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近代魔法と古代魔法の境界線  作者: 加賀美彗
第一章・笑う死神
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個人の思惑

 時刻は早朝。タクトとアリアは朝食をとった後、マスターに見送られつつ宿の外へ出ていた。もうこの町での買い物は済んだため朝になったら去ろうとアリアが言ったからだ。マスターが少々寂しそうな表情をしたためタクトとアリアは困った顔で彼を見る。

「世話になった」

「ありがとね」

「また近くに寄ったらいつでもおいで」

 短い言葉で再会を約束しつつタクトとアリアが手を振ってマスターと別れる。案外近い将来また何処かで会いそうだと、タクトは直感的に思いつつも二人で宿屋止まり木とこの町ラジェムを去って行った。


 二人が去るのを確認すると、止まり木のマスターが心配そうにため息をつく。今はいない異世界の友達から教わった『一期一会(いちごいちえ)』という言葉とその意味を思い出しつつ、彼にとってはまだ若い二人が向かった方向を見続けている。

「あの子がストルドの――瞳も含めて若い頃の王妃(あなた)とそっくりだ」

 マスターが昔を懐かしむ。かつてはストルド帝国の魔法使いの中でも天才――若き賢者と呼ばれていた時代、彼は今の王妃の友人であると同時に相談役でもあった頃を思い出す。最近連絡が途絶えるまでは、仕事上がりのわずかな時に労いの言葉や相談事を高度魔法の遠距離通信で行っていた。『娘のアリアを助けて欲しい』というメッセージを最後に彼女との連絡が取れなくなったが。宿泊客の名簿に書かれた苗字は偽名であったものの、アリアという名と外見的特徴から彼女の娘だとマスターは理解した。

「もちろん考えもなく送った訳ではないさ。彼等が向かう場所をある程度は誘導できる。我々『結社』の力でサポートさせてもらおうじゃないか。問題は奴等が余計な事をしなければ……」

 マスターが複雑そうな表情で“奴等”という謎の言葉を呟く。近年現れたため、『結社』ですら新種としか言えない未知なる存在。理性がないハズのインフェクトを意のままに操り、更には明確な自我と知能を持ったインフェクトかどうかすら不明の怪物。そんな彼等は“使徒”を自称し様々な場所で暴れまわっている。

 もし彼等が奴等と出会ったらとどうするか考えるが、可能な限り他の支部に何とか協力を要請しようとマスターは決断する。王妃を助けたいものの、風の島の主戦力であり最終防衛でもある自分を割いてはいけないと悩んだ末だ。彼等が次に向かう場所は方角から見て恐らく一番近い水の島。魔の島や土の島、闇の島に比べたらインフェクトによる被害は少ないだろうと考える。我が子の様に彼等の旅の無事を祈りながら。


 タクトとアリアは地図と睨めっこしつつ見渡す限りの草原を歩いている。最初は彼女の歩幅に合わせていたが予想以上にスタミナがあったので、最近の姫は運動オンチじゃないのかと感心しつつ見ている。そのため昼頃には港町レスタに着きそうだ。

 アリアによると次に目指す場所は、ここ風の島から近い水の島という場所らしい。船に乗るか飛ぶ以外の手段でしか渡れないため港町のレスタに寄るのだとか。追手をまくためには他の島へ逃げた方が良いとアリアなりに考えた結果ではあるものの、見知らぬ世界へ旅が出来るというのはタクトにとってありがたい話だ。

「で、次は何をするんだ?」

「まずは水の島は近代魔法の技術が発達しているから技術を学びつつ近代魔法使いを仲間にするわ。その次は火の島で武器調達ってところね」

 タクトはアリアが何を考えているか解らなかったが、とりあえず何らかの目的で力を求めている事には気付いていた。世間知らずのお姫様だと思ったら意外と行動力があるという事に対し心の中で関心している。少々急いでいる感じはするもののタクトはアリアのやりたい様にやらせるつもりだ。その結果、彼女が勝手に破滅したとしてもそれはそれで面白そうだから見届けてやろうと思った。

「まあ、俺は面白ければ何でも良いが。果たして上手くいくのやら」

「最初から上手くいかない事くらい解ってる。知らない人間――しかも敵である古代魔法使いの私に命を預けてくれる人なんて少ないだろうし」

 アリアの声は笑ってはいるものの何処か悲しそうだった。次の島では『止まり木』のマスターみたいな優しい人がいるとは限らない。それを身内で経験し理解しているからこそアリアは不安だった。両親との幸せな毎日は叔父に奪われ、更に彼は近代魔法使いに戦いを挑むため準備をしている。今までの小競り合いや物語と化した過去ではなく本物の戦争。両親が風の島へ転移魔法を使ってくれなければ、今頃とっくに捕まっていたであろうとアリアは震える。

