決着
「さあ、準備完了だ。覚悟はいいな」
ハリスが右手のひらをこっちに向けた状態で聞いてきた。俺は自分を強く見せようと余裕そうな顔を作る。
「いいか……あいつに勝つ作戦が1つだけある。指示通りに動いてくれ」
「わかった」
「まずあいつがあの弾を撃つのを待て」
俺は頷き、棍棒を野球少年のバットのように肩に乗せてハリスを見た。さあいつでも撃ってこい。
「せいぜい避けてみな」
奴の手から小さな四角形が音もなく撃ち出された。
「避けろ!」
指示通り、指を鳴らして瞬間移動した。
「甘い」
ハリスの顔が、ぐるんとこちらを向いた。
そして手のひらも同様に向けられる。
「戻れ!」
再び瞬間移動し元の位置に戻ると、奴が誰もいないところに弾をばら撒いていた。弾が観客席の壁に当たり、ガガガガンという音が鳴る。
「チッ! ……そこか!」
ハリスが弾を薙ぎ払うように撃った。
俺はそれも瞬間移動で避ける。
そこからはそれの繰り返しだった。
奴が俺に弾を撃つ。
俺が避ける。
奴がまた俺を狙い撃つ。
俺もまた避ける。
「ハリス選手、ひたすらに撃つがヤマ選手もひたすらに避ける! どちらも一歩も引きません!」
必死に避ける中、実況の声が辛うじて聞こえた。
どうやら外から見れば互角に見えているらしい。
俺からしたら、一方的にやられている気がするんだがな。
「あああっ!!」
ハリスが苛ついた声で叫んだ。避けてみろと余裕そうな事を言っていたが内心は穏やかでなかったらしい。
そしてとうとう、ハリスは全ての弾を撃ち尽くした。
「本当に避けやがって……!」
息を荒げながらそう言うと、ハリスが右手を突き出して一回転した。そのためか奴を囲むようにして小さな四角形が次々に現れた。
「どこの馬の骨かもわからん奴が! 俺の攻撃を!」
ハリスが手のひらで自分の頭をガンガン叩いた。
また、あいつが出てきたようだ。
二面性のタチの悪い方が。
「簡単に!」
ハリスが身をかがめた。
おそらく防御のためでは無いだろう。
「避けてんじゃねえよ!!」
ハリスが力を解放するように体を大きく広げた。次の瞬間、奴の体周りにあった四角形がフィールド全体を拭うように一斉射出された。
頭がパニックになった。避けられない。
この攻撃は俺がフィールドのどこに居ようが当たるようになっている。どうしようもない。
そのままだ! と案内人が叫んだ気がした。
ついに耳もパニックになったか。
「ああっぐ!」
結局避けないでいると両足に激痛が走り立っていられなくなった。目をやると、ズボンに血が滲んでいる。
四角形が足を貫いたようだ。
「うぐあああっ!!」
俺はフィールドでのたうち回った。
痛い。痛すぎて死にそうだ!
それに両足が焼けただれたように熱い。
「はーっはっは!」
そんな俺を見てか、ハリスが心底、愉快そうに笑った。
「哀れだな! 大人しく降参してりゃこんな目に合うことも無かっただろうに、無謀な挑戦をしたからこうなるんだ!」
ハリスが手を叩いて喜んだ。
「あーっはっはっは!!」
くそ、くそ、くそ、くそ!
負けた、負けた、負けた。
こんな奴に負けた!
「大丈夫だ。まだ負けてない」
「……え?」
俺は痛みも忘れて、困惑した。
「ここまでは順調だ。奴を手こずらせ、イラつかせたところでワザと攻撃を食らう。見ろ。今あいつは喜びのあまり油断している」
たしかにハリスは喜んでいる。あれは油断なのか。
「それに奴は自分の『防護壁』に絶対の自信を持っている。俺の予想が正しければ、ああいう油断した奴が、この闘技場というシチュエーションで最後にすることとなると……」
そこでちょうど、ハリスの笑い声が止んだ。
「ははは……くく。だがここまでよく避け続けたもんだ。最後に俺の真骨頂を見せてやろう。ついでに観客にも俺の真の力を分からせてやる」
ハリスが両手を天に掲げた。
「見ろ! これが本当の『防護壁』だ!」
ハリスが叫ぶと、奴の周りにフィールドの二分の一ほどの巨大なバリアが出現した。
「自分の力をひけらかす事だ」
案内人が呟いた。
「見たか。これが外から何者をも、液体や気体すらも通さない最高のバリアだ! 」
ハリスが顔をニヤつかせながら倒れている俺に向かって一歩、足を進めた。
「このまま、あのデカブツのように押し出してやる」
俺の体が、自分の意に反してズルズルと動いた。
「ああっ、ヤマ選手! フィールド外に向かってゆっくりと押し出されています!」
「自慢のスピードも足をやられては意味が無いな! まあ足が無事だったとしてもこのバリアの中には入れんだろうが……」
ああ、そうか。こいつ勘違いを――
俺は棍棒を握りしめ、奴の顔を見た。
「終わりだな」
俺の体はフィールド端まで来ていた。あと一歩でも奴が進めば、俺の体はバリアに押されて水に落ちるだろう。
だが、俺はそうならない。
「今だ!」
俺はハリスの頭上にいる自分をイメージし、指を鳴らした。たちまち体が宙に浮き、下にハリスの頭が見える。
「はっ……」
ハリスが顔を上げた。もう遅い。
「全力で振り下ろせ!」
「うらああああああああっ!!」
俺は棍棒でハリスの頭を思い切り殴った。
「決まったぁーっ!!」
実況が今日一番の声を張り上げた。
ハリスの体が力を失い、後ろにゆっくり倒れ、俺はその上に腹から着地した。
俺は腹をぶつけた事による吐き気に耐えながら奴の顔を見た。まだ辛うじて意識はあるようだ。
「く……何故だ……何故俺のバリアの中に……いったいどうやって、入って……」
ハリスは薄れゆく意識の中、昔の出来事を思い出した。
「ハリス。スキルだけじゃなく、少しは体も鍛えたらどうだ」
「そんなもの意味ないですよ。俺はバリアであらゆる攻撃を防ぐことが出来るんですから。そのうち大きいバリアを張れるようになれば、誰も俺に触れることすら出来ない」
「もしもお前のバリアに侵入できる奴が居たらどうする?」
「そんな奴は居ませんよ」
そうだ。あの時、あの人はこう言っていた。
「分からんぞ。『瞬間移動』できる奴が居たら……」
そうか……こいつが……
ハリスは目を閉じた。
「決着! 決着です! 長かった戦いが、ついに終わりました! 栄えある優勝は……ヤマ選手だあーーーーっ!!」
闘技場は、大歓声に包まれた。
はい終わり!
終わりました。一応、第1部完です。
第2部はいつになるか分かりません。
新しい話の構想があるんでそっちを先に書くかもしれません。
とりあえずキリのいいところまで進める事が出来たんで満足してます。