Episode 8「戦地上陸す」
徴兵による船旅が始まり、はや二日が経過した。
……暇だ。ただその一言に尽きる。
「帰りてぇ……」
「眠ぃなー……」
エロスが昼にも関わらず鼾をかきながら爆睡し、ダラダラしていたサラやバートが口々にそんな事を言うその間も、静かに船は目的地へと向かっていた。
「なぁライゴ、なんか面白いゲームとかねーの?」
暇を持て余したサラがそんな事を訊いてくる。
最初こそ印象が悪かったサラやバートだったが、何か通じ合うものがあったのか、僅か二日の間で俺は二人とすっかり打ち解けていた。
「多分ねーぞ……。何なら、また腕相撲するか?」
「パスで。お前に勝てる訳ねーもん……」
「なんか本でもあればそれで暇を潰すんだがなぁ……」
暇すぎるあまり、大して面白くもない話に突入していたところ、三度扉が叩かれる。
「はいはーい、入っていいぞー」
俺の声に反応するかのように扉が開き、そこからは騎士団の灰色の軍服を纏ったフィメリアが現れた。
「失礼します。ライゴ貴方、かなりぐうたらしているようね……」
「……うっす。何か用?」
「お、おいライゴ、騎士団の人間にそんな口利いていいのかよ?」
サラが何処か不安を覚えたのか、そんな事を言ってはくるが。
「こいつなら大丈夫だ」
俺はスッパリとその不安を切り捨てて一蹴する。
フィメリアは遠回しに軽く見られているのを気にする事なく、用件を言い始めた。
「この部屋に、もう一人分空きのベッドがあったりする?」
「ああ、あるぞ。そういや、ゴードンっていう爺さんが俺らと一緒の部屋に入る予定だったっけ」
「ええ。ここ数日体調が悪かったみたいから別室にいて貰っていたんだけど、健康状態が良好になったとの判断がついたからこちらに来てもらう事になったわ」
なるほど。って事は五人で一つの部屋にいることになるのか。
「分かった。んで、そのゴードン爺さんは?」
「もうここまで来ているわ」
「それならいいんだが、なんか暇を潰せる本とかねーか?古代記でも葦原書紀でも、哉州日記でも納言の草子でも、はたまた光宮でもいいから」
「ありません。ここは葦原じゃないのよ。諦めて」
ですよね。
ここ船の上だし、しかも異世界だしな。
葦原の書物がある訳がない。
「それでは私はこれで。くれぐれも喧嘩しないように」
「へーい」
フィメリアが部屋を出、それと入れ替わるかのように少し腰の曲がった白髪の爺さんが部屋に入って来た。
「あんたがゴードンか」
「うむ。ゴードン=ヴァリヤード。無宿人じゃ。よろしく頼むぞ」
部屋に入ってきたゴードン爺さんは近くにあった椅子に向かい、よっこらせ、と腰を下ろした。
「おい、黒いの」
「俺?」
思わず聞き返す。
髪の毛も、今着ている小袖も黒である以上、反応する他ない。
「そうじゃ。ついさっき、騎士様によく分からん本の名前を挙げてはあるかどうかを尋ねておったようじゃが、それはどんなもんかな?」
ああ、葦原書紀や哉州日記のことか。
「古代記や葦原書紀は、俺の国の誕生から数百年先までの歴史を記す歴史書。古代記は文学的な要素の強い葦原国内向けの書物で、一方の葦原書紀が正式な歴史書といえる国外向けの書物だな。哉州日記は昔俺の国にいた大臣が任地の哉澄国での生活を記した日記文学。ちなみに納言の草子は三大随筆のひとつで、光宮は恋愛を主題とした長編小説だ」
「なるほどなぁ……黒いの、お主はそれなりに学があると見た」
「それはどうも」
伊達に引き篭って、本読んでた訳じゃないからな。
「……黒いのはともかく、それ以外はあまり学はなさそうじゃな」
「「んだとジジイっ!」」
小馬鹿にされたサラやバートがキレる。
暴力沙汰になっては色々と面倒なので、俺は即座に二人の止めに入り。
「まぁ落ち着け二人とも。気持ちは分かるが、暴力沙汰でも起きたらややこしい事になるから抑えてくれ。爺さん、あんたもだ。若い奴を揶揄うのは結構だが、それで争いの火種を撒くのはやめてくれよ?」
ゴードン爺さんはホッホッホ、と満足そうな顔になって笑い。
「分かっておる、冗談じゃ。若者達よ、よろしく頼むぞ」
彼は、蓄えた白い髭から見える口を弛ませた。
──────────────────
