エピローグ
カーテン越しからの朝日があまりにも眩しくて目が覚めた。どうやらずいぶんと長い夢を見ていたようだ。しかしなぜか心にぽっかりと穴があいたような寂しさがある。別に悪夢を見ていたというわけではない。むしろ優しくて幸せな夢だ。……内容は、忘れてしまったけれど。まあ、いいや。
部屋の片付けをしていた僕はインスタントカメラを見つけた。何かを撮った記憶はないのだけれど。なんだか無性に気になって現像してみた。すると……何だ、これ? 何十枚も僕ひとりが写った写真が続いている。目が半開きだったり、にやけていたりという間抜けなものばかりで、なぜか中央からずれた位置に立っている。1枚、僕の顔がまともに写っている写真があった。そのとなりにはぼんやりと何かがうつりこんでいる。……心霊写真でも撮っていたのだろうか。でも不思議と気分が落ち着く。何でだろう?
その月の26日、僕は瑠衣の墓参りに出掛けた。月命日には墓参りに行くのが僕がひそかに決めた習慣だ。いつも通りに墓石をすみずみまで清め、花と瑠衣の好きな飴とマシュマロを供える。瑠衣は天国で楽しく暮らしているだろうか。ご両親と仲良くしているだろうか。僕は墓石にそっと話しかけた。
その帰り道、僕は段ボールの中に入った捨て猫をみつけた。段ボールの汚れ具合からすると最近捨てられたらしい。かわいそうに。僕はそっと猫を抱きあげる。まだ仔猫なのに捨てられるなんて、ひどいことをする人もいるもんだ。そして何を思ったのか僕はその仔猫を拾ってしまった。仔猫が思ったよりもかわいかったからか? 僕は猫より犬派のはずだけれど。
意外にも仔猫はオスだった。かわいい顔をしてたのに。身体を風呂で洗ってやると猫はすっかり綺麗になった。猫なのに風呂を嫌がらないなんて変わった猫だ。立ち振る舞いといい仕草といいまるで人間のようだ。僕は彼に敬意を表して『猫さん』と呼ぶことにした。ネーミングセンスがない僕が下手に名前をつけたら彼がかわいそうだ。
一緒に生活するうちに猫さんの性格がわかってきた。甘えん坊で気まぐれでいたずら好きで、構ってほしいと言わんばかりに僕の足元にじゃれてくる。かわいくてたまらない。瑠衣とはまったく逆のタイプのかわいさだ。僕は自分の想像にくすっと笑う。瑠衣だって猫と比較されるなんて心外だろう。僕は音楽でも聴こうとCDを選ぶ。そのとき、猫さんが棚の上によじ登ってCDを叩き落とした。まったくもう、いたずらっこなんだから。
「こら! 駄目だよ、猫さん」
僕は猫さんが落としたCDを拾う。スティービー・ワンダーの〝I just called to say I love you〟だ。瑠衣が好きな曲でよく彼女が口ずさんでいたのを懐かしく思い出す。でもこんなCD、買ったことあったっけ? 僕は首をかしげた。猫さんはかけてほしいのか僕の足元にじゃれてくる。仕方なくそのCDをセットして曲をかけることにした。
君がいなくて寂しいけど、猫さんと仲良く元気に暮らしているよ。だから心配しないで。僕は大丈夫だから。僕は君を忘れたりはしない。少なくともこの曲を聴くたびに思い出すだろう。これからもずっと君だけを愛しているよ。
そのとき、猫さんが小さく鳴いた。僕は猫さんを抱きしめる。猫さんのことも大好きだからね。
瑠衣、さようなら。また会う日まで。




