イベントよりも最推しが尊すぎて困ります。
「……ど、うして……」
「は?なんか言ったか、馬鹿者」
んもう、馬鹿者とか辞めてよね!
考え事してるのに全然頭が働かないじゃない。
急に頭の中に降って湧いた考え。
これってもしかして終わった筈のフィリクス様ルート出会いイベントなんじゃないかって事。
しかし、覚えている出会いイベントと今回の出来事、最初から今に至るまで流れとしては殆ど異なる物で。
それでもつい先程感じた既視感、私とフィリクス様がローランド様を挟んで睨み合っている姿は、私がゲームの中で見た出会いイベントで出たスチルと完全に一致するものだった。
だけどユリオット様のお勉強イベントの時はスチルと一致する場面なんて一度も訪れなくて、流れも違ったけれど、それでも記憶に残るイベントのキッカケと、時期、大まかな筋までは脱線していなかった。
だからコレが本当の出会いイベントと言い切ることは出来ない。
ただこの機会を利用しない手はないでしょうと心の中の自分が告げていた。
だってイリア様同様、フィリクス様の次イベントでも土台となる印象を持たせておくに越した事は無いのだから。
フィリクス様の出会いイベント、それはヒロインが学院に登校する様になって1ヶ月経った頃に発生する。
クラスに親しい友人も出来ず、暇を持て余しているヒロインの日課は学院内を縄張りとしている野良猫と遊ぶ事。
その日もお気に入りの猫と戯れた後、疲れを感じたヒロインは少し休憩を取ろうと考えた。
学内でも死角になっている裏庭の芝生を陣取ると徐に横になり、暖かな日差しに包まれた心地良さに彼女はうっかり眠ってしまう。
そこに通りがかったのがフィリクス様。
彼は眠るヒロインを見て人が倒れているのだと勘違いし、駆け寄り声を掛けた。
しかし眠っていただけのヒロインは突然起こされた事に驚き、フィリクス様に文句を言ってしまう。
親切心から声を掛けただけのフィリクス様はその態度に腹を立て、ここでもまた女性に迷惑をかけられた事で女性嫌いが発動し、ヒロインについつい酷い事を言って応戦するの。
外で転がって寝るなんてはしたない、令嬢失格だ、とか親切で声を掛けたのになんて言い草だ、とかね。
まぁ、それに関しては実際言ってる事は間違って無いと思うし。
けれど、ヒロインもそんな事は分かっているとばかりに言い返してしまって、それで二人の言い合いはヒートアップしてしまうのよ。
そんなタイミングで現れるのがローランド様。
ローランド様はクラスに馴染めていないヒロインを案じていて(イリア様の事も心配していたしね)いつもフラリと姿を消すヒロインを探しに来ていたのだけど、偶然見つけたヒロインがフィリクス様と居るからびっくり。
ローランド様のお父様とフィリクス様のお父様は幼馴染で仲が良く、その関係からローランド様はフィリクス様のお父様に幼い頃から師事していて、俗に言う兄弟子と弟弟子みたいな関係性。
そして、フィリクス様をフィル兄と呼び、誰よりも強い彼を尊敬して懐いていたのだから。
『どうしたんだい二人とも』
そう声を掛けられた二人がバッ勢いよく振り向いて口々に起こった事をローランド様に言いつけるんだけど、お互い腹が立っているから言いたい放題。
互いの言い分を聞いて更に苛立ちを募らせた二人はローランド様を挟んで睨み合い、また言い合いを始める。
と、まぁそれがスチルになった場面で、現在の私達と立ち位置から状態まで酷似した場面なんだけど。
「なんだ馬鹿者、急に大人しくなって漸く反省したのか?それともローランドの前だから猫でも被りだしたか?」
あー、腹が立つ!
イベントの時はフィリクス様の言い分も納得出来る所があったから理解出来たけど、こんなのただの言い掛かりじゃないの。
猫?そりゃローランド様の前だったら被りたいに決まってるでしょ!私大好きなのよ、ローランド様が!
馬鹿者、馬鹿者って何回言えば気に済むのかしらこの人。
「猫なんか被って無いですわ。ただ、少し冷静になっただけです。ローランド様、お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありません」
「いや、なんだかミシェルの新たな一面を見れて楽しかったよ」
ローランド様はいつもの様に爽やかな笑顔になられるとそう言って下さったけれど。
新たな一面って何ですか?
