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近代魔法と古代魔法の境界線  作者: 加賀美彗
第一章・笑う死神
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相対する願い

 タクトは両陣営の話を聞きつつこの世界の事情についてまとめていた。やはり近代魔法は歴史が浅く、ある人物によって授けられた技術だという事が判明した。

 技術を与えた男の名はアルバート・ローゼンバーグ。当時はタクト達と同年代の少年で、魔法という技術を一般人でも使えるようにした人物らしい。生きているとすれば既にタクト達の親の世代で、長年経った現在でも行方不明とされている。特徴は薄い白い服を着ている事で、くしゃくしゃの金髪に青の瞳という何処にでもいる少年だったとか。一部の古代魔法使いは彼の頭脳を危惧していたが、放っておいても害はないと多数が黙認した結果今の事態が各地で起きているらしい。

 タクトはローゼンバーグという男を疑っていた。彼もしくは彼の意志を引き継ぐ者が現在も生きていると考えたからだ。それに、ある会社の社長の暗殺依頼をした人物と同名でもあった。偶然にしてはあまりにも出来過ぎており、タクトは暗殺依頼自体がブラフで化け物化の性能実験が真の目的だと考える。中途半端な強さではなくあえて有名な殺し屋を用意し、ついでに用が済めば口封じする事も兼ねたうえで。身寄りのない殺し屋のタクトなら行方不明になったところで誰も気付かないという事も想定済だろう。

 アリアがいなければ恐らく殺されていた。組織ぐるみの利用に対しタクトは憤りを感じている。相手は最初から目標を殺させるどころか金を払う気もなかった。この事実に今までの殺し屋稼業に泥を塗られた気分で、正直なところローゼンバーグという男を不愉快に感じている。奴は必ず殺してみせる。そのためには両世界を渡れる技術が欲しいとタクトは考えた。

「あの野郎……俺を陥れた事を後悔させてやる」

「会ったことがあるの?」

「いや、声だけだ。落ち着いた男性の声だったな」

 タクトはそう言うと忌々しそうな表情で銃を構える。本人がいたら殺してやると本気で考えているからだ。タクトの怒りと殺意に満ちた雰囲気に、アリアどころか全員が彼に対する恐怖に支配されていく。

 アリアは確かに恐怖していたが同時に驚いてもいた。タクトの性格は好奇心旺盛で学習能力が高く、貪欲とも言える戦闘狂だと思っていたからだ。確かにその認識で間違ってはいないが、アリアは彼にもある種のプライドがある事を理解する。タクトの性格は思っていた以上に複雑で、あくまで自分達と同じ一人の人間だと再認識した。

「一番魔法が発達している水の島にどんな手を使ってでも行ってやる。ただ、案内や別ルートがないと正直きつい。ついでにストルドを乗っ取っているアリアの叔父も殺してやるさ」

 タクトの一国に対する宣戦布告とも取れる言葉に、アリア以外の全員がそんな話知らないぞとざわめき始める。クリフですら初耳だったらしく王女である彼女に確認を取っている。当のタクトは首をかしげつつ成り行きを見つめている。彼はアリアからこの世界についてある程度聞いていたにもかかわらず忘れていた。ここの世界は元の世界より科学技術が遅れており、インターネットどころか電波なんて便利な物がないという事を。それを思い出しようやく納得する。

「少年、それは本当か!?」

「知らん、アリアにでも聞け」

 全員の視線がアリアに向けられる。当の本人は助けてくれとタクトに眼を向けるが、本人はそっぽを向いたため固まりつつ事情を説明する。アリアの言葉を聞いた両軍の反応は驚きだった。彼女がストルド帝国第三王女で逃亡の身であるという事。更には親である国王と王妃が囚われ、今は叔父が実権を握っている事を聞き全員が深刻な表情になる。

「なるほど、ストルドの急な宣戦布告の裏はそういう事か」

「私は行方不明のアリアを生きたまま連れ戻せとしか命令が」

 師団長とクリフが互いに情報交換も兼ねて話し合う。しかし、タクトはため息をつきながら二人を交互に見る。頭が悪いなこいつらと考え見下しているからだ。この世界について疎いタクトでもそれなりの答えを導き出していた。ほぼ正解に近い考えで、下手をすればこの世界にも大きな影響を及ぼしかねない結論だ。

