これがお勉強イベントなるものです。
「え……ええ、とローランド様もご一緒なのですね」
こんな言い方失礼だったかしら。
でも、どうしても確認せずにはいられないわ。
ニコニコと席に腰かけたローランド様は私の失礼な質問も嫌な顔一つせず受け止めて下さった。
「勿論!俺もユリオットと一緒に勉強するつもりでここに来たんだ。さっきもそのつもりで話をしていたんだけど……やっぱり二人も増えると邪魔だったかな?」
「じゃ、邪魔だなんて!私がローランド様を邪魔に思う事なんてありえませんわ!この先一生!」
「い、一生?ははは、そりゃまた大げさだな。ミシェル、君面白いね」
取り乱した私がボロボロと零す失言を爽やかに受け止めて下さるローランド様。
その余りに素敵な笑顔に私の頭は沸騰寸前だった。
どうしましょう、きっと私今茹蛸の様な顔になっているわ……
「なんだか、僕の方がお邪魔虫みたいだ」
「いえ!そんなこと御座いません。お二人とご一緒出来て光栄ですわ。さぁ、始めましょう!」
危ない、ローランド様に夢中で一瞬ユリオット様のことが頭から抜け落ちてしまっていた。
ここは仕方がないからユリオット様、ローランド様のお二人との勉強イベントに突入します。
正直不安しか感じないけれど……
ほんの一瞬作り出してしまった私とローランド様二人だけの世界(なんて言うと何だか私たちがラブラブみたいだわ!)をすかさず感じ取ったユリオット様が逃げ出さないように私も素早く席に着き、躊躇うユリオット様を席に促した。
元々私はユリオット様が座る予定の席の向かいの席に座って作業を行い、ローランド様が座った席の向かいには荷物や、これから読む予定の本を積み上げていたのだけれど。
気がつけばローランド様の向かいの席に腰を下ろしており、手が勝手に荷物を片付けていた。
無意識って怖いわ……
確かお勉強イベントで見たスチルにはヒロインとユリオット様が向かい合って分からない所を教えあう姿が描かれていたのだけれども……
まぁ、斜向かい……でも、分からない所を教え合うことぐらいできるわよね、うん、ちょっと遠いけど。
「……………」
無言、無言過ぎる……!
私の想像していたお勉強イベントって『ここってどう言う事なんだ?』『あら、それはナンタラカンタラでこう言う事ですわよ、うふふ。』『そうか、そう言う事だったのかー!』みたいな感じだったのだけど。
お二人ともめちゃくちゃ集中していらっしゃるし、和やかな歓談と共にお勉強しましょ〜的な雰囲気じゃないわ、これ。
でも、これじゃ一緒に勉強している意味が無いじゃないのっ!
「あの……」
「ん?ミシェルどうしたんだい?」
ああああ、違うの。
意を決して話しかけてみたのに。
私はユリオット様に話しかけたのに!
どうしてローランド様が答えてしまわれるの?
嬉しいけれど、そんなローランド様も好き!
でも違うっ!
「あの、お二人はいつもこうして一緒にお勉強なさってるんですの?」
「いや、流石にいつもと言う訳じゃないさ。まぁ予定が合えば比較的に一緒にいる事も多いし、こうして勉強する事も有るけどね」
「そうなんですか、仲がよろしいんですね」
「そうだね。ミシェルは知らないかもしれないけれど俺たちは従兄弟同士なんだ。だから、幼い頃から一緒に遊ぶ仲で、成長した今になっても何かと互いを頼ったり頼られたりする関係なんだ」
「まぁ!それは素敵ですわね」
知ってるー!知ってますよ、幼い頃からユリオット様がお辛い思いをしているのをずっと励ましていたのもローランド様。
孤独に耐えていらっしゃるユリオット様を支え、1人にならない様見守っていたんですよね。
でも、ローランド様のお口から改めてそのお話を聞けるとは、何と言うか感無量です。
当のユリオット様はお勉強に集中し過ぎてて私達の会話が聞こえてないみたいですけどね。
もう、ローランド様と仲を深めてどうするのよミシェル!
