前編
「貴方は勇者に選ばれました!」
「は……?」
実家で余暇を過ごしていた元冒険者・ヒロは,突然やって来た神官達にそう宣告された。
勿論,何のことだか分からなくて,彼は首を傾げる。
「俺が勇者? いや,その,間違いじゃ……?」
「間違いありません! 貴方は,かの女神様の信託によって選ばれた勇者なのです!」
「いや,冗談も大概に……」
満面の笑みを崩さない神官達。
新手の嫌がらせだろうか。
よりにもよって俺が勇者だなんて,嫌味にも程がある。
そう思うヒロの元に,異変を感じた彼の母がやって来た。
「ヒロ~,どうしたの? お客さん?」
「母さん,それが変な勧誘が……」
ヒロは唯一の家族である母に,事情を説明しようとしたが,それよりも先に神官らが動き出す。
「さぁ,行きましょう! 人類の存亡は貴方の手に掛かっているのです!」
「お,おい……! 離せって……!」
「勇者ヒロのお母様,申し訳ありません! 後ほど,事情を説明致します! どうか彼を連れて行くこと,お許しください!」
「え……えぇ……!?」
結局,有無を言わせず彼らはヒロを馬車の中へと放り込んだ。
これではただの拉致事件だ。
ヒロは村人達に助けを求めたが,彼らは全員祈るように手を合わせていた。
「勇者が現れたのか!」
「まさか,あのヒロが勇者だったなんて……!」
村人達は全員,眩しそうな視線を送るだけでヒロの出陣を見送る。
始めは奴隷市場にでも引き渡されるのかと恐れたが,連中は丁重なお持て成しをした。
本当に,勇者に対して行うかのような敬意と誠意。
進む馬車の中,ヒロは何一つ不自由のない旅路を過ごすしかなかった。
そうして連中に見張られながら辿り着いたのは,海に囲まれた小島にある巨大な神殿だった。
星を守護する女神様を信仰する神聖な場所で,ヒロも実際に入るのは始めてである。
彼らは神官らに導かれ神殿の中,大広間に案内される。
広間には既に四人の男女がいた。
車いすに乗る年老いた白髪の女性。
終始オドオドしている黒髪の少年。
何処かで見たことのある大柄な赤髪男性。
そして,見るからに薄幸そうな金髪少女。
皆も事情が分からないようで,互いの顔を見合わせている。
無言のままヒロもその中に加わると,一人の大神官が姿を現す。
彼はこの神殿を取り仕切る人物のようだった。
「よく来てくれました,勇者達。私は大神官のウォースラ。急に呼び出してしまって申し訳ありません。しかしこれは,我々人類の存亡に関わる事態なのです」
人類の存亡。
神官達も同じようなことを言っていたので,事情を聞くべくヒロが真っ先に切り出した。
「……どういうことか,説明してくれませんか?」
「数日前,我々が信仰する星の女神様より予言が下されました。近い未来,魔族が次元の彼方から襲来し,人類を滅ぼすというものです」
「魔族? 何ですか,それは……?」
「異界に住む,我々とは異なる生命体です。予言で確認された個体は全部で八つ。奴らは我々人類では太刀打ちできない力を持っています。その対抗策として,女神様は素質ある者に勇者のスキルをお与えになった」
「勇者……確かに昔話に聞いたことはあるけれど,そんな占いのようなものを信じろと?」
「女神様の予言は絶対。過去数百年,我々は女神様のお力によって生き永らえ続けてきた。過去の勇者達も,こうした予言によって選別され生まれたのです」
確かにヒロも,勇者の伝説については知っている。
何百年かに一度,人類に窮地が迫った時に現れる者達のこと。
彼らはあらゆる脅威を退け,人々を守った英雄として奉られる。
神話の登場人物のような存在だ。
まさか,本当に自分がその勇者になったというのか。
「本当に勇者のスキルなんて俺達にあるんですか? 特にそんな実感は……」
