棚ぼたの人気者
日が暮れ始める中、ティア、ドラゴズバと共に闘技場を出ると外は大変なお祭り騒ぎになっていた。大勢の人間があちこちで踊り狂い、軽く茶色がかった黄色い液体を真っ赤な顔でガボガボ飲んでいる。壁に手を付けてゲーゲーやってる奴も僅かながら居た。
「うへえ」
まだ5時過ぎたとこだぞ。
俺がその様子に少し引いていると、ティアが闘技場が終わるといつもこうなの、と楽しげに呟いた。
「そうだな。でも今日は特に騒いでる。『エターナル』が負けたからだろう」
「そーね。ところでヤマは何が食べたいの?」
食べたいもの……そう言えば、昼に見た肉の塊が美味そうだったな。
「肉かな……」
「肉ね。じゃあこっち」
ティアに先導される形で歩きながら、丸々焼かれた肉を想像すると口の中に唾液が溢れ出した。俺はそれをゴクリと飲み込む。あれ美味い。唾液すら美味いぞ。そうだ。よく考えてみるとここに来てから何か食うどころか、飲んですらいないじゃないか。
そういえばさっきから喉の奥がカラッカラに乾燥してイガらっぽい感じがする。
「ヴッヴン」
「どうした友よ、風邪か。風邪なのか」
「いや喉乾いてさ」
「なに? そうか。じゃあ何か買ってきてやる。酒か?」
酒はいい。俺は首を横に振った。
「あたしのもついでに買ってきてよ」
「よし。酒以外だな、任せておけ!」
言うが早いか、ドラゴズバの体が空中に浮かんで、そのまま飛んで行ってしまった。それを見た周りの人間が方々で騒ぎ出す。こんな大衆の面前で『飛行』なんか発動したら、そりゃこうなるだろ。
「オイ、あいつ闘技場で鎧着てた奴じゃないか!?」
「そうだ。確かブンコとマルハを倒した……おい、嘘だろ! おいおいおい!」
「何だよ……ウワァアッ! ええ!? 本物!?」
妙な酔っ払い二人組がこっちを指差した。俺はてっきりティアを見つけたから騒ぎ出したんだと思ったが、よく見ると指の方向は俺の顔へ向いている。
「ふふ、ヤマったら人気者ね」
「あっ俺?」
「当たり前だろ。お前以外誰がいる。周りを見てみろよ」
案内人に言われた通りに周りを見渡すと、どこから湧いて出たのか人がわらわらと集まり出し、そこから10秒も経たないうちに俺とティアはすっかり群衆に囲まれてしまった。
「ヤマだぜ。ハリスを倒した……」
「こう見ると、そんな強そうじゃないわね……」
「馬っ鹿、聞こえたらどうすんだよ!」
集まった人々は俺たちと一定の空間を空けつつ、憧れと遠慮が混じったような目でこちらを凝視していた。多分、上から見たらドーナツみたいな形になってるんだろうな。
「こいつら、お前に寄りたい触りたいのは山々のようだが、お前の性格も何も知らないから近づいてこないな」
「えっ、俺の性格を知らないから近づいてこない?」
俺はうっかり案内人の言葉をリピートした。
「そりゃそうよ。ヤマは違うけど、凶暴な出場者なら観客を殴ったりもするのよ。だから下手に観客も近づけないってこと」
案内人、俺、ティアで奇跡的な会話が成立した一方で俺は凶暴な出場者と聞いてグレイトを思い出した。あいつ今頃、どこで何してるんだろう……
グレイトの事で物思いに耽っていると、集団の中から小さい男の子がトコトコ歩いてきた。そして小さな両手で俺に紙と、何かペンみたいなものを突き出した。
「ヤマ。サイン書いて」
「やったね。ファン1号」
ティアが右耳に囁いた。俺がそれにゾクリと震えながら紙を受け取ると、周りの群衆が「おおっ」と感嘆の声を上げた。俺が子供を追い払うように彼らには見えたのだろうか。だとしたら杞憂だ。
「やはり子供から寄ってくるんだな」
案内人は口が悪い……しかし受け取ったはいいが、サインなんてどうやって書くんだ。有名人はサインをワシャシャーッと書くのは知ってるけど、あれを真似すればいいのか?
