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A班(外)ファイル ― 人魚は楽器をひかない ― 《後編》

作者: ぽすしち
掲載日:2026/06/10

連載だったものを短編に移動。 《前編》からのつづきです



6.



 ― ホセのみせ ―






 ホセの店は、このごろ昼間はあいていないんだ、と近所の男は戸の閉まった店をさした。この男はむかしからホセ夫婦となじみで、昼飯もずっとホセのかみさんの料理を食ってきた独り者だったが、「ホセが気味の悪い女をひきとってからは交流はなくなった」とさびしそうにまた店をみた。


「離婚したかみさんは本島にもどっちまったよ。こどもはいなかったから、それでよかったんだろうが、ホセはあんな女、どこがよかったんだろうな?」


 ホセの店のはなしを聞きに来た《観光客》の男たちに、家の前にだした椅子をすすめた男は、自分が先にこしかける。


「歌がうまくて若い美人じゃないの?」『気味の悪い女』という言葉を出した男にザックが確認する。どうやらこの男は『歌姫』の歌をききには行かないらしい。


「わかい?色がしろくて顔にしわもないが、ありゃ若くないさ。港にきたときおれもそこにいたが、あの歩き方ときたら、まるでばあさんだ。崖の上のマルコのばあさんより年よりだったぜ」


「病院にいたんだから、あまり足腰がよくないのかも」ルイが提案した意見はすぐ否定される。


「足腰がよくなくて、東の浜からこっちまで歩けるかい?」


「きょう、ホセをみましたか?」

 ジャンが二階の窓もしまったままのたてものをあごでさす。

 いいや、と首をふった男は、じつはこの三日くらい、店も閉まったままでホセの姿もみていない、と建物をみたままこたえる。


「 ―― そうだな。ちょうど、あんたたちを島でみかけるようになるまえだ。あんたら、あのアランが連れきた友達なんだろう?アランとおなじように、探し物をする仕事かい?それなら、おれが飼ってた猫もさがしてくれないか?アランにたのんだら、いまべつのものをさがしてるんでさがせないって断られちまったんだが、ピンク色の首輪をした白い猫なんだ」