「女神様は夢の中でスキルを授けた。ここにいる全員が,女神様に力を与えられる夢を見た筈です」
大神官の言葉に,皆がハッとしたような顔をする。
ヒロ自身も同じだった。
彼も数日前,夢の中で女神のような存在に光の結晶を与えられていた。
「念じるだけで勇者のスキルは発動する。しかし,無駄に消費するには危険すぎる力。故に誰かがスキルを使う前に,強制的に集まってもらいました」
「だからこんな場所に……」
「選ばれた勇者は六人。突然のことに,混乱があることは分かっています。しかし,事は一刻を争います。どうか,どうか魔族を打ち倒し,我々人類を救って頂きたい」
大神官は頭を下げたが,誰も何も答えられなかった。
そう言われても突然過ぎる。
魔族のことも勇者のことも,まだ心構えが出来ていない。
二つ返事で引き受ける者の方が少なかった。
そのため大神官がある程度のことは教えてくれた。
魔族については,八つの個体が迫っているというだけで,神官達も詳しくは知らない。
ただ強大な力を狙う習性があるらしく,勇者を優先して攻撃する。
対策も兼ねて,皆が小島の神殿に一ヶ所に集められたのだ。
そして魔族の力は,勇者のスキルよりも劣る。
与えられたスキルの詳細は不明だが,順当に戦えば敗北は有り得ないと断言された。
お陰で少しだけ皆の気が楽になった。
暫くして,ヒロ達五人に自由時間が与えられた。
ある程度は互いにコミュニケーションは取っておいた方が良い,ということだろう。
どうしたものか,とヒロが思っていると,大柄な赤髪男性が積極的に声を掛けて来た。
「よぉ! 君,もしかして冒険者ギルドにいた,ヒロじゃないかい?」
「あ……。もしかして……!」
「そうさ! Sランク冒険者のジン! 覚えてくれてたんだな!」
何処かで見たことがある気がしていたが,彼は冒険者の歓迎会でヒロの隣にいた人物だった。
しかも,Sランクという冒険者としては最高ランクの称号を持つ。
知る人ぞ知る,冒険のスペシャリストだった。
「丁度一年位かぁ。歓迎会の時は一緒の席だったから,よく覚えてるよ!」
「あはは……ジンさんは,変わりないようで何よりです」
「いやいや,変わりはあったさ! 何と言っても,勇者に選ばれるなんてな! ヒロの方はどうだい? 最近,進展は?」
だがヒロとしては,あまり良い言葉が見つからなかった。
そこにあったのは罪悪感。
迷いに迷った挙句,彼はボツリと呟く。
「……辞めました」
「えっ」
「こういうのも何ですけど……どうも,自分には合わなかったみたいで。パーティーメンバーからも,使えないとか,無能とか言われて……それで辞めました」
「……」
「ジンさんには,色々教えてもらったのに,申し訳ないです」
「す,すまん……。まさか,そんなことになってるなんて……」
「いえ,別に何ともないんで……」
愛想笑いを浮かべるヒロ。
追放されたパーティーは,元々あまり良いものではなかった。
チームワークは取れていなかったし,話し合いも上手くいかない。
特別ヒロが何かをした訳ではない。
ただ,そのシワ寄せが全て彼に向けられた,それだけのことだった。
挙句の果てに無能と呼ばれたことで,何のために冒険者をしているのか分からなくなって,退職した。
事情を知らなかったジンは,察したと言わんばかりの表情をした。
「ま,まぁ,兎に角だ。オレ達は今,同じ勇者の称号を与えられた仲間同士。一緒に頑張ろうぜ」
「あ,はい。引き続きお願いします,ジンさん」
しかし過去は過去。
今は同じ勇者の仲間である。
先輩であるジンの足を引っ張らないようにしよう。
勇者の自覚を持つ以前に,そうヒロは心に誓うのだった。
その後,ジンと別れて神殿内部を見学していると,窓の外を眺める薄幸な金髪少女がいた。
