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知らない声

 さて、部屋も真っ暗になりベッドに入ったところで、いったいなぜこうなったか状況整理といこう。


 確かティアが風呂から帰ってくるまで景色見たり、部屋の中を意味もなくぶらついたりベッドの上で飛び跳ねたりしていた。色々と体を持て余してたからな。


 あと一階のトイレに行った。そしたら店主のお婆さんと目があって「音が響きますので飛び跳ねられるのは……」と言われて平謝り。あの時は恥ずかしかったな。


 んで、あまりにも暇だったから仲直りの意味も込めて案内人としりとりして……俺が4か5回目のパスを使ったところでティアが帰ってきて。


 そのあと他愛ない会話をしばらく交わして、すっかり夜も更けた時に俺に向かって「そろそろ寝よっか」と言ってきたんだ。ティアが。


 来た! と直感したよな。

 寝るって言葉には色んな意味が含まれるし、この状況なら間違いなくソッチの方だと思った。


 そしたら、健全な方の意味だった。

 見事にアテは外れた訳だ。


「はあ……」


 シャクだけど結局案内人の言う通りだったな。

 全ては俺の勘違い。


 てっきりティアは俺の事を好きなんだと思ってた。やたらとフレンドリーだし、色々と気にかけてくれるし、泊めてくれるし。だから俺が何もしなくても向こうから仕掛けてくれるもんだとばかり。


 でもそれはティアのあらゆる人間に対する優しさに過ぎなくて、それを俺が自分だけの好意と勘違いしたと。要するにそういうわけだ。


 馬鹿だな、俺。

 恋愛経験の浅い奴はこれだから駄目だな。


「ふー」

 目を開けて考え事をしていると、段々目が慣れてきて真っ暗だった部屋の様子がぼんやり分かり始めた。


 はて、ティアはもう寝たのか?

 顔をあっちに向けているからよく分からん。


 でも仮に寝てるとしたら、男が隣に居るのによく寝られるよな。俺なんか体がソワソワして全然寝られないぞ。闘技場終わりに5時間気絶してたからかもしれないけど。


「……」


 本当に寝たのか……?


「ティア〜」


 俺は蚊の鳴くような声を出してみた。

 反応はない。小さすぎたか?


「ティア?」


 さっきより少し大きい声。これも反応なし。


「ティア」


 ついに普通に声を出した。

 やはり反応はない。どうやら本当に寝たようだ。


「そうか、寝たか……」


 まあ疲れてるよな。闘技場で、あれだけ戦ってたんだし。たぶん熟睡だろう。ちょっとやそっとの事じゃ起きないだろうな……


「……」


 いや……駄目だろ、人として。

 もう寝よう。頭がどうかしている。

 俺は布団を頭までひっかぶった。


「おい」


「ん?」

 なんだ、こんな時に。


「分かってると思うが明日は朝一に証明書(ステータス)を発行しに行くぞ。寝坊するなよ」


「ああ、分かってるよ」


 まったく心配性な案内人だ。医務室でたっぷり5時間気絶したやつが次の朝に寝坊なんてするわけないのに。何ならこのまま徹夜しても良いぐらいだわ。


「ったく……」


 俺は一応、目を閉じた。

 多分だが翌朝の6時には目が覚めるだろう。





「……客さん。お客さん」


「んが……」


 誰だ。俺の体を揺らしているのは?


「おはようございます。部屋の掃除に参りました」


 目を開けると、ベッドの横にこの宿屋の店主であるお婆さんが立っているのが分かった。


 部屋の掃除……まだ朝の6時のはずだぞ。こんなに朝早くから関心な人だなあ。


「ああ……そりゃどうも。お願いします」


「はい」


 腰を曲げながらもテキパキと掃除をするお婆さんを横目に俺はベッドから上半身を起こし、思い切り体を上に伸ばした。


「くあっ……あーあ」


 徹夜も余裕だぜ、なんて思ってたけどなんやかんやで寝ちゃったんだな。ひょっとして気絶ってのは寝たうちに入らないのかも。


 あれ、そういえばティアが居ない。トイレか?