「わかった。みつけたら連絡する」

 ケンが男の肩をたたき、建物の方へ足をむける。「なあ、 ―― その猫、もしかしたらこのホセの店の中に、いるかもしれねえよなあ?」


 きかれた男はちょっと考えてから、うなずいた。

「そうかもしれん。ホセにはなついてた。あの女がきてから店にも近寄らなくなったが」


 それに了解というように手をあげたケンが、正面のドアをすこし確認してから、親指をたて、「猫の鳴き声がした」と、ドアの腹にあたるところを蹴とばしてあけた。



「あんたら、おれの猫をみつけたら、連絡してくれ」


 勝手にホセの店にはいってゆく《アランの友達》たちに手を振る男は、ホセについては最後まで何もつけたさなかった。







 店の中はきれいに整えられ、すぐにも開店できそうな状態のままだった。



「猫、どこだよ?」ザックは念のためきいてみたが、「空耳だった」と、かるくケンにかえされる。


「裏のドアがあいたままだ」正面を壊すことなかったね、とルイが報告しにくる。


「店の奥の在庫置き場に、防水シートが広げられてるし、切り取られたロープもある」

ジャンが《警備官》の仕事用である小型の懐中電灯をとりだし、あとは二階だな、と階段の上をてらした。



  「 っ おっ ・・・リビア?」



 ライトの丸い明りの中には、オリビアが立ち、階段の下にたまる男たちをにらんでいる。




「あんたたち、 ―― いったいなんなの?ここはホセの店だよ?不法侵入ってことば知らない?」


「あー・・・おれたちは、その、なんていうか」ジャンはついクセで、仕事中腰に携帯する対人用の棒をさがした。


「いくら《上流階級》だからって、人の家に勝手にはいっていいってことにはならないんだけど、しらなかった?」

 女は階段の上から動かない。


「そっちこそ、どうしてここにいるんだよ?」

 ザックがジャンの前にでた。


「あたしは、エレノアからこの家の鍵をもらってるからよ」

 パンツのポケットからだしてふったその金属がきらきらひかる。


「あんたが、エレノアと友達?それとも、えっと、ホセの友達なの?」

 ザックがじりじりと階段をのぼりはじめる。


「あたしは海に潜っていいかわりに、エレノアの話し相手になってほしいってホセにいわれたから、友達になっただけ。でもあの女、ほんとなんだか怪しいよね。病院にはいる前のことはなにも覚えてないの一点張りでさ。それなのに、あたしとちがって島の男たちに歓迎されて、こんないい家で好きに暮らせて」


「きみは、なんの研究者なのかな?」ルイがザックをひきとめながらオリビアに質問した。



 大きなため息とともに、そのライトやめてくんない?と女は顔を手でかくす。



「 ああ、わるい。ホセのお隣さんがここにいなくなった猫がいるかもしれないっていうんで、ちょっとみんなでさがしてみようかってことになってさ。ところが店がこのところ閉まったままだっていうんで、心配になってつい」ジャンは懐中電灯をポケットにしまう。


「『つい』、不法侵入した?この島に警察官がいなくてよかったわね」

 階段をおりてきたオリビアは、ホセたちはいないわよ、と二階をしめす。

「あたしも店が開いてないってきいて三日前にも来たんだけど、そのときからいないわ」


 たちはだかる男たちのあいだをぬけ、女は店のほうへ歩き出す。



「ふたりとも?そりゃ心配だな」

 ジャンはみおくるように声をかけた。


「そお?ふたりで船に乗って《砂島》のほうに行ってるのかも。エレノアがなにか思い出す助けになるかもしれないから、やってみたら?ってホセに提言したのよ。 あたし、大学の研究所で、海洋遺物を研究してたの。はじめは海にしずんだ神殿跡とかだったんだけど、そのうち海にしずむ船に興味をもったら、そこにたくさんの『お宝』がいっしょに眠ってるってことに気づいちゃったのよ。それからそっちを発掘するほうに力をいれすぎて、沈没船の『お宝狙い』の男と《発掘調査》をしたら、研究所をクビになって、そのとき見つけた『お宝』は、男に持ち逃げされたわ。 この島にもむかし調査で来てて、小屋を建てたのをしってたから来たのよ。『人魚の巣』ではむかしからたくさんの船が沈んでるんだから、ちょっとでも『お宝』がみつかるはずだと思って潜ってるんだけど、いまのところまだ、みつからないわ。 ―― ああ、このはなし、エレノア達にもしたから、もしかして《砂島》を見に行ったんじゃなくて、『人魚の巣』のほうにいったのかもね」


 どうでもいい、というようにつまんだ鍵を店のバーカウンターにおいた女は、この店、あんたたちのおかげで出入り自由になったわね、とわらいながら正面のドアをけとばして開け、でていった。




 顔をみあわせた男たちは、とりあえず二階にあがり、すべての部屋を確認してまわった。



「なにか気づいたことは?」

 ジャンが仕事中のようにみんなの顔をみる。ルイが手をあげた。

「エレノアのハープがどこにもない」

 発言してからバトンをわたすようにケンをみる。

「浴室に血のあとはない」

 つまらなさそうなケンはザックをみた。

「猫もいないよ」

 残念そうなザックはジャンにバトンをもどす。

 

 よし、とうなずいた副班長サブチーフは、「つまりは、 ―― なにも『ない』ってことだな」と、ひきあげの合図をした。


 カウンターに置かれたこの家の鍵をとりあげたルイが「エレノアからここの鍵をもらったっていうのは、ほんとかもなあ」と、指先につまんで鍵をゆらした。みんなにむけられたそこには、べったりと血の汚れがついている。



「あのおっさんの猫の血じゃないといいけどな」

 ケンがこの場にいる男たちを代表して心配してみせた。



 









7.


