彼氏とハイキックと私
夢でこのようなシチュエーションを見て爆笑したので書いてみました。
胃腸かぜで寝込んで時間ができたので投稿します。
「こ、これは!どうしたと言うんだー!」
…実況うるさい。
ザワザワザワ…
…観客もうるさい!
くそ…やっちゃった。
少し時間を遡ります。
私の名前は白雪木魚という。
『もくぎょ』と書いて『きお』と読みます。
とある私立高校の二年生。16歳の花の女子高生、略してJK。
勉強も恋愛も至って普通に育ってきた私だが、人は違う!と言えることが三つある。
一つ目、私の父親は生まれも育ちも生粋のお寺。
…そう、私の父さんはお寺の住職をしているのだ。極端に珍しいと言えるかは難しいけど…あまり多くはいないだろう。
いくら寺の娘だからって…名前に『木魚』はないでしょ。苛めよ苛め。
二つ目、その父親が子供の頃から空手を習っていて。
メキメキと上達した父さんは人を指導できる立場にまでなった。
それは大人になって住職を継いで結婚して…私が生まれ成長した現在でも続いている。
…つまり私もきっちりと空手道を叩き込まれたわけで。苛めよ苛め。
…女の子なのにきっちりと拳にタコができてるわけで。
お寺育ちで父親が空手やってて娘の私も有段者。ここまでくると私を入れても世界に数人しかいないのではないか。
そして…三つ目。これが入ると真の世界でただ一人だろう。
それは。
「…ダウン!ワン、ツー…」
ワアアアア!
(ありゃダメだわ…完全に顎に入ってた…脳ミソ揺れたね)
そして私の予想通りにレフェリーが両手を振った。
カンカンカンカン!!
ワアアアア!
…1ラウンドKO。呆気なかったわね。
「きおちゃーん!上がって上がってー!」
「は〜い」
少しアホっぽい声で返してリングにあがる。
その際に渡されたトロフィーみたいなのを持って喜ぶ勝者に近寄る。
…有頂天なのはわかるが早くこっちに気づけ。演技でもニコニコしてるのはツラいんだよ。
「…あ、ごめんごめん。待たせちまって」
まったくだ。
「いえいえ。おめでとうございます!」
そう言ってトロフィーみたいなのを渡す。
勝者の角張った男はトロフィーみたいなのを高々と掲げる。
はい、おめでとうございます〜…と控え目に拍手しながらリングから下りた。
はい、おわかりでしょうか。
三つ目、私はグラビアアイドルであり…日本では有名なキックボクシングのイベントのラウンドガールをしています。
私は結構真面目に空手道を突き進んでいた。
母さんが心配して辞めさせようとしたり、父さんが空手がオリンピック種目に無いことを悔やむ程度には。
…結局『女性として成長』したことが原因で私は空手を断念せざるをえなくなった。
そう。デカくなり始めやがったのだ…二つの脂肪の塊が。
最初は私も抵抗した。
正直言って空手を続ける上で二つの脂肪の塊なんて邪魔なことこの上ない。
稽古量をさらに増やし今までの倍は走り込みをし筋力トレーニングを黙々とこなし…。
そんな私の抵抗を嘲笑うかの如くさらに成長し。
私の必死の抵抗は…結果的に女性の魅力上昇の効果しかなかった。
試合の度に揺れまくるソレ。違う意味で周りの関心が集まることが苦痛となり始め。
…同じ道場の弟弟子に負けたのを理由に私は空手を辞めた。
しばらくの間は自暴自棄だった。
今まで興味も示さなかったメイクをし、普通の長さだった制服のスカートをギリギリまで短くし。
私に寄ってくるハエのような男共と遊ぶことが増えていった。
すぐに彼氏もできた。ていうかとっかえひっかえだった。
…一端に父さんや母さん相手に遅い反抗期を体験した。
そんな荒れた日々にも少し飽きてきた頃。
いつものようにセンター街で友達…と言えるかは微妙な仲だが…と男漁りをしていた際。
私はスカウトされた。
