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鳴子たる森  作者: 花美輪 乃霧
第一章
13/20

13 咀嚼

 温泉宿の老女将の声に耳を傾けながら、私は、芳醇な香りを放つ御吸物へと手を伸ばした。

 「その御吸物は、鷹揚鮟鱇おうようあんこうの白子でございます。甘みがあり、少しばかり弾力がありながらも、口の中で溶ける感触をお楽しみください。味付けは昆布出汁と醤油でございますので白子本来の味を堪能できるものとなっております」

 食膳台に座る全員が、白子入りの御吸物に興味なる視線を向ける。

 白髪頭の男は白気が遊舞する鍋から小皿に出し汁と白子なるものを装い入れた。

 「汁はあっさりですが、鮟鱇の白子が甘く濃厚な味ですね」

 金髪の女は匂いを嗅ぎ、そのご箸で小皿に盛られた白子を取り上げた。

 「すごいミルキー。これはやばい! 」

 横に座る、痩系男は汁を啜る。

 「薄味だね。そんなに白子美味いのかい? 」と金髪女に尋ねている。

 眼鏡の女は白子を半分に箸で分け、掴みあげ、豊麗線を伸ばした。

 「鷹揚鮟鱇とは始めて聞きますね。筋が深くて太い」と言うと、唾液で満たされた口内へと箸を持っていく。

 「本当、濃厚ですよね。甘みがあります。近所のスーパーで買う白子とは全然違いますね。とてもおいしいです」


 私は眼前の暖温たる鍋から汁をすくい小皿に移し、濃厚たる白子を箸で切り分けすくい取り上げ、小皿の湯汁に浮漂させた。

 近くで見ると、通常の白子との違いが解る。もちろん白子にはたらたい河豚ふぐ、鮟鱇など様々な種類があるだろう。しかし、筋の深さや大きさはそのどれにも当てはまらない。私の知識は魚屋で買い物する程度であるが、この白子は始めてみる。

 管状に隆起した凸状の表面に薄っすらと赤い毛細筋が浮き上がっているが、全体を見渡すと、少々桜掛った白に近い色見になる。

 箸で切断した断面にも筋が入っており、柔らかいと言うよりも弾力性のある印象で、実際箸を入れた時、微弱な跳返たる力が箸から手に伝わってきた。

 

 私は出汁湯を啜り口の中で泳転させ舌に絡ませた。確かに薄味であるが、鼻から抜ける出汁の原料である昆布から染み出るグルタミンと呼ばれる旨みと、椎茸、人参、の菜臭、そして白子なるものから出る滲汁が相乗して溜息交じりの香息を吐いた。味は薄いがしっかりとした風味である。食材の風味が直接、舌乳頭に伝わり味蕾みらい細胞を刺激する感覚である。

 

 次は白子である。白子を摘み上げると微芳たる匂いが鼻腔に吸い込まれる。私は旨汁で筋に墨入れされた弾力物を口内に滑らせ第一大臼歯で磨り潰した。表面は弾力があり、内部は蕩ける。

 口の中に広がるは、濃厚な甘みと鼻腔に逆流する甘味なる磯に似た磯ではない愛美。舌乳頭に絡みつく出し汁と相まって、私の味蕾みらい細胞が乱歓し中毒性をはらませるほど脳髄まで染み渡る。


 「これは美味い! 」

 私は思わず突言してしまった。


 「ほんと、おいしい。初めての味! 」

 横長に張った顎を上下に動かし、私の彼女は厚い唇を開いた。

 彼女も気に入ったようである。


 痩系の吊り目の男も白子なるものを食べ、太り気味の女と絶賛している。


 老婆は皺を顔面の中央に結集させ、満足そうに宿泊客の咀嚼そしゃくを見つめている。

 ほどなく、老婆は溝よる衰唇を開いた。

 「次にご説明しますものは、そちらに見えます、和牛で御座います」

 宿の女主は声色を変えず。

 「こちらの和牛は当宿の熟成室にて管理保存したもので御座います。もともと上質な肉質を完熟状態にし、岩鋳の焼板で焼くことにより、通常よりも柔らかく肉汁豊富なものとしております。お隣の醤油垂れをお好みで御掛けくださいませ」


 老女の言霊が霊収するやいなや、痩系の男が箸を掴みなおし、燻蒸立つ肉へと箸を忍ばせた。それに続き宿泊客らは一斉に焼香たる肉を掴み上げるのだった。

※鷹揚 大きい、ゆったりとした


※舌乳頭 舌のザラザラした部分。味蕾みらいと呼ばれる味を感知する細胞がついている。

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読まれる方へ
これは実際の呪術を使用して執筆された手記です。
精神疾患等の発病については著者は一切の責任をおいません

※すでに心臓疾患・精神疾患のある方は絶対に読まないで下さい
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