 ― 人魚と王子の恋のおはなし ―



 美しい夕日に染まった空をみあげながら、ジュリアはレイの手をなで、「うつくしいおはなしよね」と、いたずらを思いついたような顔をして、「 ―― 舞台にするためにはこれぐらい美しくないとならないのよ」とつけくわえた。


「あの『人魚と王子』は、舞台用のおはなしになってるってことですか?」

 礼儀正しいレイはおどろきながらジュリアの手をにぎり、椅子から身をおこした。


 若者が本心からおどろいていることに笑みをふかめた老女は、むかしばなしはたいてい残酷よ、と教えてやる。


「 ―― 人魚が船の上の王子に恋をして、わざわざおかにのぼったからって王子に見つけてもらえる保証なんてないでしょう?」

「ええ、・・・まあ」

「このあたりにすむ人魚はね、船にいる男たちをうつくしい歌声でさそって、海にひきずりこむのよ」

「歌で?ああ、じぶんの住んでいる世界につれこむんですね?」

「・・・どうなのかしらねえ。海のなかで人間はくらせるのかしら?」

「そうか。魔法で、王子のほうを人魚にするのかも」

 レイのおもいつきに、ジュリアはたのしそうに声をあげてわらった。

「レイ、あなたって、すごくかわいいわ。わたしもそれに賛成しておこうかしら。ひきずりこまれた男たちが人魚たちの餌になるより、すごくいいものね」

「えさ?」

「『人魚の巣』で行方不明になるのは、人魚の餌になるからだっていうむかしばなしが、このあたりにはつたわってるのよ」

「こわいおはなしですね・・・」

「それとはべつに、魔法で人間の脚を手に入れた人魚が丘にあがって、王子といっしょになるっていうむかしばなしも、たしかにあるの」

「へえ。まったくべつのおはなしがうまれたんですね。たしかに、この島で暮らしていると、どっちもおもいつくのかも。いまはお天気もいいし、景色も美しくて最高ですけど、天候が荒れる日が続いたりしたら・・・やっぱりこわいことも考えちゃうな・・・。船にのった大事な人が帰ってこなかったりしたら、人魚のせいにしたくもなるかも・・・」

残念そうにうつむく若者の手をひきよせ、老女は彼の肩をだく。

「いちばん残酷なのは現実ですものね。それをやわらげるためにむかしばなしでくるんでしまうのも、たしかにひとつの手だわ」

 頭をこつりとレイにつけ、ジュリアはやさしい笑みで空をみあげた。









8.


 ― お知らせします ―




「ホセとエレノアがいなくて、オリビアが店にいた?」アランは椅子から立ち上がり、すぐに助けに行こう、と警備官の男たちをみまわした。


「どこに?」


「おれが間違ってた。こうなると、エレノアとオリビアは仲間なのかもしれないな」


「なにの?」


 まったく動こうとしない男たちを代表して、ジャンがきくのに、アランはくやしそうにこぶしをにぎり、それはわからねえけど、と言葉をさがして、「とにかく、あやしいだろ。島の男がまた行方不明になったんだ」と怒ったようにまた椅子にすわった。


 警備官たちはこの《貴族の別荘》にある居間が気に入ってるようで、だれも動こうとしない。ジュリアとレイは今日、ずっといっしょに過ごし、夕食はマルコの店でとるので、A班の男たちは自分たちでつくって食べるように言われている。

 

「あのさあ」とルイがのんびりしたききかたで、このあたりの人魚の伝説しってる?といきなり確認し、アランが「にんぎょお?」とおかしな発音でかえす。

 居心地のいい居間の揺り椅子でくつろぐ男は、ニコル夫妻がおきにいりだったソファをひとりで占領する副班長に、アランには話してないの?と顔をむけた。


「なにをだよ?」

 聞き返したのはアランではなくザックだった。

「そういや、ケン、おまえ、ここにくるのにジャンになにか相談してたろ?」

 おもいだしたザックは、あれなんのことだったんだよ、ケンをみた。


「ああ、このあたりって《人魚》に喰われた船乗りのはなしとかがいまだにあるから、旅行として行く先を、本島から一番近い島に変更したほうがいいのか、いちおう相談しといたんだ」


