大学創立と大火
というわけで、俺は大事な国の行事には顔を出すが、それ以外はほとんど政治などに関わらない、いわばお飾りの王、象徴となった。ソフィアも同じ、お飾りのお妃、いやお姫様だな、可愛いから。
だって胸はメロンで、お尻は桃ですよ。ソフィアのお乳って仰向けになっても形が崩れないんですよ。昨日もたっぷり可愛がってあげました。今朝もね。
ともあれ、俺が育てなければならない明日の結界魔法術者。
実を言うと結界魔法ってね。これ、そんなに難しくない。いやマルトー教の魔導水晶と結界水晶が無ければ魔法陣の術式や何やら一気に難しくなるけど、小説読んでいた当時は怪しげな宗教かと思っていたマルトー教って意外とまともなのよ。元日本人の俺からすると仏教?そのくらい世の中に浸透している宗教であやしげな教祖もいないし、それぞれの教会にエラい坊さんいるけど普通に結婚して肉も魚も食べているし。つまり自然というわけよ。
話しは逸れたけれど、そのマルトー教とクレシェンド王国の大昔のエラいさんが現在において
“ただ多量の魔力を魔導水晶に一気に放出すればいいんだ”
の状態にしておいてくれたわけだ。大変だったろうな。
異世界転生ラノベの主人公は、どちらかと言えば転生先の宗教に何かと苦労させられる展開が多いけれど、俺の場合はもう活躍の場をお膳立てしてくれていたわけですよ。
こりゃ、こちらの神様にも手を合わせないとバチが当たるな。
ただ、一度始めたら途切れさせては駄目。結界障壁がドンとドーム型に張れるまで放ち続けなければならないこと。休みなく息を吹き込んで風船を膨らませているようなものだ。
何てことはない。俺とアメリアは常人より放出できる魔力量が多かっただけなのだ。
国王の俺自ら校長を務める学校『レンドル大学』その講堂の壇上に立ち、俺は第一期生の顔ぶれを見ていく。各地での適性検査に合格し、かつ入学を希望した俺の可愛い弟子たち。みな十二歳から十四歳の少年少女たちだ。妙に大人だと、相手が王様と恐縮するからな。
大学には俺と教師、助教官、事務員、養護教諭、食堂スタッフと多くの者がいる。
ちなみに、ソフィアも一緒に講師を担当する。城でお飾り姫なのは退屈らしい。彼女は才媛なので生徒たちに貴族の作法と社交ダンスを指導できる。ちなみに俺は踊れない。
あの朝議のあと、間もなくクレシェンド王国中、十二歳から十四歳までの少年少女に一斉に魔力量検査を行った。貴族平民関係なしだ。普段は国の施政の影響も受けない半ば独立している農村と漁村にいたるまで検査の手を伸ばした。
しかし、魔力量が俺の示す量を越えても、家を継ぐ者は不可、かつ家族と無理に引き離す必要はないと通達した。
その結果、集まったのは貧乏貴族の五男やら三女、孤児院に埋もれていた逸材の数々、商家の七男やら四女と親兄弟に未練など皆無の少年少女百名。
これが記念すべき、後にクレシェンド王国最高学府となる『レンドル大学』第一期生なのだ。
「みなはここで魔力を増やし、かつその魔力を制御する術を学ぶ。あとは美味い食事に適度な運動だ。みなはここ『レンドル大学』栄えある第一期生!期待しているぞ!」
「「はいっ!」」
『膨大な魔力を放つだけ、それがどれだけ至難か』宰相にそう言われた。
そう、この『膨大な魔力を一定の時間途切れさせず放つこと』がすなわち結界魔法なのだ。
俺がのっけから出来たのは、前世で身に付けていた“気功”が魔力より何というか密度が高かったというかな。
前世の分娩補助の時、気功を長時間放ちっぱなしで対応することもあった。
だから、殺傷能力のあるビームは撃てないけれど、気功を魔力に変換して一定時間放つことは苦痛でも何でもなかった。
ともあれ、宰相殿と嫁から『どう結界魔法を教えるの』と訊ねられた時に俺は即答した。
「柔道と座禅だ」
聞いたことも無い言葉に戸惑う二人、だって俺が実際に気功を高められたのは柔道と座禅なんだし、柔道は五段の腕前だから指導者と審判の心得もある。座禅は見てすぐ誰でも出来る。
むしろ魔法を教えろと言われても『ダーッとやって、グイッと引き、ビューンだっ!』と某野球監督のような擬音だらけになるのがオチだ。
第一期生は百名いる。男五十五、女四十五、俺は人数分の柔道着を揃えた。みなに貸与した。見たことも無い道着に戸惑う少年少女たちに『結界魔法を身に付けるのは心技体を鍛え上げる』と言い、荒稽古を開始するのであった。
