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近代魔法と古代魔法の境界線  作者: 加賀美彗
第一章・笑う死神
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化け物の覚醒

 殺し屋のタクトと王女のアリアに、捕虜の魔法使いクリフを加えた奇妙な組み合わせの一行は港町レスタを目指していた。三人はいびつな関係で結ばれているためか、信頼と呼ぶには程遠い状態になっている。命と背中を預けた仲間というより、とりあえず利害が一致したから手は貸すという繋がりで少しの切っ掛けで今にも崩れそうだ。タクトは基本的に非協力的なため知らないふりをしている。

 しばらくするとレスタに辿り着く。石畳が特徴的な活気のある町――とタクトはアリアから聞いていたが、活気どころか町から声すら聞こえない。どういう事だとアリアを睨むが、彼女は本当に知らなかったらしく慌てている。

「活気なんてないじゃないか」

「何かあったのは間違いないわね」

「情報収集しますか?」

 一応クリフは捕虜扱いになっているが、他に良い案が思い浮かばなかったため彼の提案にアリアは賛成する。しかし、タクトは乗り気ではないのか一人で勝手に進んでいく。その姿を見たアリアはため息をつきつつ彼を止める事もなく見送った。どうやらタクトという男の扱いに慣れてきたらしい。

「良いんですか?」

「良いわよ。それに今の私はただのアリアだから無理に敬語は使わないで」

 王女であるアリアの言葉に形式的で捕虜であるクリフは一瞬迷ったものの、彼女が王族ではなく一人の人間として対等に扱って欲しい事を理解したのか軽く咳払いしてから向き直る。

「……解ったアリアさん」

「じゃあ、まずは探索しましょう」

 アリアとクリフは辺りを警戒しつつ、人の気配すらない静かな町の中を歩いていく。ただ、アリアはタクトが何も言わず単独行動を取った事が不気味に思えた。生きるか死ぬかの世界で生き続けた彼だけが感じ取れる何かがあったのかと考えてしまう。彼女はただ彼の無事だけを祈っていた。


「港にも人がいないのか」

 タクトは潮の匂いと風の方向を頼りに迷わず港へ辿り着いていた。ここまで来るまでの間誰とも出会っていない。タクトが港から町を振り返りつつ状況を確認する。元々は石造りの建物だったと思われる大きな瓦礫が転がっており、通った道に焦げ跡が見られない事から熱とは異なる何か強い力によって破壊された事を理解した。廃墟に人は確認出来なかったが、殆どの場所で食事が用意されていたため一斉に移動したわけではないらしい。

 タクトは通ったルートの光景から、この町の人間が何らかの要因で“消えた”と判断する。恐らく自然現象ではない別の要因だと。相手は魔法使いかそれとも別の――そう考えると同時に何かが蠢く気配を感じ、タクトは銃を構えつつ警戒する。気のせいではないと彼の五感が全身を司る脳へと訴えかける。目の前にある瓦礫が吹き飛び、五感が索敵していた存在の姿をあらわにする。

「何だ……“こいつ”は?」

 今まで人を殺してきたタクトでも眼前の“存在”の異質さに全身の震えが止まらない。本能的な恐怖が彼に『逃げろ』と警告している。

 目の前の“ソレ”は一応人の姿をしていた。全身がステンドグラスに似た色鮮やかな結晶で構成されており、顔の輪郭もなくあまりにも無機質なため生物とは呼べない代物だ。頭上の白く輝く輪と背中に生えた透明な結晶の翼が特徴的で、全体的に見ると聖書に登場する天使に似ている。

 タクトは“ソレ”の右腕に向かって発砲すると腕は様々な色の結晶をばら撒きつつ簡単に砕け、二発目で左足を破砕し地面へと倒れていく。

 しかし、タクトはまだ砕けた相手に向けて銃を構えていた。結晶の欠片が浮遊しながら収束し再構築されていく。時間を巻き戻すかの様に結晶が集まり再び天使の姿となる。この光景を見たタクトは急いで天使から離れるが、結晶の天使は浮遊しながら背後から迫ってくる。

「何だあの化け物は!? あれも魔法の一種なのか?」

 タクトは天使の腹に風穴を開けるが天使は上半身だけで浮きつつ追いかけてきた。次に頭を吹き飛ばすが移動しつつ再生し獲物に向かっていく。

 タクトは逃げつつも背後の存在について冷静に考えていた。人を襲ううえに砕いても再生する。恐らくこの町から人がいなくなったのはこいつが原因だと判断する。再生するという部分でタクトは何かが引っ掛かった。確かアリアが何か言ってなかったかと思い出し始め一つの仮説を立てる。

