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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔王と呼ばれた青年と、勇者と呼ばれた少女

短編は初めてなので、至らないところが多々あるかもしれません。


 目の前で一人の青年が腰を下ろした。彼に椅子のごとく使われているのは鎧を着た男。項垂れるように地面に座り込んだその頭に青年が腰を下ろしている。

 こちらからの視界にはその脚しか見えない。なぜなら、私は今奴に打ちのめされて地面に這いつくばっているからだ。情けなさで食いしばった歯を噛み砕いてしまいそうになる。


「魔王……貴様ッ、屍を辱めるような真似を!! 私の仲間を殺し、あまつさえその遺骸に腰掛けるなど、貴様は、貴様はどれだけ我々を愚弄すれば気が済むのだァツ!!」


 すっと青年――――魔王が腰を折る。謝罪ではない。単純にこちらの顔を覗き込むためだ。雪のごとく白く輝く髪に海のごとく透き通った青の瞳。整った顔だちだからこそ憎らしい。


「愚弄なんかしてないさ。死んだらただの物でしかない。動物だろうが人であろうがね。それに、人の家に勝手に入り込んで襲い掛かってきながら辱めるとか言われても困るよ、勇者ちゃん?」


 魔王が立ち上がる。その反動で遺体が倒れ、床にぶつかった衝撃で鎧が音を立てた。


「魔王だ何だと騒がれてはいるが、僕は何もしちゃいない。自分から人を襲ったことも無ければ苦しめようとしたことだって無い。そっちが襲い掛かってくるから自分の身を守ってるだけなのに悪者扱いしてさあ。

まあ確かに? この廃城を勝手に使ってるのは悪いことかもしれないが、一世紀以上放置されてるんだから構いやしないだろう。

一介の研究者を追放して悪の親玉みたいに扱う理由を教えてもらいたいものだねえ」


 私の周りを歩き回りながらぬけぬけと言い放った魔王。自分が今までやってきたことを『身を守るため』と言うか……!


「村に! 街に! 魔物どもをけし掛けたのは貴様のはずだ、魔王!! それすらも身を守るために仕方なく、などと抜かすのか!!」


 心の底から湧き上がる怒りをこめて叫ぶ。そのまま剣で斬りかかりたい。だが……打ちのめされたこの身は言う事を聞いてくれない。なんと情けないことか……。

 重い体を引きずり、ずるずると這い寄る私の前に魔王がしゃがみ込む。何をするかと思えば、彼は私の鎧の首に手をかけた。すぐに訪れる浮遊感。投げられたと気づくまで一瞬の間があり――――壁に叩きつけられる。手から離れた剣がけたたましい音を立てて転がった。


「見苦しく動くな鬱陶しい。そこに背を預けて大人しく聞いてろ」


 先程の人を小馬鹿にしたような態度とは異なる冷たい口調。その無機質な瞳に寒気が走る。だが、次の瞬間に湧き上がってきたのは怒りだ。魔王、そして自分に対する怒り。皆の希望を背負った私が奴に怯えるわけにはいかない……!


「おっと、何の話だったか。うん、魔物だっけ? あれは全くこちらの与り知らぬところだ。ま、私が国を追われた理由の一つではあるがね。

考えてもみなよ、魔物は人を襲うからこそ魔物と呼ばれるんだ。不老ではあるが人でしかない僕に操れるわけがないだろう。ちょうど気に食わない人間がいるからといって、魔物を統べる王、『魔王』と呼んで罪を被せるのはやめてくれないかな?」


 すぐにおちゃらけた態度へ戻る魔王。


「なら何故魔物が集団で人々を襲う! 確かに魔物は人を襲う。だが、こんなにも魔物が凶暴化したのは貴様が現れてからだろう! 連携のとれた集団を組み、人の多い村や街を襲うなど前代未聞の事だ!!」


 打ち付けられた時に内臓を痛めたのか、叫んだ途端に喉から血の塊がせりあがってきた。何度も嘔吐(えず)きながらそれを吐き出し、口元を拭いながら魔王を睨む。

 それを見た彼は呆れたと言わんばかりに頭を振る。いちいち癇に障る……。


「昔話をしよう。僕が魔王などと呼ばれていなかった頃の話だ」


 魔王が私の前に座り込む。無意識のうちに私の右手が剣を掴みよせていた。聖剣――――魔王を討ち滅ぼすために作られた最強無比の剣。

 しかし魔王は一瞥しただけで特に何もしない。痛めつけたから何もできないと侮っているのか。


「その頃僕は研究者でね。研究を続けるために不老になった程度には研究馬鹿だった。いやー、楽しかったなあ。あの時が一番人生で輝いていた時だ」


 昔を懐かしむ魔王。ニコニコと笑いながら話を続け――――周りに転がる仲間たちの遺体との差異がおぞましい。


「それでねえ、ある研究データを見つけてからが転落の始まりだった。面倒だから細かいところは割愛しようか。

簡単に言えば魔物の発生に関するデータだ。魔物はどう生まれ、どう成長し、何故人を襲うのか。そんなデータでねえ、気になる箇所があったからそれについて研究を進めた。するとどうだ、五十年以内に爆発的な魔物の増加が予想できると出たじゃあないか。