自分から空手を奪った二つの脂肪の塊と…それに抵抗する為に鍛えあげた身体。世の中ではそれを『絶妙なプロポーション』と言うらしい…。
私は現役JKグラビアモデルとしてデビューした。
もちろん、ビキニである。
勝手に話を進めたことも重なって父さんと母さんは激怒し、家を叩きだされた。
事務所が用意してくれたマンションで一人暮らししながら…女子高生とグラビアモデルの二足のわらじを履いた。
雑誌のグラビアに載ってDVDや写真集も発売され。最近ではテレビ出演も多くなってきた。
そんな仕事の一つとして舞い込んできたのがラウンドガールの仕事だったのだ。
空手を辞めてからも観戦するのは嫌いじゃなかった私は、事務所の打診にすぐ飛びついた。
パッツンパッツンのビキニを着て数字書いた板持って歩くだけでいいのだ。それで最前列で観戦できる。
最高だ!と思った。
…当然世の中そんなに甘くなく、今までの倍仕事が増えて悲鳴をあげたのは私だが…。
滅多に行かなくなった学校ではあるが、出席日数というものがある以上は仕方ない。流石に高校ぐらいは卒業しときたいし。
そんな理由で通っている学校ではあるが、最近はよく足が向くようになった。
何故なら。
「おはよ」
「…ん。はよ」
…彼氏がいるのだ。
ちょっと前みたいに遊ぶではない。私は本気で彼が好きだ。
名前は諸月早助。今年の空手大会の県代表だ。
「昨日のメールの返事は?」
「…ごめん、寝てて忘れた」
もお。本当に面倒くさがりなんだから。これは昔から変わってない。
「今日も稽古なんでしょ。早くしないと遅れるよ」
「んー…わかった」
…全てにルーズで生活がスローなのも昔から変わってない。
「…父さんにまた怒られるよ」
「…木魚にだけは言われたくない…」
「うるさい」
私の正拳が軽く早助の肘を叩く。
…なんで私こいつに惚れたんだか…。
早助は私が引退するきっかけになった弟弟子である。
グラビアアイドルの私と空手の県代表に選ばれた早助。
正直、目立つ。
一応バレたらマズい立場の私ではあるが…正直やめる気はない。
「ねえ、あれ…」
「え、あの二人って…」
ヒソヒソヒソヒソ
「なあ…」
「なによ」
「めっちゃ目立ってないか?」
「わかってるわよ!」
どうすればいいのかわかんないのよ!
バレたらスキャンダルだし…!でも中途半端は絶対やだし…!
「早助もバレたら大変なのよ…!」
「ま、わかっちゃいるけどね…」
ダメだ!こいつ!
「…何イライラしてんの?」
「あ・ん・た・の…態度によ!」
ざわっ
やばっ!
「…木魚が一番目立ってる」
〜!
頭に来てついハイキックを出す!
「よっと…やっぱ昔よりキレがないな」
〜〜!
更に蹴りを繰り出す!
「ほっ!よっ!ほっ!…それよりも」
「!…何よ!」
「スカートだけどいいのか?」
「…!…何をいまさら…!」
グラビアで下着撮影くらいしてるわよ…!
「いや、あっち」
…?
「写真撮られてるぜ」
げっ!!
「おい、木魚…」
「…すいませんでした」
結局…あの日のことはしっかり週刊誌にスッパ抜かれた。
しかも私のパンチラショットがでかでかと…。
で、今日…事務所の社長に呼び出されたのだ…。
「お前空手か何かやってたのか?」
「…は?」
「空手を、やってたのか、と聞いている」
あれ?
「怒らないんですか?」
「何を?」
「一応スキャンダルじゃ…」
社長は鼻で笑った。
「この程度で?ウチの看板を背負ってるお前らが?こ・の・程度でスキャンダル?」
…なんかムカつく。
「スキャンダルで騒がれたきゃ総理大臣と不倫するぐらいの度胸を見せな!」
どっちにしてもヤダよ!
「それよりも。お前空手をやってたんだろ?」
「はい…というか父が空手を教えてました」
「成る程な…じゃあ小さい時から英才教育を?」
英才教育!?