 しかし、今の状態でストルド帝国がある闇の島へ真正面から行っても勝てない。たとえタクトが幾ら強くてもだ。叔父を倒すには古代魔法だけでは勝利は厳しいだろう。彼を倒すには近代魔法の可能性に賭けるか、存在する全魔法すらも上回る力を手に入れなければならない。タクトから核や放射線の恐ろしさは聞いたものの、それでも国を取り戻したいとアリアは強く願っていた。

「まあ、俺は弾さえ手に入ればある程度は戦えるんだけどな。もっとも、誰かさんがコートごと森に置いてきたみたいだが」

「弾ってこれの事?」

 アリアが何かを唱えると目の前の空間がジッパーの様に開き、空間に出来た穴へ右手を突っ込むと中から何か取り出す。それはタクトが使う銃の規格に合った銃弾だ。アリアから無数の箱やクリップを投げ渡されると彼は子供の様に歓喜した。

 単なる理想論者と思ったら、手癖が悪いうえにちゃっかりしてるなあとタクトはますます感心する。しかも収納まで可能とか、いよいよ魔法という技術は何でもアリになってきたなとも思った。

「返すの忘れてたけどこれで良いの?」

「これで半年は戦えるな」

「あなたの世界の一年の周期や時間は知らないけど自信があるみたいね」

 タクトが活き活きとした姿に若干引きつつもアリアは少し不安を感じていた。彼に力を与えてしまった事も含め大丈夫だったのかと。実はまだタクトの弾も含め全て渡していないが、それでもあの戦闘力と生命力を持つタクトは暴走すると恐ろしかった。

 一応弾の一つを慎重に分解し中身を見てみた結果、中の火薬らしき物質を爆発させて何かをする物だという事だけは解っている。戦闘方や弾と称した事から察するに爆発による推進力を得るためであろうとアリアは考える。しかも、外側は少なくとも雷魔法程度では破壊すら不可能の未知な素材。中か外かは不明だが、高電圧でも弾が中の火薬で破裂すらしていなかったほどの絶縁性。それに加えて人を簡単に即死させるほどの殺傷力。どれを取ってもアリアにとっては恐ろしい代物だった。

「あれ、弾が少ないな。まあ銃自体は高いうえに代えが利かない一丁とはいえ、弾や火薬の量や配合は覚えているから良いけどさ」

 タクトが見せびらかす様に銀色の銃を取り出す。全体的に大きなフォルムで重厚感のある回転式拳銃のシングルアクションだ。

 しかし、実際は拳銃というより猟銃を無理やり拳銃サイズにしたというとんでもない代物だ。加えて可能な限りの軽量化と大抵の事では傷一つ付かない硬度の両立。更には銃身への衝撃による歪みすらも抑えたというトンデモ武器でもある。理論上十年間休みなく撃ち続けてようやくブレが生じるらしいが、あまりにも一発の反動が強いためタクトの世界では『ある町の銃職人』が造った作品は扱いが難しいとされている。更には弾の形状や素材および火薬の配合までもが特別性ときており、もはや構えだけで反動が改善可能な代物ではない。もっともタクトを含めた訓練を受けた化け物クラスならば使えるが。

「私にもそれ使える?」

「無理だろ、これの反動は訓練しないと激痛だから。俺でも片手撃ちは結構痛く感じる」

「そんな物を今まで使ってたの?」

 アリアが不安そうに銃を見つめているがタクトにとっては何よりも信頼できる相棒だ。最初は同じ銃職人が造った連射可能なダブルアクションにしたかったが、あまりの反動ゆえに連射不可能だと判断しシングルアクションを購入している。

 ただ、規格外の強さの銃があっても魔法という技術がある世界で生きぬくには不十分だとタクトは考えていた。少なくとも同様の技術――近代魔法が必要だと判断している。

「アリア、近代魔法を教えてくれ」

「……え?」

 突然タクトにお願いされたアリアが、何でその必要があるのと言いたそうな困った表情で見つめる。

 正直アリアは彼の言葉に迷っていた。ただでさえ強い彼が更なる力を手に入れたらどうなるか想像もつかなかったからだ。与えたらタクトは近代魔法を間違いなく武器として使う。しかし、アリアにはストルド帝国と戦えるほどの力はない。自分の身を護るために異世界召喚で呼び出したとはいえ、本当にタクトに力を与えても良いのかと考える。戦争を止めるためとか言いつつ、結局は自分の事しか考えていない悪女だと自己嫌悪していた。

