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雷音の機械兵〔アトルギア〕  作者: 涼海 風羽
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ログ:雷音の機械兵(中)

 青い瞳がこちらを捉える。


「紗也、また会えて嬉しいわ」


「エリー、どうしてここに」


 エリサは鉄爪をあしらって、すかさず横たわる鉄平の身を抱え上げると「重量オーバーだ、自分で動いて」ともう一度寝かせた。


「あなたを機械の魔の手から救い出しに、皆で来た」


 物々しい足音が部屋の外から迫ってくる。


 やがて半開きだった扉を突き破って入って来たのは、筋骨隆々の男達だった。


「紗也様ァ! お助けに参りましたぞォ!」


「機械兵なぞワシらの敵じゃなかですけ! ご安心下されぃ!」


「紗也様へのご恩、今こそ報いる時じゃあ!」


 雄たけびを上げる豪傑達の暑苦しさ。夜雨で冷えた部屋の気温があっという間に上昇した気がする。


 紗也には見覚えがある顔触れだった。


「あれは山人達、彼らまで来たっていうの!」


「あなたが蒔いた種でしょう、紗也」


 彼らの手には機械兵の物だったと思われる装甲や刃物が身につけられている。まさか山奥での暮らしを誇りとしている彼らが機械と戦うためにアオキの山から下りて来たのか。


 驚愕の紗也を尻目に山人達が機械兵に挑みかかる。屈強な山の戦士達の猛攻にジャギルスの手を焼かせる隙に、エリサが鉄平を安全圏に連れ出した。


「エリサ、無事だったのか……」


「無事じゃない、死にかけた。彼らの合流が間に合ってよかった」


 エリサの身体もひどく傷つき装備はあちこちが損傷している。だが彼女を見て鉄平が露骨に安堵の表情を浮かべた。


 紗也が奥歯を噛み締める。何を浮かれた顔してるの、鉄平。そんなに嬉しい事があったの。


 信じられない。何もかも信じられない。


 どうして、どうしてどうしてどうして。


「どうして皆、邪魔をするの!」


 その叫び声に鉄平が歯を見せ返した。


「皆が紗也を大好きだからだ!」


 分からない、何もかも分からない。


 紗也は当惑している。彼らの感情的な言葉の数々にではない。鉄平、山人、エリサ。よく見知る顔ぶれが目の前にいる事にだ。


 この塔の下には無数の機械兵がいたはずなのにどうやって辿り着いた。


 いや……戦って来たのだ。証拠に無傷な者は誰もいない。全員が手負いの体で戦っている。何のために。


 紗也のために?


 機械兵は歴史上長らくに渡り人の暮らしを脅かし栄えある文明を打擲してきた。地上の誰もが機械兵に対して恐怖を知る。ただの民が立ち向かえる相手ではない。


 だが彼らは現にジャギルスを肉薄して立ち回りを演じている。


 紗也を救い出す。その言葉を叫んで。


 紗也は頭を抱えている。


 私は、彼らに助けられようとしている?


 私は、彼らのために死ぬはずなのでは?


 だけど私の命を奪うために彼らは命懸けで殺人兵器と戦ってるというの? そんな理屈が通るのか。いや……違う。これだけの判断材料ではどこかに矛盾がある。だけど矛盾を生じさせる違和感の正体が掴めない。彼らは何を求めて戦うのか。


