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雷音の機械兵〔アトルギア〕  作者: 涼海 風羽
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ログ:雷音の機械兵(上)

 エリサも似たようなものをどこかに感じていた。


 少年が少女に対して抱いていた感情。それはまさしく身分を越えた楔に相違なく、さらぬ別れの訪れに脅えながらも懸命に生きた証を残そうとした原初的欲求そのものだ。


 しかしながらエリサが鉄平の発言に同意したのはその欲求に起因しない。


 では何故エリサは命を賭して死地に赴く彼との同道を表明したのか。エリサには自身の欠落を埋めるものについて今なお論理的な説明がつかない。


 まあそれを探すために旅を続けているのだ。この奇妙な覚悟に巻き込まれるのも運命だろう。


 いずれにせよ護衛の契約は生きている。


 エリサ自身にも紗也の遺体を奴らの手から取り戻したいと思えていた。


「白色穀物を腹いっぱい、いいわね」


「いくらでも食わせてやる。頼んだぞ」


 アオキ村で生き残った人々をかき集め各部族の有力者を通じて落ち合う場所を設定した。


 ヒル=サイト。そこはガナノより規模は劣るものの難民受け入れには寛容な都市区だ。


 雨が降っている。


 夜、雨。


 最も山越えに向いていない状況での出立。エリサと鉄平はゲイツの護衛を付けたジプス本隊に別れを告げた。


 大勢の人々が鉄平との同行を志願して別行動を拒んでいた。


 皆、紗也と鉄平の後に殉じたいと強い言葉で申し出た。


 鉄平は彼らをそれ以上に強い言葉で諫め必要以上の笑顔を見せた。


「生き残れ、そしてまた会おう」


 数人の手を握り鉄平は彼らの主張を感謝してみせた。


 二人は山に入った。


 ガナノ=ボトム第三区画はアオキ村を南西に下った盆地にある。


 途中までは村の農夫が薪拾いに利用した道があったが途切れた先は獣道だ。ぬかるんだ土、木々の根に貼り付く雨で湿った苔類が足元をいたぶる。


 三日間振り続けた雨で山の足場は過酷と化していた。


 ケープのフードをちらりと持ち上げ前を進む鉄平を見た。


 機械兵を相手取るほどの膂力を見せた彼は息を上げながらもまっすぐ山肌を登っていく。


 携行行灯ランタンをかざして雨の中を進んで行く。


 すると前で鉄平が声を上げた。


「どうしてお前がここに!」


 ひどく動揺する彼に追いつき同じく前を見やると、その引きつった笑顔に絶句する自分がいた。


「やっと来よったかぇ、鉄平。あとは旅のお方……」


「モトリ、生きていたのか! どうしてこんな所に」


 木々の合間を縫う闇に紛れて老婆が姿を現したのだ。祭りの時からモトリの姿を見なかった。


「こんな所とはお人が悪いえ、鉄平。この山は、もともと私達の住んでた居場所」


「そうか、お前はジプスが山に来る前からの先住民だったな」


 エリサもこの老婆が紗也に紹介された晩のことを覚えていた。しかし何故、今頃になってこの山奥で?