彼女も勇者に選ばれた一人だ。
しかし,何処となく体調が悪そうにも見える。
こちらに気付かないまま,彼女は小袋を取り出すも,うっかり手から落としてしまう。
コロコロと転がってきたので,ヒロはそれを拾い上げた。
「大丈夫?」
「あ……ありがとうございます……」
「俺はヒロ。君の名前は?」
「えっと……アイラです……」
アイラは見た目通りの奥ゆかしい少女だった。
おずおずと小袋を受け取り,中身を取り出す。
その手には錠剤が幾つか握られていた。
「もしかして,風邪を引いていたり?」
「持病なんです。昔から病院を出たことがなくて。こうやって外を歩いているのも,久しぶりで……」
「そうだったのか……」
「勇者だなんて言われた時は,耳を疑ったけれど……ここまで言われたら,信じるしかないんですよね……」
「俺も正直半信半疑だけど,ここまでお膳立てされてたら,信じるしかないよ」
今更ドッキリだった,という方がおかしな話だろう。
周りの緊迫した雰囲気が,ヒロ達にも確かに伝わっていた。
「私が勇者なんて……本当に戦えるのかな……」
不安そうなアイラに,ヒロは気の利いた言葉を投げられなかった。
するとそこへ黒髪の少年が二人の前を横切る。
今まで一言も声を聞いていなかったので,ヒロは思わず呼び止めようとするが,その少年は不気味に笑っていた。
「僕は勇者……勇者なんだ……!」
「なぁ,君……」
「へ,へへへ……これでアイツらも,僕を馬鹿にしなくなるぞ……!」
何かよく分からないことを呟き,ヒロ達の前を通り過ぎていく。
どういうことだろうと思っていると,車いすの老婆が後からやって来て付け加える。
「その子の名前は,ヒューマらしいよ」
「そうなんですか?」
「皆が集まる前に,少しだけ話をしてね。自分が勇者になったことが,随分嬉しいようだねぇ」
彼女は集まった勇者候補の中で一番の高齢だった。
病弱なアイラ以上に,この場に似つかわしくない人物だった。
自覚があるのか,彼女は二人に向けて申し訳ない表情をする。
「ワタシはカーリー。ごめんねぇ。勇者って言うのに,こんなお婆ちゃんで」
「と,とんでもないですよ! 自分としても,心強いです!」
「そうかねぇ。まぁ,先代勇者の家系だから,足手纏いにはならないだろうけど……」
「先代勇者……?」
「正確には先々代の勇者,今から250年前位かねぇ。ワタシはその時に戦った勇者の子孫なんだよ」
そこまで聞いて,ヒロだけでなくアイラも驚く。
先代の勇者の血を引く者がいるとは思わず,身の縮む思いだった。
「ま,まさか,勇者の血族がいるなんて!」
「驚きました……!」
「そんなものは,肩書だけだよ。何でまた,ワタシが勇者なんだろうねぇ。困っちゃうねぇ」
カーリーは相変わらず困った様子だったが,先代勇者の血を引いているのなら,選ばれるのも納得がいく。
寧ろ自分の方が場違いだろう。
そう思ったヒロとアイラは互いに見つめ合って,自嘲気味な笑みをこぼすのだった。
結局神殿内の見学も終えたヒロは,カーリーの座る車椅子を押しながら,アイラと共に元いた大広間に戻る。
しかし今更ながら,この場にいた人数に気付き疑問を抱く。
「それにしても,ここにいるのは五人だな」
「言われてみれば,そうですね……。確か勇者は六人って聞きましたけど……」
「もう一人は何処に?」
他の面々もそれに気付き始めた時,新たに複数の人物がその場に現れた。
やせ型のみすぼらしい服を着た男が,複数の神官に抑えられながら連れてこられる。
「さぁ! しっかりと歩きなさい!」
「キヒヒヒ。随分と手荒い待遇じゃねぇか」
拘束された男は非常に人相が悪く,初対面から碌な人物ではないと分かる程だった。
そして,この場の皆と同じく強制的に連行された。
