案内人との出会い
「……ろ、……ろ、おい」
……うん? 何だ、この声は。いやそれより俺生きてるじゃん。あんなに血がボトボト出てたのに生きれるものなのか?
「起きろ……起きろ」
ああ起きろってか……でも何か猛烈に眠たい気分なんだよなぁ。起きたくないよ。
「起きろ……まず目を開けて、立て」
いや立つって言われても大怪我でフラフラだし……あれ、地面がアスファルトじゃない。ああそうか、救急車で運ばれたのか。だとしたら口の悪い医者だな。いや看護師か、それか救急隊員かも。
「ダァもう面倒くせえ奴だな。とにかく目開けろ、ぶっ飛ばすぞ!!」
「はい!!」
医療従事者であろう人間の口から、ぶっ飛ばすぞという衝撃的な言葉が出たので俺は慌てて目を開いた。すると太陽の光が目に差し込んできたので咄嗟に手でその光を隠す。なんだ。まだ外に居るのか。そうだ血が……あれ、どこにも付いてない。どうなってんだ?
「起き上がって立て」
命令通りに起き上がろうと左手を地面につくと草の感触がした。見ると地面に草が茂っている。立ち上がって辺りを見渡すと、自分が小高い丘に居ることがわかった。おかしい。何でこんな所に居るんだ。
「よし、今から色々と説明するから黙って聞けよ」
また声がした。どこから話してるのかと辺りを見渡すが誰も居ない。一瞬気味が悪くなったが、それよりも疑問が勝ったので俺はその声に話しかけてみた。
「どこ、ここ?」
「お前、黙って聞けって……まあいいや。ここはお前が生きていた世界とは別の世界だ。お前が生前にしてたゲームと同じようなつくりをしてる」
「え?」
何やら説明されたが、そう返すほかなかった。俺は自分は理解の早い方だと思っていたが今回ばかりは別だ。何を言ってるのか理解できない。
「まあ分からんよな。やはり最初から説明する。いいか。まずお前は今日で死にました。これは分かるな」
俺は自転車でひっくり返ったのを思い出した。そうか。俺やっぱ死んでたんだ。あれ、でもさっきこの声がお前は生きてるって……
「だが神が生き返らせたんだ。この世界に」
「……何で?」
「何かの気まぐれだろ。あいつの考えることはよく分からん。とにかくお前はあの世界で死んだけど、このゲームみたいな世界で生き返ったって事。ここまで信じたか?」
聞けば聞くほどありえない話だが、ここで信じられない、いや信じろと言い合っても仕方ない気がしたので俺はとりあえず頷いた。
「じゃあ話を戻す。そして、お前1人でこの世界で生きるのは無理だろってことで神がお前に与えたものが2つある。1つはこの俺。いわゆる案内人だな……いやいくら探しても見えないぞ、俺はお前の心の中に居るんだから」
「へえ、俺の心の中に……」
俺は周りを見るのをやめて自分の胸を触った。
「そうだ。それよりいいか、あいつのせいで俺はお前の体の一部になってしまった。だからお前が死ねば俺も死ぬ。気をつけろよ、本来、この世界ならお前なんか1時間後に死んでもおかしくないから」
「ええ!? じゃあ生き返った意味ないじゃん!」
「落ち着け。本来はって言ったろ? そうならないように神がお前に与えたスキルがあるんだ」
「おっマジで?」
少し、いやかなり嬉しくなった。ゲームのスキルが自分に使えればどれだけ良いことかと子供の頃から考えていたのだ。しかも神がくれたスキル。とんでもなく強力なものだったり、いきなり大量のスキルを覚えていたりするぞコレは。ひょっとしたらこの世界を征服できるんじゃないか? そしたら……おっと、勝手に口元がにやけてきた。
「そうか、ふふ、スキルかぁ……どんなスキルだ? もしかして時間を止めたり、全ての攻撃を無効化できたりとか?」
「瞬間移動だ」
「ああ、うん。他には?」
「無いな」
「えっ……え? ちょっと待てよ。そんな……いや、まあ、そっか。うん、最初だもんな。これから色んなスキル覚えていかなくちゃな。ハハハ……」
俺は腕を組んで頷いた。よし、切り替えていこう。予想は外れたが別に落ち込む事はない。最初のスキルが瞬間移動とは幸先が良いじゃないか。ポジティブに考えよう。