 紗也は額に触れた掌が冷や汗でぐっしょりと濡れているのに気付いた。動揺している。


 だが再び脳裏に声が響いた。


『何を焦っている。紗也は尊い存在なのだ』


 声は脳裏に蜃気楼の様な波紋を呼び、残響して消えた。紗也の心は鎮まり、機械兵が与えた自己肯定感を反復した。


 そうだ、私は……彼らにとって最も尊い命なのだ。


 私に役目を果たさせるためなら……カレラハシンデトウゼンダ。


 まさかと察した。


 あの人達は私を生贄にするための追手なんだ。──紗也の恐怖はにわかに膨張した。


「私を殺さないで!」


 紗也の叫びに呼応してジャギルスの爪が猛威を振るう。弾かれる山人達に追い討ちをしかけるもエリサが剣で食い止めた。


「紗也、聞いて! 私はあなたとの争いを望まない、攻撃を止めて!」


「嘘だ!」


 剣と爪は相弾きなおも衝突。攻めのジャギルスと受けのエリサが剣戟を繰り広げる。エリサは傷だらけの体を燃やして剣を振るう。


 しぶとい。警護の士として有能ならば敵に回すとこれほどまでに厄介だとは。紗也は歯噛みしながら機械兵の背後でがなり立てる。


「人間達は互いを騙し恨み滅ぼし合う事しか考えていない。人間なんか信用できない!」


 爪の斬撃を躱しながらエリサが声を放つ。


「それは一面性でしかない。人間は怒りと憎しみで大きな力を手に入れる。その源は、護るべき存在ものへの愛よ。愛する存在のために人は強く成長するの」


「愛? 知った口を聞くな!」


 ジャギルスの一撃を受け止めたエリサだったがいきなり胸を抑えて顔をしかめた。エリサの腹部に機械兵の蹴りが入る。怯んだエリサに追撃の裏打ちが送られた。


 機械の声が脳裏に聞こえる。


『人間は内に潜む浅はかな欲望を、愛という美辞麗句で高尚な思想にすり替え崇めているに過ぎない。愛は憎しみの種だ。平和のために今ここで絶やさねば』


 響いた声に共鳴するように紗也は喚き声を上げた。


「皆、敵だ。心を持つ者は皆、敵なんだ!」


 吹っ飛ばされたエリサを抱きとめた山人達が慄いている。


「紗也様、一体どうしたんだべ、まるでお人が変わっちまったみてえだ」


「機械兵と一緒になっとるだ、紗也様は奴らに寝返っちまっただか!?」


 山人達を鉄平が一喝する。


「バカ野郎! 紗也は奴に洗脳されてるだけだ!」──ちなみに鉄平の方が山人達より遥かに年下である。


「おい、バカ紗也!」


 鉄平が紗也に近づく。両手を掲げてなにも持たないと示している。後退る紗也。


「ジャギルス!」


「させない」


 鉄平に飛び掛かろうとするジャギルスをエリサが蹴り込む。機械の巨体が怯んだ。


「鉄平、任せたよ!」


 エリサの声に鉄平は無言を応えとして一歩また一歩と紗也に歩み寄る。排熱音が響いて機械兵が動き出す。エリサがその脚を払い態勢を崩すと振り返って声を張る。


「何やってるの山人達、あなた達も手伝いなさい! 私あんまりモたないよ!」


「お、おうさぁ!」


 筋肉の山が機械兵に覆いかぶさった。足掻く機械兵も純粋な質量の責めに遂に屈して、男達の中に埋もれた。紗也の呼び声も虚しく機械兵からの応答はない。


「あぁ、ジャギルス!」


「おい、バカ紗也!」


 紗也は顔をしかめた。


 すでに鉄平が目の前に来ている。下がろうとするが負傷している足元が効かない。ジャギルスがいなければ可能な行動は限られる。たちまち天井の瓦礫に足を取られ転倒した。


「クッ……」


「そこはいったぁーい、じゃないのか、バカ野郎」


「うるさいな、さっきからバカバカって! 私は鉄平、あなたを一番許さない」


「俺が憎いのか、紗也」


「憎いよ。私を騙して、私の命を奪おうとした張本人。人殺し!」


「だったら俺をどうするつもりなんだ」


「……消す。この広くて美しい世界から、あなたの存在を消してやる」


「アオキ村の人々を皆殺しにした、そいつみたいにか」


 その言葉にジャギルスを見た。アオキ村は彼が滅ぼしたと言うのか。不思議なことに言葉が出なかった。どうした自分、アオキ村を恨もうとしてよ。


 そう、だってアオキ村は私の自由を奪う場所。滅ぼされてせいせいするべき。


「…………そうだよ、私は機械兵と一緒に理想の世界を創っていくんだ」


 人間の感情は欲望から出る。私利私欲に塗れた世界が行きつく先は、憎しみと悲しみの戦禍が虎口を開いて待っている。欲など持たなければ良い。


 何人たりとも争わない誰もが完全一致した思想。諍いを生まない。何も生まない。機械だけが実現できる世界……それこそ美しき平和の理想に違いない。


 平和を脅かすのは、人間の欲望。


 だから機械は元凶を根絶やしにする。


「機械は世界から争いを無くすための戦争をしているんだよ、鉄平」


「はぁ……つくづく思うわ、この、バカ紗也!」