「良いわ。歩きながら教えてあげる」

「俺は過去や素性を教えたぞ。加えて俺は自己中だ。後悔はしないのか?」

 タクトがアリアの良心と覚悟を試すかの様に問いかける。彼の言葉は彼女にとって悪魔のささやきであった。だからこそアリアはタクトの言葉がありがたく感じる。踏みとどまって逃げる事は今までと変わらない。良くも悪くも運命に立ち向かっていったタクトを言葉で打ち負かせないのであれば一生叔父には勝てない。うわべだけの言葉や良心で取り繕っても現状を打破出来ないのであれば意味がないと考える。だからこそアリアは吹っ切れた。

「私を誰だと思ってるの? あなたを呼んだアリア・リィン・ハルモニアよ。後悔なんてしてたらその名が廃るわ」

 アリアの覚悟を決めた笑顔に何かを感じ取ったのか、彼女を試したタクトが腹を抱えて笑い出す。まさか殺し屋だと知っておきながら、堂々と名乗り受け入れるとは彼自身も思っていなかったからだ。懐が広いうえに度胸もある。流石は王族と呼ばれる事だけはあると、タクトはアリアという一人の人間を再評価する。

「良いだろうアリア。代わりと言うのもあれだが護身術くらいは教えてやる。自分の身くらいは護れ」

「解ったわタクト。あなたの期待を裏切らない様にはする」

 覚悟を見届けたタクトが右手を差し出すとアリアはその手を自身の右手で握る。一応ではあるものの今度こそ互いの利害が一致した瞬間だ。殺し屋と王女ではなく一人の人間として――旅のパートナーとして認め合う。いびつな関係ではあるが彼等は初めて互いの信念を一部でも認め、信頼には程遠いものの二人は確かに仲間となった。

「じゃあ、改めてよろしく。まあ、努力次第だが今のアリアなら少しは仲間が増えるんじゃないか?」

「そうだと良いわね」

「自身を持てば良いさ。お前は弱くないから――っとその前に!」

 タクトが何かに感づいたのか銃を構えて発砲すると同時に、先ほどまでは誰もいなかった場所に何かが出現し倒れる。良く見ると胸に小さな穴を開けた黒いローブを着ており、相手がストルド帝国の魔法使いだという事を二人は理解した。

 アリアは改めてタクトの驚異的な感覚に驚く。ステルスの魔法がまるで意味を成していないほど研ぎ澄まされた五感を持つ彼に小細工は全く通用しない。本当にタクトが魔法なしの世界で生きていたのかとアリアですら疑ってしまうほどに。

「ワンパターン過ぎて芸がないな。心音・風の音・呼吸音・足音・服の擦れる音・塵の動き・匂い。これらの前では正確に動きが解るぞ」

 ストルド帝国の魔法使い数十人がと一斉に出現する。しかし、タクトは言葉を発する事すら許さず発砲する。並んでいる相手に銃弾をより多く貫通させる角度で撃ちぬいていく。相手は次々と倒れていくがタクトは無視した。更に接近しつつナイフですれ違い様に相手を斬り付け、銃のハンマーを起こしつつナイフを相手に投げ両手で構え再度発砲する。そこから刺さったナイフを抜き再び斬り付けていく。

 ストルド帝国の魔法使いからすれば今の光景は地獄絵図だ。魔法で狙おうとすれば仲間に密着されているため撃てず、更には相手が止まらないうえに速すぎて狙いが定まらない。相手が近代魔法使いや古代魔法使いならまだ解るが、相手はパウダーどころか魔力すら使わず互角以上の戦いを繰り広げている。魔法使い以外にこんな化け物が存在する事自体彼等には驚きだった。既に兵としては壊滅的なダメージを受けている。