「何か勘違いしてるな。言っておくがお前の使えるスキルは今も、そしてこれからも瞬間移動だけだぞ」
「ん?」
聞き間違いだよな? それにしては、やけにはっきり聞こえたけど。いや落ち着けよ俺。聞き間違いに決まってるじゃないか。異世界に転生して神からスキルを貰った男の使えるスキルが永遠に瞬間移動だけなんて寂しすぎるだろ。そうだよ絶対に聞き間違いだ。
「今なんて言ったの?」
「お前の使えるスキルは今も、そしてこれからも瞬間移動だけだって言った」
「いや、だから魔物倒してレベル上げればスキル増えるんだろ?」
「増えない」
「……あっ、もしかして力とか生命力が異常に底上げされてたりする感じ?」
「してない」
俺は辺りに何とも言えない風が吹くのを感じた。
よし、状況整理しよう。俺は普通の人間で使えるスキルは死ぬまで瞬間移動のみ。うん、つまり神は瞬間移動さえ与えておけば俺が天寿を全うできると思ってるんだ、この世界で。そうか、そうか、なるほどね。
「ああああ出来るわけねえじゃねーか! 見ろこの貧相な体! 筋肉なんか一欠片も無いぞ! 何かしら攻撃スキル覚えてなきゃスライム一匹倒せなさそうだなって神なら普通わかるだろ!? 瞬間移動だけ与えてどうすんだよ! 魔物が出れば瞬間移動で逃げ、逃げ、逃げの逃亡生活を永遠に送れと!?」
俺は空に指をさして叫んだ。こんなに叫んだのは300時間プレイしたゲームのデータが消えて以来だ。
「仕方ないだろ。お前もともとこの世界の人間じゃないんだから。瞬間移動だけでも有難いと思えよ」
「うるせえーー!! だいたいな。覚えてたスキルが瞬間移動だけだって聞いた時もだいぶガックリ来てたんだよ! それをこれから覚えていこうって何とか持ち直したのに何だこれからも瞬間移動だけって! 俺はこの世界をスキルで無双して、それを見た美女がキャア素敵嫁がせてって言ったのをああ良いぜ、これで10人目の嫁だなハハハって返したかったのに!」
俺は怒りに任せて自分の願望をまくし立てた後、目に付いた石ころを思い切り蹴った。
「物に当たるなよ、それにそんな都合の良いこと起こるわけ無いだろ」
「どうすんだよマジで! そうだ、あんた神と知り合いだよな。連絡とってスキルもう1つか2つ。あーできれば3つ。多けりゃ多いほどいいけど俺が使えるように頼んでくれないか!? いや頼んでくれ、頼む!」
俺は何も居ない空間に向かって必死に手を合わせた。よし、連絡してやるから俺の靴を舐めろと言われたらすぐ舐めるぐらいの気持ちだった。目に見えないから靴履いてるかどうか分からんけど。
「連絡なんか取れるかよ。仮に取れたとしてもアイツ絶対応答しないぞ」
「何で!? 生き返らせた人間のお先が真っ暗なんだけど!?」
「アイツ冷めやすいんだ。えーとお前が生き返って11分経ったから……多分もう俺たちの事忘れてるな」
全身の力が抜けていく感覚を俺は覚えた。夢も希望もない。もし俺が風船なら、今まさに空気が抜けてしぼんでいってる状態だ。誰かCO2入れてくれ。
俺はその後もショックのあまり立ち尽くしていた。何分ほど経っただろう。再び案内人が声をかけてきた。
「おい元気出せよ。スキルが駄目でも俺が居るじゃないか。俺はこの世界の事を一通り知ってるしお前が死なないように色々アドバイスしてやるから」
気のせいか、口調がほんの少し優しくなった気がする。
「俺だってお前に死なれたら困るんだ。あとお前目覚めてまだ一歩も動いてないから、いい加減行動開始しようぜ。ずっと落ち込んでても仕方ないだろ」
「……まあ」
確かにここに居るだけじゃ何も始まらない。
それに、俺が死なないように……か。
「わかった。やるよ」
「おっ、また持ち直したな。よし、じゃあとりあえず町に行こうぜ」
なんか俺への当たりが柔らかくなったな。そうか、こいつ、俺を励まそうとして……何だ。中々いい奴じゃないか。
「あのさ、何かごめんな。俺が動くように励ましてくれて」
「いや、そろそろ魔物が狩りに出てくる時間だから」
俺はすぐさま、背後や横に何もいないのを確認し、そして急いで丘を駆け下りた。
2話目でも、まだ瞬間移動しないというね。