 怒声を発した鉄平に後ずさる。だがだしぬけに腕が伸びてきた。手首を掴まれそのまま引き寄せられる。鉄平の顔が近い。


「いつからそんな大層なことを言えるようになったんだ、お前は。どうかしてるぞ」


「どうかしてるのは、そっちの、方だろがっ」


 顔面目掛けて頭突きした。衝撃はバキッと音を上げ、鉄平の鼻からは鮮血が噴き出た。しかし鉄平はまったく仰け反らなかった。


「……この程度で俺を世界から消すつもりか」


 にたりと笑う鉄平に紗也の怒りは激しさを増す。その手はまだ紗也の肩を掴んだままだ。


「お前の言説ごもっともだ。たしかに紗也が言うように俺達は不完全な存在かもしれない。けどな」


 ぞわっと背筋を撫でる気配。鼻からだらだらと血を流しながらも鉄平は目を見開いてそして言う。


「機械の考え《そっち》とお前の救出こっちは話が別なんだよ!」


 鉄平の手が恐ろしい速さで動いた。次の瞬間、首に何かを取り付けられた。すぐさま外そうとするが全然取れない。


 これは……何だ? 手触りをたしかめ感触を調べ、そして気づく。まさかこれは……。


 鉄平が歯をちらつかせる。


「朋然ノ巫女様、お気をたしかに」


 紗也が村で付けていた首飾りだ。紗也は空読の後、必ず鉄平から受け取り肌身離さず提げていた。


 自死する前日、鉄平から褒められた後すぐに付けて、そして返した。


 ここに持ってきていたのか。


「もう何も背負わなくていい」


 巫女の首飾り……村にいた頃、紗也が紗也であるために欠かさず胸元に提げていた、自分の一部だ。


「う、うあ……」


 だが、なんだ、これまでの感覚と様子が違う。すっと背筋が伸びるような簡単なものではない。


 首が、熱い。違う、首飾りが、光っている。


「なに、これ……」


「悪く思うな、紗也」


 首飾りの装飾を鉄平は一欠片もぎ取った。すると首が更に熱を高めて電気を帯び出した。


 頭が痛い。


 自分の中に異物が入り込んでくる。頭から胸を通って腹部まで、体中のありとあらゆる所で得体のしれない存在が暴れまわっている。


 これは、自分か?


 いや、こっちが自分だ。


 何を言ってる、こっちが自分だ。


 違う、本物はこっち。


 分からない、どれが自分だ?


 胸が痛い……何が正しいの?


 人間を殺せ。


 お願い。


 皆を守って。


 助けて。


 すべてが敵だ。


 苦しい。


 助け合おう。


 痛いよ。


 滅ぼせ。


 守れ。


 殺せ。


 祈れ。


 壊せ。


 繋げ。


 憎め。


 愛せ。


「うあ……うわ、うわぁぁああああああーーー!!」


 激痛が全身を駆け巡る。あまりの痛みに紗也はのたうち回る。自分ではない何かが自分ではない何かと戦っている。


 何かが消えていく……。


 何かが入ってくる……。


 イヤダ、キエタクナイ……。


 戦え。守れ。願え。語れ。進め。歩め。想え。慕え。満せ。望め。生きろ。


(代われ)


 薄れゆく意識の中、紗良の顔が見えた気がした。


「鉄平―――――――!!」


 そして紗也の視界は暗転した。何も見えない暗黒が紗也を包んだ。耳には何も聞こえない。吐いた息が空気を擦る音だけがして、吸った空気が浅い所までしか回らない。


 顔にやった手が酷く震えている。指先は冷たい。まるで何かに脅えているようだ。


 私は何が不安なんだと分かれば良いのか判別がつかない。


 分からない、それが怖い。


 意味も分からず震える指先。段々と寒さを感じてきた。寒い、身体が寒い。冷えていく。身体が段々、冷えていく。冷たくなっていく指先、身体、それはまるで自分の命が消えていく様を感じるよう。


 嫌だ消えたくない。消えたくないよ。震える身体で、闇の中を必死にもがく。私の命は、どこだ?


 無音の虚無に溺れながら紗也は問う。冷えたカラダはどこに命を求めるべきかを。耐えがたい孤独と恐怖が押し潰そうとしている。誰か、誰かいないの。叫ぶ。


 お父さん、お母さん……呼べるはずもない。


 この世に紗也の肉親は一人もいない。


 紗也は天涯孤独の少女として生まれた。唯一姉と呼べる紗良は、紗也が生まれた時にはすでに死んでいた。


 紗也は姉が残した世界の記憶と、朋然ノ巫女の役目──ジプスの民を治める術を形見に学び続けた。


 その傍らにはいつも一人の少年がいた。名は鉄平。白皙の細面をした利発そうな少年だった。


 彼は紗也が学ぶことを甲斐甲斐しく世話してくれた。紗也が役目を励む姿に感化されたか少年は体を鍛え始め、やがて逞しい青年に成長した。


 いつしか紗也は鉄平を兄のように慕っていた。


 いつの日だったか鉄平は紗也に首飾りを贈った。彼が調べて作ったという先代巫女の紗良と同じ形の装飾を。紗也は鉄平にこの上のない感謝をした。自分にとって唯一の寄る辺を与えてくれた彼に紗也はこの時並ならない感覚を抱いた。その名前は分からなかった。