「そうなんだよ。《あの》ケンがそんなことをおれに相談してくるなんて、ほんっと人って成長するんだな。おれはすぐにルイに相談した」ジャンはルイをみた。


「おれは、・・・いちおう父親に、相談してみた」

 ルイがすこし恥ずかしそうにわらうのに、ザックは「まほっ」と声をだしてしまい、アランがいるので先をのみこんだ。


 ルイの『父親』は、いわゆる『魔法使い』というひとで、なんだかおかしな力がある。そしてそのうえ、ワイン愛好家で、この世のワインの生産流通にひとやくかっているらしい。


「親父がいうには、ここの海にはいらなければ大丈夫だろうってことだったよ。どうやら、《人魚》ってひとくちにいっても、種族がいくつかあるみたいでね。このところどの種族の噂もきかないって、なんだかさびしそうだったけど」


 ルイがはなすあいだ、ザックはアランをみていた。

 警備官たちにとって、『魔法使い』とか『魔女』なんて、仕事でつきあいのある相手も、この《探偵》にとっては、《昔ばなし》や《おはなし》の登場人物だろうし、だいたい、『人魚』なんていうのは、ザックだっていままで会ったこともない。


「おいおい・・・」ここで思った通り、アランが眉をよせてこまったようなわらいをうかべた。「・・・このあたりの人魚は、むかしは歌で漁師をおぼれさせるって・・・そ、うか・・エレノアか!あいつ、人魚なんだな?くっそ、おれがイメージしてたのとだいぶ違うじゃねえか。あんなんじゃ王子と恋なんてできねえだろう」

 アランはこぶしで膝をたたき、「じゃあホセは、」と顔をあげた。


「残念ながら、捕まったみたいだね」ルイがゆっくりうなずく。


 どうやらなんの抵抗もなく『人魚』をうけいれたアランは、探偵むきでない純粋な素直さを持ち合わせているようだとザックは感心してしまった。

「じゃあさ、『捕ま』って、海に連れていかれたのかな」ザックが首をまげると、中庭にでるためのおおきな窓がタンタンと音をたてた。

 みんながいっせいにみると、半分ひらいた窓に挟まるようにして白いタキシード姿の男が立ち、こちらに首をつっこむと、「あのさ、島の建物にあかりがついた」とだけ言って、また窓をしめた。



「誰だ?」アランがたちあがったときにはもう、男の姿は消えていた。


「ルイの親戚だよ。すっげえ目がよくて、フットワークが軽いんだ」ザックとしては、この《探偵》になら、あれが『魔法使い』に仕える《白いカラス》だと教えてもよかったのだが、アランのためにも、やめておいた。



 この世界に、自分がおもってるよりもたくさん知らないことがあるのに気づくのは、一週間に一度だって多すぎるとザックは考えている。








9.



 ― 砂島 ―



 西の港から船をかりるのは、アランのおかげですんなりとかなった。

 ホセの船は港につながれたままだったが、むかし、観光用でどこかの業者が捨ておいていった古い船がなくなっているのがわかった。捨ておいてあるといっても、どうやら漁師たちがたまに使うらしく、あれでも砂島までつくだろう、とアランはうなずいた。


「この島のみんなは、アランはエレノアとホセを探してるって勘違いしてるんだな」

 あんたやっぱり頼られてるな、とジャンが船をあやつる《探偵》の肩をたたいた。この船をかりだすときに立ち会った漁師が、ホセをみつけてくれ、とアランにいっているのが警備官たちにもきこえていた。


 しずかな海面を割るように進む船には小さな操縦室もあり、五人でのっても安定する大きさのものだ。それほど沖にでない漁師でも、このぐらいの大きさの船は必要だというアランの説明に、ザックはもっと波のある海を想像していたので、拍子抜けだった。