そこから僕は大慌て。国王にに報告し対策を取ってもらおう。軍の増強や街の防備の拡張などやれることはあるはずだってね。」


 魔王の笑みが歪んだ。ギチリと音がしたように感じられるほど凄絶な笑みだった。背筋に氷塊を押し込まれたような感覚が走る。


「国王は言ったよ。『ならば王族と大貴族が生き残る道を考えよ。他はどうなっても構わん』ってさ。国を背負う人間の発言だと思うかい?

仕方ないから僕は一人で対策を練り続けた。騎士団長に掛け合い、まともな貴族と談話の席を作り、力になってくれそうな人に情報を広める。これならなんとかなりそうだ。その時はそう思ったさ」


 いつの間にか魔王の顔が間近にあった。透き通った瞳がこちらを見つめている。そして気が付いた。彼の青い瞳の奥、そこに暗くよどんだモノがわだかまっているのに。


「ある時僕は国王に呼び出された。そこには僕が協力を頼んだ人もいた。ああ、もちろん悪い予感しかしなかったよ。

反逆罪。そう言われた。僕たちは秘密裏に情報交換を行い謀反を企てた……というのは建前で、僕たちが働くと王族が何も対策を取ろうとしていないと取られ、発言力が落ちるから目障りだから粛清するってね。

それを聞いた僕の絶望はどれほどだったと思う? そこにいた王侯貴族を皆殺しにしても埋められないだろうほどの絶望を感じたよ。

無辜の民の事なんか考えちゃいない。奴らは自分たちが悠々と過ごせればそれでいいんだ。そう悟った。

……本当に腐ってやがる」


 怖かった。魔王の目が恐ろしかった。夜の闇を何倍にも濃くしたかのような昏さが。怒りや憎しみ……目の前の男の方がよほど強いものを抱えているのだ。

 カタカタと音がする方向を見れば、剣を持つ手が震え、聖剣が床と擦れあって音を立てていた。


「こんな奴らに殺されるわけにはいかないって王宮半分くらい吹き飛ばして逃げたねえ。……一緒にいた人を助けられなかったことは今でも後悔している。

憎かった。いや、未だに憎い。でもねえ、無辜の人々を増え続ける魔物から守れるのも国王や貴族だけなんだ。だから復讐をするわけにはいかなかった。僕の力は強い。普通の人間の寿命を超えた研鑽を積んできた僕は一軍を相手にできる。僕が戦って苦しむのは守ってくれる力を失う人々だ」


 何を言っているのか分からなかった。まるで、まるでそれでは魔王が正しく、我々の側が悪いみたいではないか。魔王は貶められた善意ある人? 巻き込まれる人の事を考えて憎しみを堪えた?


「君と同じだ勇者ちゃん。僕も若い頃は理想に燃えて人々の力になりたいと思っていたんだよ。残念ながらその思いは踏みにじられたがね」


 魔王の表情がスッと和らぐ。大人が子どもを見守るような優しい、それでいて悲しみや悲壮感を内包したようなそんな表情。


「憎しみにとらわれ、人々を守るため直接動かないことを考えればエゴでしかないけどね。

大体君のひいお祖父さん世代くらいの時代の話だ。真面目な人間ほど馬鹿を見る。信じたくない話だけどね」


「そんな話、信じられるわ、け……が……?」


 信じられない、いや、信じたくない。魔王が悪ではなくただの不幸な人間であり、私は国の人間に騙されて討伐に来たなどと、信じたいはずがない。

 その思いを込めて反駁(はんばく)しようとした。彼に感じていた恐怖を振り切ろうとしたのもある。勢いを乗せて吠えるかのように声を上げた、その時だった。手に妙な感触が伝わってきたのは。

 目の前にあるのは相変わらず笑みを浮かべた魔王の顔。彼の口の端から血が一筋垂れた。

 そっと手元を見下ろし、その手に握られた聖剣の刃を目でたどっていく。


 深く青年の胸に突き立った刃先。

 血に染まっていく衣服。

 刃を握り、自身の胸に剣を突き立てた彼の腕。


 思考が停止した。理解できなかった。理解したくなかった。彼が自ら剣を胸に突き立てたのは一目瞭然なのに。


「何故、なんでっ、こんな事を!!」


「はは……僕も、かわいい女の子に残酷なことをするなんて、乗り気じゃ……ないんだけどね。僕は……誰かに伝えたかったんだ。

多、分、僕は虚しかったんだよ。誰も僕を、理解してくれない。寄り、添ってくれない。だから、無理やりにでもわかってくれる人、を、つくろうって。

知ってくれ。世界の醜さを。もがきながら生きることの苦しみを。そして……報われない人々の、力になってあげてほしい。

君は、多分、これからつらい目に合う。僕と同じ目だ。人のために尽くしたのに、その思いを、行動を否定される。勇者ちゃんの、場合は、魔王を討った英雄としては扱われないだろう。英雄は、奴らの権力にとって、は、邪魔だからだ。