まさかと思いつつも,ヒロは神官達に問う。
「まさか,この人は……」
「六人目の勇者です。どうにか,ここまで連れて来ました」
誰もが言葉を失った。
だがその瞬間,疑わしい目で見ていたジンが声を上げる。
「待て! ソイツ,確か連続殺人で投獄されていた囚人だろう!?」
「そうなんですか!? ジンさん!」
「あぁ,間違いない! 確か名前はファイフ! コイツの顔に見覚えがある!」
「キヒヒヒ。Sランク冒険者様に覚えられているとは,俺も顔が広くなったモンだぜ」
囚人,ファイフは薄気味悪く笑った。
ヒロはその笑みを見て,嫌な思いにさせられた。
確かに自分はパーティーから追放された元冒険者だが,この男に限ってはそれ以前の問題だ。
道徳に反し罪を犯した囚人。
そんな者が勇者として選ばれたと言うのか。
「勇者の選別は,女神様がやったんじゃなかったのか!?」
「確かに女神様が選びました。ただあの方が選ぶのは,素質のある者という条件だけ。犯罪者か否かということは,含まれていないのかと……」
「マジかよ……」
「支援と管理は我々で行います。安心してください」
神官達にとっても,この事態は不服なようだった。
しかし,選ばれてしまった以上はどうすることも出来ない。
愕然とするジンやヒロ達に向かって,ファイフは軽い挨拶を言い渡す。
「まぁ,よろしくなご同輩」
ここに,六人の勇者が揃った。
●
ファイフには常に拘束具が付けられた。
下手な真似をして,他の勇者に危害を加えられたら目も当てられないためだ。
だが勇者のスキルを発動されたら手が付けられない。
そこはSランク冒険者であるジンが監視役に回る,ということで落ち着いた。
今の所ファイフは不気味に笑うだけで,何かを起こす気はなかった。
ただ,一つだけ別の問題が挙がった。
神官達から戦い以外で勇者のスキルを使用するな,との通達があったのだ。
どういうことかと聞くと,女神様の予言が原因らしい。
理由は分からない。
それでも女神様の言うことは絶対。
六人の勇者に,従う以外の選択肢はなかった。
「全く。スキルを無暗に使っちゃいけないなんて,女神様は何を考えてるんだ?」
「俺にも,さっぱり分かりませんね……」
「いざとなったら,勇者のスキルを使わなくてもオレは戦えるが……。ここの面子は俺とヒロを除けば,殆ど戦闘経験がないって聞いたしな……」
「直接聞いたんですか?」
「まぁ,ファイフの奴はどうか知らないけどな。どっちにしても初っ端で満足に戦えるのは,俺達二人だけだろう」
豪華すぎる夕食を終え,ヒロはジンと共に戦いの相談をした。
魔族はいつ襲ってくるか分からない。
ある程度戦いの経験がある者でなければ,咄嗟には動けない。
ジンがヒロを頼りにするのも当然だった。
「悪いな。こんな重荷を背負わせる形になって。でも勇者に選ばれた以上は,人類の危機と戦うしかない。ヒロ,協力してくれないか」
「……これでも元冒険者なんで。どうにか,役に立ってみせます」
一応ヒロはそう答えたが,自信はなかった。
勇者と崇められ,浮かれていた節はあるが,いざ戦うとなると不安が残る。
魔族の力は未知数だ。
幾ら勇者のスキルが上回っていると言われても,納得できないものはある。
加えてSランク冒険者に期待されるのは,言われた通り少し荷が重い。
「パーティーを追放された俺に,勇者が務まるのか……?」
そもそも,何故自分が勇者に選ばれたのか。
ジンとの会話を終えた彼は,悩みながら食事室を去る。
するとその扉の傍で,仲良さそうに話す者達がいた。
女性陣のアイラとカーリーだった。
「今は両親の遺産で何とか」
「まぁまぁ,お若いのにそんなことが……」
「カーリーさんは……えっと……」
