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鳴子たる森  作者: 花美輪 乃霧
第一章
14/20

14 能面見つめる廊下へ

 老相なる女は枯皺を口角に集中させていた。


 私は白い皿に盛り付けられた、八枚に切り分けられた肉の一枚を取り上げ覗き込んだ。肉片の表面は程好く焼かれ、燻蒸たる食気が立ち泳いでいる。肉の内部は灰の掛かった紅桜色で霜降り状の斑点が白透に点在している。

 香りは燻製に類似した匂いであるが、微かに獣臭を醸しだしている。しかしながら、不快な匂いではない。その香りが食欲を増進させるのか、私はパブロフの犬の如く口内に唾液を充満させた。

 私は急かす唾液に同意し紅色の肉片を唇の隙間から啜り入れた。焼香漂わせる肉片を向かい入れた唾液は肉片を侵食するが如く絡みつき、濃厚な肉汁と解け合い融合する。私の歯茎神経までその唾液交じりの液体が肉片の燦然たる旨味を伝達させようとしている。噛み磨り潰すことなく蕩ける肉壁はさらに唾液の分泌を促し、私の口内神経を憂躍させてきたのだ。

 肉の内壁は弾力があり、臼歯でもって摺り噛むと一息ならず脱帽たる汁液が口腔内に飛散し染み渡った。あまつさえ、唇に付着した肉汁すらも、私の口輪筋を震わせてくる。

 噛めば噛むほどに口内に野獣なる美汁が迸り、口腔細胞に侵食してくる。奥舌に纏わり着く濃厚な肉液と共に、舌筋でもって喉えと送り込んだ。

 磨り潰された肉片が口蓋垂を掠め、喉官へと吸い込まれていった。

 私はあまりの衝撃で言葉を失った。これ程までの上質な肉は食べたことがない。


 続いて醤油垂れに肉片を沈める。この作業だけでも唾液が滲み出てくるのだ。漆黒なる液体に映し出される箸先と肉片を尻目に、私は勢い良く喜流と湿りきった咥内に一切れの肉を捧げた。

 なんという事だろうか。醤油垂れは甘味でありながらも、魚介に近い苦味と濃くのある舌触りで、蕩ける肉壁を覆いつくし同化するのだ。咀嚼を行うに従って、飛散する濃厚な肉汁が漆黒あ液体と混在し未知の旨みへと変貌する。

 私は歓唸することしかできなかった。


 彼女は下顎を左右に動作させながら、両手を頬に当て、うっとりと垂れ下がる目で私を見やる。

 一時の沈黙たる静寂が室内を覆う。

 その静寂なる空間に口火を切ったのが、四十代の男である。

 白髪交じりの男は

 「すばらいしい! この肉は本当にすばらしい! 本当に和牛なのだろうか? 嫌な乳臭さがありませんね。素晴らしいです 」と絶賛し興奮する。


 金髪の女は二重顎を震わせ

 「おいしい、本当に来た甲斐があったね。口の中でトロケルよ 」痩せの男と目を合わせる。


 短髪の痩男は

 「タレかけたら、やばい美味いぞ。米に合う。病み付きになりそうだ 」


 後結髪の女は右手の甲で眼鏡の位置を修正し

 「おいしいです。お米が進みます。太ったらどうしましょう 」

 金髪の女が横目で眼鏡女を見やるが、あまりの肉の味様に弩念すら感じることができないらしく、後結髪女の言葉に笑みを浮かばせている。


 白髪の男は

 「本当に素晴らしい肉ですね。皆さんもそう思うでしょ。すばらしい。頬が落ちてしまいそうだ 」とさらに褒め称える。


 全員の意見が一致するが如く、咀嚼無言に頷くのであった。


 老婆はそれを観聞するやいなや

 「ご満足していただいてありがとうございます。それでは御緩りとお食事をご堪能下さいませ 」と言い残し老女は腰を半曲げにし能面見つめる廊下へと消えていった。


 眼鏡の女が燻香たる肉塊に手を出し、金髪の女は瑞々しい刺身皿に手を進捗させる。それぞれ思い思いの食材を堪能するのであった。

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読まれる方へ
これは実際の呪術を使用して執筆された手記です。
精神疾患等の発病については著者は一切の責任をおいません

※すでに心臓疾患・精神疾患のある方は絶対に読まないで下さい
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