「他にもおりゃす」


 闇溜まりに人の気配。


 携行行灯ランタンで周囲を照らすとぐるりと無数の人影がエリサ達を囲んでいた。


 全員が手に武器を握っている。


「山人達か……どういうつもりだ」


 鉄平が声を低めて言う。


あたしらも巫女様を、紗也を取り返しに行っきゃす。連れてっとくれ」


 驚いてエリサが口を挟む。


「何を言ってる、行先は機械兵の巣窟。あなた達には危険すぎる」


「足手纏いにはなりゃせん」


 そう言ってモトリの後ろから出てきた男達の手には縄にくくりつけられた幾つもの機械兵アダル

首があった。


「近頃はアオキ村にお客さんが増えたでね」


「んじゃべな。ここらの獣は獲り尽くしてしもて、退屈しとった」


 山人達は太い腕に機械兵をぶら下げてにかりと笑う。


「獣を獲り尽くしただと……?」


 見れば山人は老若男女さまざまだが野性的な身体つきが共通している。


「お前達はアオキ村に加わろうとせず、山あいの拓地をジプスに譲ると姿を消した。今更どうして俺達に力を?」


「巫女様だよ」


 モトリは言った。


「巫女様は、獣を獲り尽くして食うに困った山人に、あたしを通じて村の作物を分けてくれていたんだぇ」


「なんだと。紗也が、一人でやったのか」


「土地への感謝と言ってだね。巫女様の情けに山人はずいぶん助けられた。だから今、皆はやる気を起こしとりゃすぇ」


 山人達が一斉に鬨の声を上げた。雨の降る山に無数の声が轟いた。その大音声だいおんじょうに山肌が震える。


 まだ姿の見えぬ山人も闇の中に大勢いるらしい。


 これだけの数が紗也のために戦う意思を示している。


「すごい数だ……」


「同じ数の山人達が今頃ジプスの方にも付いとります」


「なんだと、それは本当かモトリ」


 鉄平の尋ねる声が震えていた。奇妙に見えたモトリの顔が莞爾と笑む。


「それにアオキ村の衆は、大川が暴れぬよう最後まで尽くしてくれた。山人は皆、感謝しているぇ」


 エリサは思い出した……「どうせ捨てる土地なのに」とモトリがこぼした昨日の朝餉。


 あれは忌々しくて放った言葉では無かったのだ。


 鉄平はモトリから次々と知らされる真実に顔を落とした。


 孤独で死地に向かおうとする矢先に触れた人の情。


 紗也の侍従として過ごした老婆だ。鉄平との関わりも長い。きっと二人はこの腰の曲がった老人に他人以上の想いを通わせていた。


 そんな中で笑みを浮かべるモトリ老婆にエリサは胸に迫るものがあった。


 モトリは口にする。


「鉄平、良い巫女さんに仕立てたね」


 その声には我が孫を思うかのような優しさが滲んでいた。


 鉄平が俯く。モトリは少年の頭を撫でながらエリサを見た。


「山はあたし達の住む場所だ。下界への案内あないはお任せくださぇ」






――人類はどれだけの時間、機械に対して抵抗を続けていたのだろう。


 山を降りて見た景色は戦闘の苛烈さを物語っていた。


 ガナノ=ボトム第三区画は要塞化されている。


 その外周を囲む防壁は穴だらけに穿たれて根元の方は砲撃の痕で地形が変わっている。


 勝てる戦闘と聞いていた。


 ガナノ=ボトム第三区画は西の砦と称され十年に渡り対機械の最前線基地として人間達の防衛線を守ってきた。


 そこが、落ちた。


 まだ中で戦っている者はいるのだろうか。


 エリサは外壁に空いた穴から見えるボトム中央の塔・ポートツリーを眺めて思いを馳せる。


 ポートツリーは街の光から生え出るように空へ伸び暗雲の底に刺さっていた。


「次が十五度目の雷だ、用意は良いか」


 エリサは頷いた。草木の茂みに身を潜めて様子をうかがう。


 アダル型の機械兵が五体、人間が築いた公道を我が物顔で闊歩している。


 雷光が明滅する。


 重く呻くような音が空から響いた時、西の方から喊声が上がった。


 山人やもうど達だ。


 それまで路上をうろついてた奴らが振り向き進撃する山人達に集まって行った。


 続けてもう一発雷音が轟いた。


 今度は東側から呼応するように山人達の軍勢が押し寄せた。残る機械兵達が東に群がる。


 敵が散った。


「今だっ」


 二人は茂みを飛び出し第三区画内に突入した。


 倒壊した建物や瓦礫の山、空中電影ホログラム漏電ノイズが視界に飛び込む。


「おい、えぇと……」


「エリサでいい」


「……あぁ、エリサ。成り行きで護衛を頼んだが、危険な時は俺も加勢する」


「ありがとう。じゃあ遠慮なく私も仕事をする。気遣いに感謝だ。さすがは友達」


「……ふん」


 鉄平が口をすぼめてそっぽを向いた。怒らせてしまったようだ。


(言葉選びは難しい……)


