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16 渦巻く慄然的恐怖
腰を曲げた女主人と仲居二人りが、食の間に入り使用済みの皿を片付け始めた。室内にせせこましく動き回る仲居を尻目に、顔の溝を縮ませ老婆が宿泊者たちに皺声を発した。
「食事はどうでしたか? 当宿の最高傑作で御座います」老婆の発言に対しての我々の答えは一致していた。
それを聞いた老婆は満足な笑みを浮かべたが、直ぐに顔色を変え、畳に膝を押し当て話し始めた。
「客室温泉の方ですが、給水に使用されます分配器が故障してしまい、利用できなくなってしまいました。修理は明日になってしまいまして…… 大変申し訳ありませんが、大浴場の方をお使いくださいませ」と深々に腰を曲げた姿勢で、両手と顔面を畳に擦りつけた。
私は客室温泉の故障に落胆したが、老婆のその態度を見て、瞬に考えが変わった。恐らく他の宿泊客もそうだろう。
一人の年長の男が言う。
「気にしなくても良いですよ」それに続き金髪の女が「大きいお風呂の方がゆったりできるし」と頭を上げろと言わんばかりに私たちも続けた。
老婆は頭を挙げ、安堵の表情を浮かべた。
私たちは料理の魔力に魅入られ怒りすらも感じられなくなっていた。
そう、これから起こる畏怖たる絶海と絶暗の渦巻く慄然的恐怖以外は……




