VS鎖男
ティアの後をついていく形で俺は最終待機部屋という部屋に入った。その部屋には1枚の扉があり、あれを開けば何千人という観客の待つフィールドへ行けるようになっているらしい。既に観客の騒ぎ声が扉の向こうから漏れていた。
「皆さんお揃いですね」
集まった出場者達の中心にまたもあの小男が居た。運営側の人間はこの男しか見ていない。まさか出場者の管理は全てこいつがやってるんだろうか。だとしたらワンオペだ。酷いなぁ。
「ではルールを説明致します」
①相手を殺すのは禁止。
②気絶や大怪我で戦えない状態になるか、フィールドから落ちれば脱落。
③観客を故意に攻撃するのは禁止。
以上です、と小男が言った。俺は初めての闘技場なので真剣に聞いていたが、他の出場者は聞き飽きているのか体をほぐしたり武器の手入れをしたり、自由に行動していた。
「では、皆さん。ご健闘を」
小男がそう言って扉を開けると、その近くにいた選手から部屋を出ていきはじめた。たちまち割れんばかりの大歓声が部屋になだれ込んでくる。いよいよってわけだ。心臓がバクバクする。俺はどこまでやれるだろうか。
「頑張ってね、ヤマ。あたしも頑張るけどさ」
俺がめちゃめちゃに緊張している一方で、ティアは全く緊張してないのか笑顔で出て行った。まったく大したもんだ。噴水広場で見た時は可愛いという印象しかなかったけど今では強いという印象しかないぞ。
その後も1人、また1人とフィールドへ出て行き、部屋に残った者の数は4人を切った。もうすぐ俺の出て行く番だ。心臓の鼓動はピークを迎え、ドドドドーンとうるさいぐらいに高鳴っている。口と喉もカラッカラだ。
「おい落ち着けよ。深呼吸しろ」
案内人の言う通りだ、たしかに深呼吸した方がいい。こんなガチガチで5位まで残れるはずがない。
「スー……ハー……」
うん。ほんの少し落ち着いた気がする。
「よし、行け」
「ああ」
俺は棍棒をグッと握りしめ、円形のフィールドまで一直線に伸びる道を踏みしめて歩いた。道の隣には水が満ちている。なるほど、この水に落ちれば脱落というわけだ。いやヤバイな、俺泳げないのに。
とうとう俺はフィールドに立った。辺りに目を配ると先に出て行った選手がフィールドの端で水を背にして隣と一定の間隔を開けて立っていたので、俺もそれを真似した。
これで合ってるんだよな。誰も何も言わないって事は合ってるって事だよな。
「なあ、この待ち方でいいんだよな」
「そうだな。それより鎖男に気を付けろよ。お前を目の敵にしている」
鎖男か、あいつはどこにいるんだ……居た。俺のちょうど真正面に。相変わらず物凄い形相でこっちを睨んでいる。
「距離にして20メートルって所だな」
20メートル。野球で言うとピッチャーとキャッチャーぐらいの距離だ。
「いいか。常に俺の言葉を気にしておけよ。俺が右と言ったら右に、左と言ったらすぐ左に避けるんだ」
「分かってる」
俺は耳を小指でかっぽじった。噴水広場から、その作戦で行くつもりだった。残り5人になるまでとにかく避けまくるという作戦で。
「少しでもタイミングが遅れたら、あいつの馬鹿力を食らって水に真っ逆さまだからな」
「それが怖いんだよ。俺カナヅチなんだけど」
「じゃあ下手したら溺死だな」
溺死という言葉にサーッと鳥肌が立つと同時に水の中を沈んでいく自分が脳裏に浮かんだ。ああいけない。なんで負ける前提の想像をしてしまうんだ。しかし溺死だけは本当に勘弁してほしい。
「……ん? いや待てよ、そうだ、俺には瞬間移動があるじゃないか。そうだよ、水に落ちてもすぐ脱出できるんだよ。なーんだ、アハハハハ」
俺はホッと胸を撫で下ろした。いらん心配してしまった。瞬間移動使えるやつが溺死なんて聞いたことないから大丈夫だろ。まあ瞬間移動使えるやつ自体、聞いたことないけど。
「お前が鎖男の攻撃を受けてまだ意識がありゃな」
「アンタ、なんでそんな正論ばかり言うわけ?」
俺は夫婦喧嘩の始まりのような言葉を発した。
「まあ、そうなりたくなきゃ気を付けろってこった。さあ、そろそろ始まるぞ。気合い入れろよ」
案内人の言葉通り、フィールドの出場者たちがひそかに体勢を整え出した。鎖男が腕を回し、ドラゴズバが槍を両手で構え、ティアが懐から短剣を抜いた。他の奴らもみんな戦闘モードだ。そうなってないのは、俺と……あの黒ローブのやつぐらいだ。あいつも素人なのか?