見たことも無い、聞いたことも無い『柔道』と『座禅』若い彼らからすれば受け入れられないと思ったが、俺は絶対に『国王命令だ!』を使う気はなかった。それを言った瞬間、俺は彼らを指導する資格を無くす。
しかし…何というか嬉しい誤算だった。子供たちは新しい文化に触れて、嬉々として取り組んでいく。やはり国王から下賜してもらった柔道着と言うのは嬉しいのだろうか。
彼ら一人一人ドヤ顔で柔道着を纏い、俺が教えた受け身、型などに取り組んでいき、乱取りに入っていく。畳は無いので床にはマット、受け身を取る時の手をつくパーンと言う音が心地よく響く。
前世の俺は元々生まれた時から“気功”を身に宿していた。それを柔道と座禅で高めていった。彼らは国の審査を通った魔力量の持ち主。少年時代の俺とほぼ同じ条件でスタート、いや茂一のそれより、かなり進んだ状態から始められると言っていい。
柔道、座禅、体力を高めるための走り込み、そして礼に始まり礼に終わる武の心も俺が指導する。みんな懸命だ。国家の役に立てる仕事に就ける。
俺の方がむしろ彼ら少年少女たちを甘く見ていたことを指導開始からすぐに気づいた。
どうも、国家に忠誠の薄い令和日本から来たせいかね…。
俺が逆の立場なら国王がナンボのもんじゃいと思っていたかも…。
彼らにとって国王自ら直接稽古をつけてもらえると言うのは誇りなのだ。
「教えられているのは、むしろこっちか…。お礼に師として君たちを立派に育ててみせる」
きちんと整然と並び、道場で座禅を組んでいる生徒たちを見て思った。
座禅は体内にある魔力を体中に循環させて、量を増やすにピッタリの修行だ。
俺もこれで気功の量を増やしたものだ。
「「すー、すー」」
「と、ケニーとルル、居眠りだな…。まあ、荒稽古の日々だし少しだけ見て見ぬふりしてあげよう。ははは」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
僕の名はレノマ、城下町の孤児院に住んでいました。十二歳になります。
両親の顔は知らないし、今さらどうでもいいです。
それにしても、最近は孤児院の食事も良くなってきたんです。シスターのマリア様が言うには、今の王様になってから孤児院に支給されるお金が増えたとか。王様への感謝の気持ちを忘れず、日々畑仕事に精を出しなさいと言うし、僕には雲の上の人だから分からないけれど、すごい人なんだろうと思う。
そんなある日、お城から十二歳から十四歳の少年少女たちは国からの検査を一斉に受けなければならないという知らせが来たんだって。
うちの孤児院からは僕を含めて四人、シスターに引率されて検査会場に行ったんだ。
魔力の量を測るとか云う測量水晶とかに触れるだけだった。無駄骨、僕には魔力なんて無いし。
だけど数日後、国王様の書簡を持った騎士様が来て、僕を国王様自らが校長先生を務める大学に入学してほしいと言う知らせが来たんだ。シスターたち、腰を抜かすほど驚いていた。
前の検査、別にいま魔法を使えなくてもいいんだって。あの水晶は人間一人一人の中に眠っている魔力の量を測るものだったらしく、僕は合格ラインを満たしていたんだって。嘘みたいだ。魔法なんて僕の人生では無縁なものとばかり思っていた。
けして強制ではない、自由な意思で来てほしい、そう記されているとシスターは教えてくれた。そして締めくくりに
『道のため来たれ』
と。意味はよく分からなかった。だけど何となく『君が進む道のため、まずここに来てみなさい』ということかな。だけど、僕は迷わなかった。国王様に魔法を教えてもらおう。僕の道のために。
レンドル大学第一期生、僕と同じ年頃の男の子と女の子が百名ほどいた。
制服を配られて、寮に入る。
見たことも無い大きな建物、講堂と言うらしいけれど、そこで初めて校長先生…国王様を見た。驚いた。どんな怖いおじさんかと思ったら、男の僕でも惚れ惚れするほどの美男子の若い兄ちゃんだった。優しそうな微笑みで安心し……と、思っていた時が僕にもありました。
国王様は普段は優しい方なんだ。だけど柔道の稽古では鬼だった。何度わけが分からないうちに投げられたか。僕は悔しくて悔しくて何度も国王様に向かっていった。
座禅の時は足が痺れるし、同じ一期生のイレーヌちゃんの裸なんかを頭の中で想像していたら長い木の板で肩をパシーン!と国王様に叩かれる。それが痛いのなんの…。その都度に手を合わせて頭を下げつつ『何で分かるの?』と不思議でならなかった。そして『雑念は捨てなさい』と叱られるんだ。無心になれと。