「 ―― たしかにいまはホセを探してるんだから、まあ合ってるさ。マリオもきっと、エレノアに捕まってるんだろ」そうジャンにこたえた《探偵》は、漁師に借りた船を操作しながら暗くなり始めた海をみわたした。夕陽はもう、最後のひかりを放ちながら、ほぼ海中へと沈んでいる。


「 ―― 潮のながれがいつもとちがうな。すこし時間がかかるかも」

 エンジンをうならせて進んでいるのに、アランがそんなことをいう。


 つられたザックが海面をながめると、むこうのほうで白いなにかが水面ではねているのがみえた。

「小さい魚かな」

「 ―― おれには、たくさんの女の手がみえたけどな」ケンがいやなことをいう。

「いや、だって、こっちは《人魚の巣》じゃねえんだろ?」

「そりゃ、人間がそう考えてそこをそういう名前にしただけで、人魚たちにとっちゃ、どこに《巣》をつくろうが勝手だろ?」にやけたケンに、ザックはなにも言い返せなかった。


 白くはねかえるその群れに近づくにつれ、たしかにたくさんの白い人の手が、水面をたたくようにつきだされているのがみえ、アランも気づいたのかおかしな声をあげた。


「いいや。よくみろ。 ―― あれは小魚の群れだ。魚だよ」

 ルイがそういったとたん、人の手は小さな魚のむれになる。 

「これって《人魚》たちのいたずらだよ。だけど、おれたちはそれにひっかからないですむ」ザックたちにわかるようにちいさく空をゆびさす。みあげたはるか上のほうに、しずみゆく陽のひかりを翼ではねかえす、おおきな白い鳥がいた。《白いカラス》だ。


 次には女のながいながい髪が流れてきたが、「海藻だよ」というルイのことばで海藻になった。ザックが身をのりだしてみようとするのを、ケンにひきもどされる。



 また、潮の流れがかわったとアランが言ったとき、薄暗くなった視界に、黒い小さな島がいきなりはいってきた。近づくにつれ、その小さな島に、めいっぱい建物をのせているのがわかり、まるで土台の大きな立派な建物が海に浮かんでいるようだった。



 ザックが『砂島』という名前から想像していたのとはちがい、その島には、きりたった黒い崖しか確認できなかった。その崖の上にのっているのは、なかなか立派な古い聖堂教の教会のようなデザインの建物で、赤いレンガの壁に囲まれている。建物は白っぽい石でできているようだが、黒い崖とそれほど変わらない暗さでしか目にうつらないのが不思議だった。上にのびた高い塔には、教会のように鐘もついている。


「近づくと、でかいな」

 アランが、こんな大きいのならオーロラ島から見えてもおかしくないのに、なんで見えねえのかな、と首をひねる。


「病院ねえ・・・」ジャンがいやそうな顔でみあげ、アランもいやそうな顔で、「あのふるい新聞記事にのってたときと変わってないみたいだな」と船を島へちかづけてゆく。


 島を一周するくずれかけたレンガの壁には、ところどころにランプのあかりのようなものがともり、赤い石の囲いをうかびあがらせ、途切れたところが正面だと教えている。



「あのちいさい砂浜が、唯一船がつけるところなんだろうけど、船がないな・・・」

 オーロラ島の港から先についているはずの船はない。だが、その砂浜につくられた小さな桟橋に船をつないでおりてみると、砂地には、なにかをひきずったようなあとがのこっていた。



 どう見ても、この島にはこの大きな建物しかなく、行く先は建物の中だ。


 レンガはくずれてはいるが、正面には、錆びてはいるが大きく重そうな金属の立派な扉がつき、開いたままになっている。



 その扉から建物の正面の扉まで十メートルほど。ジャンを先頭に一列でゆくが、建物に明かりらしきものはみあたらず、近づいていっても人の気配はない。つきだした正面口から左右対称で、同じ数の窓がある。