「ワタシは孫が二人ねぇ。息子達に先立たれてから,今は二人の母親代わりをしているわぁ」
線の細い金髪少女と,車椅子に座る老齢の白髪女性。
街中で見たなら,家族の関係と思ってしまうかもしれない。
だがそこには寂しげな空気が漂っている。
「親よりも長生きする。それが子に出来る最大の孝行だと,ワタシは思っているのよ」
「……」
「だから,ワタシは戦うわ。あの子たちまで,失う訳にはいかないもの」
疑問を抱いているのは自分だけではない。
それでも,魔族によって人類が滅ぼされるというのなら,黙って見ていることは出来ない。
カーリーの言葉には,そんな思いが込められていた。
話に割り込むことなく,ヒロはその場を立ち去った。
そしてその日の深夜。
時は満ちた。
「魔族の襲来です!!!」
神官達の声により六人の勇者は戦闘に赴く。
夜は深かったが,誰しも目は醒めていた。
緊迫した雰囲気の中,ヒロ達は神殿外の海岸に辿り着いた。
広がる夜の海,その空にあったのは更なる闇だった。
空間に巨大な歪みが起き,その中心から何かが這い出てくる。
「空間に亀裂が……!?」
「数は三つです! 間違いありません!」
「馬鹿な! 八つの魔族の内,半分近い数が一斉に現れたのか!?」
神官達が騒ぐ中,現れたのは三体の魔族。
エメラルド色の輝きを放つ大亀。
化石のような見た目をした砂魚。
赤い体毛を持つ紅蓮の大鳥。
それら全てが,全長50mを超える生命体だった。
元冒険者であるヒロも,これほど大きな生物は見たことがない。
世界を滅ぼすモノと言われれば,容易に頷けるほどの威圧感があった。
固まって動けないアイラ達を置いて,ジンが率先して動き出す。
「俺が出る! ヒロ,行けるか!」
「は……はい……!」
四の五の言っている場合ではない。
魔族は一直線にこちらへ向かっている。
戦闘以外では禁止されていた勇者スキルも,今なら使える筈だ。
ジンに後押しされ,ヒロも一歩前に踏み出す。
だがスキルを解放しようとする二人を,止める者が現れる。
それは車いすに乗ったカーリーだった。
「待って二人共。ここは,ワタシ一人で行くわ」
「な……!」
突然無謀なことを言い出したので,その場にいる勇者達は視線を彼女へと向けた。
「カーリーさん,相手は三体の魔族だぞ!? 一人で行くなんて無茶だ!」
「確かに,ワタシに戦闘経験はないわね。でも勇者の血統として,このスキルの使い方は代々教わっているのよ」
「……!」
「先達として,ワタシがその心得を教えるわ。もう,覚悟は出来ているのだから」
アイラが彼女に向かって手を伸ばしたが,そこまでだった。
カーリーの身体が光を纏いながら宙に浮く。
それはヒロ達が夢で女神に与えられた,力の結晶そのものだった。
「見ていなさい。これが勇者の力よ」
瞬間,宙に浮いたカーリーの足場となるように,巨大な大砲が現れる。
全長10mはある,城砦にも匹敵する鋼鉄の重火器。
しかもそれは一つではない。
ヒロ達を守るように何十もの大砲が横一直線に並ぶ。
人が生み出せる力の範囲を超えている。
これが,彼女が与えられた勇者のスキルだった。
「大砲の群れ……凄い数だ……!」
「勇者のスキルは,通常のそれとは違う。自分の心を,思いを形にさせるのよ。何より大事なのは技術や経験じゃなく,自分を信じる心」
そう言い切った直後,砲が一斉に火を噴いた。
辺りの闇が晴れるほどの光だった。
たった数発で大鳥は進撃を阻まれ,砂魚は吹き飛ばされ,大亀は爆風に呑み込まれる。
加えてそれらは連射式。
絶え間ない一斉放射が三体の魔族に注ぎ込まれる。
「ワタシは家族のために戦うわ。貴方達が守るものは何? 何のために戦うのか,それを分かっていないと,十分な力は発揮できない」
巨大な炎の渦の余波が,ヒロ達の元にまで伝わってくる。
