ゴッドハンド
かの遠山の金さんと呼ばれる遠山金四郎景元、彼の名前を不朽のものにしたのは名裁きでも、桜吹雪の刺青とやらじゃない。江戸の町の大火において、幕閣の重臣たちを説得し、すぐに被災者に食糧と仮設住宅を与えたという手腕からだ。
「嬉しいことを言ってくれたな、ソフィア…」
「なにっ、何か言った!?」
馬車では邪魔になる。俺とソフィアは雪が降る城下町大通りを白い息を吐きながら馬を飛ばしていた。
「『災害時にこそ為政者の真価が発揮される…』か。実は今回の大火において素早く動いたのは金さんの故事からなんだよな…。別に俺は歴史に名を残すような名君にならんでもいい。場所が変わっても、やはり為政者は災害に遭った者に対して迅速に動くべきだ」
「国王様だ!」
「王妃様だぞ!」
駆け付けた俺とソフィアに気付いた人々。
自警団の者、被災者、火災を見ていたやじ馬たちも俺とソフィアに跪いて頭を垂れる。
「それでは膝が雪で濡れて冷える。かまわぬ、みな立つのだ」
「「はっ」」
「自警団の若者たちよ。よくぞ灼熱の火炎の中、わが身顧みず消火と救助活動をやってくれた。余の誇りぞ。十分な手当てで報いる。今は体を休めるのだ」
「「ははっ」」
顔を煤だらけにしながら泣いている者多数、下で汗して働く者が、どれだけトップの声を欲しているか分かるつもりだ。声だけじゃダメだ。目に見えるもので報いなければ。
「この火災で家と家族を亡くした者たちよ。余も胸が張り裂けそうだ。だがいま余がすべきことはそなたらと共に泣くことではない。温かい食事と暖の取れる部屋をみなに贈ることだ。個々の住居はすぐには無理だが、この雪と寒さをしのげる場所をいま騎士団が大急ぎで作っている。いや騎士団だけじゃない、他の街区の民たちも仲間を救えと一丸になって。そなたらは一人ではない。余がいる。同じ城下町に住む仲間たちがいる!復興などすぐだ!」
「「おおおおおっ…!」」
「「レンドル陛下―っ!」」
「臨時の救護所を作るのだ。余が指揮を取る。ソフィア、そなたは文官を率いて、家を失いし者たちの家族状況等を記録して書類にまとめよ。支援金を与えるに必要だ」
「承知いたしました」
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ゴッドハンド…。仁師王レンドルほど、民から尊称をもって呼ばれた為政者はいないと言われているが、その尊称の一つ『ゴッドハンド』は彼が臨時救護所において、多くの民を救った時に名付けられた。
一国全土を結界で包んでしまう魔力量を持つレンドル、彼はこの日、四肢欠損以外の火傷や負傷を火災当日のうちに治してしまったという。
大火傷を負った虫の息の幼子を、同じく火傷を負った母親より託されてレンドルは赤子を抱き、そしてレンドルの胸の中で火傷が治って元通りになり、スウスウと寝息を立てた。母親と父親は号泣してレンドルに手を合わせて跪いた。母親と父親の火傷も治し
『余の治癒魔法が効いたのも、この子に生きたいと言う思いあればこそ。強き子だ。健やかに育てるがよい』
と言い、一切恩に着せず次の患者へと歩いて行った。その時、母親が号泣しつつレンドルの背に手を合わせてつぶやいた言葉が『ゴッドハンド』だったのだ。
さらに産気づいた若い妊婦がいた。レンドルが産科医として傑出していると言うのは王族に仕える女性たちと貴族しか知らなかった。
産気づいた妊婦に夫はもちろん、周りの女たちも何も出来ない。そこにレンドルが駆けつけ苦痛に七転八倒する若い妊婦を落ち着かせ、素人目にも鮮やかな手際で出産を補助、無事に生ませたのである。
産声は雪の中でも大きく被災地に響き、人々は赤子の誕生に歓喜した。
