初飛行、初食事
「ッ……! ッダ……!」
高い、高い、速い速い速い!
高度がありえない、速度もありえない!
死ぬ! だいたい何でドラゴズバは直立不動の体勢で飛んでんだよ! 普通誰かを乗せるときは体を横にして飛ぶだろうが、背中に乗せろよ!
「なに怯えてるんだ。お前には瞬間移動があるから落ちても死なないだろうが」
うるさい、このデリカシーゼロ案内人! バンジージャンプが命綱があっても怖いのと同じだよ、死なないとか関係無いんだよ!
「いい景色ね……」
「まったくだ。心が洗われる。どうだ、我が友よ。空を飛ぶのはいい気分だろう」
いい景色? 心が洗われる?
そんなもん見てる余裕、無い!
今の俺は足にしがみつくので精一杯だよ!
さっき貰ったギルド勧誘の紙も全部落としたわ!
「さあ、これを飲むといい。空で飲むベリーソーダは格別に美味いぞ」
「ファア!?」
ドラゴズバが上半身を曲げて瓶を手渡してきた。この状況でソーダを飲めというのか。どうやって飲むんだ、両手が完全に塞がって……お前せめてフタを取れよ!
「サンキュー」
俺が目の前のソーダをただ睨みつける事しか出来ない中、ティアは器用に片手でフタを開け、そして美味そうに飲み始めた。なんて羨ましい。
「あら、ヤマは飲まないの?」
違う、飲まないんじゃなくて飲めないんだと。
「まさか炭酸も飲めないのか?」
「いや、飲めるよ!? 当然飲める! 飲めるけど出来れば地面の上で飲みたいんだよな!」
恐怖のせいか早口になる俺の顔に、ティアのロングヘアーが触れてしまうほどの強風が吹いた。ますます地上へ降りたくなる。
「む、なんだ高い所は苦手か」
「そうそう、高いところ無理!」
実のところ、そういうわけでもない。ちゃんとした壁と足場があって「落ちない」という実感もあれば、大概の高いところは平気だ。でもそういう事にしとけば早く降ろしてくれそうな気がする!
「じゃあ降りない? ちょうど店も見えてきたし」
「よし、降下する!」
そう言うとドラゴズバの高度がだんだん下がりだし、やがて地面すれすれの所で止まった。空から俺達が降りてきたせいか、周りが少しざわついてるがそんなこと知ったこっちゃない。俺は手を離し、足を地面につける。着地成功、無事生還。まだ体がフワフワしてるが、とにかく助かった。
「ふーっ」
足が地面についた事でようやく、降りた場所を確認する余裕が産まれた。ここは……昼に就活で歩き回った市場通りじゃないか。昼時と大して変わらない人の多さだ。いやむしろ増えてるかもしれない。
「さあ、地上だ。飲むといい」
「あっ……うん」
俺はドラゴズバからベリーソーダを受け取り、フタを開けて一気に喉に流し込んだ。
「うっま……」
思わず声が出た。乾燥した砂漠のような喉を、キンキンに冷えた爽快なソーダがあっという間に駆け巡る。最高だ。この世の中で一番美味い。あまりの美味さに俺はものの数秒で飲み干してしまった。
「ハアー。うっま……」
「うん、じゃあ入りましょ」
ティアが一軒の店を指差した。看板にはステーキハウス・暴れ牛と書いてある。
俺は暴れ牛という言葉に何故か一瞬、違和感を覚えたが店から漂ってくる肉の匂いでそんなものはどうでもよくなり、すぐに店へ入った。
「えい、らっしゃい! 空いてる席に座ってくれ!」
扉をガラララと開けると、店の厨房からだろうか、威勢のいい声がした。中は肉を焼く音と客の笑い声が充満して良い雰囲気だし、うまい具合に3人席のテーブルが空いている。グッドタイミングってやつだ。
「さーて! 何食べようかしら……」
慣れているのかティアが席に着くなり、メニューを取って見始めた。ひとつの席にメニューは1つしか置いていないらしく、俺とドラゴズバは自動的に手持ち無沙汰になる。
「そういえばドラゴズバ、鎧と槍は?」
この通り、会話ぐらいしかすることが無い。
「2人とも、今日は疲れたと言うんで家に置いてきた。貴殿も棍棒を持ってないようだが、どうしたんだ。寝てる間に友人が取りにでも来たか?」
「ああ……うん」
知らない。面倒臭いのでうんと答えた。
それにしても、こういう世界の飲食店ってメニューなんか無いもんだと思っていたのにな。アレは俺の勝手なイメージだったのか。
「ぃらっしゃ〜せぇ〜」
腕を組んで、メニューを見る順番が回ってくるのを待っていると、厨房の声とは正反対のやる気のなさそうな茶髪のウエイターがやってきてテーブルに水入りのコップを3つ、無造作に置いた。水まで出てくるとは、前の世界とほとんど変わらん。
「ご注文、お決まりでぇ?」
まだだろ。俺もドラゴズバもメニュー見てないし。
「暴れ牛ステーキLサイズが3つと暴れ牛ミートパスタ。これも3つね」
7秒強。