嬉しいけれども!
「おい、ユリオット」
「………え?」
「お前……また、集中し過ぎてて周りが見えてないな?」
「そ、そんな事ないぞ」
「じゃあ、今俺たちが何を話していたか言ってみろ」
「え?あ、あー……悪かった。悪かったよ」
素敵……
ユリオット様とローランド様の仲良さげな会話、これが生で見られたなんて。
前世の私が知ったら卒倒しかねないわ。
かく言う現在の私も今にも涎が垂れそうなのを必死に我慢している訳ですが。
そして、ローランド様グッジョブです。
やっとユリオット様が気がついてくれたわ。
「ふふふ、本当に仲がよろしくていらっしゃるんですね。今ローランド様にお二人の仲のお話を伺っていたんですの」
「そうだったのか。すまない、僕はどうも集中し過ぎると周りが見えなくなる質でね。ああ、そういえば僕達は従兄弟なんだよ」
「ったく、それはもう俺が言ったぞ」
「そうだったか、重ね重ねすまないな」
「いいえ、お二人の仲睦まじい会話を聞いているのは楽しいですから。それにしても、こんなにも集中出来ると言うのも素晴らしいですわ。一心不乱に勉学に取り組める、それも一つの才能ですもの」
「才能?」
「そうですわ。ユリオット様の才能です」
私の言葉に何故かびっくりした様な表情になるユリオット様。
え?私変な事言ったかしら。
だってそんなに集中出来るって本当に凄いと思うんですもの。
前世の私なんて勉強が嫌いすぎて、集中どころか1分おきに時計を確認していたくらい。
後はテスト前になると部屋の片づけとか始めちゃうのよね。
あれ、何でかしら。
「才能だなんて、僕は君の方がずっと才能に溢れていると思うよ。僕には到底勉強が趣味だなんて思えない。本当は大嫌いなのに、ただ必要に駆られて仕方なくしているんだ。毎日机にかぶり付いてまで周りに振り落とされない様必死なんだよ。それだけしてもやはり一番にはなれない、単なる落ちこぼれさ」
「違います!」
「え?」
突然大きな声を上げた私にビックリするユリオット様。
私達の会話を見守っていたローランド様もビックリされたご様子。
でも、今のは聞き捨てならないわ。
だって私ユリオット様が陰でどんな思いをしながら、必死に頑張っているかきっとこの世界の誰よりも知っているんだもの。
「好きでもない勉学に挫けもせず真摯に取り組める、懸命に努力出来る人が落ちこぼれだなんて、そんな事ある訳ないじゃないですか!私なんて偶然ここの勉強が趣味みたいなものでうっかり一位を頂けた様なちゃらんぽらんですわ。私だって苦手な事には面と向かって向き合う事が出来ません。特に苦手な刺繍なんてすぐ投げ出して、近くにある本に手を伸ばしたり、ついつい遊んでしまいます。それでお叱りを受ける事もしばしばですの。それに比べてユリオット様は凄いですわ。嫌いなお勉強を休む事なく一生懸命こなし、それだけではなく剣術だって素晴らしいと伺っております。お人柄も真面目で、お優しくて、親しみやすいと有名だなんて。そんな出来た人私は初めて出会いました。だから、そんなにご自分を卑下する事なんて何一つありません。誰が何と言おうと貴方は素晴らしいお人ですわ、私が断言いたします!」
「………っ⁉︎」
言った。
言ってやったわ!
いつも、そうゲームをプレイする度に何回も思っていた。
ユリオット様がご自分を卑下する度に、こうして励まして差し上げたいって………あっ……。
何やってるの、私ー!!
