表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/17

【3】君への疑惑



 目覚まし時計のベルの音がする。いつもの朝がきた合図だ。カーテン越しからもわかる朝日の眩しさに目を細めながらゆっくりと起き上がろうとして、昨晩の事を思い出す。いつもの癖で隣をちらりと見ると、すやすやと微かに寝息をたてる瑠衣がいる。こんなに満ち足りた気分で目覚めるのは実に半年ぶりの事だ。


「瑠衣、おはよう」


 朝、目覚めた時に挨拶ができる相手がいる事がこんなにも喜ばしいものだったとは。瑠衣がいなくなって初めて知った。たったそれだけの事で胸がいっぱいになるなんて僕はおかしいのだろうか。


「……千秋……? 」

「ああ、ごめん。起こしちゃった? 」


瑠衣も眠そうに目を擦りながら起き上がる。昨日の疲れがとれていないのか心なしか目が腫れているように見える。


「おはよ……」


瑠衣は身体をだるそうに動かした。その見覚えのある動作に思いを馳せてようやく合点がいった。病気でしばらく動けなかった時の様子に似ている。もしや風邪でも引いたのだろうか。


「まだ寝ていてもいいよ。朝ごはんくらい瑠衣がいなくても作れるからさ。ゆっくりしてなよ」

「そう? じゃあ、お願いしようかな」


瑠衣は嬉しそうに微笑んでまた布団をかぶった。普段の瑠衣なら無理にでも起き上がろうとするはずなのに。やっぱり何かおかしい。昨日感じた違和感といい、今日の様子といい、僕の知ってる瑠衣とは何かが違う。一体どうしたというのだろう。





「瑠衣、朝ごはんできたよ。冷める前にでておいで」


しばらくして瑠衣に声をかけたが起きてくる気配がない。いつもならとっくに起きている時間なのに。僕は瑠衣がかぶっている布団のぱっとめくった。そのとき、僕の目に枕に付いた真新しい染みが飛び込んできた。そっと触れてみるとまだ微かに濡れている。

 ……瑠衣、泣いてるの……?

 その只ならぬ様子に僕は不安になって瑠衣を揺り起こした。


「……ああ、千秋……何してるの? あ、ごはん出来たから呼びに来てくれたのか」

「……瑠衣、あのさ」

「ん? どうかした? 」

「……何でもない。早く来ないと冷めちゃうよ。早くおいで」


 無邪気に微笑む瑠衣に僕は何も言うことができなかった。彼女は何事もなかったかのように過ごしている。もしかするとこれは全て僕の思い過ごしで、本当は大したことではないのかもしれない。久しぶりに瑠衣に会えたものだから僕が勝手に舞い上がって、何でもない事を深読みしすぎているだけかもしれない。それにしても何かがおかしい。まるで何かを意図的に隠しているような違和感を感じた。瑠衣に何があったのだろう。僕に隠すほどの何かが....…



 今までの瑠衣ならば、僕に隠し事なんてしなかったはずだ。どんな事でも相談してくれた。ましてや嘘などつかれた事など1度もない。僕の知らない半年もの間に瑠衣の中で何かが変わってしまったのか。僕が瑠衣を疑うなんて半年前までは想像もできなかった。だんだんと想像と事実の区別が曖昧になってくる。瑠衣が僕に隠し事をしているというのはまだ推測でしかない。しかしそれは紛れもない事実だという気がしてくる。このままでは疑心暗鬼になって本格的に思考が駄目になってしまう。ここはまず冷静にならないといけない。……そう、これはただの推測でまだ可能性の域を出ていない。そうだ、まだ瑠衣に何かあったと決まったわけではないのだ。落ちつかなければ、これはただの思い過ごしに過ぎないかもしれないのだから。瑠衣が僕に何か黙っているなんてありえない。きっとただの思い過ごしだ。そう、きっとそうだ。



 僕らは何事もなかったように朝食をすませ、お互いを質問攻めにした。


「千秋は私が留守にしていた間、何をして過ごしていたの? 毎日ちゃんとご飯食べてた?風邪はひいてない? 会社に遅刻したり、ミスとかしていないでしょうね? 」

「大丈夫だって、子供じゃないんだから。瑠衣こそどうしていたの?」

「私は別に普通よ。毎日のんびりとリラックスして過ごしていたから病気なんてしてないしね。でも、千秋に会えなくてすごく寂しかった。すごく会いたくて何度もホームシックになっちゃったくらい」


 瑠衣は照れもせずに言う。瑠衣がこんなことを言うなんて珍しい。いつもの彼女なら恥ずかしがってそんなことを言うなんて滅多にない。やっぱり何かあったのだろうかと邪推してしまう。


「瑠衣と同じですごく寂しかったよ。帰ってきてくれてすごく嬉しかった。やっぱり瑠衣がいないと生きていけないみたいだね」

「……駄目、そんなの駄目よ。私がいなくてもきちんと生活できるようじゃないと。安心できないじゃない」


瑠衣は常に浮かべていた微笑をすっと消して、真面目な顔をして言った。


「……瑠衣? どうかした? 」


僕の不安げな声になにか察したのか瑠衣ははっと口をおさえ、次の瞬間には笑顔を貼り付けた。


「ううん……何でもないの。ただ千秋がちゃんとしていないと困るってだけ」


瑠衣はまた微笑んで僕を愛おしそうにみつめた。最近の瑠衣は少し様子がおかしいけれど、眼差しはいつも通りだ。瑠衣は疲れているだけなのだろう。今は瑠衣が帰ってきて間もないから違和感を感じているだけで、慣れればこんなのは普通になるはずだ。そう人を疑うものではない。もうしばらく時間がたてば元通りの平和で、穏やかで、幸せな日々に戻るはずだ。



この時の僕は感じている違和感をただの杞憂だと信じこんでいた。今思えば、僕はなんて愚かだったのだろう。もっと深く追求していれば、限られた時間を噛み締めながら過ごせたかもしれないのに。いまさら後悔しても、もう遅い。何もかもが遅すぎたのだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