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【15】あなたが忘れてしまっても




 私の身体がふわりと軽くなったのを感じる。ああ、これが『成仏』ってやつなのね。光の中に吸い込まれていくような気がする。思っていたよりもつらくない。何だかとても幸せな気分。


「瑠衣さん、お帰りなさい。ずいぶんゆっくりしていたようですね」



 光の中に完全に入ると、私の身体はなくなってしまった。人間のかたちからただの光になってしまったみたい。だから目も耳もないはずなのに不思議と声がきこえる。まわりは全てあたたかい光に包まれている。何かのかたちを成しているものなんてひとつも見当たらない。


「瑠衣さん、ちゃんときいてる? 」


また声がする。かわいいソプラノの声。これが天使の声なのね。そうは言っても天使も子供のかたちなんてしてなくてただの光にすぎないのだけれども。


「ごめんなさい。ちゃんときいてるから」


私はあわてて声をあげた。声帯も何もないのに声が出せるなんて変なの。私はくすっと笑う。口も頬もないのに笑えるのね。新たな発見をした気分。


「ちゃんとお別れできましたか? 」

「ええ、私の気持ちは伝えられた。満足してる」


天使はもじもじと恥ずかしそうにしている。天使の光がピンク色になったからすぐわかった。


「あのさ、瑠衣さん。ちょっときいてもいい? 愛ってどんなものなの? 」


……え? 私は言葉に迷う。天使って何でも知ってるものじゃないの?でも天使は天使なりにわからないことがあるのかも。偏見はよくないよね。


「そうだなあ、伝えなさすぎると相手を疑わせて、伝えすぎると相手を縛るもの、かな」


……嫌だ、私ったら。今すごく恥ずかしいことを口走った気がする。


「瑠衣さんはどっちだったの? 」


屈託なく天使が尋ねる。


「私は前者のほうだった。何も言わなくても伝わっていると思ったら大間違い。私の旦那さんは断然後者だけどね」


そう。千秋は私に充分すぎるほどたくさんの愛をくれた。それに縛られたことなんて1度もない。思い出すとなんだか泣けてきちゃった。おかしいな、もうとっくに目なんてないのに。


「瑠衣さんの旦那さんってどんな人だったの? 」


私はそっと微笑む。私の記憶の中の千秋はすごく優しくて私を守ってくれた。ちょっと頼りないところもあるけれど、私のためにどんなことでもしてくれた。私のわがままに付き合ってくれて、私の欲しいタイミングで欲しい言葉をくれた。お金なんてなかったけれどつつましく幸せな暮らし。

 ……戻りたい。……死にたくない。……生きたい。

 いくら望んでももう叶わない。私は交通事故で死んでしまった。その事実は変わらない。無理を言って千秋に会いに行かせてもらった。少しの間だけだけれどまた千秋と一緒に暮らせた。それだけで充分。私は千秋をずっと忘れない。私が心の底から愛した人。愛さずにはいられなかった人。私の心を全て奪っていった人。私を女にした人。忘れられるわけない。ずっと覚えていたい。好き。大好き。愛してる。私の千秋。だけの千秋。一緒に生きられなくて、ごめんね。でももう少しだけ、私のわがままをきいて。これで、最後にするから。


「私が幽霊として地上にいたときの千秋の記憶を消してください。千秋をもう、苦しませたくない」



 私の両親は病気で亡くなった。母は私を産んですぐに、父は私が大学を卒業する年に。悲しかった。孤独で、誰も味方がいないように感じた。父との思い出が多すぎて辛かった。父の遺品を見るたびに父がいないことを痛感した。寂しくて寂しくてたまらなかった。誰かにその寂しさをまぎらわせてほしかった。しばらく時間が経ったら友達と笑い合う自分がいた。許せなかった。父はもうこの世にいないのに、もう会えないのに私はその悲しみを忘れて楽しんでいる。私が父を忘れてしまったら、父を覚えている人がいなくなってしまう。それは、とても悲しいことだ。父をずっと覚えていたかった。なのに私は笑っている。父のことを思い出すのも辛く、忘れてしまうのも辛かった。

 じゃあどうすればいいの? 私はどうするべきなの? あの頃の私のように千秋を苦しませたくない。私が死んだという事実が変わらないのなら、千秋にはそれを忘れて人生を楽しんでほしい。私のことが忘れられてしまうのはつらいけれど、それは私が我慢すればいいのだから。私は千秋に泣いて暮らしてほしくない。千秋が忘れてしまっても、その分まで私が覚えている。千秋が私をどれだけ愛してくれていたか、私がどれだけ千秋を愛しているか。



「本当に、いいんですね? 」


 天使が私に尋ねた。私は大きくうなずく。後悔はしていない。苦しんだり、悲しんだり、泣くのは私ひとりで充分。千秋、私の千秋。私はこれからもあなただけを愛し続ける。あなたが別の人を好きになってもかまわない。私のことを忘れてしまってもかまわない。それでも私はあなただけを想い続ける。



「瑠衣さん、そういえばどうします?生まれ変わりの姿。やっぱり人間にしますか」


私は即答した。


「猫。かわいい猫にしてください」




 愛してる、千秋。心の底から、なによりも、誰よりも。さようなら。あなたの幸せを心から願っています。





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