「まさか、こいつが……!」

 迫りくるいびつな天使の正体を理解したタクトは、汚い言葉を吐き出しつつ逃走を決意した。アリアの言葉を信じるならばこいつは倒せない。一応銃で砕けるものの足止めにもならない事を知ったため、タクトは追跡者を振り切る作戦に切り替える。幸いな事に相手は走る程度の速さで距離を離せるため逃げ切れるだろうと考えた。後は感知出来ない場所まで行けばこちらの物と考えていたが、前を見てその考えが間違いだったとすぐに後悔する。タクトは目の前の光景が信じられず一度振り返り、背後に間違いなく天使がいる事を再確認してから再び前を見る。

 なんと、もう一体ステンドグラスの天使がいた。前後から迫りくる敵にタクトの思考が凍り付く。反応しようとするものの、脳が視覚の情報を上手く処理出来ないため反応が遅れてしまう。そこでタクトは野性的な部分――本能の命ずるまま目の前の天使を右腕で殴り飛ばすと、今まで銃でも怯まなかった天使の一体が初めて地面に叩き付けられる。

「まさか、効いてるのか?」

 タクトが半信半疑のまま続けて背後の天使に蹴りを叩き込むと、やはりダメージがあるのか天使が倒れ痙攣し始める。それを見た彼は壊れた様に高笑いしつつ、倒れた獲物を何度も何度も執拗に踏みつける。続いて銃弾を一発ずつ撃ち込み粉砕するが再生せず、白い粉末となって全体が崩れ落ちる。相手のあっけない最期を引き金に、今までタクトという男の中で繋がれていた怪物が一気に覚醒する。もう一体の弱っている獲物の首を掴み軽くへし折ると、狂喜する怪物はどす黒い感情に身を任せ存在を終わらせるべくトリガーを引いた。


 アリアとクリフは町に人がいない事に不気味さを感じつつ進んでいた。建物内部に瓦礫がある事ため、相手は外側から力ずくで破壊し中の人達を“喰らった”と二人は理解する。船での移動どころか人の生存は絶望的だろうと考えつつ、アリア達は“あの怪物”に見つからない様にタクトを探す。すると、潮風の吹く方向から何か音が聞こえる事に気が付く。それは咀嚼(そしゃく)に似ており、アリアはタクトの死という最悪の結末を想像してしまう。二人は勇気を振り絞り音の方へと向かう事にした。

「何あれ!?」

「インフェクト……じゃない!?」

 音の発信源に辿り着くと、アリアとクリフは物陰から様子を確認すると同時に息を呑む。何故ならば、黒いオーラを纏ったタクトが右腕から身の丈を遥かに上回る“何か”を出していたからだ。遠目からは肩より先が黒い怪物の頭に見え魚類とも爬虫類とも区別が付かない。“それ”は目の前にある純白の魔力――パウダーを貪り咀嚼していくが、喰らう度にタクトの体から溢れてくるどす黒いオーラが強くなっていく。

 アリアとクリフはパウダーを喰らっている黒い怪物について理解出来なかった。生物から変化するインフェクトは色鮮やかな結晶体の怪物で、あんなにどす黒く生物的な存在ではなかったハズだと考える。それに一部分が変化するインフェクトなどこの世界の歴史上聞いた事もない。では、タクトの腕に寄生している“あれ”は何なのか。アリアはあの黒い存在をインフェクトより恐ろしい物だと思った。パウダーを完全に喰らうと、右腕の怪物とどす黒いオーラが消失すると同時にタクトが倒れる。アリアは危険かも知れないにもかかわらず、すぐ彼のもとに駆け寄り強く抱きしめた。

「タクト……タクト!」

「ア、アリア……か?」

 アリアの呼びかけにタクトが気が付く。意識ははっきりしている様で、先ほどまでの邪悪さはない事をアリアは理解する。続けてクリフも心配そうな表情でやって来た。

「どうしたんだよ、俺を見て悲しそうな顔しやがって」

「覚えて、ないの?」

「そういえば結晶の化け物から逃げてたら挟み撃ちにあって、片方を殴った辺りから覚えてないな」

 アリアとクリフが彼の言葉に驚愕する。タクトがインフェクト二体に襲われたという事実と、彼の一時的な記憶の欠落。そして先ほどまで貪っていたパウダー。有り得ないと一度は考えるが二人は同じ結論に至っていた。

 それはタクトがインフェクトを逆に倒し喰らった可能性だ。パウダーおよび自然界の魔力は生物にとって猛毒で、過剰摂取した存在を不死とも呼べる再生力と底なしの食欲を持つインフェクトという怪物へと変化させる。ところが、二体のインフェクト分のパウダーを取り込んだハズのタクトは人の姿のまま理性を保っている。魔法のルールでは本来ありえない――まさにイレギュラーと呼ぶべき存在だ。ある異世界人が近代魔法の理論を見付ける前でも、当時はパウダーがなかったとはいえ異世界人がインフェクト化する事は幾つか確認されている。