でも、段々と柔道が面白くてならなくなり、座禅を続けていくうちに自分の中に新たなチカラ、魔力が湧き出てくるのを感じる。強くなっていくのが分かるけれど、強くなればなるほど国王様のすごさ、おっかなさが分かる。
ああ、僕はきっと爺さんになっても国王様には敵わないし、ずっと頭が上がらないのだろうなと思う。でも、何かそれが心地いいんだ。
僕はこの大学に入れて、心から良かったと思う。そして一人前になったらイレーヌちゃんに告白するんだ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大学で生徒たちを仕込みだして、そろそろ三ヶ月が経とうとしていた。
俺は道場で彼らの稽古を見つめている。嫁のソフィアも柔道着を着て道場にいる。指導者として一応黒帯を巻いている。
「雪か…。冷えてきたわね。生徒たちは稽古で汗だくだけど」
「うん、よし…。今日はみんなにちゃんこ鍋を振舞うか」
産科医術以外、令和日本のオーパーツは出すまいと思っていた俺だが、いつの間にか柔道と座禅も出すし、そして、とうとうちゃんこ鍋を出した。
プロ級とはいかないが、前世それなりに料理を嗜んだからな。和美が仕事や妊娠中の時は俺が食事を作っていたから。ちゃんこ鍋は前世、和美と子供たち、もしくは事務員さん看護師さんたちを労うため、よく食べに連れて行った。調理場が見える店だったし、料理番組やグルメレポで作り方を指導していたので再現は出来る。
生徒たちは大喜びだった。目をキラキラさせて美味しそうに食べるんだ。
ついでに嫁も出自が公爵令嬢って誰も信じないだろうと思うくらい豪快に食べていた。貴族作法講師のくせして。
「ホントッ!?レンドルのちゃんこ鍋最高だから嬉し…」
「どうした?」
ソフィアの視線の先は道場の窓、その向こう、かなり遠いが黒煙が見えた。
「…かっ、火災か…?」
大学に延焼してくる距離ではない。しかし
「おい、あのあたり…南街区の居住区があるところじゃ…」
この世界、無論消防のポンプ車はない。延焼棟を破壊するか、町の各地に配置している貯水槽から近隣の者がバケツリレーで消すというもの。破壊を担うのが、その区域を担当する自警団だ。大量の水を出して消火が出来るような魔法使いが都合よくいるはずもなく、強風にも祟られ百棟以上が延焼しており、鎮火の兆しが見えない。犠牲者も多数、しかも運が悪いことに王国の天候は雪。
俺はすぐに動ける主なる家臣たちを集めた。いくらお飾りだろうが、こういう時は顔と口も出させてもらう。
「備蓄庫から出せるだけ食糧を出せ!金は王室すべて出すから人をかき集めて」
「陛下、城下町は各街区に別れ、それぞれ街長が復興の指揮を取ります。支援は、その長の要請を待ち…」
「馬鹿者!」
俺は初めて家臣たちを怒鳴りつけた。
「この城下町は無論、この国の民はすべて余の愛民である!報告では百棟以上燃えて、今も延焼拡大中だ!五百か六百の民が住まいを失い、この極寒に身一つで晒されておるのだぞ!いま我らが成すべきことは被災者たちの救援である!」
家臣たちは一斉に膝を屈して頭を垂れた。
「「ご命令のままに!!」」
間もなく、王城から食料を積み込んだ荷台と馬車が次々と出発して行った。
家臣たちは迅速に動き、城下町各地より人をかき集めて現場に向かわせた。
「今日のうちにでも雪をしのげる避難所を建てる!男たちは現場に駆けろ!」
「女たちも来てくれ!家を失った者、火を消している者たちに温かい料理を食わせてやるのだ!」
城下町の民たちは白い息を吐きながら、同じ国に生まれた者たちを助けに行かんと大急ぎで現場に走っていく。
俺は雪が降る中、城のテラスでそれを見つめていた。
いま俺が行くと、市民は無論、自警団の連中までいちいち頭を下げてくる事態になるから、まだいない方がいい。
「レンドル…」
ソフィアもテラスに来た。俺に外套をかけてくれた。
「…そろそろ現場に向かい、被災者の救援と慰問に行く。余と君の顔が必要だ」
二人だけだが、ソフィアは“私”から“公”に姿勢を変えて俺に頭を垂れた。
「承知いたしました。ご一緒させていただきます」
「ふむ…。見ろ、黒煙がだんだん薄くなってきた。鎮圧に向かっているようだ」
「はい…。陛下」
「ん?」
「災害時にこそ為政者の真価が発揮されるもの。お見事です」
ニコリとほほ笑むソフィア、寒さのなか赤くなった頬が雪ん子のようで可愛らしい。俺も微笑み
「ありがとう。だが、お見事はまだ早い。これからだよ」
そう答えた。