 エリサは少し言葉を気にしようと思った。


 山人達による陽動作戦は効果が出ていた。街中を走っていても機械兵の姿が見えない。外周にいたほとんどが彼らにおびき寄せられているようだ。


 彼らもエリサ達とポートツリーでの合流を目指して進軍している。山人達の容貌は並の兵士と同じくらい、いやそれ以上に逞しく勇ましいなりをしていた。


 頼もしく思うと同時に彼らの無事も祈った。


 駆けながらエリサは思う。


 機械兵によって奪われた人々の暮らしの営みを、美しかった命の輝きを。


 エリサは孤児だった。幼き日に戦場跡で泣いていたのを拾われた。


 育ちの場所は教会の孤児院。


 戦災で身寄りを失くした子ども達と一緒に心優しき修道女の元で育てられた。口数の少ないエリサを受け容れ愛情をもって接してくれた彼女は自分に友人まで持たせてくれた。


 思い出すだけで胸が温かくなるような日々だった。


 ……機械兵が来るまでは。


「おい、来たぞ!」


 鉄平が叫ぶ。


 エリサは息を吸った。


――奴らさえ、いなければ、私は……。


 胸が熱くなる。


 剣を抜いた。


「憎まれずに済んだ」


 振り抜いた剣先の後方で機械兵が倒れた。


「七十九体目」


 しかし剣は収めない。


 まだいる。


 エリサはその場を飛び退いた。空気を切り裂く音が眼前を掠める。


 上を見る。ビルの壁に銃砲型シシュンが一体、貼りついている。


 エリサは瓦礫を足場にして跳躍した。


 赤い双眸と視線が揃う。横薙ぎに剣を払った。


「八十体目」


 墜落する機械兵に目もやらず更に壁を蹴って上へと跳んだ。


「そこ」


 ピーニック・ガムを腰から引き抜き向かい側のビルに撃つ。


 垂直の壁に不自然な形が浮き出たと思えばそれはステルス型の銃砲機械兵で、粘着弾に砲身を詰まらせた奴はそのまま暴発して四散した。


「八十一体目」


 ひらりと身を翻して着地するついでに鉄平の後ろに忍んでいたアダルも斬った。


「八十二体目」


 剣に付着した機械油を振り落とす。その涼し気な横顔に鉄平が呟いた。


「お前マジか」


「無所属の傭兵ならこれくらい標準よ」


 エリサは鉄平に親指を立てる。


「なんだ、その手は?」


「調子がいい時にするハンドサイン。ゲイツが教えてくれた」


 鉄平が真似をして同じような形を作った。エリサは首肯する。


「もしもの時はこれで意思疎通しよう」


「わかった。さぁ急ぐぞ」


 鉄平が走りだそうとした時エリサの胸に痛みが走った。


(……やはり、来るか)


