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近代魔法と古代魔法の境界線  作者: 加賀美彗
第一章・笑う死神
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暖かな少女

 アリアとタクトは気まずい空気の中黙々と川に沿って歩いている。

 あれから人がいる場所まで行こうとタクトから提案したものの、二人の間に出来た見えない心の溝は埋まらないままだ。

 アリアは心の中でどうしようと考えていた。

 異世界召喚の魔法は成功し二回もピンチを切り抜けてきたという事実がある。

 だが、その魔法で呼び出し現在横で歩いているタクトという同年代の少年は殺し屋らしい。

 正直なところ命の恩人に偏見を持ちたくはないというのがアリアの本音だ。

 彼は話し上手なためかコミュニケーション能力が高い。加えて短期間で言語を習得するほどの学習能力まである。

 しかしタクトは元いた世界では殺し屋だったらしい。

 それも自分が追い詰められたとしても、命のやり取りを心の底から笑い楽しむという戦闘狂。詠唱でより威力が増した雷魔法を真正面から受けても腹を抱えて笑うほどに戦闘慣れしている。

 しかも、既に手負いだったにもかかわらず死なない。

 そのうえ、反撃してくるというとんでもない生命力もある。

 もし、彼にパウダーなんか与えてしまったらどれだけ強化されるのかアリアでも想像出来なかった。

 それでもアリアは現状を打破したいと考えていた。この世界に呼んでしまった責任からではなく、一人の人間としてタクトという少年と真正面から向き合うために。

「ねえタクト」

「どうしたアリア?」

「タクトってその……殺し合いが怖くないの?」

「怖くないな。というより命に対する執着その物がない」

 アリアは命に執着がないというタクトの言葉が理解出来なかった。生きたいという事は誰でも本能的に持っている物ではないのかと考える。

 だが、執着すらないという事はどういう意味なのか答えが出ない。

 それでもアリアは知りたかった、タクトという一人の人間の心を。

「俺は物心付いた時から本当の親がいなくてさ、名門校で教育を受けさせてもらったとはいえいつも殺し屋の義父に殺されかけたんだ。殺しの技を毎日体に叩き込まれ、食事や睡眠ですら命を狙われる毎日だ。だから何の躊躇いもなくあいつを殺せた」

 アリアは彼の過去に驚愕する。

 彼が孤児でしかも育ての親に虐待同然の仕打ちを受けていたとは思ってもいなかったからだ。

 アリアも王女として暗殺されかけた事はあるものの、それでもタクトみたいに毎日というレベルではなかった。

  何としてでも生き延びなければ殺される。そんな生活を毎日続けてきたタクトが躊躇う事がなくなるまで生き延び、義理の父親を殺せるほどの力を身につけるまでどれだけの月日を重ねてきたのかアリアには想像がつかない。

「俺は自由を手に入れたハズだった。これでも殺しとは無縁の生活してたんだが、殺したあいつが裏世界では有名だったらしく俺は何度も命を狙われた。当然全員返り討ちにしたが。いつの日か俺は弾け殺しを職業にしたのさ」

 タクトがそんな過去を思い出したのか虚しく自嘲する。

 殺しの人生から解放されたつもりが、今度は名声を欲した裏世界の者達に命を狙われる日々を送る羽目になった。人の生死すらも楽しみ金稼ぎとする今の性格になるまでずっと。

 あまりにも救われない彼の過去にアリアは両手でタクトの右手を優しく握った。そんな彼女の行為にタクトは初めて表情に驚きを見せる。

「ア、アリア?」

「タクトの手暖かいね」

 アリアが手を握る事でタクトが自分達と同じく血の通った人間だと再認識する。それだけで彼女はタクトに手を差し伸べた。救うのではなくまずは解り合うために。

「ねえ、タクト。この世界を一緒に旅してみない? もしかしたら、タクトの興味を惹く物があるかもしれないよ?」

「俺はお前に付いていくと言った。だからアリアに進路は任せるさ」

 二人は少しでも心が通じ合ったのか声をあげて笑い出す。

 彼の事を少しでも理解出来たかも知れないとアリアは考え、タクトが本質的に悪い奴ではない事も何となく解ってきた。

 殺しをやっている彼の心にもし別の生き方を教えられるのなら、彼と一緒に旅をしながら思い出を作っていこうとアリアは強く願った。

 本国の計画を阻止する事も兼ねているものの、身を護るために呼んだとはいえこれ以上殺し屋としての彼に頼ってはいけないと考える。タクトの本当の笑顔を見続けたいというささやかな願いを胸に抱きながら。