あれだけ威圧感を放っていた三体の魔族がなす術もない。
防戦一方ならぬ攻戦一方とはこのことだろう。
「凄い……! 三体の魔族相手に圧してます……!」
「いや,圧してるなんてものじゃない。これはもう……」
既に二体の魔族が全身を粉々に打ち砕かれ消滅している。
呆然と呟いたヒロだけでなく,この場にいる全員が理解していた。
もう勝負は決する。
すると唯一耐えていた大鳥が全身に炎を宿し,急激に速度を上げる。
砲撃の全てを回避し,更なる大空へと羽ばたいた。
アレにとっても,このまま何も出来ずに敗北するつもりはなかったのだろう。
天空からの高速な急降下により,カーリーを含めた全てを一掃しようとする。
「無駄よ」
砲塔が一斉に,降下する大鳥に向かって方向を変えた。
ただ,それだけである。
後は同じような弾幕が大空に展開される。
「消えなさい……忌まわしい力と共に……」
数十発の弾丸に降下の勢いは完全に止められ,爆風によってその全身を焦がされる。
そうして魔族の大鳥は塵になり,大気の風に流されて消滅した。
「三体の魔族の消滅を確認!」
背後にいた神官達が,検知スキルで魔族の打倒を確信する。
勇者のスキルが途切れ,実体化した大砲らが次々と消えていく中,ヒロ達は反響音を残した夜の空を見上げた。
Sランク冒険者のジンですら脱帽する程の力。
なんだ,楽勝じゃないか。
あれだけ強大と言われていた魔族を,単身で三体も倒した。
もうカーリー一人だけで全ての魔族を倒せるんじゃないか。
ヒロ達はそう確信する。
彼女の背中からは,それだけの絶対的安心感が漂っていた。
だが……。
「カーリーさんが……死んだ……?」
意味が分からなくなって,ヒロは神官らに問い質す。
「何で……どうしてなんだ……!? あの人は,全くの無傷だったはずだ……!」
「そ,それは……」
「一体,何が起きたって言うんだ……!」
悲痛な叫びが神殿内に響く。
事態が急転したのは,戦いが終わった直後。
カーリーは戦闘後,急に意識を失った。
始めは力を消耗したことによる影響に思われ,神官達の手によって神殿に運ばれた。
嫌な予感はしたが,直ぐに目が覚めると皆が思っていた。
しかし,告げられたのはカーリーの死。
当然受け入れられる筈がない。
するとそこへ,大神官ウォースラが現れる。
顔色を青くしたまま彼はヒロ達の前に膝を付き,そしてそのまま土下座をした。
「申し訳,ありませんでした」
「何を……」
「先程,女神様より新たなお告げがありました。今回与えられた勇者のスキルには,代償があると」
「代償?」
「勇者のスキルは確かに絶大。ですが,三回続けて行使した時,その所有者は命を落とすのです」
「は……!?」
そんなものは今まで聞いたことがない。
今回の勇者にだけ与えられる代償だと言うのか。
血相を変えた黒髪少年,ヒューマが今までにない声を上げる。
「待てよ! そんなこと,僕は一言も聞いてないぞ!」
「重ね重ね,申し訳ありません。ですが,私達もこんな事態は初めてで……」
大神官も今の状況に混乱しているようだった。
だが分からない。
今の言葉か仮に真実だとしても,ヒロは納得できなかった。
「おかしい……おかしいじゃないか! カーリーさんはスキルを発動して一回目の筈だ! 辻褄が合わない!」
「恐らくですが……彼女は老体だった。三回目を迎える前に,身体が耐えられなかったのかと……」
「馬鹿な……!?」
要は身体の持ちようということ。
身体が弱ければ三回も持たず,健康体で会ったとしても三回目で命を落とす。
つまり,次の戦いですら命の保証は出来ないのだ。
「じゃあ,俺達も同じように死ぬってことだなぁ? キヒヒ,面白れぇじゃねぇか」