出来ないな、そんな事。いいや、普通に書こう……へえ、これサインペンみたいで書きやすいな。
「はい。出来たよ」
俺は少年に「ヤマ」とだけ書いた紙を渡した。少年はそれを見てくしゃりと笑う。
「ありがと……」
群衆の中に引っ込んで行く小さな後ろ姿を見て、俺は照れ笑いを抑えきれなかった。何だかとても良い気分。いやあ、いいな。こういうの。和むなぁ――
だがその和みは一瞬でかき消された。子供への対応を見て「安全」だと判断した周りの群衆が一斉に駆け寄ってきたのだ。
「俺にもサインくれ!」
「握手して!」
「アンタ凄えよ。まあ飲め、飲め!」
「『エターナル』を倒してくれて嬉しいぜ! あんたは闘技場の英雄だあ!」
俺は押し寄せる群衆に揉みくちゃになりながらサインや握手をした。紙、紙、手。紙、手、手。もう訳が分からなくなり、紙を握りつぶして手にサインした事もあった。皆んな酒でハイになってるのか、それでも喜んでいたが。
やがてサイン握手集団の動きが収まると、今度は派手な服装の人間が寄ってきた。
「やあ、初めまして! ギルドランク7位『ウルフスティング』だ。ギルドに入りたいそうだね。それなら是非うちに!」
「ギルドランク2位『サニーフラワー』です。こんな7位よりもウチに!」
眼帯をつけた男と、白衣を着た男が紙を手渡してきた。ギルド勧誘か、と思いつつ受け取ると、その2人をグレイト並みに大きい男が右手で押しのけた。
「てめえ『サニーフラワー』! 何が2位だ。お前んとこ9位じゃねえか! オラ、低ランクは失せろ! 6位の『サザンクロス』だ。よろしく頼むぜ!」
次から次へと紙を渡されて、こんな体験は大学の入学式以来だ。しかし、俺がギルドに入りたい事を何でみんな知ってるんだ?
「どいた、どいた! お前達なに勝手な事してるんだ。さっきも言っただろう。このお方はもう、うちに入る気マンマンなんだよ! おいヤマさん! 『トリプルグレン』だ。アンタは最高だ。合格だ。すぐにでもウチに……」
なんだよ、アンタかよ!
「なんだぁ『トリプルグレン』の老いぼれ親父! お前証明書が無いからって、こいつのこと追い返したんだろうが! 帰れ帰れ!」
「だってこんなに強いなんて知らんかったんだ!!」
『トリプルグレン』の親父と『サザンクロス』のでかいのが凄い目つきで睨み合った。今にも取っ組み合いになりそうだ。周りの群衆もそれを知ってか知らないか、2人を「やれ、やれ!」と囃し立て始めた。
「ようし、老いぼれめ。じゃあ殴り合いで勝った方がこいつを貰うってのはどうだ!」
「上等だ、この大木野郎。さっきから老いぼれ老いぼれ言いやがって……俺とお前は5つしか変わらんだろうが! それにヤマは絶対に渡さんからな!」
いやいやいや、勝手に決めるなよ!
俺の意思は無視か。無視なのか!
「面倒なことになったわね。もう行かない?」
同感だ。瞬間移動で消えてやろうか。
「おいおい、これはなんの騒ぎだ」
頭上から呆れかえったような声がした。
見上げるとドラゴズバが瓶を2本持った状態で空中にふよふよ浮かんでいる。
「何かヤマを貰うのはウチだウチだーって盛り上がり出したの。で、今からそれ決めるために殴り合いするんだって」
「何だそれは……付き合いきれんな。掴まれ」
目の前にドラゴズバの両足が現れた。俺は案内人とのやり取りが癖になっているのだろうか、掴まれという命令に何の躊躇もなく従った。その瞬間、自分の体がフワッと浮かんだかと思うと、闘技場を超える高さまで一気に上昇した。
「ああああーー!!」
足場も安全ベルトもない逆フリーフォールに大恐怖する中、俺は如何に信頼できる者の命令でもすぐ聞いてしまうのはやめようと決心した。
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ありがとうございます。
終わったんだけどな!