泣いて感謝する母親と父親、赤子が生まれて、ようやく冷静になり出産補助をした者が国王だと知るや真っ青になって平伏した。しかし、赤子の姉である幼子はあっけらかんと
『ねえねえ、おじちゃん、記念にヒルダの妹にお名前つけていいよ』
と言った。両親はさらに真っ青になって、慌てて長女ヒルダを引っ込めようとしたがレンドルは微笑みヒルダの頭を撫でて、そして抱いていた赤子に両手で抱き上げ
『余と妻の名から一字ずつ『レ』と『フィ』を与える。『レフィ』とするがよい』
さらに大歓声が湧いた。ヒルダとレフィの両親は最初茫然として、その後は歓喜の涙を流しながら抱き合った。自分の次女が国王に命名してもらえたのである。しかも王と王妃から一字ずつ分けられて。一市民では考えられない破格のことだったのである。
このレフィ、後にレンドル長女フランソワに仕える筆頭メイドとなるのだが、それはまた別の話だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「陛下、遅れました。トリステン公爵家、人員、救援物資と共に参りました」
「同じくカイザル辺境伯家より、人員と救援物資、お持ちしました!」
おお、岳父殿の家、お袋の実家からも!いいなぁ、この官民一体となった復興支援!
しかも大火当日にここまでの結集は嬉しいね。
「よう来てくれた!貴族平民関係なく、この国難に立ち向かう時ぞ!」
「「ははっ」」
そして…
「おおっ、みんなも来ていたか。美味しそうじゃないか!」
「「はいっ!」」
レンドル大学の少年少女たちも駆けつけて、女子は給仕や物資の搬送、男子は避難所建築のために働いていた。柔道着の上にレンドル大学お揃いの外套を着ていたので目立った。女子は炊き出しをしていて、以前俺が皆に振舞った、ちゃんこ鍋を大鍋で調理していた。そろそろ完成のようだ。さっそく味見。おおっ、レシピもなしに見事だ!
「ん~、美味いな。余でもこんな美味しく調理出来ないぞ」
「あっ、あの、校長先生…!」
「なんだ。イレーヌ」
元孤児、当年十三、魔力量は多いが魔法の指導を受けてはおらず治癒は無論、攻撃魔法も使えない。でも結界魔法は多くの魔力量が不可欠、結界以外の魔法が使えなくても、一向に差し支えない。
「私…!見てました。校長先生が赤ちゃん、取り上げるの」
「ああ、見ていたか」
「私に、あの技術を!赤ちゃんを無事に取り出すために必要な知識を教えて下さい!」
「ああっ、イレーヌずるいよ!」
「校長先生!私も!」
「私にも!」
「ああ、いいとも」
「「やったぁー!」」
いいの?と言う目で見つめるソフィア、まずは柔道と座禅を基に心技体を鍛えて魔力の制御方法を学び量も増やす。俺やアメリアのように一人で結界のドームを展開するのは困難だがリレー形式、もしくは複数で同時放出ならどうか。
結界魔法の習得に目処が立ってから産科医の技術と知識の指導と思っていたし、その方針はソフィアや宰相殿にも伝えていた。
でも同時にやったっていいんだ。人を救う技術と知識だと見て感じ取ったんだろう。学びたいと思っている時に教えてあげるのが指導者の務めだ。
「夜明けだ…」
夜明けと言っても太陽は出ない。雪雲が空を覆ったままだった。だが夜は明けて空は雪を降らしながら白みだした。
「陛下…」
「ノドス…。頼めるか」
「もちろんにございます。これも神職にある者の務め」
王室と教会のパイプ役を務める神官ノドスが幾人かの僧とシスターを連れてやってきた。
悲しくも多くの犠牲者を出した『南街区大火』その死者を慰めるために。