 しかし嬉しかった。姉の面影を感じる品。最高司祭者として相応しい大きく豪奢な首飾り。紗良の記憶と紗也の想いはすべてこれに刻まれている。村の民が与えてくれた幸せな時間さえも。


(そっか、私は幸せだったんだなぁ)


 紗也に血の繋がりがある人はいない。その代わり血よりも濃い繋がりを持つ人が、いつだってそばに居た。その名前は鉄平。


 暗闇に彷徨う紗也の前を一筋の光が走った。


 そうだ……首飾りだ。


 紗也は首から下がる大きな装飾を胸いっぱいに抱いた。


 終わらせない。まだ終わらせたくない。私を一人にしないで。ほのかな光が首飾りを包みだし、闇が徐々に薄れていく。


 気を抜けばすぐに闇がまた迫ってきた。紗也は足掻いた。声にならない声で力いっぱいに叫んだ。


 私は――まだ生きたい!


 首飾りが七色に輝きだし漆黒の闇を払っていく。


 辺りは光に包まれ──遠く光の中に誰かの影が見えた。


 その方に向けて必死で手を伸ばす…………。






 目を覚ますと鉄平がいた。何か喋っているようだが内容まで聞こえない。


 だけど彼の穏やかな表情は紗也の心を落ち着かせた。腰を下ろした鉄平に肩を抱かれているようだ。


「……そんな顔するんだね、鉄平も……」


「紗也、すまなかった……」


 鉄平の下げようとした頭を手で押さえる。ぺちりと額の鳴る音がした。


「違うの鉄平。鉄平は何も間違ってなんかいなかった。私は私の、鉄平は鉄平の役目があったんだ」


 手を離してゆっくりと言葉を紡ぐ。役目。その言葉が胸に刺さる感覚を紗也は理解しながら言う。


 過去から続いてきた今ある繋がりに対する感謝。自分が見てきた村の民の暮らしぶり。平和を信じていた温かい日々。生きる事に限りを持たされた紗也だから感じられた、世界の平凡な美しさを素直な言葉で伝えていく。


「なのに」


 途中で涙が遮った。


「ごめんなさい……村を守れなかった。巫女の役目を果たせなかった。村の皆に貰った幸せを何一つ、返す事ができなかった」


 ごめんなさい。ごめんなさい。私はバカ紗也だから。役に立たなくてごめんなさい。


 繰り返し何度も泣きじゃくっては詫び続ける。迎えに来てくれた大切な人を傷付け、手に掛けようとした恐怖と後悔が紗也の胸を苛ませる。


「ごめんなさい、私のせいで、ごめんなさ」──口を何かに塞がれた。


 布? 鉄平の匂いがする。これは……。


 紗也は鉄平に抱きしめられていた。


 大きな胸と太い腕に体中を包まれる。ぎちぎちと体が鳴りそうなほど力強く苦しいまでに。


「紗也は、誰よりも広く温かい懐でジプスの悲しみを受け止めてきた。代償として深い孤独を背負いながら、村を明るく照らしていた。誰もが紗也、お前に感謝している。そして……俺もだ」


 鉄平の手が紗也の頭を撫でる。


「生まれてきてくれてありがとう、紗也」


 紗也は鉄平も両親がいない事を知っている。指導者である彼の境遇を慮る者はほとんどいない。深い悲しみを秘めているのは鉄平も同じの筈なのにどうしてそこまで優しくできるの。


