、見る影は何処にもないが。
「なるほど……強いのも納得だ。まさかここまで苦戦を強いられるとは思わなかったよ」
「俺もだ……二年はこんな事してなかったから尚更だ」
しかもこちらは連日に渡る城壁修復作業で疲弊している上、ロクに休めてない身だ。正直もう限界だ。
援軍はまだなのか。
ガルザンディラス軍と戦闘中の部隊はどうなった。
テルは大丈夫なのか。
とてつもない量の疲労と不安の塊が、この瞬間も俺を襲っていた。
「二年もブランクがあって、この実力だと……?私もまだまだだな……」
「それはどうかね……あんたも相当強いだろ。それに葦原にはこんな奴がゴロゴロいるぞ」
悔しそうな表情を見せる戦乙女に対し断言してすぐ、紅蓮の腹を軽く蹴って彼女の方へと駆けさせる。
次こそ相手を打ち負かし、軍を撤退させる。
その気概で志剛天賦守の柄を強く握りしめ、勢い良く戦乙女に斬り掛かった。
そしてそれを彼女の剣が防ぎ、鈍く重い金属音がギイィィィィンッ!と周囲に鳴り響く。
十五回目の戦闘が、始まった。
ぶつけ合った武器を素早く離し、相手のすぐ側を駆け抜け、回れ右して再び相手の方に向かう。
「おらぁっ‼︎」
距離が縮まった瞬間、攻勢に出る。
「ぐっ……!」
戦乙女の左肺目掛けて斬り掛かるものの、彼女にはすんでの所で防がれてしまう。
悔しさから、ついつい舌打ちする。するとすぐさま、戦乙女は反撃に転じてきた。
「今度こそ、覚悟しろっ!」
反撃に出た戦乙女は、俺の首を狙い剣を振る。刀で防ぐには間に合わない。
……それならば!
「……舐めんな‼︎」
即座に右腕を戦乙女の方に出した俺は、腕を出した事で袖から現れたソルディアで彼女の剣を防いだ。
「なっ⁉︎」
「……あと少し腕を出すのが遅ければ、右腕がぶっ飛ばされる所だったな」
ソルディアが籠手型で助かった。
今この間も音信にいるであろう祖父には、感謝してもし尽くせまい。
「それは……!してやられたな……」
「こちとら身体の何処かを失う訳にも、死ぬ訳にもいかんからな。……隙ありだ!」
僅かな隙を突き、反撃に転じる。しかし。
「させるかぁっ!」
即座に反応した戦乙女の一撃が、志剛天賦守の刃の部分に直撃し、志剛天賦守は俺の手から弾き飛ばされる。
そして、俺と戦乙女から離れた場所に、志剛天賦守はドスッと突き刺さった。
「ヤバっ!」
俺とした事がしくじった。獲物を弾き飛ばされるとは。
焦りを感じる間もなく、腰に挿していた太刀・紅蓮之天田を鞘から引き抜いて戦乙女の追撃を間一髪の所で防ぐ。
「……っ!」
「まだ粘るか!」
「悪いが、粘らせて貰う。あんたが御国や自らの武功のために戦うように、俺も懸けてるものがあるからな」
距離を取っては互いに武器を構え直し、再度緊迫した空気になる。
呼応するように俺と戦乙女は鋭い眼を向け合って見つめ合い、ほぼ同時に馬を走らせた。
そして十六回目の戦いが幕を開けた事を、鈍い金属音が告げる。
もう後はない。
ここで戦乙女を倒さねば、俺のこれまでの行動が水泡に帰する事になる。ここで負ける訳にはいかないのだ。
「うおおおおおおぉっ!」
横からの風に襲われて髪が舞い乱れる中、咆哮する。
紅蓮之天田の柄を強く握りしめ、突撃して来た戦乙女に向けてその刃を振った、その時。
どういう事か、突如刃に赤黒い焔が纏わりついた。
「っ⁉︎」
戦乙女は眼を見開き、動揺すると同時に馬から転げ落ちる。
「うおっ⁉︎」
一方の俺も、予期せぬ現象に驚いた紅蓮によって鞍から振り落とされてしまった。
今度は何だ。
受け身を取り起き上がると共に、右腕のソルディアに嵌め込まれている紅い玉石が小袖の袖越しに光っている事に気づく。
「焔の原因はこれか……」
これもソルディアの恩恵によるものか。
だがこれで勝機は見えた。
「一度だけではなく、二度もしてやられるとは……ここまで来れば、生きるか死ぬかの二択だな。勿体ぶらずに私も奥の手を出そう」
落馬してすぐに起き上がり、体勢を立て直す戦乙女。
彼女が鎧に着けていた腰の帯から外して、左手首に取り付けた藍色の腕輪のようなもの、それは。
「ソルディア──!」
戦乙女の「奥の手」を確信すると同時に、言葉では言い表せない程の不安が頭を過った。




