VS鎖男②
前話の終わりに残り7人と書いてましたけど残り9人に変えます。
「おい聞いたか。残り半分だ。このまま全員を……」
「ハァ、ハァ。ヒィー」
「……無理そうだな」
無理そうだな、じゃない。無理!
俺はいったいどれだけ走ったんだ。走って走って端に着いたらUターン、また走って端でUターン……これ以上、全力疾走を続けると昨夜食った物が口から全部出てくるぞ。もう疲れた。休みたい。座りたい。でもそうすると……
「待てえい! 絶対に逃がさんぞ!」
あいつの馬鹿力の餌食になってしまう。
進むも地獄。止まるも地獄。
このままじゃフィールドのど真ん中でぶっ倒れるぞ。
「お、おい……案内人。もう、走りはいいだろ……」
俺は息も絶え絶えに案内人に告げた。「鎖男を誘導して他の奴らを倒させよう」作戦はもう終わりにしてほしい。9人まで減らしたんだから上出来のはずだ。もう俺のスタミナはゼロに近いんだぞ。
「わかった。フィールドの端まで走れ」
何を言ってるんだコイツは!? わかったと走れがなんで1つの言葉の中に共存しているんだ!?
「そこで奴を引きつけて、直前で瞬間移動しろ。そしたら奴は勢い余って水に落ちる」
ああ、なんだ。そういうことか……よし、そんなら最後の力を振り絞ってやる。
「ヤマ選手、ここで加速! 今にも力尽きそうな顔ですが前へ進みます……おっと!? フィールドの端で止まりました。これはどうしたことか!」
水を背にして急いで振り返る。するとグレイトが歯をむき出して笑うのが見えた。
「ぐはっはは! スタミナが切れたか! そのまま全身の骨もぶった切ってやるぁ!」
グレイトが突進しながら右拳を左掌にぶつけた。パァンパァンという小気味良い音が響く。ふっふっふ、何も知らない奴め。そのまま水に落ちて風邪引いちまえ。それか腹壊せ。
「ヤマ選手、万事休すか!」
「くたばれ、クソヒモ野郎!」
グレイトの拳が、待機室のデジャヴのように迫り、闘技場全体が息を呑んだ。だが俺はあの時のように怖がってない。見ろ、俺のスキルを!
「今だ!」
案内人が叫び、俺は指を鳴らした。
目の前の光景が一瞬で変わって、殴りかかるグレイトの後ろ姿がよく見える。奴の背後に移動したのだ。
「ああっ!? き、消え……おお、後ろに! ヤマ選手、何というスピードだ!」
観客がどよめき、実況の驚いた声がこだました。グレイトのパンチはというと思い切り外れ、奴は盛大にバランスを崩した。
「ぬお!」
グレイトの足が一歩、二歩と進み、フィールドの端ギリギリで止まった。しかし爪先立ちだ。
「うぬ! おおっ……」
落ちるまいと必死にもがいているが、もともと大きい上半身が鎖でさらに重くなっているせいか、かなりフラフラしている。少し押してやれば、そのまま落ちていきそうだ。これはチャンス。
「ハァッハァッ、やったぜ。作戦大成功」
俺は腕をあたふたさせてるグレイトに近づいた。疲れてはいるが、この距離を歩いて詰めるぐらい、わけない。クールダウンのついでに落としてやろう。
「そーれ!」
俺はグレイトの尻を足で強めに蹴った。
「き、貴様! ぬあっ……」
俺の蹴りは、グレイトのバランスを台無しにするには十分すぎたようで奴の体は前にゆっくりと倒れた。それでも何とか助かろうと足掻いたのか、くの字の体勢になり、そして俺の視界から消えた。
「ぬがああああーー!!」
「グレイト選手、落ちて行ったー! 彼は巨体ですので観客の皆さんは水しぶきにご注意ください!」
よし、これで残り8人だな……
それにしても疲れた……少し休みたい。
「ボーース!!」
なんだこの声? と思ったその時、俺の背後から一本の糸がグレイトが落ちていったであろう場所に向かって凄まじい速さで伸びていった。そして糸は魚が食いついたかのようにピンと張った。
「ぐひひ、捕まえた!」
振り返ると、待機室で俺の体を抑えていたうちの1人がフィールド中央で、先端から糸の出ている棒を持って踏ん張っていた。
なんだあれは。まるで釣竿だ。それに捕まえたってどういう……? まさか!
「なんとグレイト選手が水面ギリギリで止まっているぞ! これでは脱落にはなりません!」
やはりそうだ。こいつ、自分のスキルでグレイトを助けやがった!
「さあ、ボス! お戻りくだせえ!」
釣竿男がリールを巻くように左手を縦に回転させた。
「ぐわははは! でかしたぞブンコよ!」
下の方から、またあいつの声がした。もう聞くことはないと思っていたのに。
「グレイト選手、ゆっくりと浮上していきます!」
げっ、それはまずい。あの釣り人をどうにかしないと。そうだ、釣竿を奪えば!