 温かい彼の胸の中で紗也はしばらく泣き続けた。


 心臓の音が聞こえる……鉄平は生きているんだね。紗也の額に一粒の滴が落ちた。


 鉄平が頭上で泣いていた。頬を伝うその涙を紗也は拭ってやると彼は穏やかに微笑んだ。


 もう寒くない、紗也は欠落していた胸の何かが満たされていくような気がした。


「二人とも、良い所を邪魔してすまないが、もう限界だ! 退却しよう!」


 エリサが苦渋の声を響かせた。機械兵を抑え込んでいた山人達も身体を震わせながら必死に状況を維持している。十五分は支えていた彼らの限界はすでに近い。


「少年よ、よくぞ紗也様をお救い下さったァ! お見事じゃあ!」


「だがワシらもよく戦ったァ! つまり、そろそろキツイィッ!」


「塔の下で同朋達がまだ戦っとる! さっさとずらかろうぞォ!」


 鉄平が紗也を抱き上げて立ちあがる。


「山人達……ありがとう! アオキ勢、退却だ!」


 鉄平は高々と言い放った。






 だが地獄は始まってすらいなかった。






『マザーニデータノ転送ガ完了シマシタ。出力ヲ100%ニ戻シマス』






「……え?」――その瞬間、人間達が弾けた。


 鉄平の唖然とする顔。機械兵に覆いかぶさっていた山人が八方に吹き飛ばされる。叩き付けられた壁の方々から呻き声。押し潰されていた機械兵がゆっくりと立ち上がる。


 両眼を、赤色に光らせた。


『時間を取らせた』


 紗也を抱く腕が一瞬にして粟立った。機械兵の言葉が、肉声に近づいている。


「皆離れて、私が斬る!」


 剣先を煌めかせエリサが斬り込んだ。


『何処へ行くと言うんだい』


 電光石火の剣技だった。それを機械兵はいともたやすく躱してしまい、鉄爪でエリサの胸部を撫で斬りにした。


 エリサは喘ぐが間一髪で急所を外した。後方へ受け身をとり、即座に腰から銃を抜く。


『赤子の玩具かね、そいつは』


 瞬き一つしていない。機械兵が、いつの間にかエリサとの距離を詰めていた。そしてエリサが引き金を引いたはずの銃身は握り潰されていた。


 弾は掠ってすらいない。


「速いのね」


 エリサが至近距離を斬り上げる。予備動作ゼロの逆袈裟に跳ね上げた剣身は、奴の左腕を見事に獲った。紗也の目にはそう見えた。


『時間は有効に使いたまえ』


 だが獲られていたのは、少女の腕だった。


 剣と腕が床に落ちる。


「ぎゃあああああああ!」


 断末魔が部屋中に響く。悶えるエリサを機械兵は蹴り飛ばし、高々と笑いをあげた。


『人間よ、何故謙虚にならない? お前達が夢見た平和な世界を僕達は成し遂げようとしているのだ。大人しく次の世代に世界を譲ったらどうなんだい』


 どこかで聞いたことある声……そうだ吾作だ。アオキ村の村人の声を機械兵は出している。紗也と繋がった時に記憶から情報を機械兵は抜き取ったのだ。


「エリー、エリー!」


 壁にぶつかり動かなくなったエリサを呼ぶが反応はない。そんな、彼女がやられるなんて。紗也を助けに来た人達が全員やられてしまった。自分を助けに来たせいで、皆が傷つき倒れていく。


 自分のせいだ、自分が生きているからだ。視界が滲んでいく。涙が出てきた。


「泣くな、紗也!」


 鉄平が怒鳴った。


「まだ終わっちゃいない。俺がいる」


 紗也を抱く腕をさらに強めた彼の鼓動は恐ろしいほど胸を叩いていた。そして鉄平は紗也の耳元で囁いた。


(…………!)