 流石に勝てないと悟ったのか、ストルド帝国の魔法使いの一人が休戦を求める様に右手を挙げる。タクトとアリアは不満そうな表情をしつつ従ってみる事にした。

「もうこちらに戦う意思はない。我々の負けだ!」

 リーダー格の彼がローブを脱ぐと、中からタクトとアリアに歳が近い男性が現れる。青い瞳とウェーブのかかった金髪が特徴で、貴族風の煌びやかな服を着ている。

「ずいぶんと潔いじゃないか」

「手柄欲しさに無謀な戦いをする蛮勇ではないさ」

 男が右手から白い光を放つと、タクトに倒された者達全ての傷が塞がっていく。急所は外したとはいえ、しばらくは動けない怪我の相手すらも起き上がり辺りを見回している。

 タクトは正直驚いていた。魔法は医者いらずで重傷すらも治せる技術なのかという事に。ならば、電撃使いやバカ王子とその他含め実は誰一人殺せていないかも知れないと考える。しかし、バカ王子(リオン)が死体と言っていたから少なくとも電撃使いはまずあり得ない。王子も粉々に吹き飛んだハズだと思い直す。

「凄い技術だ」

「大部分が欠損すれば魔法でも助からないさ」

 良い情報を聞いたとタクトは笑う。だからアリアやストルド帝国の攻撃方法は大げさな物なのかと同時に理解する。ならば、近代魔法で一斉に潰せば良いとタクトは考えた。パウダーを使用する近代魔法に必要な物がイメージなら幾らでも方法がある。後は実戦レベルまで使いこなせば良いだけだ。

「で、俺はどうすれば良い?」

「私の事はアリア様や君に任せる。その代わり部下は見逃して欲しい」

 相手の惨めな命乞いを期待していたタクトは、予想外だった言葉を聞いたため彼に興味を抱く。彼の言葉に部下のローブ達がざわめき始める。敗者に選ぶ権利はないと解っていながらも、あくまで部下の身の安全を最優先する。組織で動く兵士としては失格だが上司としての器は合格だと考えた。さて、彼をどうするべきか。正直タクトはこのまま彼を殺すのはもったいないと考えた。

「だとさアリア。戦意のない奴を一方的に殺すのは俺の趣味じゃないからお前が決めろ」

 タクトが遊びに飽きた子供の様な態度を取りながらアリアに全権を委ねる。アリアが彼にどの様な罰を与えるのかと、王女としての器を見極めるための発言だ。もっとも、タクトが好きなのは互いの命を賭けた殺し合いであり一方的な虐殺ではない。あえて一撃で殺さなかったのもそのためだ。

「タクト――解った。じゃあ、捕虜として彼を預かるわ。あなたが私やタクトに危害を加えない限り殺さない。それで良い?」

「アリア様……」

 すると部下達が一斉にアリアを称え始める。どうやらアリアや彼には人望があり、本心では王女である彼女と戦う事は不本意だった様だ。流石の本人も、敵であるハズの本国の魔法使いから称えられて困った表情をしている。彼女は捨てられた子ネコの様にタクトへ向きつつ助けを求めているが、当の本人は知るかと言わんばかりにそっぽを向いたため慌て始める。

「と、とりあえず預かるわ! さあ、十数える間に撤収しなさい」

 彼の部下達が次々にありがとうと礼を言いつつ去っていく。タクトは彼等を見送りつつアリアの事を甘い奴だなと考えていたが、同時にまあ別に良いかとも思っていた。面白い奴が二人になったから暇潰しくらいにはなるだろうと。彼等が完全にいなくなるとアリアが疲れた顔でため息をつく。

「ところであなたの名前は?」

 アリアに名を尋ねられ、男は姿勢を正しつつタクト達に向き直る。

「はっ! クリフと申します!」

「クリフってあの国立学校主席の!?」

「はいアリア様」

「凄い人仲間にしちゃった……」

 王女であるハズのアリアが驚いているが、異世界人であるタクトにとっては彼がどれだけ凄い奴なのか理解が出来なかった。わざと狙いにくく動き回って戦ったとはいえ、あまりにも部下の魔法使いが弱かったため王族でも知っている人物とはとても思えなかった。

「凄いとはとても――」

「タクト! この人はそこら辺の魔法使いとは違うわ! 現代でクリフとアスター様、近代魔法の生みの親とついでに叔父さんの名を知らなければ魔法使いの世界ではモグリなのよ!?」

「俺は魔法使いじゃねえよ」

 アリアが叔父の部分だけ忌々しそうに呟くが、タクトはそんなの知るかといった表情で反論する。親の王座を奪われたせいでよほど恨みがあると今まで認識していたが、どうやらそれだけではないらしいとタクトは考え直す。

「アスターは私の父です。今は風の島でバー兼宿屋のマスターをやっているとか」

 クリフの言葉でタクトは、彼の父親について何処かで聞いた人物だなと考える。しかし、後に異世界の住人だから気のせいだなと考え直し心の隅に置く事にした。

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