「よくお休みでしたねえ。お連れさまはもう、ここをお出になりましたよ」


「えっ、そうなんですか?」


 ティアのやつ、すごい朝型だな。


「ええ、朝早くに。7時ごろでしたかねえ」


「7……?」


 朝早くの7時って、じゃあ今は何時だよ……ってこの部屋、時計無いぞ。何でここに関わらずホテルってのは時計が無かったり目立たなくしてあるんだ。


「あっ、あのすいません。今何時ですか?」


「今ですか? ええと……」


 お婆さんが腕をまくった。何かが巻いてある。あれは時計だろうか。


「10時です」


 頭をハンマーでぶん殴られたような衝撃が襲った。それがどれほどのダメージかというと、お婆さんが部屋を出て行くまで放心状態になっているほどだ。


「じゃあ、わたしゃこれで……失礼します」

 バタン。


「はっ」

 扉が閉まる音と共に、俺は我に帰った。


「やばい、寝過ごしたんだ!」


 慌ててベッドから飛び出す。

 何という事だ。まさかの2日連続、大寝坊!


 どえらい事をしてしまった。だが何故だ。気絶を無しにしても睡眠はたっぷり取ったはず。何がここまで俺を眠らせたんだ。何か思い当たる節は――もしや!


「時差ボケ……?」


 俺が前の世界で死んだのは朝の8時過ぎ。そしてこの世界で目覚めたのは恐らく正午あたり。この微妙な時間のズレが4時間のタイムラグを引き起こしたというのか! いや異世界で時差ボケってなに!?


 だいたい案内人はどうしたんだ。これまで2回も起こしてくれたのに、何で今回に限って、起こして、くれない……


 ……まさか。こんなだらしない俺に愛想つかして完全無視を決め込んでいるのか。


「おーい……案内人」

「……」

 いかん、返事がない。こんな事初めてだ。


「あの……案内人さん」

「……」

 いやちょっと。シャレにならないぞ。


「案内人様! 案内人様ー!!」


「ええい、やかましい!」


「ああ助かった! 案内に……」


 あれ? こんな声だったっけ?


「ギャアギャアと騒がしいやつだ」


 体に一気に緊張が走った。違う。やっぱり違うぞ。こんな高い声じゃない。それに頭の中に響くような、いつもの聞こえ方でも、ない。


「だが……まあいい。今の俺は気分が良いからな」


 この声、洗面所からだ。

 俺は咄嗟に机に置いてあった灰皿を構え、洗面所から距離を取った。念のため瞬間移動の用意もする。


「だっ、誰だ!」


「誰だと……?」

 

 洗面所の扉がゆっくりと開いた。出てくる。


「俺だよ」


 俺は目を丸くした。どんな奴が出てくるのかと思った場所から、ひょこっ。と髪を後ろで束ねた、4歳くらいの可愛い女の子が出てきたのだから。


「あっ、何だあ」


 俺は灰皿を机に戻した。ただの子供じゃないか。あのお婆さんの孫娘かな。このいたずらっ子め、あんな大人っぽい喋り方して。誰の真似してんだろ。


「ははは、すっかり騙された、やるなぁ」


「うん、まあそうなるのは仕方ない。俺も咄嗟のことで驚いているんだよ」


 その女の子は腕を組んでこっくりこっくり頷いた。

 まだやってるよ。どこぞの男の真似を。


「ああ、もうおじさんの負けだよ。おじさん、ちょっと大事な人を探してるからね。さあ、お婆さんのところにお帰り」


 俺は部屋の扉を開け、笑顔で手を廊下に向けた。

 だが女の子はまるで動かずキョトンとしている。


「うん……うん」


 困ったな。何かやり残した事があるんだろうな。

 あっ、そうか。この子が洗面所から出てきた時、もっと驚けば良かったんだ。そうと分かれば話は早い。


 まず扉を閉めて……よし行くぞ。


「うわああー! びっくりしたあ!」

 俺は部屋の床に倒れ込み、腰が抜けたフリをした。


「ああっ、ああ!」


 見ろこの名演技。こういうのが良いんだろ! と女の子の顔をチラリと見ると、まるで干からびた蛙の死体でも見るような目をしているではないか。


「……ごめん」


 床に寝転んだまま謝ると女の子がつかつかと歩み寄ってきて、俺の顔を大きな目で覗き込んできた。


「本当に馬鹿だな、山木雄介。俺だよ、案内人だ」


「は?」

 たっぷりと話を聞く必要がある。俺はそう思った。

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