 二人が川沿いにしばらく歩いていると灰色をした何かの壁に辿り着く。

 見上げてもてっぺんが見えないほど高く、横幅もカーブ状で何処までも伸びている。目の前の威圧感たっぷりな建造物の正体を知るべく二人は壁を回ってみる事にした。

 更に歩くと二人の門番と彼等が護っている入口らしき場所に辿り着く。

 入口は門で固く閉ざされており、誰一人入れまいと槍で武装した門番と一緒に護りを固めている。

 アリアはどうやって中へ入るか考えていると、タクトは堂々と門番に向かい進んだ結果囲まれてしまう。

 また人が死ぬのかと彼女は心臓を高鳴らせつつ見守っているが、何故か急に重々しかった空気が明るくなっていた。

 どうやら、三人で仲良く談笑をしているらしい。

「へーっ、兄ちゃん相棒と旅してんのか!」

「まあな」

「そのローブってストルド帝国の貴族が着ている物に似てるけどどうしたんだ?」

「盗ってきた。もう一枚あるぞ」

「すげえな。確かそのローブ、素材と魔力耐性が優れているらしいから高く売れるんじゃないか?」

 タクトが笑顔でアリアの手を繋ぎ門まで来ると、門番があっさり門を開けてくれた。あまりのザル警備に大丈夫なのだろうかと、アリアは不安そうに笑顔の門番を見つめながら進んでいく。

 そして、ついに最初の町が二人の眼に映った。

 壁の中にある町は道が明るい色のタイルで造られており、坂道に立ち並ぶレンガや白い石の建物が特徴的だ。

 二人は町のあまりの美しさに感激の声を漏らす。太陽の光が町全体を更に輝かせ引き立てているため、タイルに反射した光が家の壁を様々に彩っている。

「ここが石の町ラジェムよ。建築用の石材だけでなく、パウダーの原料となるクリスタルが採掘されるの」

「パウダーって確かアリアは出せたよな?」

「自分で言うのもあれだけど、私は魔法使いの中でも割と優秀な方なのよ。ただ、パウダー生成は結構体力使うから買った方がお得なんだけどね」

 アリアは魔法の源である魔力からパウダーを直接生成する事が出来る。

 だが、あくまでもそれは体内の魔力で生成したもののため自分の魔力を使う古代魔法使いにとっては辛い方法だ。

 パウダー生成にも魔力を使い、魔力が底を尽きれば戦えなくなるため近代魔法との併用はあまり出来ない。

 アリアは大抵の古代魔法ならば無詠唱で使えるため、イメージで戦術が広がるパウダーと違い使える手数に制限はあるものの近代魔法に近い性能で戦う事が出来る。

 今回アリアがこの町に来たのは自分とタクトの服や食料込みの旅道具一式の購入。

 そして、敵が来た時のため魔力温存にパウダーを出来るだけ購入する事だ。そのためにはまず拠点となる宿を確保しなければいけない。

 宿代は足りるとして、残りはタクトの持っているローブを売ってから商品を買おうとアリアは計画を立てた。その事をタクトに話すと驚くほどあっさりと賛成する。

「宿に着いたら荷物持ちするよ」

「良いの?」

「女の子一人に荷物を持たせないっての」

「ありがとうタクト」

 目的が決まると二人は多くの町人に聞きながら宿を目指した。

 坂道の半ば辺りまで歩くと石と木で造られた立派な建物に到着する。

 入口には左右に開く艶のある木製の扉があり、窓には様々な色や形をした結晶がはめ込まれているお洒落な店だ。

 扉の近くに店の名前と思われる文字が書かれた木製の看板が設置されており、その下には店のメニューらしき物も書かれている。

「タクト。この店は何というでしょう?」

 着いてすぐにアリアが笑顔でタクトに質問してくる。

 どうやら、これからは言葉について実践で教えていくつもりらしい。ある程度は教わっているためタクトはノートを見つつ答える。

「宿屋とまり木か?」

 読みをマスターしたタクトの答えに満足したのか、アリアが笑顔でうんうんと可愛らしく頷く。

「正解! じゃあ、一緒に予約を取りに行こうよ」

 タクトとアリアは二人で左右の扉を開け入った。

 中はカウンター席やテーブルがある洒落た店で、外の日光が窓の結晶を通過し色とりどりの光を複雑に屈折させている。

 店は宿屋と食堂を兼ねているらしく昼間でも賑わっている。二人は奥のカウンターで予約と昼食をとる事にした。

 カウンターに立って料理を作っているマスターはダンディーな容姿で大人の色気を放つ男性だ。彼が容姿に違わぬ渋い声で二人に対し接客してくると、アリアが部屋の予約と二人分のランチを注文をする。