皆が沈黙する中,拘束中のファイフが笑いながら事実を告げた。
何故,そんなに楽しそうなのかは分からない。
その瞬間,身体を震わせていたアイラが,咳き込みながら膝から崩れ落ちる。
「三回……? 三回なんてそんなの……」
「アイラ……!?」
「だって……だってカーリーさんは,家族に会いに行くって……言って……言ってたのに……」
「アイラ,しっかり……! ゆっくり深呼吸するんだ……!」
ヒロは苦しそうな彼女を支えつつ,平静になれるように努める。
アイラは元々病弱な身体だ。
今の話を聞いて,動揺しない筈がない。
無論,それはこの場にいる者全員に当てはまる。
だがそれでも,静かに場を導こうとする声が聞こえる。
「……皆,落ち着こう。まだ手はある」
「ジンさん?」
「残った魔族は後五体。俺達も五人。全員が一回ずつ戦っても,まだ余力はある。協力して戦えば,きっと全員生き残れる」
ジンは他の者に比べて冷静沈着だった。
最高位冒険者ということもあって,死線を何度も潜っているからだろう。
あくまで合理的に,今の状況を切り抜ける策を考えている。
しかし,そう簡単に頷けない者もいた。
「じゃあ,お前一人で戦えよ」
「ヒューマ!?」
「さっきのことを忘れたのかよ!? 一回目で死んだんだぞ! 一回戦って生き残れる可能性が何処にあるって言うんだ!?」
ヒューマは冷や汗を流しながら声を荒げる。
「そりゃ安心だろうな! それだけ強い身体なら,一回戦っても死なないからな!」
「な……!?」
「Sランク冒険者が勝手に戦えばいい! 僕は戦わない! 戦わないからな!」
「ヒューマ,止めろ! これ以上は……!」
「お前もだよヒロ! 追放されたか何だか知らないけど,結局は冒険者だったんだろう!? 僕はそんなに強くない! 強くないんだ!」
そう言い捨て,彼はその場から走り去った。
そこにあったのは覚悟の差。
元はただの一般人だったヒューマには,抱えきれなかったのだろう。
錯乱する彼をジンが慌てて追ったことで,話の流れは断ち切られる。
「キヒヒ,やっぱり面白いなぁ。こういうのは」
相変わらずファイフは笑うだけだった。
結局殆ど会話は出来ないまま,残された者達も散会した。
体調の優れないアイラが安静に出来るよう,ヒロは彼女の個室に連れていく。
取りあえずベッドに寝かせるが,彼女が目を閉じることはなかった。
「……落ち着いた?」
「はい……ありがとう,ございます……」
この部屋には,彼女が必要とする医療系の器具が全て揃っている。
だが今の状況では気休めにもならないだろう。
暫くの沈黙があって,アイラが言葉を紡ぐ。
「カーリーさん……もしかしたら,分かっていたのかもしれません。自分が,死ぬかもしれないって……」
「……」
「あれが勇者の覚悟なら,私には重い……重すぎます……。だって,勇者なんて……いきなり言われて,連れて来られただけだから……」
「俺もだ……。まさか,こんなことになるなんて,思ってもみなかった……」
「私……死んじゃうのかな……」
「そ,そんなことはないさ! ジンさんも言っていたじゃないか! 魔族を全員倒せば,俺達もこんなスキルとはおさらばだ! 戦う必要もなくなる!」
ヒロは自分に言い聞かせるように励ます。
それでもアイラは涙を溢し始めた。
「ぐすっ……」
「アイラ……」
「ごめんなさい……今は,一人にして下さい……」
何も言えないヒロはその場から立ち去り,神殿の廊下から外の光景を見上げた。
魔族は勇者のスキルを持つ者を優先的に狙う。
そのためこの神殿から出ても,逃げ場はない。
ヒロには今いる小島が,勇者を隔離している場所にすら見えていた。
思わず拳で壁を殴りつける。
「クソッ……! これが……これが勇者の使命だって言うのか……!? こんなことがッ……!」