 鉄平が覚悟を決めた。


 最強の味方を失い、山人達の救援も望めない状況で、彼が頼める最後の希望。


 それは己の腕っ節だけだ。


 アオキ村の若き導師であり、村一番の力持ち。その裏に重ねた無限の努力。矜恃のみを杖に震える膝を叩き起こす。


 エリサの沈黙を確認した機械兵がゆっくりと鉄平に向き直る。


『残すは君と、紗也だけだ。見たまえ、マザーには僕と紗也の遺伝子情報を元にした子ども達が宿っている。まもなく僕以上の性能を持った機械兵が世界中に放たれるのだよ』


 紗也の記憶を抜き取ったとは言え人格は機械兵本来の個体差に依るものらしい。上から目線で物言う機械兵に鉄平の嫌悪は露骨になる。


「はん、何が僕と紗也の子どもだ! このドスケベ野郎! 吾作の声なんか使いやがって、お前らなんかにやられてたまるか」


『仮にも旧時代の支配者だったからね、君達人類は。まだまだ学びたい事が沢山あるのだよ』


「うるせえ人間をパクるしか能のねえ奴に滅ぼされてたまるか」


 人類の脅威を前にしても口の悪さは揺るがない。


『パクリじゃない、踏み台だ』


 淡々とした言い方をしながらも機械兵の殺気が高まってゆくのを感じた。


「紗也、下がってろ!」


 鉄平に突き飛ばされた。機械兵が間を詰めてくる前に鉄平は横に転がり落ちていた大鋸を拾い上げた。


「村の仇ッ!」


 振り下ろす刃は機械兵に当たらない。機械兵は鉄平の攻撃を笑いながら避けている。


『なんて非効率的なんだ人間は! その行動原理は憎しみとかいうやつか? 面白い、感情とは面白いぞ!』


「うるせえ! 現実と戦ってる奴を笑うんじゃねえ!」


『その言い回し、我々には無い表現だ。学ばせてもらうよ。そら……死にたまえ」


 鉄平の腹を機械兵が一撃入れた。だが鉄平はその場に踏みとどまった。裂けたシャツの腹部から鉄板が数枚落ちていく。


『ほう、アダル達の装甲かね。こんな物で守った所で無事で済むはずないのだが、よくぞ立っていられたね」


「あぁ、根性だ」


 道すがら機械の死体から剥ぎ取った装甲の一部を仕込んでいた。しかしそれすらジャギルスの攻撃は容易く引き裂いてしまう。鉄平の腹膜はあと一枚鉄板が足りなければ破られていただろう。


 しかし衝撃は板を貫通していた。不敵な笑みを見せた鉄平だったが、口から胃液を吐きくずおれた。外傷は無いが肋骨が砕けている。鉄板一枚の差で鉄平は即死を免れた。


 ではなぜ機械兵がその「一歩」の踏み込みをぬかったのか。


 視界の隅に異変を見たからだ。


『何をしている……そこのお前』


 機械柱にとりすがる一人の人間。


「とんでもねぇ、私ァ、大そうな事はしませんえ」


 腰の曲がった老婆──モトリがいつの間にか部屋に忍び込んでいた。


 狩猟民族の出身であるモトリは気配を消す技術に長けていただけでなく、老いた身体の低い体温が機械兵の感知を遅らせていた。


──隙を伺い、中央の柱を破壊して。


 エリサが山人と合流した際、小柄のモトリにそう指示していた。


 全員必死の作戦ゆえ誰かが母体を破壊できれば、奴の討伐または紗也の奪還に失敗したとしても、機械兵の進軍を喰い止められる。エリサなりの傭兵の矜恃のつもりだった。


 ところが、他所の人間がどうなろうと知った事ではない……老婆はそう思っている。


 モトリには譲れぬ意思があった。


「こんな容貌のあたしでも、長年見てくりゃ情が移るわえ」


 ジプスが山に入る前。その昔、モトリは山人として狩りを生業にしていた。怪我によって山人を退き、その後の暮らしは孤独な隠棲生活を選んだ。醜い容貌を疎まれたか、はたまた役に立てぬ負い目からか周囲との関わりを絶ちコミュニティを抜けたのだ。


 誰にも迷惑をかけぬよう。モトリは一人で静かに年老い続けた。


 しかしジプスの出現がモトリの人生を動かした。奇縁によって鉄平と紗也の成長を見守る立場になった。生来心根の優しかった彼女は心を尽くし、彼らがすくすく育つ様を甲斐甲斐しく手助けした。