船内の与えられた部屋でダラダラと過ごしているうちに三日が経ち、俺達の乗せられた船は目的地のキャルム砦に到着した。
砦には多数の武器があったり、数えるとキリのない程の兵士がいたり、司令官であろう厳つい顔のおっさんがいたりした。
火薬の臭いは何故かしなかったが、それを除いても戦場としか言いようがない場所であった。
そんな場所に城壁修理の工作兵として送り込まれた俺達は、騎士団の連中によって否応無く整列させられ、「喧嘩をするな、真面目に働け、仕事を放棄して逃げ出すな」と警告される。
警告が終わり、各々が持っていた荷物を回収された後は、五人一組の集団を作り、城壁修理の作業に入る。
その集団の面子は言うまでもなく、船の中で数日を共にした奴等だ。
エロスにサラ、バート、ゴードン爺さん。そして俺。
七班ある中で一番最後の七班目に割り当てられた俺達も他の班同様、砦の壁の修復方法を口頭で教えられた上で材料を渡され、砦の壁へと向かった。
「……エギロスさん、ケチっすよね騎士団や帝国軍って」
壁に着くなり、早速愚痴を漏らしたのはバートだ。
だがその気持ちは分からんでもない。
「それは言えるぜバート。やり方と材料渡されてすぐにやれ、だからな。ふざけんじゃねぇ!タバコも吸えねーんだぞ」
エロスは持ち込んでいた煙草を没収されていたのか、イライラしている様子だった。
当然ながらエロスだけではなく、サラやバート、あとゴードン爺さんも所持品の大半を没収されたので、少なからず心穏やかな状態ではない。
俺も志剛天賦守や紅蓮之天田、扇子、脇差といった一目で見えるものは没収されてしまった。
しかし、運良く幾つか没収されなかったものがある。
拳銃と月奈の忘れ形見である「月虹」、あとソルディア。
これらは単に懐に入れていたり、和服の袖の中に隠れていただけなのだが、服の中まで細かく調べようとしなかった騎士団の警戒心の薄さには感謝しなければいけない。
とはいえ、見つかったら面倒な事になるだろう。
ソルディアに関してはフィメリアが騎士団の隊長にもちゃんと伝えておいてくれたらしいからともかく、それ以外のものとなるとどうしようもない。
幾ら護身用であろうと、姉の形見だろうと、武器である事に変わりはない。ソルディアに至っては名前と特殊な兵器であるということ以外はよく分からない。
不幸中の幸いか、拳銃と月虹は俺の懐にある。余程の事がなければバレる事はないだろう。
俺はそんな事を考えながら、その場で和服の両袖を捲ってソルディアを陽の光に晒した。
「まぁまぁ落ち着かんかエロスや。やり方を教えてくれるだけ、まだ親切だと思わねばならんぞ」
「ジジイ、テメェまでエロス呼ばわりするのかよ!」
そう。
ゴードン爺さんも俺同様、エロスことエギロスをエロス呼ばわりしていた。
尤も、そうするように仕向けたのは言い出しっぺの俺や、それに悪乗りしたサラだが。
「おいエロス。チンタラしてると敵が来て殺される、って騎士団の隊長に言われたのを忘れたかー?」
「────‼︎」
そう。今はいつ敵軍が来るのかすら分からない状況だ。チンタラしていたら首を刎ねられる。
俺はそう口にしてはすぐに渡された材料を取り出し、作業を始めた。
キレ気味だったエロスや、やりたくないとボヤいていたバート、その場に腰を下ろしていたサラも事の重要性を理解したのか、顔が青ざめていく。
穏やかな顔をしたままだったゴードン爺さんも、「さて、お国のためにやろうか」と呟いては材料を手に取って作業を始めた。
──────────────────
砦の外壁と、内壁の間の野営地にて。
「……ふぇくしゅ!」
思わずくしゃみが出、俺はズズッと鼻を啜る。
「どうした?風邪でも引いたのかライゴ?」
作業を終えた後に配給された、美味くもない固形食を頬張るサラが問うてくる。
「いや、まだ九月だから風邪引くには早過ぎるだろ」
「風邪じゃなければ、誰かに噂されたか?つってもお前を噂する奴なんてあんまいねー気がするけど」
「確かにそうだな……考えられるのはフィメリアくらいしかいねーぞ……」
うん、きっとそうだ。多分そうだ。
そもそも、この異世界で俺の事を知ってる奴なんて、フィメリアにブライト、レイラ、八百屋のおじさん、あとは今目の前にいるエロス達くらいだろう。