気性の激しいヒステリー女にでも見えてしまったかしら。
もう!これはフィリクス様の所為なのに納得出来ない。
「あ、あの。普段はこんな風にはならないんですのよ?ただ……その、そこの人を馬鹿者呼ばわりする失礼な無礼者にカッとなってしまって」
「おい!無礼者とは何だ、この猫被りめ!無礼者はお前だろう!」
「なっ、猫被りなんかじゃありませんわ。コレが本当の私なんです!無礼者に礼儀を弁える必要なんて無いだけですわ!」
「ふん、だからそれが素だって事だろう。男の前だと良い顔ばかりして、これだから女と言うものは信用出来ないんだ」
「フィル兄、ちょっと言い過ぎだよ」
若干困った様な表情になられたローランド様。
それもそうだろう、フィリクス様はお父様の言いつけ通りに女性には表面上だけは親切に接する事を心掛けている。
だから普段女性にはこんな強い態度は取らないのだ。
フィリクス様が本心では女性嫌いである事を仲の良いローランド様は存じているけれど、面と向かって女性に対してここまで声を荒げているフィリクス様を彼は見たことがない筈。
「でも、フィル兄が羨ましいな。俺もミシェルには気を使わずフィル兄に対するみたいに言いたい事を言ってくれた方が仲良しみたいで嬉しいよ」
「ひゃっ⁉︎え、あ、あの、それは……」
「駄目?」
「でも、親しき仲にも礼儀ありと言いますし……」
「別に粗雑に扱ってくれって言ってる訳じゃ無いんだ。ただミシェルとは気を使わず、フランクな関係を築いていきたいなと思ってるだけで」
「そんな……ローランド様……」
「俺の両端で二人だけの空間を作ってイチャイチャするな!」
「「イチャイチャなんてしてない(ませんわ)!」」
ローランド様の優しいお言葉に感動で潤み始めていた瞳が、フィリクス様の無遠慮な突っ込みで一瞬にして落ち着いてしまった。
せっかく良い雰囲気だったのに邪魔しないでよね!
でも、ローランド様とハモってしまったわ……イチャイチャしてないってがっつり否定されてちょっと傷付いたけれど。
「もういい、俺は帰る!」
「じゃあ、俺も帰ろうかな?今日はフィル兄の家に行く日だったし。あ、ミシェル。俺フィル兄の父さんに剣術を習ってるんだ。それでフィル兄の父さんって言うのが」
「ローランド、父上が剣豪と呼ばれている事ならそこの女は知っているぞ」
「え、そうなのか?」
「え、ええ。グローバー公爵様とその息子であるフィリクス様の事は有名ですので」
私がフィリクス様の事を知っているのはゲームの情報があるからだけれども、ローランド様に言ったことも嘘ではない。
本当にフィリクス様とそのお父様はとても有名なのだ。
ただ普通のご令嬢は剣豪や剣術の事なんて余り興味は無いかもしれないけれど。
「ははは、そりゃそっか。と言う訳で今日はフィル兄と一緒に帰るよ。送ってやれなくて悪いな」
「いえ、今日は先日と違って明るいですし、お気になさらないで下さい。ローランド様こそお気をつけて、怪我などなさらぬ様」
「うーん、それは難しいかもな。そうだ、今度ミシェルも見においでよ。ご令嬢にはあんまり楽しくないかも知れないけど」
「行きます!是非見学させて頂きたいですわ!」
「おい、勝手に決めるな!俺はそんな女がうちに来ることを許してないぞ!」
「まぁまぁ、いいじゃないか。フィル兄がこんなに素で話してる女の子も珍しいし、案外気が合うかもよ?」
「それはない!」
私もフィリクス様と同意見だ、とは流石に言えず苦笑いを漏らした。
本当に彼と仲良くなって、その上彼を含めた逆ハーなんて作れるのかしら。
「一刀両断だな、フィル兄。ま、それならそれで俺は構わないけどね。それじゃミシェルまた明日」
「……?御機嫌ようローランド様…………と、フィリクス様。」
ローランド様の意味深な一言が気になったけれど深くは追求出来ず、そのままに挨拶を返した。
ついフィリクス様にはつっけんどんな言い方になってしまったけど、いいでしょう。
「何だ、その取ってつけた様な挨拶は!」
「はいはい、フィル兄落ち着いて。ミシェル明日からは俺にもフランクにね。楽しみにしてる!」
「えっ⁉︎あ……」
返答は聞かないとばかりに言い残して足早に去ってしまったローランド様を見送り、私はじわじわと顔を赤く染めた。
どうしましょう、ローランド様に仲良くしたいと言われてしまったわ。
フランク?フランクってどんな感じかしら……
『おはよう、ローランド!』
なんて言って肩を叩けばいいの?
いやいや、無理!それは無理!
でも……
『おはよ、ミシェル』
嬉しそうに振り向くローランド様までセットで想像してしまって、そのまま私は撃沈した。
素敵、素敵過ぎるー!
それからしばらくの間その場で悶え続けた私は、いつの間にか周囲が暗くなってしまった事に気がついて慌てて家路に着いたのだった。