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【7】君さえいれば





「瑠衣、君に貸した本どこにあったっけ?」

「本?そんなの借りてないよ。」


 僕らは大掃除の真っ最中だ。瑠衣がいなくても生活できるように掃除から料理まで完璧に叩き込むと瑠衣が言ったせいだ。もう読まない雑誌や古びた衣服、靴、タオル類までかき集めている。


「それより何よ、この洗濯物の山は。よく半年分も溜め込めたね」


瑠衣が僕が押し入れに隠しておいた洗濯物を見つけたようだ。ワイシャツやスーツはクリーニングに出しているけれどそれ以外は洗う暇がなくて押し入れに溜め込んでいたのだ。


「仕方ないなあ。じゃあ、汚いものは処分して、新しい服を買いに行こう」


瑠衣は押し入れの中の服を容赦なくゴミ袋に突っ込んだ。僕は本棚の整頓を途中で切り上げて外へ出かけられるよう着替える。瑠衣もかわいい秋物のワンピースに身を包んだ。





「このシャツなら部屋でも外でも着られていいんじゃない? カジュアルなジャケットにも似合うと思う」


瑠衣はめぼしい服をいくつか見繕って僕に見せる。どれも僕の趣味に合うセンスのいいものばかり。


「彼女さんは趣味がいいですね。

その商品は軽くて暖かいので秋冬ずっと着られるんですよ。彼氏さんは背が高くていらっしゃるのでとてもお似合いですよ。」


店員が話しかけてくる。……えっ? 『彼女さん』?


「あの……私が見えるんですか?」


瑠衣は驚いて思わず尋ねる。僕もびっくりだ。店員は怪訝そうに僕らを見ると


「見えますが……?」


と答えた。僕らは飛び上がらんばかりに喜んだ。幽霊でも他人に見えるのだ!試しに駅前を歩いてみるとすれちがう人は皆瑠衣を避けて通るし、普通にポケットティッシュを手渡され、逆にこちらが拍子抜けしてしまった。


「どういうこと?幽霊って普通見えないものじゃないの? 」


瑠衣は困惑気味に僕を見上げる。


「僕にもわからないけれど……きっと瑠衣の日頃の行いがよかったおかげだよ。だから幽霊でもある程度人間と同じようになっているんだと思う。もしかするとこれで写真にも写るかもしれないよ」


瑠衣は目を輝かせている。よっぽど嬉しいのか手で口元を隠しながらも微笑んでいるのがわかる。


「まさか幽霊でも人間と変わらなく生活できるなんて知らなかった。物をしっかり掴む事もできるし、他人にも姿が見えるなんて生身の人間とたいして変わらないじゃない。できないのは鏡に映ることだけ……」


そこまで言うと瑠衣はうつむいた。


「もしかしたら幽霊の証拠を残せないようになっているのかもしれない。だって自然の法則に反しているじゃない。やっぱり死者には限界があるのよ」


瑠衣はそれっきり黙りこんでしまった。





 帰宅してからも瑠衣は何かを考えているのかソファーに座ってもくつろいでいるという雰囲気がまるで感じられない。


「千秋、ちょっとこっち来て」


しばらくして不意に瑠衣が僕を呼んだ。僕は何も聞かずに彼女の隣にそっと座る。瑠衣は僕の背中をひとしきり撫でるとぎゅっと抱きついてきた。くすぐったかったけれど黙って瑠衣の好きにさせておくことにした。瑠衣の指が僕の背中から髪へと移動する。僕の髪は天然パーマで小さい頃から悩みの種だった。それが逆に指先にからまりやすいらしく瑠衣のお気に入りだ。僕の髪を飽きもせずずっと触り続けている。そのときの瑠衣の表情がたまらなく愛おしく感じるのは僕だけではないだろう。それだけで癒されてしまう。


「ねえ、千秋。私が死んじゃって、ショックだった?」


瑠衣が無邪気にそう尋ねる。


「そりゃ、ショックだったよ。でも今でも瑠衣がそばにいてくれるから寂しくなんてない。いつでも瑠衣と話したり、みつめあったり、触れ合ったりできるだろう?それだけで充分だよ。君がこの世の人間ではなくても、幽霊でも、ずっと愛しているんだから」


僕は瑠衣にたまらなくキスしたい欲望にかられたけれどぐっと我慢する。きっと瑠衣は今、赤面しているのだろう。ああ、早く抱きしめたい。


「やっぱり、子供欲しかったよね? 」


瑠衣の声が頼りなさげに小さくなる。実は瑠衣は子供が出来にくい体質で僕達夫婦の間には子供はいない。不妊治療をすれば低いながらも可能性があると言われていたが瑠衣の心と身体の負担を考えて、子供を諦めたのだ。それから僕らの間で公園や遊園地などはタブーになっていた。2人とも子供が好きだったけれど僕は瑠衣と静かに暮らすのもいいかもしれないと思っていた。もしいたとしても何かあった時にきっと子供よりも瑠衣を優先してしまうだろう。

でも瑠衣がそんなことを気にしていたとは知らなかった。


「さっきも言ったじゃないか。瑠衣がいてくれるだけで充分だよ。それ以外、何も要らない。瑠衣がいるだけで幸せすぎるくらいなんだから」

「私もあなたがいるだけで幸せよ。でも私は幽霊で千秋が私がいなくても大丈夫だって思ったら消えてしまう。そうなった時、すごく不安だわ」


瑠衣はまだ僕の髪をいじるのをやめない。


「僕がそんなふうに思うこと、あるわけないじゃないか。僕にはこれからもずっと君が必要だよ」


僕は今度こそ我慢できなくなって瑠衣を抱きしめた。シャンプーの甘い香りがする。



僕が瑠衣を必要じゃなくなるなんてことあるわけがない。ずっと君と過ごしていたい。君さえいれば僕は何もいらないし、君が笑ったり、拗ねたり、甘えたりしてくれることほど幸せなことはない。僕は君なしでは生きていくことはできないだろう。ああ、瑠衣の全てがたまらなく愛しい。瑠衣のいない世界なんて考えられない。ずっと僕のそばにいてよ、瑠衣。自信を持って言うことができる。君をこれほどまでに愛しているのは僕だけなんだから。






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