 人の役に立てている、その実感が孤独な老婆を生かしていた。


 だからモトリにとって、二人はかけがえの無い存在。


 肉親のように愛しい子ども達が命懸けで事を起こす。それを見捨てる訳にはいかない。


「子ども達のこれからを、あんた方にらせはせんえ」


 モトリは手に持つなたで機械柱を通う管に一太刀を入れた。管は表層が割れたのみで切断には至らなかった。


「ならば、もう一太刀」――老いた身体は遠路を駆けて悲鳴を上げていた。だが歯を食いしばり刃を掲げる。


『人間が、調子に乗るな』――瞬間移動。モトリにはそう見えただろう。


 悲鳴を上げる反射すらできない老婆の首を悪魔の凶爪が刎ね飛ばす。────それは後コンマ五秒早ければ為せたであろう事だった。


 ジャギルスの爪を機械柱に串刺して直剣の柄が揺れていた。モトリの首に至るまですんでの所だった。


『……どういうつもりだね』


 機械兵の首だけが振り向く。右手を失い致命傷を負ったはずの少女が立っていたのだ。


「人間の命……易々と奪わせない。モトリ、もう十分よ。ありがとう」


 頷いた老婆は倒れた山人達の方へ退避した。機械兵は思考のそぶりを見せる。


 剣を投擲したか、しかし高硬度の装甲を貫く膂力をあの手負いの小娘が持つはずがない。


『どうしてだ、君には致命傷を与えたはず、何故立っていられる』


「あぁ、根性よ」


 その傷口には漏電と火花が散っていた。


『なるほど、君も機械だったか。あの程度じゃ死ななくて当然だ』


「丈夫な体に感謝だわ。アトルギア・チゴ型のエリサよ、よろしく」


 機械兵に刺さった剣は抜き取られへし折られた。モトリを救った代わりにエリサは武器を失った。もう反撃はできない。


『ほう、チゴ型』


 機械兵が迫った。


『データにあるぞ、世界で百体のみ存在する人間のために戦う機械兵、チゴ型か。まさか本当に人間に擬態しているとは』


「語弊があるわ。私は人間のために戦わない。人間と共に戦うの」


『違いが分からないな』


「勉強不足ね」


『お前達は力不足だ』


 ならば躱すことに集中しろ。活路は探せばきっとある。奴を倒せずとも機械柱を壊せばあの恐ろしい計画は止められる。


 機械兵が爪を振り抜こうとした時、エリサは身を低くして床を滑った。天井の穴から降り込んだ雨溜まりを利用して、素早く移動する。鉄平が落とした大鋸があった。拾い上げて即座に頭上へ薙ぎ払う。


 追撃してきた機械兵の鉄爪がちょうど当たって弾けた。


(やはり、そうか……)


 知能が高いとは言え所詮は機械。


 攻撃に、確かな型が存在する。


 エリサは推測する。新種の機械兵ジャギルス型。奴は優秀な殺戮兵器だ。生身の人間相手に苦戦した事がないのだろう。


 つまり単体の戦闘力が高過ぎるあまり……戦法の工夫レパートリーが多くない。


(慣れてくれば必ず隙を見つけられる。そこが狙い目……)


 鉄平の得物はお世辞にも良質ではない。攻撃を受け過ぎるとたちまちなまくらと化すだろう。


(避けて、避けて……隙を伺う)


 機械兵の猛烈な攻撃が始まった。反撃をしない防戦ですらない一方的な攻勢をエリサは紙一重で躱し続ける。


 出力が低下した身体でもできうる限り負担を軽くする動き。模索しながら奴の動きを読む。


 頬を切られた。腿を許した。無数の切創がエリサの体に表出する。


 痛みと苦しみを堪えながら、一撃を放つ時機を窺う。


 左手が来たらしゃがんで頭上を薙いだら、次に来るのは……。


――読めた!


 次は右腕の斬り上げが来る。これまでその動作を四回繰り返した。四回避けて来た斬撃にエリサはそこで踏み込んだ。


 奴の右腕がエリサの右肩を斬りつける。


 だがそこに腕は無い。


 腕を失い空いたスペースが動作の最適化に役立った。


 奴を間合いに入れたエリサは腰を下ろして捻りを入れた。


――頸部の関節を切り離す。エリサの渾身の一刀はジャギルスの関節装甲を叩き割り、首内部の信号組織を切断した。


 手応えあり。


「討伐ッ……!」


 薙ぎ払った得物の遠心力を利用し、その場で身を転ずると機械柱の方に踏み込んだ。


 呼気を送りながら、モトリが入れた管の亀裂に大鋸を振りかざす。


『哀れな人の奴僕め。倒せたと思ったか』


 ジャギルスの姿が再度現れた。


 そんな、中枢系は確かに今切断したはず。


 思考を巡らす暇も許さず猛烈な打撃を浴びせられ、エリサは壁に叩き付けられた。


『チゴ型か……人間を超えた人間として生まれた兵器。戦闘に関する分析力と適応力、身体能力は他のアトルギアと比肩ならない。流石だ、実に素晴らしい』


(……体内に予備信号線を配した個体か)


 中枢系を破損しても別の部位が代替して四肢に指令を送り出すことができる。主にアダルの上級種しか持たない構造をジャギルスは適用していた。


 チゴ型のエリサはそれを持たない。ゆえにダメージからの復帰が遅い。背を打ち付けた衝撃で思考がぼやけ、その眼に虚像が遊んでいる。エリサの行動は止まってしまった。


 歩み寄るジャギルスの口から管が伸びる。


『君とも生殖をしよう、エリサの持つチゴ型の情報が欲しい。そして生み出すのだ、最高の個体を』


 伸びたジャギルスの管がエリサの鼻先まで迫る。先端が十字に割れて中から球体の端子が露出する。エリサは泳ぐ眼で現状把握を試みるも、低速化した思考が情報に追いついてこない。


