最終話 別れ、そして明日へ
最終回、13話です。
とうとう別れの時が来た。
「じゃあ元気でね」
ネムは言う。
「駅のレールはここで終わりだけどこの一本道。ここをずーっと行けば、現実の世界に帰れるよー。でも寂しくなるね」
車掌ちゃんはそういうと、とうっと俺に抱き着いてくる
「元気でねー。頑張って、君ならきっと絵本作家にだってなれるよー」
「ちょ、ちょっと、ぼ、僕も一応男だから、こういうのは困るというか」
引っ込み思案な僕には刺激が強すぎる。嬉しいけど、やっぱり…うん。
でもやっぱりいいユメかも
「あー、そうだったね。ごめん、ごめん」
「そ、そうそう、そういうのはよくないよっ。マヨイビトの男の子の感情も食べてきてそのいろいろ知ってるからさ」
いつになく慌ててネムが言う。
恐らくスキンシップ的なやつだったんだろうけど、現実だとちょっとまずい。
最後の最後でぶっこんできたね。
「そっか、じゃあはい。これならいいでしょ」
そう言って車掌ちゃんは手を出す。
そっか、握手か。
「うん、ありがとう」
「こちらこそ、私たちと一緒に旅をしてくれてありがとう」
僕たちはお互いの手をがっちり握った。
次に僕はネムの方を見る。
「ネム、ありがとう。色々話を聞いてくれて、物語を作れって…背中を押してくれて…
おかげでなにか目が覚めた気がするよ」
「そりゃどーも。まだユメのなかだけどね」
「うん、でもユメの中でも一緒に旅したことは絶対忘れない。すごく楽しかった」
「…うん。すごい絵本作家になりたまえ。いつか、マヨイビトのイメージから君を物語を
見れることを楽しみにしているよ。遠いユメの世界からも応援してる」
分かってる。凄くなくたっていい。やってみることが、始めることが大事なんだって。
その上で最後に凄くなれるように頑張るんだって。
だから、そう言ってくれたんだ。
ネムとも握手を交わす。
後ろではちびネムとシャーフがのぞき込んでいた。
僕はしゃがみ込みシャーフやちびネム達の頭に手をのせる。
「君たちもありがとうな」
そう言って僕はゆっくりと立ち上がった。
「じゃあね。皆。元気でねー」
「うんっ、ユメの列車はいつでも運航可能、私たち職員はいつでも歓迎するよー。
だから、迷子になったらまたおいでー」
「うん、またいつか」
車掌ちゃん、ネム、ちびネム達は皆手を振って見送ってくれた。
そんな中僕は最初の一歩を力強く踏み出したのだった。
走る。ただ朝日の中をひたすらに走った。
羊の群れが集団で草を食べているのを見かけた。
そう言えば、この草原にはいつも羊たちがいたんだっけ。
列車の窓で見た光景を思い出す。
「君たちも元気でねー!」
そう僕は呼び声をかけた。当然返事はないけれども。
日差しの中さらに光が見えた気がした。
さようなら、ユメの世界。そして、
おはよう!!
***********
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン
ユメを走る列車は帰路を走る。
木製でできたレトロなイスに座りながら、ネムは窓の景色を見つめていた。
ユメの中でも一緒に旅したことは絶対忘れない
彼はそう言ってくれたが、残念ながら基本的にユメの世界の記憶は現実に持ち込むことは
できない。
目覚めた時には全て忘れてしまっている
だが、彼がこの世界で得た変化、成長はきちんと彼の中に残っている。
それが重要なのだ。
あえてあの場で言う事ではないと思ったが、少し罪悪感が残る。
さて、彼はきちんとユメを叶える事ができるのだろうか。
少し心配だ。
「お待たせ―。できたよ。ユメの欠片が」
「おー。待ってました」
ユメの欠片とは、マヨイビトがこの世界に迷い込んだ時、
世界に反映される感情の変化、その時に生まれるエネルギーを抽出して、
調理したものである。
車掌ちゃんが初めて会ったときにごちそうしたごはんであり、
これが、ネムが車掌ちゃんの仕事を手伝う対価だ。
さて、今回の彼の味はどうだろうか。
「いただきます」
ネムは手を合わせてから、一口ユメの欠片を口に入れた。
これは…
不安、羞恥心、諦め、苦悩そういった負の感情も感じるけど、
それ以上に夢への情熱、挑戦心、向上心みたいな感情が前向きな正の感情が負の感情を
塗りつぶして、
正の感情に負の感情がスパイスみたいに働いて絶妙なハーモニーを醸し出している。
「おいし~~~~い」
ああ、なんて幸せな気持ち。
こんなにおいしいんだったら、今回の彼もきっと大丈夫だろうな。
ゆめの欠片を完食する。
そのまま、ネムの意識はゆめの中に落ちていった。
△▼△▼△▼
スー、スーとネムの寝息が聞こえる。
ネムはそのまましばらくすると、
黒い液体へと変化して、椅子の上で動かなくなった。
「寝ちゃったか―。彼の事が心配で疲れちゃったんだね」
初めてネムに会った日の事を思い出す。
最初は心さえ持っていなかったこの子がこんなに優しく育つなんてね。
今では自慢の相棒だ。
次に目を覚ますのはまたマヨイビトが来るときかな。
「お疲れ様。おやすみ。ネム」
そのまま車掌ちゃんは、鼻歌を歌いながらシャーフを電車の中を歩いた。
運転台にたどり着くとそのまま、鼻歌を歌い運転を再開した。
古いハンドルの木を撫でる。いい肌触りだ。
さて、次はどこにたどり着くことになるのか。
当てのない道へ、ただ、ただ進む。
ガタン、ゴトンと音を立て、列車は広大な夜の草原の中を進んでいく。
どこまでも、どこまでも。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
これで、ゆめのような世界での記録は完結となります。
少しでも楽しめて頂けたのであれば、幸いです。