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鳴子たる森  作者: 花美輪 乃霧
第一章
7/20

7 漆黒なる烏

 客室の引き戸を開くと、十畳程の畳張りの空間が二部屋にまたがって広がっていた。空間の中央は襖で区切られている。室内は藺草いぐさと微かな硫黄の香りが、気分を盛り上げてくれる。

 私たちは早速靴を脱ぎ、畳に足を載せた。

 私と彼女に目皺を緩ませ、白濁した瞳をしばたたかせながら老婆は客室の説明を始め簡素に終わらせた。話が終わると女主人は背骨を歪曲させ、やおらと静かに引き戸を閉め廊下の奥へと消えていったのだ。


 老婆の気配が消えたと共に、私は彼女の身体を自身に引き寄せ醜女の顔を愛撫した。女の一重に垂れた瞳が私の網膜を除き込んでいる。私はそのまま、彼女の色気のある息が漏れ出る厚く軟い唇に軽く口付けを交わしたのである。


 夕食まで役一時間弱であるからして、あまりゆっくりできない。私たちは仕方なく畳部屋の奥へ歩み、床柱の横に荷物を置いた。部屋の東側に小さな庭と露天風呂が設置されていた。

 それを見た彼女が歓喜し風呂に続く引き戸を開けた。そこには微弱な硫黄臭と湯煙が漂雲していたのである。

 露天風呂は木材で囲いがされており外林の景色は眺められないが、日本庭園を模した一畳程の小さな小さな庭が、硫黄香る湯煙と相まってみやびやかな雰囲気を醸し出していたのだ。

 私たちは雅な露天風呂に歓喜した後、室内に戻り、夕食まで時間を潰すことにした。

 私は今すぐにでも、彼女を押し倒したい衝動に駆られていた。

 悶々とした気分のなか私は、気を紛らわすため無造作に置いた荷物を片付けようと、床の間にある貴重品用金庫に近づいた。


 畳張りの客室には床の間があり、貴重品などを仕舞うための大きなダイアル式金庫と、テレビが備えられていた。床の間は床柱から少し奥まる形で位置し、ケヤキの床框とこがまちによって畳より一段高くなっている。奥の漆喰の壁には、少々奇妙な掛け軸が掛けられていた。

 無名の絵師による作品だと思われるこの掛け軸は、どこか不思議な印象を与えてくる。


 掛け軸は、鮮やかな朱色の毛を纏った餌を食す五羽の鶏と七体の藁のカカシ、さらに四羽のからすが逃げ惑う様子が描かれ、右下隅に『口』の印が押されていた。絵が施されている本紙の上下には天鵞絨びろうどの一文字が施され、その周りを鶯色うぐいすいろの中廻しが覆っている。極々一般的な掛け軸の様相であるが、描かれている絵が、なんとも奇妙珍蓄なものであった。


 漆黒なる烏たちは藁人形たるカカシに恐れ逃げ惑っているにも関わらず、カカシが背後で眼と据えている中、鮮やかに描かれている眼光たる鶏たちは餌を食している。

 カカシを恐れ烏は逃げ出しているにも関わらず、なぜ鶏は悠々と餌を食べているのか私には奇妙に感じられた。


 私は奇妙たる掛け軸を見やりながら、金庫に荷物を仕舞った。

 入り口がある部屋には、一畳半程の四角い座敷テーブルがあり、そこに菓子と茶セットが置いてあった。

 私たちは一息ついてから、廊下の骨董品を眺めることにしたのだ。

※烏 呪術結界を張るために使用させてもらった。 


※一文字 掛け軸での「一文字」とは絵が描かれている本紙の上下に施される装飾的縁のことである。

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読まれる方へ
これは実際の呪術を使用して執筆された手記です。
精神疾患等の発病については著者は一切の責任をおいません

※すでに心臓疾患・精神疾患のある方は絶対に読まないで下さい
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