 大丈夫。まだ行ける。


 マントの中で胸のところをぎゅっと抑え、鉄平に続いた。






 機械兵、憎むべき存在。


 機械兵、壊すべき存在。


 機械兵、憎い存在。


 機械兵、滅ぼすべき存在。


 機械兵、斬らなければいけない存在。


 機械兵、存在を許してはならない存在。


 機械兵、存在してはいけない存在。


 機械兵。


 機械兵。


 機械兵。


 消えるべきは、


「お前達だ」


 機械兵の群れの最後の一体を斬り伏せた。


 降りしきる雨の中エリサは肩を上下に揺らし空気を求めて空を見上げた。


「これで……九十三体目」


 ポートツリーはもう目の前だ。


 エリサは以前この街に来たことがある。街路の造りは大体覚えていた。


 あの日見た街並みはよく晴れた空の元、晴れ色に染まっているようだった。


 だが現在の有り様をみよ。あの活気に満ちた彩りは失せ世界はうっすらと色をくすませつつある。


「もう此処には誰もいないのだろうか」


 駆け抜けてきた街路をエリサは無人と決めつけるのに躊躇いがあった。それほどまでに人々の営んできた暮らしの証拠が、区画内の至る所に残されていたから。


 鉄平が何も言わずエリサの背中についてきている。彼も街の惨状に言葉を失ったらしい。


 戦争とは何故こうもむごいのだろう。そう考えていた時期もエリサにはあった。


 戦争は幾星霜をかけ積み上げた営みという奇跡をかくも凄惨に奪い去って行く。


 傭兵稼業に身を投じて以来、戦地を遍歴する中でエリサは悲劇と現実を絶え間なく突き付けられ続けてきた。


 それによって悟らされた。


 被害者でいるから、奪われる。


 奪われる前に、奪ってしまえ。


 ゆえに欲した。


 失うことの悲しさより抗うための憎しみを。


 奪われる前に討ち滅ぼすための力を。


 アオキ村を滅ぼされた鉄平にかける言葉は無いがエリサの力を持って機械兵に対抗している姿が彼にとってせめてもの励ましになれば良い。


 身体に疲労が蓄積しているはずの彼を突き動かしている感情。


 それが何かなどもはや想像に難くない。


「……雨、やまないな」


 分厚い雲の下で壊れた映写機がノイズだらけのホログラムを映して、ゆがんだ虚像が夜の廃墟で踊っている。


 息切れが落ち着かない。


 エリサは少し焦っていた。


 連戦が続いて運動量が想定を超えた。


 納剣した柄を取り、平生を装いながら鉄平に目配せし先に進む。脚が重かった。


 十歩進めたくらいだったか。雨で脚を取られたか。疲労が限界を超えたのか。エリサは不覚にも膝を折った。


「エリサ、おい、どうした!」


 すまない。立ち眩みがした。大丈夫、すぐに立つ。


 駆け寄る鉄平にそう言って膝に力を込めると全身に締めるような痛みが走った。エリサは小さく悲鳴を上げ路面にうずくまる。


「エリサ、どうした、エリサ!」


「触らないで!」


 鉄平に声を張る。拒絶ではなく警告だった。鉄平の安全を脅かす危険因子からの。


――壊したい。


 雨の音に紛れて呟く声が聞こえた。鉄平の方に視線が動く。戸惑っている彼を見て自分の脳裏によぎった言葉を反芻した。


「……壊、したい」


 それはエリサの本能の声である。


 動悸が身体中の管を刺激する。


 意識に混濁が滲む。いつもより手足の感覚が鈍い。


 だが神経だけが鋭くなっている。


――壊したい……今すぐ奴らを……壊したい。


 そこにはかつて悪魔と呼ばれた少女がいた。


 悪魔。


 その正体はエリサに眠る破壊本能。


 少女の内なる衝動は、過去に人々を恐怖に堕とした。そして……全てを失った。


 しかし今は違う。


――私は、もう悪魔ではない。


 溢れる本能を自我で制御した。


 感情によって抑制された獣性は、寡黙の中に閉じ込められた。


――力だけ置いて……私を去れ。


 甦る過去を否定した。こみ上げる衝動を抑え、不快な律動をする肢体に自ら戒める。


 暴れ出そうな雄叫びを必死に押し留める。


 喉笛を掻きむしりそうな左手を右手で捉えて悶えて忍ぶ。


 エリサが仰向け様に倒れびくんと胸から仰反のけぞったと思われた後、少女の身体は鎮まった。


――本能に勝った。


 空から降る雨滴が頬で弾ける。


 くたりと目をやる先に鉄平が困惑の様子で腰を落としている。


 エリサの落ち着いた事が察せられたのだろう、力の抜けた体を抱き起こした。


「む、胸……」


「胸?」


 自分の胸元に視線を送り鉄平に言う。


「飾りを、見せて」


 困惑する彼も尋常ならぬ少女の様子にすぐさま彼女の胸元から紐に繋がっている物を引き出した。


 すると水底に漂う波動のようなものが満たされている小さな球が手の平に現れた。


「やっぱり、濁ってる……」


「なんだこれは……?」


「これが……私の命」


「エリサの、命だと?」


 動揺を見せる鉄平に静かにうなずく。もはや黙っているにも限界だ。


「私は、機械兵アトルギアなの」


 鉄平が息を詰まらせる。


「何を言うんだ、お前はどう見たって」


「ほら」


 首を動かしてうなじを露わにすると戦いで負った切り傷がある。


 彼の目には赤く裂けた皮膚の下に、金属製の何かが見えただろう。


「まさか。本当に人間じゃないのか」


 瞠目の鉄平にエリサは震える手で飾りを取った。美しく澄んでいた蒼い球体は、鈍色に淀んでいる。


「機械を狩るための機械。アトルギア・タイプ:チゴ。それが本当の私」


 完全なる人型として活動する機械。


 アトルギア同様に独自の思考と発想を持ちながら、高い戦闘力を所有……だが身体は人間同様に発育を行う不可思議な生命体。個体数は地上に極僅か。その全てが女型めがたである。


 いつ誰の手によって作られたのか、それぞれ何処で何をしているのか、誰も知らない。


 彼女らはただ機械兵を破壊する行為だけを求めている。


 まるで他の機械兵の天敵として神が設けた存在かのように。


 自然界階層ヒエラルキーの頂点。


 神の意思に選ばれし究極の生命体。


 悪魔と呼ばれた力の保持者。


 それが……チゴ型アトルギア。


 幼き日、町を滅ぼした機械兵の村をエリサはたった一人で殲滅した。


 悪魔の少女。忌むべき呼び名はその力を、その正体を恐れた人間によって捺された拒絶の烙印。


――さて。エリサは問う。君は私をどう遇す。


「味方なのか、お前は。俺達にとって」


「自分で判断して。私は私の心に従って動いている」


「心……」


「機械が心を持つのはおかしい?」


 それでも私は生きてきた。


 だから人よ、選べ。私は神の使いか冒涜か。


「心を持たない言葉に心を動かされることはない」


 泣いていた。それが鉄平の答えだった。


「優しい言葉を使うのね」


「お前を人間扱いしているからだ」


「…………そう」


 立たせようと介助する手を拒んだ。瓦礫の上に腰を下ろす。


「……少し休んでから行く、今の状態じゃ戦えない。鉄平、先にポートツリーを登って」


「なんだと。エリサ、お前は」


「すぐに行くから」


 鉄平の目を見た。


「紗也をお願い」


 迷いのない真っすぐな瞳を見てエリサは言う。彼は何も言わず一礼をくれた。


 今にも倒壊しそうなガナノ=ボトム第三区画のポートツリー。あの奇行機械兵がマザーと呼び、向かった先はあそこで間違いない。


 情報集約の塔は人間にとっては勿論、機械兵にとっても重要なアクセスポイントだから。


 エリサ自身が本能的に識っている。


 機械の塔へと入っていった少年の背中を見送って、エリサは鞘を杖に立ち上がる。


――これまで何度自問しただろう。


 誰に作られたかも分からない。何のために戦うのかも分からない。命も無いのに殺し合うのは何故か。


 この命は何のために使われるのか。


「そんなの、私が決める」


 崩れた建物の陰から一体、また一体……どこから湧いてくるのやら。


 青い飾りは機械兵・エリサの心臓コアである。


 有機生物の心臓に寿命があるように、機械の核も上限まで稼働させると壊れて停まる。


 エリサは学んだ。


 生物には潜在的な力があると。


 それを最も効率的に引き出すアルゴリズムこそ怒りの感情。


 憎悪の心だと。


 人間はエリサに愛を教えた。


 だから愛を奪った機械兵は、エリサに憎悪を植え付けた。


 そして少女を力に目覚めさせた。


 人智を超える力でエリサは守るべき者のため同族と戦ってきた。


 高度知的無機生命体の感情を得た姿チゴ型として。


 そのアルゴリズムが感情と呼べるのか誰も答えられぬ皮肉を背負いながら。


(百体、超えちゃうかな)


