クロスロード2
目的地もなくナビも使わずただ続く道を二人は歩いていた。
「...これいくらしたの?。」
伊月ははめた指輪を良平に見せる。
「100ユーロくらい。」
「高っ。」
予想以上の高さに声が上がった。
そして呆れたように言う。
「..良平って迷信に惑わされやすい人?。」
「いや、どんなことでも最善の尽くす人だな。」
良平らしい言動につい呆れて笑いが出る。
「なんだよ、それ。」
あの店主の言うことが嘘であれ本当であれ、これは伊月を気遣っての彼なりの行動だったのだ。
それがこういう形で出来てしまうのがやはり凄いところなのだろう。
「..こういうのって普通彼女にあげるもんじゃないの。」
「彼女にはもっといいやつあげるから良いんだよ。まぁ、未来の話だけどな。」
そう言ってはにかむ笑顔を見て、つい伊月も頬が緩んでしまった。
「ほんと、なんだよ、それ。」
「で、他の人の言葉が分かるようになるって言ってたけど、どう分かる?。」
「いや、そんな機会ないからなんとも。」
そうか。と良平は呟くや否や、近くにいた観光客に話しかける。
「hello !!good evening !。」
すると、それに反応して向こうからも
「hello,have nice day。」
と返ってきた。
「..突然話掛けるなよ。何あるか分かんないんだから。」
「で、分かった?。言ってること。」
「分かったけど。」
「おー!!。」
「いや、分かるでしょ。」
コントのような会話のテンポに実はわざとやってるんではないかと疑ってしまう。
「まぁ、効果が出るには一日かかるとか何とか言ってたし。検証は明日だな。」
「期待せずに待つよ。」
「あ。」
「なに?。」
突然止まった良平。その視線の先を見ると古びた一軒家があった。
気づくとその通りには人気は殆ど無かった。昼間だというのに。
良平はその家が気になるらしく玄関越しの階段まで近づく。
嫌な予感がする。
「...おい、まさか。」
「ちょっと冒険してこうぜ。」
その予感は的中し良平はすぐさま階段を登り、その家へと侵入して行ってしまった。
「...いや、流石にまずいだろ。」
空き家なようだが、これも立派な不法侵入だ。
好奇心は猫を殺す、という諺を知らないのか、あいつ。
引き止めるつもりで伊月もそのドアを開けた。
キー、という音を鳴らす。
中は真っ暗でスマホのライトがないと何も見えないほどだった。
先に入った良平も携帯のライトで照らしたがら飾られた絵画を見ていた。
いかにも高そうなものがいくつも並んでいる。
「....お前、誰かに見つかったらどうするんだよ。」
後ろからの問いかけに、
「まぁ、そん時はそん時、別に誰か住んでるわけじゃないし、バレても大丈夫だっえ。」
その自信は何処から湧いてくるんだ、と怪訝な表情を浮かべては見るものの、伊月としてもパートナーを置いて何処かへ行くと後々面倒になるので結局、良平が諦めるまでここにいるしかなかった。
はぁ、とため息をつき良平とは反対側に移動する。
そこにもいつくかの絵画がある。
何処かの王妃らしき肖像画、例えるならば若き日のマリアテレジア。
しかし、そんないくつもある絵画に見覚えがあるものは何一つ見当たらない。
わざとメジャーなのは置いていないのか、伊月の勉強不足なだけか。
「おっとっ。」
つま先に何かが当たり、危うく転びそうになった。
足元を照らすと一冊の本があった。
拾って署名を確認する。
「シンデレラ」
聞き慣れた童話の一つ。
周りの探すとすぐ近くに本棚があった。
ここから落ちたのだろう、と見てみるが挿せそうなスペースが見当たらない。
それにしても、こんなに本が。
天井につきそうなほど高い本棚に1000は軽くありそうなほどの本が並んでいる。
いったい、どんな人がここに住んでいたか。少なくともそこそこの金持ちだったに違いない。
「って、ダメだろ。」
気づかないうちに夢中になっていた自分にハッとする。
「...そろそろ行こう。」
そう言って振り向く。
良平がいない。
と、思うな否や、奥の方から物音が聞こえた。
いつのまにそんなところに。
流石にこれ以上はまずいと思い連れ戻そうと伊月も奥へと入る。
長い廊下、そのサイドに行くつかの部屋がある。
これでは探すにも面倒だ。
「おーい、良平、そろそろ帰るぞー。」
返事はない。
何かに夢中になっているのか、それとも聞こえないほど奥に行ってしまったのか。
もう伊月自身も光が完全に届かないほど進んでいた。
身の毛が毛立ちそうな雰囲気。
こんな場所早く出たい。
「おい、良平、何処だよ!。」
返事はない。
代わりに目の前の右奥の部屋から物音が聞こえた。
「...いるなら返事しろよ。」
ゆっくりとそのドアを開ける。
中は小部屋になっていて四つ足のベッドに筆跡用の机が一つある。
人の姿は見当たらない。
ライトを床に照らすと金属らしきものがその光に輝いた。
近づいて拾い上げる。
懐中時計。錆びついており蓋すら開きそうにない。
多分さっきのはこれが机から落ちた音だ。
「...でも、何で。」
カチカチと弄りながら不思議そうにそれを見つめる。
その時だった。
パカッという音とともに懐中時計の蓋が開いた。
驚くことに止まっていたと思っていた針が12から突然反時計回りに動き出した。
それを床に落とすのとほぼ同時、まだ片手に握っていた本がその手元を一人でに離れた。
本は誰かにめくられるかのように右から左にめくれ出した。
震えだす足をどうにか動かし部屋を飛び出す。
「良平!!このやばい、早くでるぞ!!。」
返事はない。
流石にこのまま待つことも出来ず元来た道を一直線に駆け出す。
廊下を超えて絵画の部屋を抜け出口のドアを勢いよく押した。
光が一気に差し込む。
眩しさのあまり閉じた目を開くと、先ほどよりもかなり人が増えていた。
この十数分の間に何かあったのだろうか。
ともかく、良平を置いて来てしまった。
この人の前では堂々とまた入ることは出来ない。
それに、流石にもう入りたくはない。
仕方がないので、もう一人が自ら出てくることを待った。
しかし、1時間が過ぎても良平は現れなかった。
先程から通り過ぎる人たちに度々伊月に視線をやっている。
気まづい....。
そろそろ戻らないと3時の集合に間に合わない。
...神隠しなんかに会ってないよな。
そう言えば携帯にはあいつの番号があった、それを思い出し携帯を手に取った。
「はぁ?!。」
画面には圏外の文字があった。
電波を害するものは何もないはず。
その一つで伊月から先ほどまでまだ残していた余裕は消え失せ焦りが現れ始めた。
これじゃあ、助けすら求めることができない。
取り敢えず伊月一人でも集合場所の噴水前まで戻らなければ。
やや駆け足気味で集合場所を目指す。
不安を掻き立てる事態は顕著に会わられた。
一度通ったはずの道は先程とは見違えるものとなっていた。
ビルはなく、中世風の建物がそこら中に立ち並んでいる。
思うと、目に入る人々の服装も時代劇のコスプレのようなものばかりが目立つ。
スーツやパーカーの人なんて誰一人見当たらない。
まるで、自分だけ世界から切り離されてしまったような。
....怖い。
そう思った時、伊月の体は全速力で駆け出していた。