翌日の朝。
ヒロは神官からあるものを渡された。
母からの手紙だった。
開いてみると,何回も書き直したような跡が残っていた。
『ヒロ,元気していますか。お母さんは元気です』
『勇者のことを聞いて,始めは驚きました。でも女神様に選ばれたと言うなら,それはとても誇らしいことです』
『大切なのはヒロの無事です。元気な姿で帰って来て下さい』
手紙には最近起きた事が綴られていた。
自分は何の問題もない。
だから安心してほしい,と息子を思う言葉が並べられている。
だが,三回戦えば死ぬ。
そんなことは知る由もない。
「母さん……」
耐え切れなかったヒロは,思わず厠に飛び込み,吐いた。
それでも,胃液しか出なかった。
そうして時間が経って,朝食に移る。
食欲など殆どなかったが,こういう時でも何かを入れないと体調を崩してしまう。
不調は言わば死の前触れ。
誰もが俯いたまま口に料理を放り込んでいると,唐突にジンが皆の前で宣言する。
「次の戦い。俺が出る」
「ジンさん……!」
「確かに,体力が万全の奴が始めに戦うべきだ。だったら,俺が出るしかない」
彼の考えに揺るぎはなかった。
あれだけの事があっても尚,自分の命を天秤に掛けている。
「ヒロ,お前はどうする?」
「俺は……」
ヒロは,母の手紙を握りしめた。
「すまん。強要しちゃいけないよな。忘れてくれ」
「いや,別にそんなことは……。俺も勇者です。戦ってみせます」
ジンは自分の発言を謝ったが,ヒロもそれは同じだった。
昨日まで勇者の自覚はなくとも,彼の足を引っ張らないように動ければと思っていた。
だが,今になって戦う事への抵抗が生まれている。
情けない限りだ。
すると今まで貧乏揺すりをしていたヒューマが,拘束中のファイフを指差した。
「だったら,ソイツが行けばいいじゃないか」
「あ?」
「元々コイツは犯罪者なんだ。死んだところで,誰も何とも思わないんだ。そんな奴こそ,戦いに出るべきに決まってる」
どうやら彼は自分さえ助かれば,他はどうでも良いと思っているらしい。
あんまりな言葉に,流石のファイフも鋭い視線を向ける。
「ほぉ,言ってくれるじゃねぇか……。自分のことは棚に上げて,他は踏み台扱いかァ……?」
「うるさい,犯罪者! せめて,人の役に立ってから死ねよ!」
両手で机を叩き,喚き立てるヒューマ。
見かねたジンが声を張った。
「止めるんだ,ヒューマ! わざわざ場を乱すようなことをするな!」
ヒロの知らない所で,彼らの間に説得か何かがあったのだろう。
昨日のようにヒューマが噛み付くことはなかった。
そしてジンは話を続ける。
「神官達から,カーリーさんの力は歴代勇者を超えるモノだったと聞いた。あれだけの力は,今までの記録にもなかったらしい」
「やっぱり,あの人は相当強かったのか……」
「あぁ。だから俺達が平均的な勇者の力を持っているとするなら,魔族戦を単身で切り抜けるのは希望的考えだ。もう一人は欲しい」
初戦の戦いは参考にならない。
今度の戦いで,魔族との力量を知るということだろう。
すると今までファイフを監視していた神官が,恐れ多くも進言する。
「ファイフを行かせましょう。そのための勇者です」
「お~お~。とても神に仕える神官の言葉とは思えねぇなぁ~」
挑発するようにファイフは笑うが,誰も否定することはなかった。
ヒロは思わず隣の席に座っていたアイラを見る。
彼女は助けを求めるように彼を見上げた。
「ヒロさん……」
「大丈夫だ……。誰も,誰も死んだりしない……」
死ぬはずがない。
絶対に生き延びてみせる。
そんな彼らの前に新たな神官が現れ,息を切らしてこう言った。
「皆さん! 魔族の襲来です!!!」
既に,戦いは始まっていた。