「 ―― 右手をおれとアランとザック、左手をケンとルイでまわってくれ」


 鍵もかかっていなかった正面の扉をあけながらジャンが指示をだし、ケンははいってすぐに、左手へ走って消えた。


「こんな真っ暗であいつ見えるのか?」アランがあきれたように懐中電灯をつける。

 照らし出された正面には、病院らしく受付のようなながいカウンターがあり、奥には古い壁掛け式の電話がついていた。さらにその奥は事務所なのか、机と書棚がみえたが、なにもない。


「この中って電気つかねえの?外の電気はついてたのに?」仕事用の小型の懐中電灯をとりだしザックが、おかしいじゃん、とアランをみる。

「だって、慈善団体とかいうのが運営してるんじゃなかったっけ?」


「そのはず・・・なんだけど・・・なにもないよなあ・・・」アランも顔をしかめた。


 病室のドアをひとつずつひらきながらみてゆくと、ベッドはあるがシーツもかけられていない。


「でも、ほこりは溜まってないんだよねえ」

 ルイがベッドの下を照らし確認した事実に、ジャンが聞こえないふりをする。




 つぎの曲がり角で、建物が突然きりかわっているのがわかった。

 教会のような大きな建物のうしろには、様式が違う、白い石でつくられた平屋の建物がある。



「こっちにはなにもなかったぜ」

 先に左側をまわってでてきていたケンが、平屋の手前で待っていた。

 白い石の平屋は、よくみるといくつもの細い柱で支えられた低い屋根をもつ空間で、その中に、いきなり近代的な金属の扉をつけた、白い石膏ボードでつくられたような簡単な小屋がおさまっている。そのボードでできた壁の上の部分には横に長い窓があり、中から暗いあかりがもれていた。



「この建物って・・・厨房?」窓によったルイが背をのばして中をうかがう。

 近代的な調理台やシンクがみえた。


「料理中かもな」

 ケンがザックににやけてみせる。

「・・・料理って、まさか・・・エレノアはそのためにホセを捕まえた?」

 じぶんで言って、ザックはぞっとした。

「まあ、たしかにホセは太ってきてたが、ずっと一緒だったんだぞ?なんでそんな急に喰いたくなったんだ?」

 アランは真顔で腕をくんだ。

「いや、 ―― もしかして、おれたちがここにくることになったのがいけなかったのかもなあ・・・」

 ジャンが腕をくみ、しかたないから入るか、とその小屋についた金属の扉を、うらめしそうにめでさした。



 アランが代表するように前にでる。


 ジャンが念のためというように、そのすぐ横につく。



 扉にある大きなレバーに手をかけたとき、それが突然中からひらいた。










 

10.


 ― つかまる ―




「っほ、ホセ!?」


「あっ、アランか!!よかった!たすけてくれ!」


 足早にでてきたのは、陽に焼けたからだの大きな男で、もみあげには白いものがまじっているが、髪の量も十分で、太ったと言っても腹もでていなかった。



 その男の無事をたしかめるように両手で肩をつかんだアランは、平気だったか?と全体をながめる。




 「 平気じゃないわよ!そのクソ男を捕まえてここにつれてきな! あたしが仲間にそいつをくれてやる! 」


 きたないしゃがれ声が中からひびき、アランはホセの肩越しに中をのぞいた。



 小屋だと思っていた扉の中は、床はそのまま外からの白い石のままで、どうやら壁と屋根だけを石膏ボードつくった厨房用の部屋のようだった。

 その白い床石をそこだけ数枚切りとったように、とつぜん床に小さな四角いプールがあり、両手をゆわかれたエレノアが、そのうす緑色の水の中で上下にひっきりなしにゆれ、汚い声で汚い言葉を投げ続けている。


