12 燻蒸が誘舞
食の間に二人の仲居が入ってきた。仲居たちは食台の上に人数分の皿を置き始めたのだ。皿の上には香ばしい薫りを放つ和牛らしきものが盛り付けられていた。
その香りは、焼焦たる馨しさを室内に瞬と漂わせ唾液を分泌させるほどの薫りであった。燻製の匂いとも異なり、深みのあるものである。
肉は一口大に切られており、周りは焼茶けているが、断面は紅桜色をしている。噛めば噛むほど油が染み出てきそうな白透たる霜降り状の模様がある。一口大の芳しい肉片からは、食慾を増進させる燻蒸が誘舞しているのだ。
味付けとして、隣に醤油ベースの垂れが小皿に入れられている。これはお好みで掛けろとのことだ。垂れは一種の照り焼きに近い匂いがする。この芳しい肉と醤油垂れを共に食したらどれほど美味いものか想像しただけで、涎が出てきてしまう。
仲居は肉の盛られた皿を配り終えると、香の物を私たちに配りその後、茶碗に米を装ってくれた。
米は光沢を帯び、凛立しており質が良いものであると一目でわかった。上質な米独特の糠甘い湯気が茶碗から浮流している。
食の間に歓声なる唸りが共鳴した。
若い痩系の男が発言する。
「すげーうまそう! ここまで来た甲斐があった」室内に響き渡る。
金髪の女も歓喜を上げる。
「いい匂い、早く食べよう。正直、安い宿だから期待してなかった」女は皮肉めいた言い方であるが、料理を褒めた。
老婆がその皮肉めいた言霊を感じるやいなや。
「当宿の自慢の料理でございます。どうぞ御緩りとお召し上がりください」と老婆は喉の皺を振るわせた。その声色は少々曇ったものであった。
仲居たちは食膳準備が終わると四十畳の馨しく香る部屋から会釈をしながら去っていった。
年老いた女将もそれに続き、去ろうと背を丸めたとき白髪交じりの男が声を上げた。
「料理の説明をして頂いても良いでしょうか? 」
若い女は言う。
「アタシも聞きたい! 」
老婆は皺を縮ませ笑う。
「それでは、この老女でよければ御説明させてもらいましょう。どうぞ、お召し上がりながらお聞きくださいませ」