 二人はカウンターで座り昼食を待つ事にした。

「君達は何処から来たんだい?」

「私はストルドから亡命かな。連れはこの町の近くの森で倒れていたところを拾ったの」

「このご時世にあそこから亡命とは勇気があるねお嬢さん。近くの森といえばタミルの森だね」

 マスターは料理を作りつつ笑顔でアリアの話を聞いてくれていた。

 もちろん、敵国のストルド帝国王女が目の前にいるとは思ってもいないだろう。ストルドの名を出しても差別するどころか、親身になって相談に乗ってくれるマスターにアリアは国王である優しい父の面影を重ねていた。

 お父さんとお母さん無事かなと心配になるが、クーデターを起こした叔父を倒す事は自分自身が決めた道だ。

 そのためには、逃げ続け力を蓄えなければいけない。

 頼れる仲間を集めつつ更なる力を手に入れる。最強の古代魔法使いとされている叔父の転覆を狙うにはまだ力が足りない。

 たとえ、タクトの力を借りても難しいかも知れない。

 ここでアリアはタクトを利用しようとしている醜い心に気付いてしまう。確かに強いが彼を利用してはいけない。

 悲しい過去を知ってしまった以上、タクトを戦いに行かせてはいけないとアリアは強く願っていた。

 彼にはこの世界の素晴らしさだけを知ってほしい。

 たとえ父である王を裏切った近衛兵や家族と戦う運命だとしても、タクトだけは醜い争いから自由にしてあげたかった。彼が望まないと解ってていてもアリアは彼を戦いから遠ざけたいと願った。

「お待ちどうさま。当店自慢の今日のこだわりランチです」

 マスターがカウンターから次々と皿を出してくる。

 パンに似た食べ物や琥珀色のスープ。更にはサラダやデザートのケーキと思われる物がカウンターに並べられていく。スプーンやナイフ、フォークを前に置くとマスターが笑顔で手を二人に差し出し食べるように促す。

「いただきます」

 待ちに待った料理を前にタクトが両手を合わせるが、アリアとマスターが不思議そうに見つめている。

 どうやら、いただきますという行為を見た事がないらしい。

「それってタクトの所の風習?」

「ああ、食べ物に対する感謝と生命の循環を表している」

 まさか、殺し屋であるタクトの口から真反対な発言が出るとはアリアですら思っていなかった。

 同時に、彼が元々いた世界は高水準の道徳を教えているのかと感心する。

「へえ、良いわねその考え。食べ物も一つの命で、命は繋がり廻ってるんだって良く解るわ。私達の場合はアクシア様に感謝って言うの」

 アリアが両手の指を組み願う様に目を瞑る。

「アクシア様?」

「この世界や魔法の礎を創造したという神様だね」

 マスターがこの世界について知らないタクトに優しく教えてくれる。

 彼曰くこの世界はアクシアという神が創造し、世界に恵みを与え人々に魔法の力を分け与えと伝えられている様だ。

 更にはアクシア教という物があり、今でも創造神アクシアに感謝する文化が根付いているらしい。

「じゃあ、俺もそのアクシア様に感謝してみるか」

 タクトもアリアと同じく指を組んで目を閉じる。そして再び目を開けるとまずはスプーンを持ち、琥珀色のスープを一口飲む。

 味は濃厚かと思っていたが意外とあっさりで、後から野菜のうま味と隠し味のスパイスが食欲を更に加速させていく。

 タクトは次々と料理を丁寧に食べデザートを最後に完食する。彼は震えながらマスターを見つめている。

「美味い……! 何だこの絶妙なハーモニーは!? どれを食べても互いの味が邪魔しないどころか、逆に素材の良さを引き出しているじゃないか! しかも食べ飽きないように、噛む度に味まで変化するとは思わなかった。こんな飯初めてだ……!」

「ホント、素材は普通なのにここまで変わるの!?」

「気に入ってくれた様だね。おまけで特性ドリンクをご馳走しよう」

 マスターが二人分の透明なジョッキを取り出しドリンクを作り始める。様々な果実や液体を混ぜつつジョッキに少量のパウダーをまいて一気に冷やしていく。

 二人の前に置かれたドリンクは鮮やかなエメラルドブルーで、ジョッキからは溢れんばかりの泡が浮かんでいる。

 タクトとアリアは目の前のジョッキを掴むと、あまりの冷たさと芳醇な香りについ感激してしまう。同時に一口飲むが、あまりの美味しさに一気飲みしていく。

「甘いけどスッキリとした飲みごたえ。キンキンに冷えてるから更に美味い!」

「初めての味だわ」

 二人は満足した表情でマスターに礼を言うと、予約を取った部屋へと向かって行った。

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