就活
「ついさっきまでスキルが気に入らないだの足りないだの騒いでたくせにちょっと顔のいい女と出会ったらこれだもんな。いい性格してるよ」
案内人は俺がこの世界で生きる決心を付けた動機が、不純だとでも言いたいのかブツブツ言っている。でも俺からしたら、何にしろ前向きになったのだからいいじゃないかと思うのだ。それにしてもティアは綺麗だった。そうだ。あんないい出来事は絶対に忘れてはいけない。そのためには――
俺は噴水の縁に座り、記憶にさっきまでの出来事を入念に焼き付けることにした。もちろん案内人に今からティアとの思い出を記憶のアルバムに綴じたいと思いますなんて事は言わなかったが、奴は俺が何をしてるのか勘付いたようだった。
「あの女、そんなに気に入ったのか?」
分かってるならそっとしておいてほしい。しかし無視するのも角が立つ。
「気に入ったとかそういうレベルじゃないんだよな。言うなれば一目ぼれだよ。だって天使みたいに可愛かったからな」
「天使って……」
あっ、鼻で笑いやがった。こいつ全くデリカシーってもんが無いな。いやそんなことよりアルバム作業を再開しよう。えーと確かここで近づいてきて、俺のパーカーの紐を……
「ぷふふ……」
「お前、だいぶ気持ち悪いな」
思い出すたびに照れ笑いがこみ上げてくるせいでアルバム作成は難航を極めた。だが数分後にようやく俺はティアとの思い出を記憶に入念に刻み込むことに成功した。これは完璧なアルバムだ。これから嫌なことがあったらこのアルバムを開いて、そうして生きていこう。
「終わったか?」
「ああ……ところで、この町で何すればいいんだ俺」
「仕事探すんだよ」
「え?」
俺は予想だにしない言葉に、後ろの噴水に落ちそうになった。だが案内人は構わず話し続ける。
「言っただろ。俺はお前に生きていて欲しいって。生きるためには水と食い物が要るし、それを買うためには金が要る。そして金を稼ぐためには仕事が要る。だから仕事を探す」
俺はさっそく、ティアとの思い出アルバムを開いた。
あんた、見ない顔ね。旅人?
変な服……どこの国から来たの?
「おいコラ」
ふふっ、変な名前。じゃね。
「現実逃避するな。立て、仕事探しに行くぞ」
「そこを右だ」
俺は生気の無い目で案内人の言うとおりに歩く操り人形と化していた。足が鉄球をくくり付けたように重たい。瞬間移動でこの町に来た時は、前の世界じゃ味わえないような非日常に本当にわくわくしていたのに、まるで夢から覚めたみたいだ。
「そうか、仕事か……そうなってしまうのか。ゲームの主人公は仕事なんかしてなかったけどな」
「お前主人公じゃ無いだろうが」
「そりゃそうだけども……」
文句を言いながら市場の人混みの中を歩いていると、左側から焼肉の匂いがした。見ると、でかい塊肉が太い鉄の棒に突き刺さってジュウジュウ焼かれている。
「そういや朝メシ食べてないんだよな、俺」
「仕事見つけてからだ。さあ着いたぞ顔上げろ」
顔を上げると『トリプルグレン』と看板を掲げた、赤色の建物が目に付いた。
「なに、ここ?」
「ここはギルド。ギルドは客から受ける様々な依頼を解決して、その見返りに報酬を受け取ってる奴らの共同体だ。この世界にはこれを生業にしてる奴らがゴロゴロ居る」
建物には『団員募集!』という字と赤いマントを羽織った人間の絵が載っている紙が貼ってあった。とりあえず服の趣味は合わなそうだ。
「俺、ここに就職すんの?」
「まだそうと決まったわけじゃない。この町には全部で11のギルドがあるが、どれか1つにしか所属できない決まりだ。だから慎重に選ばなければならん」
「じゃあ何でここに……」
「お前に自信をつけさせるためだ。ここはギルドランク8位だからお前のスキルならまず間違いなく受かる。それで入団は、他のギルドも見てから考えますとでも言えばいいんだ」
「えっ俺、簡単に受かるのか?」
「勿論だ、瞬間移動使えるからな。ただ……」
「ただ?」
「いや、まあいけるだろ。さあ入れ」
