出会う少女と血みどろの狩人
空からの星と月の明かりにより少しだけ照らされた森の中、少女は背後から迫る追っ手をまくため走り続けていた。
必死に何度も呟く度、彼女の体が仄かに点滅する緑色の光に包まれ速度を増していく。
風を切る音が徐々に大きくなり、少女の感覚は景色と風以外何も感じない世界へと到達する。
「まだ追いかけてくる……」
少女は腰まで届く金髪を揺らしながら焦っていた。
相変わらず黒いローブを着た二人の追っ手が地面を滑りつつ迫いかけてくる。反撃しようにも敵う相手ではないと理解している。
だからこそ、少女には一つを除き逃げる事しか方法が無かった。
「異せか……」
ある種の賭けを思い浮かべるが彼女は即座にその方法を否定する。
この世界では禁忌とされている術の一つ――異世界召喚。別世界に存在する者を呼び出す魔法だ。
世界を救う英雄や逆に災厄も呼び寄せてしまう可能性のある禁断の呪文。
呼び寄せた相手を戻す方法は不明。仮に相手が人間や知能を持つ存在ならば、元の世界に帰せず一生不幸にしてしまうかも知れないと少女は思い留まる。
しかし、自身の力だけでは追っ手に捕まってしまうのも時間の問題だとも理解していた。少女は抵抗を止め両手を挙げつつ大人しく投降する態勢を取る。
「これはアリア様、もう抵抗はお止めになるので?」
ローブの一人が右手から白い光を明かりとして放ちつつ、穏やかな若い男性の声で少女――アリアに尋ねてくる。
男に照らされたアリアは動きやすいを着ているが、全体的に何処か高貴な雰囲気を漂わせていた。翠色に煌めく瞳には恐怖の感情の中に静かだが強い抵抗の意志を宿している。
「――い踊れ炎よ」
もう一人の男が油断してアリアを捕らえようと近付くが、彼女は唇を素早く動かし魔法のキーワード――詠唱を既に終えていた。
彼女が指を鳴らすと同時に男が真紅の炎に包まれ、身を焼き尽くす熱さのあまり地面で転がり始める。
「やりますねえ。まあ、彼は余裕の見せ過ぎですが」
右手を輝かせている男がアリアに敬意を込めてパチパチと拍手を送る。相方が死にかけている事に対しても、優しい声色のまま当然の結果だと言わんばかりに吐き捨てる。
アリアが再び指を鳴らしつつ炎を放つが、優男が手を横へ払った瞬間に無数の紫電が炎ごと彼女の全身を貫いていく。
彼女は膝を落としながら倒れ、あまりの激痛と感電に痙攣し立てなくなってしまう。
「もちろん私はアリア様が私の油断を誘い次に無詠唱魔法を使うと予測したうえで、カウンターとして無詠唱で即効性の雷魔法を放ちました。たとえ高貴な生まれのあなたでも、実戦担当の私には勝てませんでしたか」
「離、して……!」
アリアが男に背負われるがもはや抵抗する力すら残されていない。一人を不意打ちで燃やしたものの、もう一人は更に高度な方法で彼女を簡単に倒してしまった。
このまま連れて行かれれば、両国の戦争の引き金としてより多くの悲しみが生まれてしまうかも知れない。
その考えが、弱っていたアリアにある決断を下すきっかけとなってしまう。
「この私アリア・リィン・ハルモニアの名において命ずる。この世とは理が異なる世界の門よ、今こそこの場に現出せよ!」
アリアが綺麗な声で歌う様に詠唱する。さっきまでは使うまいと決めていた異世界召喚。もはや頼れる物はこれしか存在しないと考えたからだ。
捕まる事で多くの悲しみ――戦争が発生するのならば、止めるための手段は選ばない。
たとえこの行為で自分が悪魔と罵られようともと、アリアは決意して全身から純白の光を放ち解放していく。
「異世界召喚……ですがもう遅い。私があなたの希望を打ち砕くのですから」
男がアリアを一度優しく地面に下ろすと、光から出てくるハズの何かに備え構える。
古代魔法の中でも禁忌とされ、アリアや彼等古代魔法使いにとっても未知の部分が多い異世界召喚。たとえ何が相手であろうと先に倒せば済む話だ。
男が長い言葉を早口で唱えると、光の周囲を闇に似た雷雲が包み込みいつでも狙える様に準備を整える。
まず光の中から現れたのは赤黒い右腕だ。
光によってコートを着た何者かが血みどろだという事が解り、アリアですらとんでもない存在を呼んでしまったかも知れないと震えてしまう。
ついに全体像が出てくると、それは黒いコート全体に赤黒く変色した血を浴びた何者かだった。顔はフードに包まれているが、不気味に輝く黒曜石の色をした瞳が獲物が欲しいと言わんばかりに索敵している。
ローブの男が血まみれの男に目掛けて、数十はある雷の槍を一気に放つ。
確かに雷は全て肉体を貫いているが、血まみれの男は狂った様に腹を抱えて笑い始める。痛みによる麻痺で狂っているのではない。自身に歯向かう獲物を見付けたため狩ろうとしている。
より残酷な方法で、より苦痛を与えてから捨てるオモチャとして彼を認識する。
血液特有の異臭を放ちながら男が迫ってくる。ローブの男が火の玉を連続で投げてくるものの、男は何事も無かったかの様に回避しつつ接近し首を掴んでくる。
「た、助け――」
フードの男が恐怖の声をあげながら暴れるが、血みどろの男が銀色に輝く何かを向ける。
すると小さな爆発音と同時に、フードの男は力が抜けた様に倒れ動かなくなる。血みどろの男は獲物を投げ捨てると、今度は震えて目を閉じているアリアに向かってやって来る――
しかし、幾らアリアが目を閉じても男が襲い掛かってくる事はなかった。恐る恐る開けると、血まみれの男が彼女の目の前で倒れている。
呼吸が激しいうえに腹部から流れる出血も酷く、放っておくと今にも死にそうな状態だ。
アリアは目の前の男を抱くと、男と自身の全身を緑の光で包みつつ優しく呟く。すると男の出血が徐々に止まり呼吸も安定してくる。
良かったと呟きつつ、アリアは今まで追われた疲れと力を使い果たした事により意識を失った。