「詫びておいてくれ。棺桶を作る前に生ある者のために避難所を作るため木材を回した。雪さらしにした御霊たちに済まなかったと」
「承知いたしました」
ノドスたち神職たちは遺体安置所へと歩いて行った。
そして突貫工事ながら被災者全員が避難できる避難所が完成した。
被災者たちは騎士たちに誘導されて向かっていく。
雪の中、俺はその列を妻のソフィアと見つめていた。一人の女が子供を抱きながら俺に向かって走ってきた。
俺が大火傷を治した赤子の母親だった。
「陛下…」
「なにかな」
「ありがとうございます。私は陛下の御世に、この国の民であることを心から誇りに思います!」
「…………」
「ありがとうございますっ」
その母親を皮切りに、どんどん民が俺に
「ありがとうございますっ!」
「一生、恩を忘れませぬ!」
そう礼を俺に言ってくれたのだ。すべての者が避難所に行き終えたあと、俺は溢れる涙を堪えきれずにいられなかった。
「ぐふっ、うぐっ、うっ、うう…!」
生徒たちは気を利かせ、その場をあとにし、ソフィアは羽織っていたマントの中に俺を包んでくれた。
「頑張りましたね、レンドル…。最高の旦那様よ」
「うううう~ッ!泣かせるなよぉ…っ!ふぎぃいいい~!」
その後、俺は一度城に戻り、入浴後に愛しいソフィアを堪能しようとベッドに行ったところ
「すー、すー」
「えええっ、そりゃないよぉ…」
愛しいソフィアは爆睡していました。
うう、何故か男は徹夜明けで疲れている時は女の子としたくなるのに…。
台無しだ。だが、それがいい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あの大火からしばらく経ち、南街区の復興もかなり進んでいる。
俺はたまに視察に行く程度で、あとは家臣たちに任せた。お飾り国王だし。
大学の柔道場で弟子たちの指導をしていると事務員のマルティが来て
「校長、宰相閣下より手紙です」
「ああ、ありがとう」
手紙で寄越すものでは公式文書ではないだろう。俺は気軽に封を切って宰相殿からの手紙を見た。
「っぶ!」
弟子たちと他の助教官が何事か俺に振り向いたので
「いやいや、ただのくしゃみだ。気にするな」
『親愛なる陛下へ
城下町で一番大きな規模を誇る劇団キャニオンが、先の大火における陛下のご活躍をぜひ演目にしたいと許可申請をしてきたので我ら重臣一同で許可いたしました。陛下役はキャニオン一番の大スタァであるセシリア・クライス殿、そして我が愛娘の王妃ソフィア役は王国一のローレライ!シルヴィア・オレスト殿!現在猛稽古中だとか!楽しみです!追伸チケット同封しておきます』
誰が行くか。そう思っていた俺だけど公演初日
「やだっ!絶対に行くもんか!」
俺は城内の柱にしがみついて離れない。何とか連れていこうとするソフィアは卑怯にも
「一緒に来てくれなかったら、三日間独り寝の刑ね」
「ひっ、卑怯だぞ!」
「何とでも言いなさいよ。さあ、男の子なら覚悟を決める!」
「トホホ…」
そして開演、ソフィアは王国一番の歌姫が自分を演じてくれて、よっぽど嬉しかったみたいで、うっとりと舞台に見入るが俺を演じるイケメンが大火傷を負った赤ん坊を抱きながら治癒する場面は、もう恥ずかしくて堪らず逃げ出そうとしたがソフィアにしっかりと服を掴まれて、それも出来なかった。
一緒に観に来ていた宰相殿を恨めしそうに見ると
「まあまあ、これも国の経済を回すためと堪えて下さいませ。ちょっとした流行みたいなものですよ」
まあ、それもそうかと思ったけれど甘かった。俺の南街区大火における活動は、俺が生きている間ずっと続き、そして死んでからも、この国で演じられる大人気演目となっていくのだった。