「……察してください……」
「………深くは聞かねえが」
そうしてください。
「まあ、空手には詳しいってことだな?」
「は、はい」
社長は何かを考え込んでいる。
「あ、あの〜?」
「…いやな、正直お前の売り方について悩んでたんだが…」
う、売り方!?
商品扱いっすか!?
「お前、ラウンドガールをメインで張れ」
は?
「格闘技通のグラドル…この路線でならイケるかもしれん」
「…まさかねえ」
泣く泣く諦めた空手がこんな形で役立つことになるとは…。
帰宅してシャワーを浴びて布団に寝っ転がる。
そのままこれからのことを考えていた。
そして、社長の最後の一言が心の中で反芻していた。
『もし一緒に写ってるのがお前の男だったら別れとけ。売り出そうとする今のタイミングでは邪魔なだけだ』
「邪魔な…だけ…」
私は…どちらを選ぶのだろうか?
…ここで迷ってる時点で駄目なのだろうか?
「…早助…」
…またメールくれない。
「あんたの気持ちは…私に向いていてくれてるの?」
…今夜は眠れそうにもない。
次の日。
今日はトーナメント戦。
この格闘技団体の最大のイベントだ。
「…はーあ」
寝不足がしっかり顔に出てるとメイクさんに怒られるし。
悩みは尽きないし…。
「ちょっとちょっと」
考え事をしてる私の肘を同じラウンドガール仲間がつつく。
「…んー?なーに?」
少しバカっぽい声を出す。
社長の命令でやってるけど…自分でやってて寒気がする。
「また木魚のこと見てるわよ…」
…ああ、アイツか。
今回の優勝候補筆頭。
事あるごとに私を口説いてくるアホ…!
「いいわね〜木魚は。彼だったら私はOKするよ」
冗談じゃないっつーの!
彼氏がいるって何回言えばわかるんだ…!
「た、たぶんしゃこーじれーってのですよー」
…早く負けろ。頼むから。
おお…神様。
あなたは私を苛めて楽しいですか?
「さすが優勝候補筆頭!ダントツの強さを見せたー!」
実況。叫ぶな。
あのバカ…絶対に調子こくに決まってる!
で、よりによって花束贈呈は私になる。
ああ…神様。
私はあなたを蹴り倒したい。
「お、おめでとーございまーす!」
…我慢、我慢。
「お、木魚ちゃんありがと!」
ひえ…!
肩から手を離せ…!
抱・き・寄・せ・る・なー!
『えー、応援してくれた皆!どうもありがとー!』
……我慢、我慢。
…笑え、笑うんだ…!
『この場を借りて、皆さんに証人になっていただきたいんです!』
…は?
『オレはこの場を借りて…』
おいまさか。
『告白したいと思いまーす!』
…うおおおおお!
おいい!ちょっと待てええ!
『オレが好きな人は…』
いや待て!シャレにならん!
『ここにいる…白雪木魚さんでーす!』
ワアアアアアアア!
ピーピー!キャー!
やめて…!いっそ殺して…!
『それじゃあ木魚ちゃん!』
こいつ…!絶対に断れないような舞台でわざと…!
『OKなら…オレの手を握ってください!』
…早助…!
「…にを…」
『どうかな?木魚ちゃん?』
「…何を…」
『へ?今なんて?』
「何をサラしてくれとるんじゃああああああ!!!」
どごっ!!
『ぐはあっ!』
…ドサッ
…KO。
白雪木魚、WIN。
…時間、戻ります。
…結局。
この大大大スキャンダルのおかげで。
事務所、格闘技団体、その他スポンサーの皆様から早々にクビを言い渡され。
…私の儚い芸能界歴は終わりを告げた。
しばらくして。
父さんから久々にメールが届いた。
『一度帰ってきなさい。骨は拾ってやる。寺だけにな』
…笑えないよ。
さらに3日後。
久々に行った高校の門で。
笑うだけ笑ったあと早助が言った。
「無職おめでとう。最高にキレがあるハイキックだった」
あと、ポツリと。
「…俺が無職から解放してやる」
と。
遠回しなプロポーズをうけた。
返事は決まってるけど。
早助にハイキックが当てられるくらいまで鍛え直してから返事するつもりだ。