 電影の光が辺りを照らす。睨んだ視線の先にはぞろぞろと首を揃えた奴らがいる。


 全員、自分狙いらしい。


 憎悪という激しい感情で突き動かされるエリサの身体はすでに機能低下の兆候が出ている。


 直感的に感じている。百体斬れば、自分も死ぬ。


――だとしてもだ。


「友達……幸運を」


 ポートツリーに向けてエリサは親指を立てた。


「行くぞっ」


 エリサを取り囲んだ機械兵達が一斉に飛びかかる。剣を抜いたエリサは彼らに向かって感情を撒き散らした。


「―――――――――!」


 雷が鳴る。



◇◇◇



 雷に打たれた時、意識が戻った。


 御倶離毘の御柱からその時見えた皆の幸せそうな顔に自分まで嬉しくなった。


(よかった、私の命に意味はあった)


 その直後、再び眠りについた。


『不明ナデバイスノ反応ヲ継続シテ確認。行為ヲ続行シマス』


 瞼を上げると見た事のない場所だった。


 冷たい指先が頬に触れる。思わずぴくりと反応した。


 指先をたどると金属製の腕がすうっと伸びて、自分の顔が反射して写っている。


 焦点を広げる。平たい頭の鉄人形が、自分の事を見つめていた。


「あなたは誰……?」


 喋りかけると彼は緑色の両目を光らせた。


『対象ニコミュニケーションノ意思ヲ認定。言語ニヨル意思ノ疎通ヲ試行シマス』


「わ、なになに!?」


 彼は両目を点滅させた。


『僕ハ機械兵デス。名前ハ、ジャギルス、デス。コンニチハ』


「こ、こんにちは……私は、紗也です……?」


〈機械兵〉。


 その単語に悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえた。見上げてもなお余りある巨体にたじろぎながら返事をする。


 紗也は何故こんな所に自分がいるのかさっぱり分からない。目が覚めたらここに居た。


 たくさんの機械が並べられている大きな部屋……館の広間の倍はある。


 窓がある。透明な板がはめられていて、景色が見える。雨の中、広大な景色に光る建物が散らばっていて、すごく明るい。高さもすごく高いところにいるようだ。空見櫓の比ではない。


 見た事ない部屋、見た事ない景色、アオキ村と違う場所……。


――ここって、まさか。


「外の世界!」


 その場から飛び起きて窓辺に行こうとしたが、たちまち転ぶ。


「いったぁい!」


 なんで転んだの?


