物事には下準備が必要なのです。
「私のお話しとはローランド様のお隣の席、イリア様についてです」
私はローランド様を教室から連れ出して、そう切り出した。
サポートキャラとしてローランド様は全攻略対象と何かしらの関係を持っている。
だから、ローランド様がヒロインとして皆んなと協力しながら王国を救って下されば一番良いんじゃ無いかしら、なんて思ってしまう事も時々あるけれど。
それでも、結局ローランド様を危ない目に合わせるなんて事は私の矜持が許さなかった。
ていうか、ローランド様がヒロインとかゲームのジャンルが変わってしまうわ。
前世の私なら発売したら多分買ってしまうけど。
そういう事で、イリア様とローランド様はお席が隣同士。
補足するとローランド様の反対隣はヒロインが座る筈だった。
お陰で今は空席になっている。
本当、彼女何処に消えてしまったんだろう。
いつか会うことがあったら文句の一つも言ってやりたい物ね。
ローランド様はクラスでも異質な存在となりつつあるイリア様を心配していらっしゃって、隣の席という事もあり何かとお節介を焼いていた。
その度に無下に扱われて密かに心が折れている事を私は知っている。
伊達に暇があればローランド様の観察をしている訳じゃないのよ。
うん、お願いだからストーカーって呼ぶのはやめてね。
それでも、ローランド様はお優しいから切ない気持ちを押し隠して、常日頃からイリア様を気にかけているみたい。
先日も授業でグループを組んで課外活動をする機会があって、危うく1人になりかけていたイリア様をローランド様は半ば強引にユリオット様と組んでいたグループに引き込んでいらっしゃった。
その結果、課外活動当日イリア様はわざわざ授業を休まれていたのだけれど。
イリア様ったら本当勿体ないことをするわよね。
だったらその立ち位置私と代わって欲しいのだけれど。
ああでもローランド様とグループを組んで課外活動だなんて……ダメだわ、そこに居る自分が全く想像出来ない。
私の想像力の限界って驚く程低かったのね、とほほ。
それで、色々遠回りしてしまったけれど結局私が敢えてローランド様まで巻き込んでやりたかった事といえば。
「え?イリア君にミシェルの話を?」
「ええ……遠回しでも良いので私が彼の事を気にかけていた、とお伝え頂きたいのです」
こういう事。
土台印象も何もないのならば反則技を使ってでも印象付けてしまうしかない。
ゲームの展開から言ってもまだ私から直接イリア様に話しかける訳にはいかない。
だから、唯一クラス内で忌憚無くイリア様に話しかけられるローランド様から代わりに私の名前を出して貰おうと思ったのだ。
クラスに馴染めないクラスメイトを密かに心配する心優しいご令嬢(自称)としてね。
「気にかけていたって、まさか恋愛的な意味合いで……ってことかい?」
そう言ってローランド様は、少しだけ目を細め眉間に皺を寄せた鋭い顔になった。
それは本の一瞬の事だったけれど、多分見間違いではない。
ローランド様のそんな表情は見た事がなかったので、私はびっくりして目をしばたたかせたが次に目を開いた瞬間には既に元の表情に戻ってしまわれていて、私の心のアルバムに保存する事が出来なかった。
でも、そうよね。
こんな勘違いをされる事自体私的には心から不本意だけれど、昨日初めてまともに会話をしたような女から面倒な、しかももしかしたら恋愛の橋渡し的な頼まれ事をされたら不愉快にもなるわ。
でも、私絶対ローランド様にそんな事頼まないからね。
一層貴方一筋ですって言えたら良いのに。
「違いますわ!その……彼はクラスに上手く馴染めていない様なので、何だか気がかりだったものですから。せめて彼の事を気にかけている人間がローランド様以外にもいると言う事を知って頂ければ、少しは心境に変化があるかもしれないと思いましたの。何かのきっかけでお話し出来る機会に恵まれた際も、その様な前情報があればイリア様も少しはお心を開いて下さるかも知れないでしょう?」
