動き出す強者
「ふむ」
ハリスはグレイトの強化された体をフィールド端から眺めて、たった一言、そう呟いた。彼にとってグレイトのパワーアップは取り乱すほどのものではなかった。そもそも強者とは敵が何をしようとも冷静でいるものだ。
それなのに、あの3人ときたら。ハリスは肩をすくめた。
やはり闘技場といってもこの程度だ。これでは怒りを通り越して呆れてしまう。ハリスはそんな事を考えつつ、ひとつ、またひとつと歩を進めた。
ゆっくり、しかし確実にグレイト達の元へ近づいていく最中、ハリスは右手にぐっと力を込めた。そして掌に魔方陣が刻まれたのを確認すると、その掌を四人へと向けた。
「行くぞお、小童どもがぁ!!」
グレイトの背後からハリスが近づいていることを3人は全く気付いていなかった。
そう。ヤマ、ティア、ドラゴズバの3人は――
「瞬間移動!」
えっ……
「早く!」
反射的に指を鳴らすと瞬間移動の感覚が体を襲ったが位置は移動しなかった。どうやら何も考えずに鳴らすと、その場で一度消えるだけらしい。
「チッ。やはり精度が不安定だな」
聞きなれない声に顔を前方へ戻すと全身に黒ローブを纏った男が1人、立っているのが見えた。
すぐに俺は違和感を覚えた。ティアが居ない。 ドラゴズバとグレイトもだ。いったいどこに……
「ぐっ、ぐがああああ! 何じゃこれはぁ!」
何故かグレイトの声は上から聞こえた。そこで顔を真上に向けると、3つの青透明な四角形が宙にふよふよと浮かんでいた。そして、その中に3人が1人ずつ閉じ込められている。俺は驚きのあまり立ち尽くすほか無かった。
「なんっという事でしょう! ヤマ選手以外が宙に浮かぶ図形の中に囚われてしまったぁー!」
実況が声を張り上げ、観客席から悲鳴に近い声がした。
「ここから出しやがれぇ!」
グレイトが四角形の中で地団駄を踏み、壁を殴ったりと暴れ出した。だがガキィン、ガキィンという音が響くだけで壊れる様子がまるでない。
「くそ! くそ!」
「何よこれ……どうなってるの!?」
ドラゴズバ、ティアも懸命に脱出を試みているが四角形はびくともしなかった。こんなこと俺に出来るか? 出来るわけない。じゃあやったのはこの黒ローブだ。
「お、おい! お前……何したんだよ!」
俺が一歩下がって黒ローブを指差すと、奴はローブから右腕をさらけ出した。その腕には青色の模様が浮き出ている。何て趣味の悪い奴だ。
「警戒しろ! 只者じゃないぞ。俺の指示をよく聞け」
「ああ、分かってる」
俺はとりあえず、手に持った棍棒を構えた。これでも、ないよりマシだ。
「……何をした、か……見て分からないか?」
黒ローブが退屈そうに呟き、指を軽く動かした。
「左に避けろ!」
すぐさま左に避けるとドラゴズバの入った四角形が、凄まじい速さで体をかすめていった。
「うわああああああーーーー!」
ドラゴズバが大声を上げた。
やがてそれはだんだん小さくなり、大きな着水音が鳴った。避けるのがもう少し遅ければ、俺も巻き込まれていたかもしれない。
「ドラゴズバ選手、あえなく脱落!」
「ふん」
黒ローブが被っていたフードに手を当てた。
「あっけないもんだ」
黒ローブがフードを取った。すると観客席が妙にざわつき出した。だがグレイトのように熱狂的ではない。一歩下がって畏怖するような感じだ。
「ああっ……これは何ということでしょう! あの細長くも鋭い目つき! そして緑色になびく髪! この男の正体を我々はもちろん知っています! ギルドランク1位『エターナル』の団員、バリアーズ・ハリス!!」
ギルドランク1位!?
