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【8】君がいないと






「お前、奥さん亡くなって悲しくないの?」


 最近会社で同僚にそう言われることが多くなった。僕としては瑠衣は幽霊になってもそばにいてくれるから寂しいなんてここ最近は感じたことがない。確かに半年ほど前は瑠衣がいなくて落ち込んでいたけれど今はむしろ楽しいくらいだ。


「まさかお前、もう新しい彼女出来たとか? 」

「……新しい彼女? いるわけないよ。ずっと嫁さん一筋なんだから」


僕は同僚を軽くあしらう。昼休み中の同僚のしつこさは普段の数倍だ。


「一筋ってお前ずっとやもめでいるつもりなわけ?

まあ、お前みたいな奴にあんな綺麗な奥さんがいたなんて今でも信じられないけど。もうあんな美人見つかるわけないよな」


僕はうなずきかけてはっとする。瑠衣と僕とでは不釣り合いすぎる。僕は瑠衣ほどの女性に幽霊になってまで見守られるような人間ではない。僕はまだ瑠衣に何もしてあげられていない。天国というところはすごく居心地のいいところだときく。そんなところへ行くよりも僕といることを選ぶなんて。もっと瑠衣に優しくして天国へ行かないようにするべきではなかったのか? こんなふうにまるで当たり前のように過ごしていてはせっかくこの世に残ってくれた瑠衣に失礼ではないのか? 瑠衣に炊事や洗濯などの細々とした家事をさせずにもっと大切に扱うべきではなかったのか?




「おかえり、千秋。いつもお疲れ様です」


 瑠衣は僕が帰ってくると必ず先に僕を労ってくれる。僕はそれがたまらなく嬉しくて、その日あったどんなくだらないことでも包み隠さず瑠衣に話していた。それを瑠衣にきいてもらうことが幸せでしょうがなかった。でもそんなことをいちいち聞いていた瑠衣の身になってみればさぞつまらなかったことだろう。今度は僕が瑠衣を大切にする番だ。


「瑠衣は今日、何があったの?」


瑠衣は驚いてしばらく黙っていたけれどすぐにまた微笑んだ。


「そんなことを千秋が言うなんて珍しいね。

今日したこと……ね。私は幽霊らしく家でじっとしていたわ。洗濯とか料理とか読書とかテレビをみたりね」


瑠衣は試すような挑発的な視線で僕を見る。


「そろそろごはんの時間だし何か作らなきゃなあ。

でも最近疲労気味でやる気出ないなあ」


僕はすぐさま立ち上がる。瑠衣の役に立つチャンスだ。


「そんなの瑠衣にやらせるわけにはいかないよ。

何か用意するから瑠衣はテレビでもみて待ってて」


瑠衣は僕を見てニヤリと笑った。


「そう? ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」


瑠衣はソファーに座ると雑誌のページをパラパラとめくっている。僕はそれを確認して料理を始めた。





「お待たせ。瑠衣、ごはんできたから早くおいで。」


僕はテーブルに料理を次々に並べる。ちなみに僕はまるで料理ができないわけではない。下手なりに何かしらの料理は用意できるくらいにはできる。断じて『日本男児たるもの、台所に入るべからず』なんていう亭主関白タイプではない。


「千秋の料理にしてはおいしいじゃない。パスタなんてしゃれたものを千秋が作れるなんて知らなかったわ」


失礼な。僕だってそれくらいはできる。どんなことでもそれなりにこなせるのが僕の数少ない特技だ。……悪くいうと『器用貧乏』というやつだ。


「ごめんごめん。冗談よ。それにしてもおいしい。今度からパスタは千秋に作ってもらおうかな。」


瑠衣はまた笑いながら言う。その仕草のひとつひとつがかわいくてたまらない。


「さっき読んでた雑誌、ファッション雑誌だろう。何か欲しいものがあるなら買ってあげようか」

「別にいいよ。私、幽霊なんだから。それにこの雑誌に載っている服ってすごく高いの。私が服を着てるのか服が私を着てるのかわからなくなっちゃうくらいよ」


僕はもっと瑠衣に甘えて欲しいのにそんなことを言う。僕の妻は倹約家だから困る。


「高くたって大丈夫だから好きなものを選びなよ。

ほら、これなんて似合うと思うけど」


瑠衣は困ったようにページをめくり、僕を見上げた。


「ねえ、千秋。一体どうしたの?いつになく協力的で気前がいいなんて。会社で何かつらいことでもあったの?」


僕は瑠衣の小動物的な視線に耐えきれなくなって話してしまった。


「瑠衣を大切にしないと愛想を尽かされて出て行かれると思って……瑠衣がいないと生きていけないのにもしもきみが天国に行ったらと思うとつらくてたまらないんだ。瑠衣をもっと優しく大切に扱ったらずっと一緒にいられるかと思ったから……」


瑠衣はこんな僕にあきれることなく優しく言った。


「私も千秋と同じくらいあなたを愛しているのよ。あなたの話ならどんなことだって聞きたいし、つまらないなんて思ったことも1度もない。料理だって洗濯だって千秋に喜んでほしくて私の好きでやっていること。そんなふうに考える必要もない。確かにたまにはこういうのも嬉しいけどね」


瑠衣は僕の髪をまた指にからめて遊びだす。自分から『愛してる』なんていうのが恥ずかしくて照れ隠しにやっていることなのだろう。そういうところもいじらしくてかわいい。


「千秋の髪も目も私を呼ぶ声も考え方も全てが好きよ。そのままのあなたが好きなの。無理して変えようとする必要なんてない」


僕の瑠衣はなんてかわいくて優しいんだ。僕のききたい言葉はいつも不意に君の口からこぼれだす。僕のかわいい、大切な妻の口元から。愛してるよ、瑠衣。君が愛しすぎて僕の愛で君が壊れてしまいそうなほど愛してる。この気持ちはどうしようもない。君が愛しすぎて仕方がない。お願いだから、もういなくならないで。君がいない世界で僕にどう生きていけというの? このとめどなく溢れてくる気持ちをどうしたらいいの? 君のいない世界なんて考えられない。瑠衣がいないと、僕は生きていけないんだから。






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