「ストルドの宣戦布告にアリアを生きたまま連れ戻せ? ここまでキーワードが出ているにもかかわらずまだ解らないのか?」

 タクトが嘲る様に腹を抱えて笑い始める。彼にとってこれらの言葉だけで十分だった。それでも理解出来ていない彼等はタクトにとってつまらない存在にしか見えない。もうこいつらで遊ぶのは飽きたと考えていたのも理由の一つだが。

「何が言いたい?」

「てめえの頭で考えろよ。もっとも、手遅れにならなければ良いけどな」

 団長の言葉をタクトは笑う。彼があまりにも滑稽だと考えたからだ。形はどうであれタクトの最後の親切であり最終警告。確かに伝えたため彼は背を向け手を振りながら橋の方角へ去っていく。そんなタクトの後をアリアとクリフが追いかけて行った。


 両軍の戦闘後、二人はタクトに何度も質問してくる。ストルドの真の目的は何か。何でアリアが狙われるのか等次々と。そんな二人が鬱陶しかったのかタクトは逃げる様に走っていく。

「何でも聞けば良いって物じゃない」

 タクトはそう言いつつアリア達から距離を離していく。彼は走りながら考える。恐らく彼女をストルドに渡してはいけない。最初は王位のためと考えていたが、双方の言葉からアリアが狙われている真の理由が大体理解出来た。彼女を何らかの方法で戦争に利用する。国王達に対する人質という線は恐らくない。何故ならば、同じ王族であるハズのリオンが自らアリアを連れ戻しに来たからだ。王族が危険を冒してでも来たのならば、それなりのメリットが存在するハズだと考える。

 可能性的に高いのは、アリアが自分でも知らないうちに何かを持っているという事だろう。それこそ、現状では有利な近代魔法との戦局を一変させる物。元の世界でいう核に相当する力――兵器か何かの起動だと考える。情報化社会とは程遠い世界のため、情報統制以外の線で考えたタクトの結論だ。

「さて、アリアをどう扱うべきか」

「私をどうするって?」

 声に反応しタクトが壊れた人形の様に首をゆっくり曲げると、距離を離したハズのアリアとクリフが笑顔で併走していた。信じられないといった表情で再び逃げようとするが振り切れない。ついには二人に両側から簡単に捕獲されてしまう。

「お前等何しやがった?」

「風の魔法で速度を上げたのよ」

「さてタクト君。痛い思いをしたくなければ正直に話すんだ」

「なら黙秘権を行使する」

 拷問に慣れているタクトにとってクリフの脅しなど何の効果もなかった。二人から逃げようとするが意地でも放さないつもりらしい。彼の言葉を聞きたいという想いからアリアとクリフは協力していた。どんな真実でも聞く権利があると考えたからだ。

 タクトは二人がここまで鬱陶しい存在だとは思ってもいなかった。あくまでも仮説のため、正直に話しても良いと考えたがすぐに思い直す。叔父を倒すとは確かに言ったものの、それ以外での当人達の事情に首を突っ込む気にはなれなかったからだ。後は自分達で何とかしろとタクトは考える。

「まあ、ストルドと手を組むってのもありだな。当然お前達は俺と戦うだろうが」

 タクトの言葉の意味が理解出来ずアリアとクリフが凍り付く。まさか堂々と裏切り宣言するとは思ってもいなかったからだ。こうして二人がかりで捕まえているとはいえ、ただでさえ戦闘力が高い彼ならば何をするか解らない。だからこそタクトの事を今更ながら不気味に感じた。