 エリサの能力を奪われては、奴を倒せる者など誰もいない。


 熱を帯びた機械の端子がエリサを見定め、咽喉に飛び込もうとした時だった。


「鉄平」


 雨音の中を声が通った。あどけなさに強さを含んだ凛とした音色が響く。


 それに呼応する声がした。


 傷だらけの鉄平が怒りの炎で身を律し雄々しく仁王立っていた。


 鉄平は呼吸する。砕けた肋骨あばらの激痛を満身で耐えながら肺胞を膨らます。


 今やらねば後が無い──エリサが稼いだ時間ですべての用意は整った。


 最後の望みに繋がった。


 あとは託すだけだ。


――お前に。


 鉄平は食いしばった歯を開け放ち、精一杯に声を張る。


「紗也様の御成り」


 あたりに電光が走る。


 全身が総毛立つような静電気が空中に帯び始め、目映いほどの光線が部屋一面を染め上げた。


 暗夜の空が白熱した。


 光源は柱のそばに現れた。


 真っ直ぐに伸びた姿勢。場を呑み込むような精彩を宿した美しい瞳。服は泥に塗れ皮膚は焼けているが尚以って侵す事のできない神秘性を孕んだ少女。


 紗也。


『紗也……? 何故光っている、この熱量はどこからだ』


 紗也は正面を指さした。次の瞬間、エリサを食おうとした管の先端が、爆発した。


 紗也が、露出していた端子を射抜いたのだ。


 その身に纏う、電撃によって。


 光り輝く紗也の体は雷を纏う。微笑みを浮かべた表情がその偶像感を際立たせる。


 たじろぐ機械兵だがすぐさま殺気を取り戻すと短い排熱音と共に双眸を紗也に向けた。しかし少女は動じない。


「ジャギルス、もう良いよ。終わりにしよう」


 優しい声だった。紗也の顔付きはおそろしいほど穏やかで、口元に微笑みをたたえている。まるで慈しむかのような眼が機械兵を見つめていた。


 紗也は抑えている。爆発しそうな熱量を。


 この感覚は空読に似ている。観測の結果が出る直前に紗也の胸から湧き出す兆候、あの熱感が膨らんで身体中に溢れている。極限まで抑えていないと、この部屋もろとも吹き飛ばしてしまうかもしれない。


 紗也の体を光らせるのは首から下がった大きな装飾である。紗也の力の供給源を担っている。いや詳らかに言及するとその表現には語弊がある。


 鉄平が紗也に贈った巫女の装飾。それに斯様な幻想的ファンタジカルな機能はない。


 それは言わば力の鍵。記録媒体と言えば簡単か。


 紗也が持つ記憶を引き出し本来の力を発現させるための必要な「装置」。


『紗也、紗也。危ないことはよすんだ、僕と紗也の子どもがすぐ近くにいるんだよ』


「吾作はソヨカに一途だよ。その声は止めて」


 空が唸りを上げる。自分の身体から漏れ出る電気が量を増す。


「ごめんなさい、ジャギルス。あなたは私に外の世界を見せてくれた、とっても嬉しかった」


 機械柱を指差す。指先から放たれた電流が管の穿孔に到達すると原動機から火花が上がった。たちまち室内の電灯が消失するも紗也の光で明るいまま。


「だけど私の求める世界は、あなたの理想と違った」


 すぐさま予備電源が稼働して室内は再点灯するがすかさず放電して破壊する。


 今度は掌から撃ったためその威力は拡大された。黒煙を上げた機械柱は停止した。


――これで機械の子どもは生まれない。


 身体に巻かれた包帯が電流によって焼き切られる。焦げ付いた衣裳の下の素肌が晒されていく。


 鋼色の素肌が。


『不明なデバイス・紗也ノ信号ガ急速二上昇……紗也、やはりお前は……』


 ジャギルスの声が引き攣る。エリサも驚きの光景でおぼろな意識が鮮明になる。


「紗也の両目が光ってる……? 彼女もまさか」


 ────機械兵?


 紗也も、チゴ型アトルギアだったのか?


「違うぜ、エリサ、無機物野郎。紗也はお前らのような機械兵じゃない」


 雨雲が包む夜の頂を明るく照らす。空読の記憶をなぞりながら紗也は光を放ち続ける。


 時は満ちた。


 紗也は朋然ノ巫女として周囲の者達を鎮めるように静かに笑った。


機械人アンドロイドだ」


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