 アリアは今までのタクトの言葉を思い出しつつ整理していく。恐ろしいまでの身体能力は、多分過去の時に身に付けた自前の物。似た恐ろしさを感じたのは確か――召喚して最初に出会った時だとアリアはようやく思い出した。手負いでありながら電撃が直撃して死ななかった。もしあれが彼の生命力だけの物でなかったとすればと考える。召喚前に何かタクトを大きく変化させる出来事が起こったのならばと。彼から聞いた話の中で可能性があるのは、彼に瀕死の重傷を負わせた存在だとアリアは結論付けた。

 思い返せば不自然な点が二つある。重傷で雷魔法を受けても戦えた事とインフェクトについて教える前にタクトが言った事――魔力による強化についてだ。彼の世界には魔法がないにもかかわらず、なぜ魔力による強化を聞いてきたのか。本来魔法という技術がないタクトの世界に、魔法に似た何らかの技術が生まれたからだとアリアは考える。自分の世界で近代魔法の誕生したのと同じ様に――

「ねえタクト。教えたくなければ別に良いけどさ、私が召喚する前って誰にやられたの?」

「どうして教える必要が――」

「あなたの記憶の欠落が厄介な物かも知れないのよ」

 アリアの言葉でタクトが黙って考え始める。元の世界で最後に戦い自身に瀕死の重傷を負わせた相手。大企業のボディーガードで、歳が近く引き絞った筋肉が特徴的な白人男性だった事を思い出す。大企業社長をターゲットにした、高額な殺しの依頼を失敗させた元凶だ。倒したと思った直後に竜や蛇、魚を混ぜ合わせた黒い怪物に変身し一方的な戦いになりぼろ雑巾にされた。それを思い出したタクトはアリア達に全てを話す。

「多分、インフェクトを倒せたのは何らかの理由でタクトにもその黒い怪物の力が移ったのね。タクトの右腕が変化した姿と、怪物の特徴はほぼあってるしほぼ間違いないかも。ただ、少なくとも私はそんな魔法を知らないわ」

「私も同じく。現存する魔法では不可能な技術だと考えているよ」

「なるほど、アリア達でも知らないのか。ただ、俺には右腕の変化について全く記憶がないんだが」

 タクトは袖をまくりながら右腕を見るが皮膚はいつものままだ。とても右腕が化け物になったとは信じられなかった。しかし、二人とも見たという事は本当なのだろうとタクトは思う。まだ素性が解らないクリフはともかく、バカ正直なアリアは信じて良いと考えていたからだ。それにしてもパウダーを大量に摂取した自分の体は本当に大丈夫なのかとタクトは不安になり始めていた。更には港町で船を動かす人がいない。これは水の島を目指していたアリア達にとっては痛手だろう。向こう側から船を待つのは絶望的だと判断したタクトは頭を切り替える事にした。

「一度ラジェムに引き返すか」

「タクト!?」

「陸路があれば話は別だが、ここで何もしないよりはましだ」

「切り替えが速いんだね君」

「戦場で止まったら死ぬからな」

 立ち止まる事が嫌な事は同じため、アリア達はタクトの意見に賛成する。そして町に戻るべくインフェクトに襲われた廃墟を後にした。

 しばらく歩き出口に辿り着くと、遠くで武器を持った師団が何かを話している事に気が付く。タクトはアリア達を待たせて集団に近付いた。

「よう……兵士さん?」

「あ、ああ。君は?」

 武装集団の一人がタクトに気付き話しかけてくる。全員が心配そうな表情でタクトを見ている。

「この町で二体のインフェクトに襲われたから逃げてきた」

 タクトの言葉で師団全員の空気が恐怖によって凍り付く。どうやら、この町にインフェクトが出てきたのは予想外だったらしく一部の兵士が怯えている。その気持ち良く解るさとタクトは心の中で思っていた。

「大丈夫だったか?」

 師団のリーダーらしき騎士風の男性と副官と思われる女性がタクトを撫でてくる。正直撫でられる事に対して不愉快だったが、心配してくれているのなら良いやと考えていた。

「ああ、軽くあしらってきたから問題はない。ところで、水の島に行きたいんだが他のルートを知らないか?」

「実は俺等も水の島に行きたかったんだが、君の話だと他を当たるしかないみたいだなあ。一応ここから南西に鉄橋だった陸路はあるが俺はすすめないぞ。あそこはほとんど崩れているうえにモンスターの巣窟だから」

 しかし、タクトは不気味に笑うだけだ。それを見た師団のメンバー達の背筋が寒くなる。更に彼はリーダーの言葉を無視して南西に進んでいく。当然目的地は先にある橋だ。隠れていたアリアやクリフは本心では嫌だったが、慌ててタクトの後を追いかけていく。

「まさか、君達三人で行く気か?」

「ああ、その通りだ」

「無茶だ、危険すぎる!」

「俺は早く進みたいからな」

 タクトはそう言うと、師団に背を向け手を振りながら去って行った。アリア達もリーダーの男に頭を下げつつ彼と一緒に進んでいく。

「彼はいったい――」

 リーダーの男はタクトに対し、今まで出会ってきた何者とも違う物を感じ取りつつ見送るだけだった。

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