騒ぎ立てる観客席と対照的に、フィールドの雰囲気がにわかに張り詰めてゆくその時、やたら大きい声がした。
「さーあ、まもなく闘技場が開催します! 制限時間は無し。最後の1人になるまで戦いは終わりません! 実況は私、スキル『拡大音声』のマイクがお送りいたします!」
あっ、またあの小男じゃないか。受付、出場者管理、実況までやるなんて正気かよ。
「それでは試合……」
マイクがフィールドから少しだけ離れた、かといって観客席でもない、中間の独立したスペースで片腕を振り上げた。
「開始ィーー!!」
片腕が振り下ろされ、戦いが始まった。隣のやつらが仕掛けてくるかと思ったが、それぞれ別のやつと殴り合いや斬り合いを繰り広げている。今俺はフリーだ。
「隣に構うな、前を見ろ!」
顔を前方に戻すと、鎖男が地響きを立てながら突っ込んできた。
「きたきたきたぁ! 闘技場の暴れ牛、グレイト選手が荒れ狂う闘牛の如く、一直線に突き進んでいく! グレイト選手、最初の狙いは新人のヤマ選手か!」
すごいスピードだ。どんどん距離が縮んでいく。あの図体でここまで速いとは。
「体を思い切りそらせ!」
えっ、瞬間移動は!? と思ったが、言われるがまま体をリンボーダンスのようにそらす。すると腰が悲鳴をあげた。
「あがあ!」
口からうめき声が上がり、背中から地面に倒れる。その上を馬鹿でかい腕が一瞬で通り過ぎていった。
「おおーっとヤマ選手! 数々の戦士を再起不能にした、グレイト選手のラリアットをすんでのところでかわしたぁ!」
「右に回れ!」
背中の痛みに耐えつつ、右に寝返りを打つ。すると、さっきまで倒れていた地面にハンマーのような拳が振り下ろされた。
「回れ回れ回れ!」
棍棒を両手で持ちながら右に転がり続けると、その度にボコォボコォと地面が砕かれる音がした。
「ぐはははは! 貴様の背骨を砕いてやる!」
「グレイト選手、追いかける追いかける! ヤマ選手、このままではやられるのも時間の問題だ!」
本当にその通りだぞ。瞬間移動しようにも、棍棒で手が塞がって指なんか鳴らせないじゃないか! ちくしょうめ、こんなもの持ってくるんじゃなかった! 捨てちまえ、こんなもの!
俺は体が上に向いたところで棍棒を捨てた。
「ぐはははっ……あが!」
ドシーンという音がして、攻撃が止んだ。立ち上がるとグレイトが地面にうつ伏せで倒れていた。
「なんということだ、グレイト選手! 棍棒につまずいてしまった!」
たちまち、客席から笑い声が轟いた。だがそんなことはどうでもいい。早くこの場を離れなければ……
「ぬがああああ!! 許さんぞ! 殺してやるぁ!」
ほら見ろ、怒らせた。
鎖男すなわちグレイトが鬼の形相で立ち上がり、追いかけてきた。だがさっきの転倒で足をくじいたのか、最初ほど速くない。俺の走りと同じぐらいだ。
「グレイト選手、足を引きずりながらもヤマ選手を追いかける! どうやら相当の恨みがあるようです。この2人の間に何があったのでしょうか!」
まったくだ。こっちが聞きたい。なんで俺ばっかり狙うんだ。
「おい、戦ってる奴らの近くを逃げろ!」
「はあ、なんでだよ!? 瞬間移動するからな!」
俺は指を合わせた。とりあえずティアかドラゴズバのところにでも移動しよう。それで守ってもらおう。
「いいから言うこと聞け!!」
あまりにも必死にいうので俺は鳴らすのを止めた。
「何か作戦でもあるのかよ!?」
「当たり前だろうが! 俺を誰だと思ってる!」
わからない。本当に誰なんだろう……まあいいか。
俺は案内人の言う通りに方向を変え、戦ってる奴らの近くを走り抜けた。すると――
「どけェ! 邪魔じゃあ!」
「うわなんだこのデカブ、ぐはあ!」
「ごへえ!」
「グレイト選手、敵を蹴散らす蹴散らす! ヤマ選手以外は眼中にないのか!」
そうか。あいつに他のやつを倒させる作戦か! これなら他の敵を早いこと減らせるぞ!
俺はその後も戦ってる奴らの近くを走り続けた。案の定、俺が通り過ぎた後に、うめき声やら水に人が落ちる音がしていった。
時たま、俺に攻撃を仕掛けてくるやつもいたが、それは案内人の指示通りに避ければよかった。この作戦は本当に良く出来ている。ただ1つの欠点は罪悪感だがこの際、目を瞑ろう。
「これはとんでもない展開になってきました! グレイト選手の突進により脱落者が続出! 18人居た出場者が残り半分になった!」
かの某有名バトル漫画も武闘大会やったら人気爆発したっていいますよね。あやかりたい。あと終わり方が突然で申し訳ないです。