「そ……そうか。……そうだね。わかったよ。それにしてもミシェルは周りをよく見ているな。そして、心優しくて行動力もある」
現状伝えても差し支えのない情報を上手く掻い摘むと、私はローランド様の誤解を解く為にも誠心誠意説明を行った。
どうやらそれでローランド様も納得して下さったみたい。
ふにゃっと相好を崩されて過大すぎる評価を口にするローランド様に、私は顔に熱が集まる気持ちだ。
そして同時に言い表わし様のない罪悪感に苛まれる。
本当の私はローランド様が言うような優しさからこんな行動を起こしたのではない。
結果的にはイリア様の為に動いている様に見えるかもしれないけれど、実際はイベントの準備と言う下心の為に行動しているだけなのだ。
「そんな事、ないんですの。……ローランド様の買い被りですわ」
耐えきれなくて否定して見るものの、ただの謙遜に思われてしまったのか、ローランド様の表情が変わる事はなかった。
ごめんなさい、ローランド様。
その代わり、必ずこの王国を救って見せますから。
その後、簡単な挨拶をしてからローランド様は教室に戻られた。
私も後を追いたかったけれど、もう一つやらなければならない事がある。
「あ、あった。見つけたわ!」
学院内の花壇という花壇を回って目的の物を見つけたのは、放課後のことだった。
本当は朝ローランド様と別れた後も探したのだけれどその時は見つけられず、授業の開始時間になってしまった。
だから放課後になってからもう一度探しに来たのだ。
「これよ、ネタマギ草」
ネタマギ草、それは前世で言う所の玉ねぎに極めて近しい成分を持った植物だった。
ご存知の方もいるかも知れないが猫に玉ねぎは厳禁だ。
必然的にこの世界において猫にネタマギ草は厳禁ということになる。
それを知ってか知らずか、ここの花壇には一株だけネタマギ草が紛れ込んでいたのだ。
そして、この学院内を縄張りに活動する野良猫は数匹存在し、その全てをイリア様は把握している。
ここからイリア様の次イベントが始まる。
動植物を愛するイリア様は、日課として学院内各所に配置されている花壇の世話を人目を上手く掻い潜りながら自主的に行なっていた。
そんなある日、花壇の一つに偶然ネタマギ草が紛れ込んでいる事に気がつく。
野良猫を可愛がっていたイリア様は、当然猫達が誤ってネタマギ草を口にしてしまう事を危惧してそれを排除しようと考えた。
しかし、そんな時に限って運悪く人が通りかかり、作業を中断する羽目になってしまった。
その時は後で時間を見計らって別の機会にネタマギ草を処理する事にしたのだが、いざ時間を作ってその場に向かうと、その時まさに野良猫の一匹がネタマギ草を口にする寸前だったのだ。
慌ててそれを止めようと走り出したイリア様と、全く同じタイミングで野良猫の元に駆け寄ってきたのがヒロイン。
彼女もネタマギ草の存在に気がつき、野良猫を助けようとしたのだった。
2人の勢いに気がついた野良猫は飛び上がる様に逃げ去ってしまい、その場に残されたのは2人だけ。
それが可笑しくて笑い出すヒロインと、予想外の展開に戸惑うイリア様。
それをキッカケに2人は会話を交わす様になり、イリア様の事を知ったヒロインは事情から人付き合いを拒まざるを得ない彼と、何とか関係を持とうとする様になっていくのだ。
つまり私が見つけたネタマギ草、これを見張って居ればいつかはそのイリア様の猫イベントに遭遇出来る筈。
これでローランド様が事前にイリア様にそれとなく私の存在を印象づけて下さりさえすれば、下準備は終了。
残るはネタマギ草観察日記をつける日々を送れば良い。
「とりあえずイリア様がネタマギ草を見つけてしまう前に見つけられて良かったわ」
私は一先ずホッと胸を撫で下ろした。
それなのに……
「いっいたたたたた!おい、おまっ、お前何するんだ!離せっ離せ!」
「え?……あっ、あああ!」
準備万端で待ち構えていた私の目の前に先に現れたのは、イリア様ではなくもう1人の攻略対象。
フィリクス様、その御方だったのです。