でも、だからこそ、その目で確かめてほしいんだ。僕が言った事、そして、苦しむ人々、が。たくさんいる事を。

僕はもう疲れた……。何度も、ここに来る人たちに同じことを言って、それでも、なお、僕を魔王として、敵として扱った。なら……もう命をかけるしかないだろう? 命をかけて、分かってくれる人を見出すしかないじゃないか」


 彼は泣いていた。そして、震える私の手を握り、血を吐き出しながらこう言った。


「僕の人生最期の賭けだ。届いてくれると、嬉しい、な」


 手から聖剣が抜け落ちる。倒れた彼の体に引きずられたからだ。血が、血が広がって…………そんな、嫌だ、こんな事をするためにここに来たんじゃない!! 確かに彼を殺すために、でも、こんな、こんな事って!!

 彼の体に縋りつくようにして治癒魔法をかける。だが、聖剣で負わせた傷は深く、剣に宿る力が拍車をかけていた。魔王を殺すための剣。殺すための……剣。


「……!! 私の体、動いて……あんなに痛めつけられたというのに。まさかっ!?」


 魔王と呼ばれた青年は弱弱しい微笑みを浮かべていた。死にゆく者の、にもかかわらず満足そうな笑みを。そしてそのまま彼の瞳が閉じられる。

 ぎゅっと心臓を締め付けられるような感覚がした。


「まさか私に治癒をかけたというのか!! なんで、どうして、どうして!! お願い、目を開けて!! お願い、お願いだから、起きて、起きてええええええ!!」


 自分の声が嗚咽に変わっているのが自覚できた。そして抑えることもできない。ただただ私は泣きじゃくる。泣かなければ壊れてしまいそうだった。


「うわああああああああああああああああああああああああああ!!」






「もう二十年も前になるのか。お前の言う通りだった。あの後国には、『魔王討伐の手柄を独り占めするために仲間を殺した』だとか『魔王が死んでも魔物が人を襲い続けるのは、私が魔王の邪法を引き継いだから』だとか、色々言われたものだ。

おかげで今は国を追われた重罪人だよ。お前と同じだな」


 ここは城。魔王と呼ばれた青年が住んでいた城、その中庭。私はそこにある一本の木に話し続ける。この下には〝彼〟が眠っているから。


「これでも頑張ったつもりだよ。三百人だ。二十年で三百人に力を貸した。全員幸せになったとは言い切れないが、それでも上々じゃないか?

それにしてもお前はひどいな。私に不老の魔法をかけるなんて。日記を読んだよ。すでに不老の術式を受けている人間が命を捨てて魔法を発動させることで、面倒な準備や儀式を省略して不老化できるんだってな。そんなにお前は私に働いてほしかったのか?」


 返答は無い。私の言葉は風に流されていくだけ。……まさかあいつの声が聞きたいと思うなんて、二十年前の私なら考えもしなかっただろう。


「さて、私はお客様の相手をしてくるよ。お前はそこで待っててくれ」


 私は聖剣――――青年の血を浴び変質した今は魔剣と言うべきか。魔剣を携え、城の門へと向かう。

 そこに居たのは鍛え抜かれた体を持つ偉丈夫。ああ、見覚えのある目だ。昔さんざん鏡で見た。


「さて、ここに何の用だ?」


「俺は今代剣帝として貴様を討ちに来た!! 魔剣の魔女よ、貴様の狼藉も今日までだ!!」


 懐かしい。彼と会った時の私もこんな感じだったのだろう。自分が正義だと思い、相手は悪だと信じて疑わない。どれほど滑稽な事か、今なら分かる。


「そうか。その前に話を聞いてくれないか。なに、すぐ済む小話だ」


「問答無用!!」


 剣帝と名乗った男は風を纏いながら斬りかかってきた。剣の輝きに見覚えがある。聖剣か。

 私はそれを魔剣で弾くと、一瞬空いた隙に腹への蹴撃を行った。派手に吹き飛び、地面を転がって城壁にめり込む剣帝。壁に蜘蛛の巣状のひびが入っている。少し強く蹴り過ぎた。

 まあいい、これで話ができるだろう。私は男のもとへ歩み寄り、しゃがんで顔を覗き込んだ。


 そして、私はこう言うのだ。


「昔話をしよう。私が魔女などと呼ばれていなかった頃の話だ」


 そう。魔王と呼ばれた青年と、勇者と呼ばれた少女の話だ。

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