 足元に目をやると、膝から下が包帯でぐるぐる巻きにされている。


 というか全身が包帯だらけにされている。


『アナタハ全身ニ酷イ怪我ヲシテイタ。僕ハアナタニ手当テヲシタ』


「て、手当て? あなたが?」


『僕ハアナタニ手当テヲシタ』


 紗也は自分の身体に巻かれたものを凝視した。


 手、足、胴にまで。意外と丁寧にされている。


「あ、ありがとう……?」


 機械兵にお礼を言うのもおかしな話だが、紗也は他にするべきことが思いつかない。なにより怪我の痛みがないというのは、彼の手当てが良かったからだと思えるところだ。


「あなたがここに連れて来てくれたの?」


『ハイ。僕ガアナタヲ連レテキマシタ』


 機械兵は頭を上下させた。ハッとして紗也は身体を前のめらせる。


「アオキ村の皆は?」


『アオキ村、僕ハソノ情報ヲ持ッテイマセン』


「私がいた村だよ、たくさん人がいたと思うの」


『登録サレテイナイ地名デス。情報ノ保存ヲ推奨シマスカ?』


「うん、してして。私はアオキ村に帰らなきゃいけないの」


『理由ヲ問イマス』


「私、死に損なっちゃったから」


 機械兵が首をかしげる。


――そうだ、あの時。


 紗也は鉄平に儀式の日を早めて欲しいと頼んだ。そして彼の前で自らの左手に杭を打ち込んだ。


 狼狽える彼に紗也は強く訴えた。


『皆を連れて早く出て』


 随分前の話だ。


 機械兵が近づいている。モトリの報せで紗也は知った。それを鉄平には伝えなかった。


 彼は人一倍の強い感情を持っていて村の統治に努力を惜しまない。


 けれどその実、本物の機械兵を前にしたことがなく、もしもの時、冷静で正しい対処を図れるのか、一抹の不安があった。


 いかに自然に村の皆を外へ逃がすか。モトリと二人だけで事を進めていた。


 先代巫女、紗良の記憶をもとにして。


 そんな折、エリサ達がやって来たのだった。腕が立ちそうな二人はアオキ村に置いていて損はない。


 ただ彼らはよく話をしてくれた。


 彼らが魅せる外の世界はあまりにも輝いていた。村のため長居させようと武勇伝を語らせるうち秘めていた憧れへの抑えが弱まってしまった。


『まもなく嵐がやって来ます。山を崩すほどの大嵐が。すみやかにこの村を立ち去りなさい』


 だが現実への解決策はするりと実行できた。


 紗也の言葉は村の有力者達を納得させるのに有効だ。紗也には覚悟が決まっていた。


 朋然ノ巫女はジプスが土地を離れる時に死ぬ。


 すなわち朋然ノ巫女が死ねばジプスは土地を離れる。


――一日でも早く皆を逃がしたい。


――自分が世界への未練を募らせる前にすべてを終わらせたい。


 様々な思いが交錯する中、紗也は自らに杭を打った。


 そしてその身に雷を落とした。


 しかし結果がこれだ。


 紗也は死に損ねた。


 機械兵が目の前にいて自分は知らない場所にいる。それだけで今のアオキ村がいかなる状況にあるのか紗也には推測が立った。


 間に合わなかったのだ。


 私が、生きている。


「お願い、私を帰して」


 機械兵にすがる。


「私は、アオキ村で死ななくちゃいけないの」


 生まれて十二年間ただそれだけを信念に生きてきた。


 自分が生きてきた意味をいまさら否定されてはいけない。


「そうでなきゃ……」


 自分の存在が否定され続けている気がしてならない。


「私の生まれてきた意味がない……」


 鉄平はもういない。


 紗也を肯定してくれる存在は誰もいない。


 紗也が生まれ育ったアオキ村は、もうどこにもない。考えるだけで紗也は孤独を感じた。


 寂しい。


 だから私は独りでも自分の役目を務めなくちゃ。


 機械兵はかしげた首を、反対方向に傾けた。


『アナタノ言ッテイル言葉ガ理解デキマセン。アナタハ死ヌタメニ生キテキタノデスカ』


「村の皆がそう言ったんだ。私がいる限り、アオキ村は平和なんだって」


 鉄平から自分の役目は村を守る巫女として立派に御倶離毘おくりびを受けることだと生まれた時から教わってきた。疑いもなく生きてきた。誰にも否定されなかった。


 私は死ぬことに意味のある存在だと。


 でも、どうして? 生きているのに守れなかった。


『僕ハアナタニ死ナレタラ困ル。マダ死ナナイデ欲シイ』


「どうして?」


『僕達ノ未来ノ為ニ、アナタハ生キテクダサイ』


「きゃっ」


 突然、機械兵が紗也の身体を抱え上げた。窓辺に向かって歩き出す。


 外の景色を見せてくれた。


『世界ハトテモ広イデス。世界ニ果テナドアリマセン』


 雨の中で濡れた景色は眩しく輝く。目映い建物達はどこまでも続き光の稲穂畑のように紗也の前を広がっている。


『新シク生キル意味ヲ与エマス』


 崩れた建物で埋め尽くされた人間達の生きた跡を思わず「綺麗」とこぼしてしまった。


『コノ世界ハ美シイデスヨ、紗也』


 彼は紗也を抱えたまま部屋の中を歩きだした。窓に映る機械兵と自分の姿は大きな獣と子供の連れ添いにも見える。冷たい腕に抱かれながらも彼の歩く揺れが何処か心地よい。


「初めて見たよ、山の外の景色」


『紗也ガ生マレタノハ山ノ中デハナク、コノ世界デス』


「私が生まれた世界?」


 機械兵は紗也の方を見ながら顔の両目を点滅させる。


『新シイ世界ニ目ヲ向ケマショウ、紗也。アナタハ、生キテイテモ良イノデス』


 その言葉が紗也の耳を響かせた。


「……本当に?」


 初めて聞いた言葉。


――自分は生きていても良い?


 外の世界に憧れながら死ぬことを求められてきた紗也にとって、まったく馴染みのない教えを、機械兵は言ったのだ。胸が早鐘を打ち出すと途端に、目から熱い物が込み上げてきた。