俺は釣り人に向かって駆け出した。
「おいバカ、瞬間移動しろ!」
「あっ、ああ、分かってる!」
くそ、分かっちゃいるのに瞬間移動を使えるようになってまだ日が浅いから、ついいつもの癖で走ってしまう。あいつの近くに立つ自分をイメージして……
「パチン」
よし移動したぞ!
釣竿に手を伸ばすと、釣り人が、俺が突然隣に現れたのを見てかギョッとした。
「ゲエ!? いつの間に!?」
「うるさい、それ寄越せ!」
俺と釣り人は釣竿を掴んで取っ組み合った。
「ヤマ選手とブンコ選手が釣竿を奪い合う! そのせいかグレイト選手が空中で揺れているぞ!」
「おおおおい、ブンコ! ななななにをしとる!」
俺たちはお互いに釣竿を自分のものにしようと必死だったせいか、なかなか決着がつかない。
「離せい! ヒモ付きヘンテコ服野郎め!」
「なんだと、人なんか釣らずに魚釣れ、バーカ!」
ついに罵り合いまで始まってしまった。早く釣竿を奪わないといけないのに。どうしてやろうか。こうなりゃ空いた頭で頭突きでもしてやろうか、案内人も黙ってないで何かアドバイスしてくれよ。
「後ろだ!」
後ろ?
「ッシャオラァ!」
突然、後ろから羽交い締めにされ俺は釣竿から手を離してしまった。何事だと後ろを向くと、あいつだ。待機室で俺の体を抑えていた、もう1人の方。
「グウッヒヒ! ありがとよ、テシタア!」
「おうよブンコ! それより早くボスを!」
ブンコが頷き、左手をフル回転させた。するとグイインと糸がしなり出し、まもなくフィールド端からグレイトが浮上してきた。よく見ると釣り糸の針が鎖に引っかかっている。まさかそのために鎖付けてるんじゃないだろうな。
「ぐわははは! 助かった。礼を言うぞ、ブンコ。テシタア」
グレイトが豪快に笑ってフィールドに着地した瞬間、観客席から歓声が上がった。
「ウワアアアアア!」
「グーレイト!」
「グーレイト!」
「凄まじいグレイトコール! 奇跡の復活劇に闘技場中が熱狂しております!」
グレイトが観客に手を振りながら近づいてきた。
こっちに来る前に早く瞬間移動を――あ、駄目だ。ブンコとかいう奴が俺の手握りやがった。待機室と全く同じシチュエーションじゃないかよ。
「ついに捕まえたぞ、ヒモ野郎!」
グレイト達は嬉しくて笑いをこらえきれない感じに見えた。その証拠に全員、顔が震えている。
「ぐははははは!」
「うははははは!」
「グウッヘヘグアッヒヒグフフ」
結局全員、笑い出した。男3人が自分を中心にして一斉に笑いだすのはなんか変な気持ちだ。いやそんな事はどうでもいい。問題はどうして脱出するかだ。
「なあ案内人、どうしよう」
俺は小声で尋ねた。自分で考えて分かるわけない。困った時の案内人だ。
「……どうもこうもない。せいぜい気絶したまま水に落ちないように祈っておくしかないな」
「嘘だろ、アンタそれでも案内人かよ」
こういう時って、仕方ない。ならば最後の手段だが……とかそういうのがあると思ってたのに。
「うるさいな。だいたいお前もお前だ、なんで2回とも手をガッチリ抑えられてるんだ」
「知らないよ、こいつらに聞いてくれよ」
こいつら俺の瞬間移動の仕組みも知らないくせに、ご丁寧に指まで持って。まるで俺に瞬間移動を使わせないでおこうという見えない力が働いてるようだ。
「グヒヒ、ボス! またこいつブツブツ言ってます」
「うはは、また気がおかしくなりやがった」
ブンコとテシタアが笑うと、グレイトが2人の倍の声量で笑い出した。
「ぐあははははは! 今のうちに喋らせておけ。わしの拳を喰らえば1ヶ月は話せんようになるからのう。さあ思う存分殴らせてもら」
グレイトが腕を振り上げたその時、だれか2人が水に落ちた音がした。そのため、グレイトは開けていた口をつぐみ、音のした方向に目をやった。
「ああーっと! これはなんということだぁ! 私がグレイト選手たちの動向に夢中になっている間にウィート選手、マルハ選手の2人が同時に脱落しました! よって残り選手はあと7人です!」
その言葉に、グレイトが眉をひそめた。
「うへ、あの2人が!?」
テシタアも驚いて辺りを見渡している。この反応から見るに、どうやらその2人は相当な実力者らしい。だがそんな2人をいったい誰が倒したのだろう……あれ、もしかして。
「おーい、我が友よ!」
「ちょっとヤマ、棍棒落としてたわよ」
背中に追い風が吹きつけるのを感じた。