何で最後、言いづらそうにしてたんだと考えつつドアを開けると、中は綺麗に赤で染められた外観とは打って変わってみすぼらしかった。あまり繁盛していないのかボロっちい木造建築の部屋の中に、長机と椅子が2つずつ無造作に置かれ、そこに赤い服を着た老け顔の男が座っている。
「おおう、いらっしゃい!」
男が立ち上がり、椅子を引いたので俺はそこに座った。どうやらこの男が主人らしい。
「さて、今日はどんなご依頼で? 誰を指名します? まあウチの息子どもは3人とも同じ顔ですがねえ、ガハハ!」
主人が差し出した写真には全く同じ顔をした3人の男が写っていた。なるほど三つ子だから『トリプルグレン』か。それにどうやら家族経営。ちょっと余所者が入るようなところじゃないかもな……
「何で言わないんだ。怖気付いたか」
「怖気付いてねえし。今から言うんだよ」
……ったく……ん? なんでこの人、俺の顔を気味悪そうに見てるんだ……あっ、そうか! 案内人とつい普通に会話をしてしまったんだ。いけない。独り言が異様にでかい奴だと思われる。早く本題に入ろう。
「あの、実は俺……私、ギルドに入団したくて。それでここへ来たんです」
「ああ、そっちか……」
主人はそう言って三つ子が映った写真をしまった。
「しかしウチはこれ以上、人を雇う余裕がな……」
どうやらさっきのでかい独り言で、かなり警戒されたようだ。外に団員募集のポスターを貼り付けてる人間が発した言葉とは思えない。
「うーむ、じゃあ証明書だけでも見せてもらおうか」
そう言うと手のひらをこっちに向けてきたので俺は驚いた。証明書だって? それってレベルや能力が書いてあるアレだよな。でもそんなもの持ってないぞ。案内人が持ってるのか? どうなんだよ案内人、何とか言え。
「チッ!」
うわ、この案内人、舌打ちしたぞ。
「……持ってねえのかい?」
男が怪訝そうな顔で俺を見る。どうやら俺がオドオドしたのを、持ってないと判断したようだ。
「あっ……はい」
俺が答えると、男は椅子にもたれ直して腕を組み、そして大きくため息をついた。
「ふうー……あのな。証明書も無しにどうやってこの町へ入ったか知らんが、それじゃあ入団は無理だ。悪いが出なおしてくれ」
「ああ、そうですか……わかりました。じゃあ、すいません。お邪魔しました」
俺は逃げるように『トリプルグレン』を出た。
「くそ、やはり証明書を出せと来たか」
ギルドを出てすぐに案内人が面倒そうに言った。
「そうだ、証明書って言ってたぞ。どういう事だよ」
「証明書はこの世界で発行されている、持ち主の情報が載ったカードのことだ。これを持ってないという事は、こいつは人に証明書を見られたら困る、いかがわしい人間なのかと疑われるし、何より非常識な奴だと思われる」
ああ、要するに履歴書みたいなもんか。
「それならギルド入団なんて無理じゃないのか。俺それ持ってないんだぞ」
「そうでもない。ギルドによっては証明書の提示を求めない所もあるし特に下位ランクほど、その傾向が高い。このギルドもランクが低いからいけると思ったんだがな……よし、こうなりゃ最下位のギルドに行くぞ。さあ歩け」
そうか、最下位か……と足を一歩踏み出したところで、ふと頭にある考えがよぎった。
待てよ。証明書を見せない奴はいかがわしいんだよな。なら見せずに入れるそのギルドって、いかがわしい奴らの集まりってことにならないか? 予想だけど、そんな所に来る依頼って白い粉を運ぶとかそんな感じなんじゃ?
「何してるんだ。早く動け。左だよ」
いや、そんなわけないよな。まさかこいつも俺に運び屋をやらせるつもりじゃないだろ。
「お前、瞬間移動できるから100%就職するぞ」
おかしいな。さっきもこの言葉聞いたのに、今は別の意味に聞こえる。うん、やはり聞いてみるか。
「あのさ、行く前にちょっと確認させてくれ。今から行くギルドってちゃんとした所か?」
すると、案内人がハッと息を呑む音が聞こえた。
「えっ、ちゃんとした所がいいのか……?」
「当たり前だろ!!!」
俺はこの日一番の大声をひねり出した。
友人にこの小説見せたところ、何で瞬間移動使えるのに歩いてるのって質問されたんで、野暮な事聞くなって答えました。