これはティアが3人分の注文を1人で全部決めたという事を俺が理解するまでの時間である。
「もう3人とも、同じのでいいでしょ?」
「ああ……ありがと」
俺はやりきれない思いを胸に抱きつつ、黙って水を口に運んだ。ふとドラゴズバを見ると、まったく同じ事をしていた。
「へ〜い。Lステーキとパスタ3つね。ありやーす」
注文を聞いたウエイターが足早に去っていった。
まあステーキとパスタなら別にいい。肉を食いたいという俺の注文を理解してるし。もしこれがサラダとかだったら俺の瞬間移動が火を吹いただろうけど。
「ところで我が友よ。ギルド勧誘を受けていたという事は、まだ無所属ということか?」
「そうよ。ヤマは旅人で今日、この町に来たばっかりだもの」
ティアが自慢げに答え、案内人が「出しゃばり女め」と悪態をついた。まったく、聞こえないからいいようなものを。
「それで、どこに入るの? 色々勧誘受けてたけど。『サザンクロス』に『ウルフスティング』でしょ。あと『トリプルグレン』に『サニーフラワー』」
「いやあ、まだ決めきれなくてさ」
とりあえず『サザンクロス』と『トリプルグレン』の確率は低いな。
「それぞれ、どんなギルドか知っているのか?」
「いや、ほとんど知らない」
俺はテーブルに頬杖をついた。『トリプルグレン』はなんとなく分かるが、他は名前だけだ。それもついさっき知ったばかり。
「なら覚えておいた方がいいな。まず『サニーフラワー』は医療専門のギルドだ。団員は主に回復系のスキルや魔法を使える者で構成されていて、病人や怪我人の治療を得意としている。そのためか9位ながらも人々からの人気は高い」
「へえ」
「『トリプルグレン』はギルドにしては珍しく家族経営だ。父親1人に子供3人で構成されている。いわゆる何でも屋で、これといった特徴はない。自分達に出来ることなら何でもやるギルドだな。だが最近は経営が苦しいようだ」
「ほう」
「7位の『ウルフスティング』は魔物関連の依頼を主業にしているギルドだ。魔物の嫌うニオイ、効率的な倒し方、魔物の素材から何が作れるのか……そういった知識ならこの町でトップだ。ゴブリンからドラゴンまで何でも知っている」
「ふーん」
俺は厨房の方にチラッと目をやった。
料理はあとどれぐらいで来るのだろう。
「『サザンクロス』は武闘派のギルドだ。知識よりも力で解決できる依頼を主に受け持っていて依頼人の護衛や賞金首の捕縛が仕事だな。良くも悪くも単純で粗っぽいギルドだ」
俺は無言で2回頷いた。
ドラゴズバは強い上に物知りだなと感心する。本当にそう思う。ところで料理はまだだろうか。
「にしても、どこも仕事の内容はバラバラよね。なのに、なんでみんなヤマを欲しがるのかしら」
「そうだよな。俺、回復魔法も使えないし魔物にも全然詳しくないのに」
いやまったく、自分で言って少し虚しくなる。
「どこのギルドでも足の速い者は重宝するさ。『サニーフラワー』なら薬草を取りに行ったり『ウルフスティング』なら魔物の素材をすぐ用意できたり、と幾らでも使い道はあるというわけだ」
ティアがへぇーと相槌を打つ一方で、俺は水をもう一口飲んだ。2人はハリスとまったく同じ勘違いをしている。俺のスキルを『高速移動』か何かだと思ってるんだ。俺のスキルは『瞬間移動』なんだよな。似てるけど本質は違うんだ。
「しかし……ここまで説明しておいて何だがどこも貴殿には役不足だな。『エターナル』の団員を倒したんだからもっと上位のギルドを狙ってもいい」
「そうね。ヤマの実力ならどのギルドでも入れそうな気がするわ。あの『エターナル』でも……」
ティアの言葉にドラゴズバがため息をついた。
「ああ。しかし、あそこは……うむ、止めておいた方が良い」
俺は首を傾げた。何故『エターナル』はランク1位なのにこれほど嫌われているのか。俺がハリスを倒した時のあの騒ぎも、よく考えてみれば異様だ。この町のギルドランク1位の団員をよそ者が倒したっていうのに、誰も少しも悔しがってないなんて。
「まあ、どこに入るにしろ色々と考えてみることね。本当に自分がそのギルドに入りたいのかを」
「ああ、それが一番だ」
ドラゴズバが静かに呟いたその時。
「えい、お待ちィ! 暴れ牛ステーキLと暴れ牛ミートパスタ! それぞれ3人前じゃあ!」
俺の背後から、あの威勢の良い声がした。
やったぜ、やっと肉にありつける! 俺は我慢できずに振り向いた――へえ、これまた体格の良いウエイターだなぁ。椅子に座ってるから見上げなきゃ顔が分からない……しかし、この体格、どこかで……
「あっ」
そこでようやく、俺はウエイターがグレイトだという事に気付いた。
よっしゃランキングタグ付けた!
これでPV数がガンガン上がる!
上がってくれ!