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鳴子たる森  作者: 花美輪 乃霧
第一章
4/20

4 視線の中

 私たちは修繕された、微かな硫黄漂う宿舎の門戸をくぐり、屋内に入った。

 宿に足を進めると、蛍光灯の明るさで少々眼が眩むが直ぐに慣れた。冷房が効いている為、室内は涼気に満ちている。外が林の日陰で暑くないとはいえ、やはり梅雨の生温さはあり、彼女のうなじからは汗が垂れていた。

 眼の前に小さな木製の受付代があり、呼び鈴が置いてある。そこには誰もいないようだ。私は部屋を見渡した。


 内装は木造で、冷たい湿り気を含む杉板の香りが漂っていた。床は焼き杉が敷かれ、天井には木造剥き出しのはりが交差し、見せ梁として蛍光灯、大型の扇風機が設置されている。伝統的な日本家屋の雰囲気が伺え、意外にも本格的な内装で私たちは、息を呑んだ。


 宿入り口左側上部の木壁には、能に使用される面が飾られていた。

 能面の下部には達筆で小面こおもて古皺尉こしわじょう泥眼でいがん東江とごう小飛出ことひで牙飛出きばとびでしかみ、と名札と共に7つの能面が飾られている。能面はどれも、眼が落ち窪んでおり、どことなく悲しく哀愁漂う表情をしている。

 多少埃が被っていたが、日本家屋の雰囲気と相まって和風独特の空気を醸し出し、昔ながらの温泉宿に相応しい壁飾りとなっている。


 能面たちが見据えている北東方向には、木製の簡易的な椅子が三脚丸テーブルの囲っている。その右壁には窓があり、外からの木漏れ日が椅子とテーブルを照らしていた。


 私たちは能面に目をやりながら、木製の受付台に歩み寄った。受付には、誰も居ないようで、室内は静寂に包まれている。

 私は呼び鈴の摘みを数回叩き鳴らした。呼び鈴は古く傷曇りのある卓上ベルで、室内に甲高く曇った鐘の音が響き渡った。


 どこか遠くで林を伐採しているのか、機械音が微かに聞こえるのみだった。


 静寂、程なくして受付奥の木製扉が開き、台帳を抱えた腰曲の老婆が現れた。

 老婆は私に皺を縮ませ微笑み、挨拶をし台帳に氏名を書けと差し出した。台帳には既に3つの名前が記入されていた。電話予約した私の名前を記入した。

 インターネットで宿は検索はできたが、電話での予約対応であったのだ。


 老婆は私たちを部屋に案内すると言い、荷物を持とうと受付台から出てきた。腰曲の老婆に荷物など持たせられる訳もなく、私と彼女は自分の荷物を手に取った。


 能面たちの視線の中、私たちは老婆の曲背を追ったのである。

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これは実際の呪術を使用して執筆された手記です。
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