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変わらないもの

一己(かずき)!」


 片割れを見つけたのは、爆心地から少し離れた場所だった。

 一己も鈴ちゃんもぼろぼろで、黒服にサングラスのターミネーターみたいな男と対峙している。

 もういい、状況のおかしさにつっこむのは後だ。


 一己が目を瞠る。

 こっちを振り返った黒服の顔面に向け、俺は迷わず――消化器の放射口を、向けた。


「なッ……!」


 白色の消化剤が、どえらい勢いで噴射する。

 行きしなの駄賃とばかり抱えてきたのだ。正直、クッソ重いが、持ってきた甲斐があった。


 白煙がもうもうと上がる中、小さな影が黒服の背後に取り付いた。


「いいかげん、ねて、ください!」


 ゴギン、と鈍い音が響く。

 プロレスラーめいた分厚い体がぐらりと揺らぎ、どうっと、派手に地面へ倒れた。

 ――なんかものすごい音だったけど、大丈夫か、アレ。寝るどころか死んでないか。

 

 パトカーのサイレンが近づいてくる。

 多分、奥野以外にも通報したやつがいたんだろう。学校で何度も爆発が起きれば、そりゃそうなるか。ましてや、ついこの前、渡り廊下が破壊されたばかりだ。


 空になった消化器を地面に投げ出し、俺はその場にしゃがみ込んだ。

 がくがくする腕は確実にオーバーワークだ。明日の筋肉痛は間違いない。

 いつの間にか、ぼろぼろの一己が側にいて、俺に右手を差し出していた。


「……二巳(つぐみ)、ありがとう。助かった」

「うるせぇ馬鹿。悪いと思ってんならなんでもかんでも巻き込まれてんじゃねえよ……」


 弱々しい声になってしまったが、なんとか悪態はつけた。

 一己の手を借りて立ち上がる。

 「もうしわけありません……」としゅんとしてしまった鈴ちゃんは置いておくとして、問題は、本当にこいつなのだ。

 多分危険度という意味じゃ、こないだのアルゼンチンの方がおおごとだっただろう。

 だが、異常度は絶対に今回が上だ。

 今から次回が恐ろしい。そろそろ本気で、どうにか回避しろと言いたい。


「それで、二巳」

「なんだよ」

「奥野のことだけど」


 思わず変な声が出た。土煙だか消化剤だかに咽せたような顔をしてげほげほ咳き込んでごまかしたが、まずい、ごまかせた気がしない。

 だらだらと冷や汗を流す俺に、一己はのんきな顔で苦笑した。


「お、おおお奥野か。奥野なら、放送部に預けて――」

「いや、そっちじゃなくて。奥野が二巳のこ」

「いや言うな! 言わなくていいっつーかやめろ馬鹿!」


 かぶせるように叫んで言葉を遮った。

 ここまで来て気づかないふりができるとは思ってないが、それを言うなら、わざわざほじくりかえす必要だってないはずだ。


 あのときこいつは厄介ごとの真っ最中だったはずだ。

 まさかドンパチやってたくせに、奥野の宣言が聞こえていたとでもいうのか。

 それとも、とっくに気づいていたか。――その可能性に思い至って、余計にうろたえた。ありえるから怖い。


「知ってたよ」


 こいつ、あっさりとどめを刺しにきやがった……!

 うろたえにうろたえて後ずさった俺に、一己は困ったような顔をした。


「よくわかんないんだけど。なんで二巳が困るわけ」

「なんでって、そりゃ……普通は困るだろ」

「そうでもないと思う。俺の事を考えて困ってるんだったら、気にしないでくれ、って言うよ。俺は」


 気にするなと言われても、そんなものは無理だ。

 俺は多分、思い切りいやそうな顔になったのだろう。一己が肩を竦めた。


「二巳はさ、気を回しすぎなんだよ」

「……そんなんじゃねえよ」

「そ。ならいいんだけど」

「俺は――」


 何を言おうとしたのか、迷いすぎていて自分でもよくわからない。

 遅ればせながら警察が現場に到着して、結局、それきりになった。


 


 


 


 


 


「それで、続きなんだけど」

「続けるのかよ! それきりじゃなかったのか!」


 すっかり日の暮れた夜道を歩きながら、俺は全力でつっこんだ。

 警察からの事情聴取はこれで二度目だが(一己はどうなのか知らない)、できれば今後一生機会がないことを祈りたい。相手も仕事だとわかっちゃいるが、時間はかかるし同じ事を何度も聞かれるし精神的なプレッシャーが半端ないしで、本当に心底疲れ切った。


 そこに一己からの追撃である。

 勘弁してくれ。本当に。


「なんでほじくり返すんだよ……! 面白い話でもないだろ!」

「うん。正直言えば、おもしろくない。双子なのに、奥野が選んだのは二巳だったわけだし。……でも、まあ……俺のせいで奥野が振られるっていうのは、なんかいやだなあって思うわけだよ」

「……付き合ったら付き合ったでムカつくだろ」

「そりゃまあ。でも、それだと吹っ切れるかな。奥野を泣かしたら殴るって言って、あとは、諦められるように頑張るしかないし」


 まん丸に近い月が、やたらと明るく路面を照らし出している。

 一己は、いつもののんびりした口調で言った。


「奥野はさ。いい子だよ」

「……そりゃ、お前はそう言うだろ」

「うん。なんていうか……奥野の『おかえり』が、一番嬉しいような気がしたんだ。……なんでなんだか、自分でもよくわかんないけど」


 俺の思っていたものより、一己の言葉は、重く聞こえた。

 笑顔が好きだとか、優しいところが好きだとか、気がきくところだとか――想像していたのはそんな言葉だった。

 よく聞く言葉で、奥野にも当てはまる言葉だ。


 ……「おかえり」か。


 飄々とどこかに行って、あっさりと帰ってきているような気がしていたが、こいつにもそれなりの危機感があったのかもしれない。

 帰ってくることができたと、ほっとするくらいには。


 まったく声のトーンを変えずに、生まれてこのかた十六年来のつきあいになる、俺の片割れは続けた。


「二巳は、ちゃんと奥野と向き合うべきだと思う。俺を理由にしてないでさ。……それでどうなったって、俺らが変わるわけじゃない。どうせこの先、一生、兄弟だってのは変わらないだろ」

「……そうだな。どれだけ嫌がろうがな」

「またまたー。そんなに嫌じゃないくせに」

「本格的に嫌がられたくなきゃ厄介事に巻き込まれて諦めるのやめろよ」

「……そうしたいんだけど、なんっか毎回、気づいたときには後に引けなくなってるんだよなあ……」


 俺とこいつの人生は、もうすでに、随分と道が分かたれてしまっているんだろうと思う。


 俺の未来は予想がつく。

 普通に高校を出て、大学に入って思う存分数学をやって、多分それが役に立つ仕事は無理だから必死こいて就職活動をして、なんとか社会人になって働いて。


 多分、こいつはそうならない。

 そう望んでも、周囲が、もしかしたら運命ってやつが、それを許してくれない気がする。

 日本にいるかどうかさえ怪しい。さすがに地球上にはいるだろうと信じたい。ともかく、そのころには、顔をあわせることさえ数年ごととか、十年ごととか、そんなことになってしまうかもしれない。


 それでも、兄弟という血のつながりは変わらない。死ぬまでずっと。


「……そうか。……変わらないのか」


 一己もそう思っているのだと知って、俺は、少し嬉しかった。

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