 目元を触ると、指先が濡れていた。雨は降り込んでいない。なのに自分の顔がどんどん濡れていく。


「どうしよう、止まらない。ねぇ、これは何? 私おかしくなっちゃったのかな」


『ソレハ涙デス。紗也、アナタハ知ラナイ事ガ沢山アル。僕達ト探シテイキマショウ』


 涙。


 これが涙。


 村人達が紗也の言葉で目から流していたもの……自分にも流れ出てくるなんて思ってもいなかった。涙を流していると、なんだか心が気持ちよくなってくる。


 機械兵の腕の中で、紗也は大粒の涙をこぼし、わんわん泣いた。


 機械兵、彼が見せてくれる世界がこんなにも美しいだなんて。


 紗也が過ごしてきた時間、失われていた時間がにわかに彩りを濃くしていくような、温かい感触を心のなかに抱かせている。


 初めての涙が止まる頃、紗也は言った。


「この世界は、美しいんだね。ジャギルス」


 機械兵ジャギルスは窓からの景色を眺めたまま、言った。


『紗也ニハ、モット世界ヲ美シクスル手助ケヲシテ欲シイ』


「何をするの?」


『僕ト生殖ヲシテクダサイ』


 聞きなれない言葉。紗也は問う。


「それは、何?」


『次ナル存在ヲ生ミ出スコトデス。世界ノ生命体ガ全テ、コウシテイルヨウニ』


 その瞬間、機械兵の口から一本の管が飛び出し先端が大きく口を開くと紗也の口元を覆った。


「むぐぅっ!?」


『不明ナデバイス・紗也トノ接続ヲ確認。共有サレタ情報ヲ同期シマス』


 さっきまでの流暢な話し方から一変して、機械兵はいきなり無機質な声に切り替わった。


 管で塞がれた口から何か変なものが流れ込んでくる。


(何、何、何!?)


『アクセスニ成功。同期サレタ情報ヲマザーニ転送シマス』


 機械兵から流れ込んでるのはよく分からない――感覚というべきか、謎の流動物が身体に注ぎ込まれる奇妙な感触。


 自分ではない何かが自分の中に入り込み、代わりに自分がどこかに出ていくような……。


 視界の隅で部屋の中央にある機械の柱が激しく点滅して見える。不思議と抵抗する気が起こせない。


(あれ……私、なんで村に戻らなきゃいけないんだっけ)


――いや、戻らなきゃ。私が収まるべき場所に。


(収まるべき場所? どこだっけそれ)


 私は、私は……。


「紗也!」


 その時部屋の奥から叫び声が飛び込んだ。聞き覚えの深い声。まさか信じられない。


(鉄平!)


 丸刈り頭の少年が紗也の視界に駆け込んできた。


 全身はボロボロでベニカブのような顔を真っ赤にしながら彼はジャギルスまで突っ込んで、その手の大鋸を振り上げる。


「紗也を放せ、この野郎!」


 鉄平の振った大鋸が機械兵の背中を捉えた。機械兵は体勢を崩し紗也を手放した。落下した紗也の前に回り込んだ鉄平は、紗也を抱き上げて機械兵から距離を置く。


 信じられない事が起こっている。何処とも知れないこの場所で鉄平が生きて私の前に現れた。


「鉄平……? 鉄平、鉄平! 生きてたの!」


「いや、こっちの台詞だよ!」


 どこを見ても怪我だらけで顔は泥や傷でめちゃくちゃでそれでも彼の声は確かに紗也の知る怒鳴り声だ。紗也の胸にはまたもや熱い物がほとばしる。


「鉄平、鉄平! もう会えないかと思ってた」


 紗也を抱える鉄平は自分の一挙一動に目を大きくしたがすぐに声を上げた。


「紗也、帰るぞ! 俺達のジプスへ」


「…………え?」


 その言葉を聞いた途端紗也に迫っていた胸の鼓動が急速に引いていくのを感じた。


「鉄平」


「なんだ、紗也?」


 泣きそうなほど顔を歪める少年に対して少女は言った。


「私、どこに帰ればいいの?」


 その時見せた彼の表情は紗也が今まで生きてきた中で最も貧弱な生き物みたいな風に見えた。


「私、ジプスには帰らないよ」


「紗、也……?」


「私、死にたくないもん」


 生まれた意味がない。アオキ村は紗也にきっとそう思わせるだろう。


 アオキ村のジプスは紗也が生きている事を否定する空気しか感じない。


 私は生きてちゃいけないの? 何故? 私には私の望みがある。


「私は、生きたい」


 それがたとえ生まれ育った環境に対する裏切りだとしても。


「何を言ってるんだ、紗也。俺はお前にそんなこと」


「鉄平、放して」


 鉄平の背後から機械兵が襲い掛かった。長い腕は大きくしなり風を切って少年の身体を弾き飛ばした。


「ぐぁっ!」


 何度も床を転がり壁に叩き付けられた鉄平。しかし手加減はさせたからまだ意識はあるようだ。


「紗也、どうしたんだよ、俺はお前を助けに……」


「喋らないで!」


 再び立ち上がろうとする鉄平をジャギルスが急接近して弾き飛ばした。壁に張られた窓の透明板にひびが走る。


 さすがジャギルス。私の思考と行動を同期リンクさせられる。


 紗也はジャギルスと「契り」を交わした。


 契り……それは精神的な繋がりを持つということ。互いが密接に触れ合うことで考えと行動が一致しやすくなる。


 この機械兵は、紗也の言った通りに動く。


 紗也は機械兵の考えを肯定したのだ。


「紗也……何があった……? そいつに何かされ」


「しつこい」


 ジャギルスが鉄平の首を掴み上げた。鉄平が苦しそうにうめき声を漏らす。


「紗……也……」


「私の命をあなた達なんかに渡さない。私の生き方は誰にも縛らせやしない!」


 紗也は自我に目覚めた。


 求めてきた広い世界を提示した機械兵は優しく傷ついた幼い少女の心に思考を浸透させた。育ての兄である彼を前にしても自分を殺そうとしていた事実が紗也から情けを奪っていた。


