表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界に於いての「いただきます」「ごちそうさま」の危険性について

作者: 52456453

※個人的意見ですので、気にしない方だけお読みください。

※敬語表現が可笑しいかも知れませんが、私の勉強不足です。

※中盤から召喚勇者の書き足し・農家と締めの部分の改正。

 私達日本人ならば当たり前の「いただきます」と「ごちそうさま」はファンタジー小説の転生・転移系主人公達が良く「「私の命のために動植物の命を頂きます」と「料理を作るまでの食材を集めた人達と料理人に感謝の御馳走様」と言う意味で使っている。」と主人公は言うのですが、主人公はこの危険性に気づいているのでしょうか?


 改めて説明するまでもありませんが「異世界」つまりは違う世界です。

基本的に異世界転移・転生物だと中世ヨーロッパ辺りで、エルフや獣人等の人族が複数種類存在する世界が殆どです。


 私達と見た目が変わらない人族には必ずと言っていいほど「人間至上主義」を唱える宗教団体、もしくは国家が大抵の場合話を面白くする為に適役としています。

「魔法は人間に神から与えられた奇跡・神秘の力である」と、大抵の場合どこの都市・町等全ての場所に簡単な教会か、巡回神父・シスターがあるような世界が多いのです。

そして、神様は異世界から自分にとって都合のいい人間若しくは、異世界に干渉出来るくらいの信仰心がある力の強い神様なのです。


 勘の言い人ならお気づきかもしれませんが「いただきます」とは先ほど説明した通り「私の命のために動植物の命を頂きます」と言う意味です。

日本人ならば挨拶程度にしか考えないかもしれません。

しかし、異世界であり宗教が確立した世界に於いては神様ではなく動植物に感謝することは「自然崇拝」に当たるのではないでしょうか?

食事を食べ始める為の『動植物に感謝する』言葉なのですから。


「いただきます」を調べていただくとわかると思いますが「浄土真宗」つまり「仏教」が由来となっているのです。

殆どの日本人が仏教が由来という事を知らないまま使っているのです。


 そして、宗教が確立され神の奇跡といわれる魔法が使える世界に於いて「いただきます」を言うという事は「この人は私達が毎日生きていけるのは神様が魔法を与えてくださったお陰でご飯を食べられるというのに自然(動植物)に対して感謝し、神様を蔑ろにしている!」と、異世界人に思われる行為でしかありません。


 特に王族等は宗教と密接な関係があるはずなのに

「いい習慣ですね!私もこれからはそうします!」※1

等とは口が裂けてもいえません。

公の場で無かったとしてもメイド達の噂話から広がり次第では、異端宗教者扱いを受け王族からの追放は王位継承権を剥奪したとしても後々問題が出て来るので、処刑・暗殺・隔離等の処置をされる事になると思われます。

魔法は世界を便利にしているのですから、その位の影響力が合っても不思議では無いと思われます。


 仮定の話ですが宗教国であった場合、勇者が食事の挨拶をした時に「自分の国で食前の挨拶なんです」と言った場合「自分達の国はあなた達とは違う宗教国に居たのです」と、誤解を与える可能性も考慮できるのです。

信者によっては「邪神教ではない可能性は?」と、考える人も無いとはいえません。

現代人ではあり得ない・考えすぎな感覚なのかもしれませんが、過去に魔女裁判の事を考えるとあり得るのです。


 神の使いなのですから強引な手段は使いたく無いと考えるのが普通です。

ですが、自分達信者と同じ様な思想でなく、他宗教の信者と考えると強引な手段を取らざる得ないでしょう。

魔法が有る世界なら短期又は長期間による精神魔法による洗脳、奴隷化による傀儡化等が例として上げられます。

なので、自分達にとって思想は都合が悪かったとしてもその世界に危機が訪れた時に、神様に願って呼び出された神の使いであると同時に宗教の威厳を高める為と信者を増やす存在でもあるのです。

その為、他宗教だからといって殺す訳にはいかないのです。


 農家こちらはわかり易いかもしれません。

世界観にもよりますが、水魔法や身体強化魔法を使って水撒きや開拓等していた場合は宗教に染まりきっているので、殴られ追い出される又は殺される可能性があるかもしれません。


「殺すのはさすがに過激すぎだろ」と、思われるかもしれません。

私もそう思います。

しかし、良く考えてみてください。

農家の人々は「自分達が作っているものは多少は自然も関係するかも知れないが、魔法でつまり神様にお願いして作っている」という感覚に近い物だと考えた場合「もしも自分達が『いただきます』を言って魔法が使えなくなったら?」等と、信者達は思うかもしれません。

そのように考えた場合、主人公を「自分達の生活を脅かす危険な存在」として認識する可能性が高いです。

そこからは転げ落ちるように妄想が膨らんでいき結果「自分達の生活の為に追い出す又は殺す」という選択になるのです。

貴族も怖いですし。


 最後の理由としては「命」に関わるからです。

大抵の小説だと教会は「光魔法又は回復魔法が使えるか、どちらも使える。」という事が多いです。

これだと同時に民衆は教会に「命」を握られているのと一緒の状態です。

自分達の神に祈らないで「いただきます」とでも言おうものなら「あなたは○○食堂で私達の神様に祈るのでは『いただきます』と言って別の神様にお祈りを捧げていらっしゃいましたね?ではその神様に頼られてはどうでしょうか?」と、勝手な妄想ですがなると思います。

それに、自分達以外皆別の宗教に入っている人間と考えたらとてもじゃありませんが、言葉に出来ません。

特に冒険者は律儀に表れると思います。

まさしく「命」がけの仕事なのです。


「異世界」は私達の「常識」が「非常識」になり得る「異なる世界」なのです。

それに何よりファンタジー小説を読んでいる方ならわかるかもしれませんが、大抵の作者さん全てに共通しているのが「命が軽い」のです。

ですから、異世界に於いての「いただきます」「ごちそうさま」を言っただけで殺されるというのは過激と思われうかもしれません。

実際私も書いている最中に何度かそう思いました。

しかし、魔法の使える世界では魔法を神の奇跡と捉えた場合、それは極端では無くなっているのかもしれません。


 実際にその奇跡を自分の願いの力によって叶えて「貰っている」という眼で見える事実なのですから。



※1 作者の妄想の台詞です。なので他作者さんは関係ありませんのでご注意ください。


※読んでくれてありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