「話す代わりに敵対する。シンプルだろ?」

 タクトが挑発も兼ねて簡単に説明する。歌う様に神経を逆撫でするという手も確かにあったが、複雑に言うよりも単純な言葉の方が解りやすく効果的だと彼は知っていた。

「タクト、私達仲――」

「仲間とは一言も言ってないぞ。面白いから付いていくと言っただけだ。つまりだ、話したら面白くないというわけ。お解り?」

 アリアの言葉を簡単に切り捨てる。最初から仲間として見ていないというタクトの発言に、彼女は大きなショックを受けて今にも泣きそうだ。そんなアリアの気持ちを察したのか、クリフが怒りの形相で睨みつけてくる。それでもタクトは涼しげな表情をしている。心に未だ余裕があるためで、アリア達を黙らせる幾つかの言葉や最悪の場合を想定した切り札も用意しているからだ。今まで命のやり取りを繰り返してきたタクトにとって、アリアに情があるといっても悲しみや憎悪も最高のエンターテインメントでしかない。根本的な部分は未だに変わっていなかった。

「追手やお前の兄貴を瞬殺したのは何処の誰だ?」

 タクトが歌う様にアリアの良心に語りかける。幾ら悪党だと解っていても恩や思い出は捨てられない。クリフに殺される事も想定して、彼女の優しさを利用すべくタクトは命のやり取りも兼ねた大きな賭けに出た。

「インフェクトを二体取り込んだ俺を下手に殺せるのか?」

 タクトは更に命の価値という名のチップを積み上げる。今度は戦闘力が高いと思われるクリフを無力化させるための言葉だ。タクトの言葉で彼は声を漏らしつつ悔しがる。インフェクト二体を取り込んだ以上爆弾も同然。それすらも利用したタクトは勝利を確信するが、二人により確実なとどめを刺すため最後の言葉で畳み掛ける。

「お前等二人でストルドという国に勝てるのか?」

 タクトが決定的に覆せない言葉で二人から退路を奪う。もはや悪魔の所業とも言える物だが、アリアとクリフにとっては効果的だった。更には“タクトがいれば勝てる”と勝手に思い込めばなお良いとも考えている。帰る場所が今はない二人の心理を利用した人心掌握。二択に見せかけて最初から一つしか選ばせる気がない。

「タクト解った。無理には聞かないからもう止めよう。ね?」

 アリアが悲しそうな表情でタクトをそっと解放する。流石の本人もやり過ぎたとは思っているものの、こうでもしなければ追及を回避出来なかっただろうとも考える。タクトは内心で、アリアの優しさを踏みにじった自分自身に腹が立ち心が痛んだ。

「アリアは賢明な判断をしただけだ」

「君は本当にそれで良いのか?」

「嫌われるのは慣れているさ」

 クリフの問いかけにタクトは痛みを吐き出す様に笑う。後悔する事なんてもう止めたと思っていたハズなのに何故か胸が痛い。こんなやり方で良いと今更ながら思えなくなった。それでも今まで人を笑いながら殺してきた悪党である自身が良心を持っているなど信じられない。

「慣れているだけで、全く痛まないわけじゃないんだろう?」

「お前に何が解るんだ?」

「タクト君。何故か君の言葉からは虚しさしか感じられないよ」

「お前に何が解る!?」

 クリフの言葉にタクトは言葉につい怒りを込めてしまう。理解されたくないしされたくもないという距離を取りながら今まで接してきた彼にとって、誰かに本心として勝手に理解されるというのは屈辱の極みだった。タクトは思わず銃を取り、満ちてくる怒りの矛先ごとクリフに向ける。

「殺し殺され、奪い合う世界で生きてきた俺に虚しさだと!?」

「その通りだ。君はそんな世界で生きてきたからこそアリアが羨ましいんじゃないのか?」

「俺が欲しいのはもっと単純な物さ。生きているという実感だ」

 タクトが本心から吐き出した言葉に、アリアが今までの彼の話を思い出す。殺し屋として育てられ、義理の父親を殺した結果裏社会から抜けられなくなった過去があるという事を。生きているという実感が欲しいという事は、生死を問わず生きていると感じていたいという事。タクトにとって実感できるならばどちらでも良いという事らしい。そんな生き方にアリアは悲しみを感じ、タクトを本当の意味で仲間として迎え入れたいと心から願った。

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