「 クソ男!!逃げんじゃないよ!! 」


「だまれ!このバケモノ!いままでおれのことをずっとだましやがって!」

 振り返ったホセが腕をふりまわしながらどなりかえす。


「ちょっときいてよ!そいつ、このあたしを拉致って、ここでずっと二人だけで暮らそうとかいってつれてきやがったんだよ!!」


「おまえがこの病院にもうだれもいないから、って言ったから、それがいいっておもったんだ。引き取ってやったのはおれなのに、島中の男どもに色目つかいやがって!」


「あたしの歌声にまいらない男なんていないんだよ!あー、でもそこのアランだけはかからなかった。なんだか嫌な感じはしたんだよ。そんな人間の男いままでいなかったてのに。しかも、《仲間》をつれてまた来るとかいうからさ。ちょいと一旦、島をでようと思ってたんだ。そうしたら!そのバカホセが!あたしがハープをシートでまいて荷造りしてるのをみつけて、出てくのを許さない、なんていってあたしをなぐりやがった!おまえとはなれたくない、ずっとふたりだけでこの先暮らそうなんていって、あたしはロープでまかれておんぼろな船にのせられて、気づいたらこの島さ!」


 エレノアの顔は人間のものだったが、叫び続ける声はひどいものだった。



 アランはホセの肩をたたき、ほんとか?ときいている。

 うなだれた男は、まあな、と認めた。

「 ―― もう女房もいないし、べつにいいと思ったんだ。ここなら、エレノアに寄ってくるほかの男もいないだろうってな。はじめは、おれもちょっといきなりこんなことして悪かったっておもったし、殴っちまったのも謝って、優しくしようとおもったんだ。誰も人がいないわりには、病院の中はきれいだし、『厨房』だっていうここの、あのプール、海とつながってんだよ。だから、あそこで魚をとって料理してだしたのに、エレノアは前から魚は食べないし、ここでも食わねえっていう。 しかたないから貝とか海藻とかをだしてたんだが、 ―― きょう、こいつが海で自分で食い物をとってくるからっていうんでようすをみてたんだ。そうしたら、水面で休んでる海鳥を、こいつが水からとびだして、くいついて捕まえたのをみちまったんだ!」

 おもいだしたかのように身をふるわせる。

「そのときの顔といったら、 ―― 目玉は飛び出して口が耳までさけてて鼻もない!バケモノのかおだ!もどってきてすました顔で厨房に行って、鳥の羽をむしりだしたんで、殴って気絶させて手足をしばってプールにほうりこんだら、またあの顔で浮かび上がってきて、おれにかみつこうとしやがった!!」


「あたりまえだろ!!あんたあたしを殺そうとしたんだろ!あいにくだけど海のなかじゃそりゃ無理だ!!あたしは人魚だからね!!」


「なにが人魚だ!てめえ半魚人のほうだろ!!おれはじいさんからきいてるぜ。歌で男を捕まえる人魚の周りには、捕まえた男を喰うだけの半魚人がいるってな。 いいか、アランもよくきけよ。人魚ってのは、人間の男を歌でつかまえる『だけ』なんだ。つかまえて遊んでるだけなんだぜ。そのつかまえたのを、同族の半魚人に餌としてやるためだけにな。こいつは半魚人のくせに、きっとじぶんで人間の男を捕まえてやろうっておもったんだろうな」


「うるせえ!!あたしのハープをかえせ!!ここまで運んだろう?」

 プールの中で立ち泳ぎをしているのか、エレノアは必死に上下しながらどなった。


「ああ。ここは店じゃないから楽器はいらねえだろうと思ったんでな、海にすてた」


「なんてことをっ!!かえせっ!!かえせ!」

 悲鳴のような声をあげた女の顔は、目玉がとびでて口が裂けたものになっている。



「ほらアラン、見たろう?エレノアはバケモノだったんだ。おれはあやうく喰われるところだった。 おまえ、銃かもりを持ってないか?できればあのバケモノをぶっころしてからここをでたほうがいいだろ。それをさがしに出たところだったんだ」