「ま、それはともかく、何事もなくて良かったなエロス」
俺は他愛もない話をエロスに振る。彼は作業による、疲れた表情を見せながら頷いて。
「そうだなライゴ。騎士団が砦周辺にいるとはいえ、いつ攻めて来るか分かんねえからヒヤヒヤしてたぜ……」
「ま、昼の間には攻めて来ないだろうな」
だが、夜はそうはいかない。
夜襲の場合、敵軍に気づかれにくい上、油断し切っているところを奇襲して大損害を与える事だってできる。闇夜に紛れての進軍・奇襲なんて戦の定石だ。
この時、「この固形食、クソ不味いな」と文句を口々に言っていたエロスやサラ達とは異なり、俺は神経を尖らせていた。
それが故なのか何なのか、寝る時間になっても俺は寝つけずにいる。
「……くそっ。眠れねぇ」
幾ら目を閉じようとも、横になろうとも、頭の中で羊を数えようとも眠れやしない。
隣でガーゴー、と鼾をかきながら爆睡しているエロスが、ある意味羨ましく思えてくる。
「……このまま横になってても眠れねーだろうな。今思えば、夜型の人間だから無理もないか」
戦場で戦っていた頃は夜襲のために夜の間起きていることも珍しくなかったし、音信に引き篭もるようになってからも、本を読んでいたらしょっちゅう夜更かしすることが多かった身だ。
武将だった頃のように神経を尖らせていたら、そう簡単に寝付けるわけがない。
「さて、どうしたものか……」
決めた。眠くなるまで起きていよう。
とはいえ、屋敷にいた時のように本を読む事はできないし、今は刀が没収されているから刀を研ぐにも研げない。
じっとしてもいられないため、そうとなると、周りを徘徊して暇を潰すしかできる事は残されていない。
「ちょっと歩くか」
胡座をかいていた俺は立ち上がり、フラッとその辺りを歩き始める。
辺りは、ただただ静かだ。
帝国軍の兵士が雑談をしているのかして、ヒソヒソ声が聞こえてはくるが、どうせ大した事のない話だろう。
「見つかると面倒だな……」
やっぱり戻ろうか。うん、そうしよう。
そう思い、大人しく寝転がっているかと来た道を戻ろうとした時。
「なぁ、今この砦に帝国一の女征魔術士が来てるって知ってるか?」
「ああ、聞いた聞いた。テルだったか、名前」
二、三人の帝国軍兵士の雑談が耳に入ってきた。
「そうそう。ソルディアや属素の専門家でもあるらしいぜ」
「ふーん……、十五歳でそれはすげーよな」
「ああ。けど、マゼヴァルラント元帥やセラムの公爵はともかく、他の上官からはあんま良く思われてないみたいだぞ。命令違反も多いし、何処か近寄り難いよな」
「だな。あ、そういや征魔術士のお膝元であるヴィルムの街では変人扱いされてる、って聞いたぞ?」
「俺も聞いた。けど、奴の後ろ盾らしいヴィルムの伯爵も相当な変人らしいから、別に大した事ねーよな」
「あと、砦に着いてからは与えられた部屋に引き篭って出て来ようとしないらしいぜ」
「へぇ……いいご身分だな。俺達はこんな時間でも眠いのを我慢して警備しなきゃいけねーのに」
「そんなもんだろ、俺達は下っ端なんだし」
……ソルディアや属素の専門家、か。
ソルディア、属素という二つの単語のことはフィメリアから少し聞いたが、あいつの説明はかなりざっくりしたもので、核心には触れなかった。
以来、どういうものかと疑問を覚え、幻覚の件について考える傍ら、その事についても頭の片隅で考えていた。
「あの幻覚を事実にしないためにも、ソルディアや属素とやらの知識は多少は必要になりそうだな……」
あの酷い光景をどう未然に防ぐか。
現段階ではその方法はサッパリ分からんが、祖父・天田曲矢守から譲られたこのソルディアが鍵になるだろう。
そうとなれば、知識や情報は一つでも多い方がいい。
「一か八か、訊きに行ってみるか」
兵士達の雑談からして、テルとやらの性格には難がありそうだし、万が一誰かに見つかった時など、やらかした際の危険性が計り知れないが、訊きに行って情報を得ておくに越した事はない。
「まぁどうにかなるだろ。とにかく行動しねーと、何もできないままあの幻覚が現実になるかもしれん。……よし」
身体は無自覚のうちに砦の内部へと動いていた。
一か八かの綱渡りが始まる。