ここはゲームの中じゃなくて現実だって分かってるのに、偉そうに上から説教垂れた挙句、剣術が優勝だとか、人柄が良くて有名だとか、これじゃあまるでユリオット様のストーカーみたいじゃない。
それに私が断言いたしますって本当何様なのよ……
「くっ、はははは、負けだなユリオット。だから言っただろう。お前は凄いよ。落ちこぼれなんかじゃないんだ」
「でも……」
「でも、じゃない。それともお前はミシェルが嘘を言ってると思うのか?」
私の叫びを笑い飛ばして下さったローランド様は、加勢とばかりに躊躇うユリオット様を窘めて下さる。
ローランド様の御言葉に促されて私の方を見たユリオット様を私は本気です、と言う気持ちを込めて見つめ返した。
そして、駄目押しとばかりに大きく頷いてみせる。
「ありが…とう。ローランドは昔から同じ様に励ましてくれたけれど、でもそれは友人だからだと……。でも、まさかミシェル嬢にまでそんなに風に言って貰えるとは」
そう言ったユリオット様の瞳は少しだけ潤んでいる様に見えた。
良かった。
少しでもユリオット様が救われたのならば私も恥をかいた甲斐があるってものよね、本当に……
「さて、そろそろ外も暗くなってきたし、時間も遅い。年頃のご令嬢をこれ以上独占するのも失礼だろう。俺はミシェルを外まで送ってくるから、ユリオットは帰る準備でもしていてくれ」
「ああ、わかった」
「そ、そんな。ローランド様の御手を煩わせる訳には……」
「良いから。ご令嬢を一人で帰した、なんて一人の男として失格だろ?」
そう言って笑うローランド様は、多分ユリオット様が一人でゆっくりと御心を落ち着ける時間を作って差し上げたかったんだと思う。
でも、私としてもこれは死活問題だ。
ローランド様と二人きり?
本当に心臓が止まってしまうかもしれないじゃない。
でも、ああ言われてしまったら断れないわ。
持つかしら、私の心臓。
「分かり……ました。それではよろしくお願いいたします、ローランド様。御機嫌ようユリオット様」
ユリオット様とのご挨拶もそこそこに手早く荷物を片付けると、私は先を歩くローランド様について図書館を後にした。
既に心臓は痛いくらいに大騒ぎしている。
それでも、私はローランド様の短い襟足からチラリと覗く首筋から目が離せなかった。
私って首フェチだったのかしら。
「ミシェル、ありがとう」
「え?」
突然前を歩くローランド様に言われて戸惑ってしまう。
何に対しての御礼なのか聞いても良いものか逡巡するけれど当のローランド様はこちらを向くでもなく、前を向いたままでその感情は読み取れない。
「ユリオットはさ……ああ見えて結構複雑なんだ。実家は力のある公爵家で、見た目もあんな感じだし、成績だって優秀、一見何一つ不自由なく見える。けど、その実色々な事情に雁字搦めにされてて、今では俺の声すら届かなくなっていた。おそらくもう少しで呼吸もままならなくなる寸前だっただろう。でも、分かりづらいかも知れないが、今日のアイツは確かに君に救われたんだよ。それは他でも無い、今日会ったばかりの、尚且つ、ユリオットよりも好成績を収めていたミシェルの言葉だから救えたんだ。……こんな奇跡が起こる事ってあるんだな、本当に」
言葉を返せなかった。
ローランド様のユリオット様を思う気持ちが痛い程伝わって来て、安易な言葉をかける事など出来ないと分かってしまったから。
ローランド様は何気ない風を装っていらっしゃるけれども、きっと誰よりもこの事に御心を痛めていらっしゃったのだ。
私が今日した事と言えば一時的な救済措置だけ。
でも、私なら出来るのだ。
本当の意味でユリオット様を救って差し上げる事が。
「ミシェルさえ良ければ、これからもユリオットと仲良くしてやって欲しいな。勿論俺もだけど」
「……っ、喜んで」
その一言を返すので精一杯だった。
確かに私はこの王国を救う為に、一歩を踏み出した。
けれども、今ではユリオット様も救って差し上げたいと思う。
それに、ローランド様も。
待っていて下さいね。
私、頑張りますから。
だからローランド様、私が頑張った暁にはいつかご褒美を下さいませ。
この時ばかりは高鳴る鼓動が心地よく感じられた。
こうして、私の初めてのイベントは幕を閉じたのだった。