 鉄平が更に声を上げた。鉄の爪が彼の首に食い込んでいる。


 紗也は怒りに震えていた。


 私は誰の所有物でもない。


 私は生きている。


「正気に戻れ、さ、や」


「私に指図するなぁっ!」


 紗也は叫んだ。鉄平がその場から消える。


 次の瞬間、反対側の壁に鉄平が激突していた。衝撃で天井の一部が崩れ落ち雨が降り込む。


 紗也は肩で息をしている。ここまで叫んだのは生まれて初めてだった。何かに怒りを持ったことも、生涯で一度も無かった。


 怒り。


 初めて覚えた感情に自身でも戸惑いを覚えつつ乱れた呼吸に眉をしかめる。


 だが息苦しさよりも優っているのは圧倒的な解放感。


 自分を縛り付けていたすべてに反逆する。


 そしてまだ見ぬ広い世界のため、今こそ古い殻は破り捨てられる時が来たのだ。


「ジャギルス」


『紗也トノ接続ヲ再開シマス』


 機械兵との契りを再開する。


 新しい世界をもっと知りたい。まだ見ぬ自分をもっと深く感じたい。


 機械の口から注入される不思議な感覚を受け入れる。


 過去の記憶がジャギルスに届き、新たな感情が紗也の中に入る。


 感情のピストンを感じながら、視線は部屋の中央へ。


 機械柱が稼働している。


 あの柱には新しい命が宿っていると。


 もう間もなく新たな生命が誕生するのだと、ジャギルスから流入する感覚から教えられた。



「ふふ、うふふ。新時代が始まるのね」


 笑いがこぼれる。機械柱に宿るのは、人と機械の記憶を持った未知なる新たな機械兵。


 紗也とジャギルスの子どもである。


 その時、部屋の隅で蠕動する音がした。


「さ……や……」


 なんだ、まだ生きていたのか。


 人間ぶぜいが。


「おれが間違っていた……紗也、おまえは自由だ……俺達がしてきたこと、すべて謝る……だから止めてくれ、こんなことは」


 いまさら何を言う。


 人間達がいかに後悔しようと過去は取り戻せない。私の命を奪い、自分達が栄えようとした事実は変えられない。


 赦しを乞いたい? 虚言ばかを抜かせ。


 這い蹲る鉄平を見下ろしながら機械兵と繋がり続ける紗也。度重なる殴打と激突。即死はさせまいと加減したが彼はもう声を発するだけで必死だろう。


「……そうだよな、今更お前の耳には何も届かねえだろう……さや、お前は何も悪くないから疑心暗鬼になるのも当然だろう」


 それなのによく喋る男だ。


「だけど信じて欲しい事がある。真実がこの世界に一つだけあるとしたら……」


 適当に聞き流す。


「どんな時も、どんな姿になっていても……俺は、お前を愛している」


 ――ジャギルス、いったん止めて。


 機械の管を口から抜き鉄平の前まで自分をジャギルスに運ばせた。


 消えかけの電影のように彼の瞳は弱っている。自身を見上げる鉄平に紗也は吐き捨てた。


「それが私の生まれた意味に関係ある?」


 愛している? どの口が言えた言葉だ。その身勝手な考えが、感情が、一人の命の行く末を決めつけて良いというのか。


 私は死ぬために生まれた存在? 違う。


 二度と私に関わらないで欲しい。


 いや……この世界から消えて欲しい。


 目配せ。ジャギルスの腕から鋭い鉄爪が生え出てくる。鉄平は抵抗する気も失せたように何も言わず目を閉じた。その姿に、紗也の怒りはますます高まる。


 言いたい事だけ言えば終わりか。都合の良いやつめ。


 その私に殺されるのなら本望だとでも言いたげな顔が癪に触る。


 抵抗しろ。怒れ。喚け。私に怒りの殺意を向けろ。私を破壊しに来い。


 私を愛した鉄平は、強かったはずだ──と考えた紗也の心理を遮るように機械兵の声が流れた。


『心など持つから争いは絶えぬ』


 そうだ。


 感情、本能、欲求。


 世界にひしめく生命体はそれらを元に競争を生む。やがてそれは火種から大きな炎を巻き起こす。


 戦火を留めるため、心を捨てよう。


「私に生まれた意味はなかった。最初からね」


――さようなら。


 彼の頭上に殺意を落とす。


――鉄平。


「意味を求めるべきは、生まれた事じゃなく」


 その時女の声がして、金属音が鳴った。


「生きていく事に求めるべきだと、私は思うが」


 芯の通った澄んだ言葉に青い髪が風でなびく。


 鉄平の頭上を守るように、蒼髪の少女が直剣でジャギルスの爪を防いでいた。


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