「ばっ、馬鹿な! ありえん! 何故じゃ! 何故『エターナル』がこんなところに居る!」
グレイトが四角形を揺らしながら叫んだ。その声は今までにないほど動揺している。だがハリスは表情を変えることなく、指を下に向けた。
「うおっ……」
すると、グレイトの入った四角形がゆっくりとフィールドに、それもハリスの近くに着地した。
「グレイト・アームストロング……闘技場の暴れ牛と呼ばれた男も所詮、この程度か」
ハリスは挑発するようにグレイトの四角形をコンコンと叩いた。そのせいでグレイトが心底、悔しそうな顔を見せた。
「どうだ、居心地は? これは俺のスキルを応用して作ったものでな。まあ実戦で使うのは初めてなんだが……見ろ。そのせいで1人、入れ損ねた」
ハリスが俺を指差した。
「黙れ……黙れ黙れ黙れ! こんなものに、こんなものに閉じ込められなけりゃ、てめえなんざわしの敵ではないわあ!」
やれやれ、と言わんばかりにハリスが目を瞑り、ため息をついた。
「本来なら、こうなった時点でお前の負けだ……だが、まあいい」
「なにい!?」
グレイトの四角形が再び動き出し、ハリスから数メートルほど離れた場所で消えた。グレイトは周りに手を伸ばして壁がないのを確認すると、自分を閉じ込めていた張本人を血走った目で睨みつけた。
「さあ、来い」
「舐めくさりやがって……!」
グレイトがうなり、空高く飛び上がった。そして空中で腕をクロスさせる。
「出たあー! グレイト選手、必殺の構え!」
「食らいやがれ! これがわしの必殺技……」
グレイトがクロスした腕を前へ突き出し、体を一本の線のように真っ直ぐにした。
「グレイト・クロス・クラッシャー!!!」
その体勢のまま、グレイトがハリスに向かって落ちてきた。体の周りに赤いオーラが出ていてまるで隕石だ。俺は巻き添えを喰らわないように、ハリスから離れようとした。
だが次の瞬間、ドゴオンと何かが爆発したような音と衝撃が起こり、俺の体は吹っ飛ばされた。
「うわあーー!!」
体がフィールドを離れていき、視界の隅に水面が現れた。だめだ、落ちる!
「瞬間移動だ! フィールドへ!」
案内人の声を頼りに何とか瞬間移動を発動させると体がフィールド上へ叩きつけられた。
「っ、だぁ……」
俺は頭をさすりながら起き上がった。よし、出血なし。
「ぬうううううううっ!!」
フィールド中央に視線を戻すと、グレイトがハリスまであと一歩の距離で、止まっていた。よく見るとハリスの体をあの四角形が囲んでいる。
「く、くそ……これ以上、進まん……」
グレイトが弱々しく言い、体がフィールドに落ちた。力を使い切ったのだろうか、体は縮んでおり、立ち上がることもできない様子だ。
「当たり前だ。俺の『防護壁』は誰にも破れない」
「ぬがああああ!」
諦めきれないのか、グレイトが上半身だけを起こしてハリスへ右拳を突き出した。それも呆気なく防がれたが、グレイトは一向に殴るのをやめない。何度も何度も、右拳でバリアを殴った。
「くそ、くそ、くそ、くそお! ワシは……」
その時、グレイトの頭上にティアの入った四角形が振り下ろされた。生々しい衝撃の音がして、グレイトが地面に力なく倒れた。
「きゃあ!」
ティアが顔をすくめると同時に、彼女の入る四角形が気絶するグレイトの体をフィールド端まで押していき、やがて大きな着水音が2回鳴った。
「グレイト選手、ティア選手……脱落、です」
「さて」
ハリスがそう呟き、俺の方に首を動かした。
タイトル、VS鎖男④にしようと思ったけど、全然戦ってないからやめました。そういえば①〜③もそんなに戦ってないですよね。