 すっかり落ち着きをとりもどしたようにホセが首をかたむけほほえんだ。立てた親指を奥にむけ、『わかるだろう?』というように、にらんだザックにわらってみせる。



 ザックが一歩出たときうしろから肩をつかまれて、ザックの代わりのようにルイがまえにでて、「おれ、いいものもってるよ」となにか白く細いものをだした。


 それは、警備官が暴れてほしくない相手を拘束すときにつかう『結束コード』だった。


「なんだそりゃ?」


 よくみようと顔をよせたとき、背後から思いきり頭をなぐられたホセは、アランへ突進するようにしてそのまま倒れた。




  「 ―― この男、ほんとに《海の仲間》に喰わせようか」


 倒れたホセの背中をふんで、オリビアがうんざりしたように凶器の石を床へほうった。

「 ねえ、あんたたち、ほんとなんなの?いまの潮でこの島に着けるとか、エレノアみても驚かないとかさ。 ―― あと、あたしが石でこいつを殴ろうとするのもとめないし」


「だって、こいつのほうがどうみたって悪いじゃん」

 ザックがホセをゆびさし言い切った。

「それになにしろ、おれたち警察官じゃないからね。法律にはうといんだ」

 ルイがホセの脈を確認したジャンへ『結束コード』をわたす。

「それでも、暴力も監禁もよくないことぐらいわかるぜ。あ、あと窃盗か。ハープ、盗まれたんだろ?」驚いたことに、ケンが優しい声でエレノアをプールからひきあげてやっていた。


「『ハープ』? まあ、しかたないわね。もうあきらめさない、エレノア」オリビアは腰に手をやり、くびをふる。


「・・・ごめんなさい、オリビア」

 あやまりながらケンに手足のロープをきってもらうエレノアは、はだしの足の先まで人間といっしょだった。



 ほんとうに、さっきホセが言ってたように、エレノアは《半魚人》ってやつなのか? たしかにさっきの顔はすごかったけど・・・


 ザックがそう考えたとき、オリビアが猫の眼のようにひかる目をこちらに向けた。


「 ―― ねえ、この島はいま、あたしたちの仲間でとりかこまれてるの。それに、あたしたちのかわいい妹たちはおなかがすごい空いてるから、あんたたちは、ちょっと建物の上のほうにいてくれない? ねえ、かわいいエレノア、おみやげはこれしかないってみんなにつたえてちょうだい」

 いいかたは優しいが、その瞳の瞳孔が縦横にのびるのをくりかえし、まるで怒りだすのをおさえているかのようだった。



 ジャンは了承の意味で片手をあげると、ホセを気にするアランの肩をたたき、背中をおしながら病院だった建物の方へむかった。ルイもザックの腕をつかみ、ケンはオリビアがホセをなぐった石をプールへけりとばした。



「明け方になったら、潮のながれもかわってるはずよ。そしたらもどっていいわ。ききたいことがあったら、明日、あたしが働いてるレストランにきて」二本たてた指に唇をつけると、それをこちらへおくってみせた。


 ザックは笑い返していいのかまよったが、とりあえず手をふった。



  それでも明日、ホセのことをきくのはやめておこうとこころにきめた。

  

  

  

  

  

  

  



11.


 ― またきてね ―



 もう今日の昼にはこの島をたつので、レイは男どもをそとにだし、使わせてもらった部屋の掃除を残ったケンとしている。


 まえにきたときと同じテーブルには、メニューを片手にもったオリビアがまた立って、「まあ、みじかくまとめると、―― 」から、はなしをはじめた。


「あたしが、『人魚と王子』のモデルになった人魚なの。ずいぶん大昔の話しだけど、まあ結婚もしたわ。でも、正式な妻じゃなかったから、王子が王様になったらすぐ違う屋敷にうつされて、それっきりよ。腹がたったから敵国のほうに行って、楽しく暮らしてやったんだけど、しかたないでしょ?なにしろ《魔法》で、もう人魚にはもどれなくなってたから、人間として暮らしていかないとならなかったしね」


「でも・・・あんた、しっかり声もでてるし、目もみえてるだろ?」アランがおそるおそるというように手をあげた。


「ああ、『声もでないし、目もみえない』って?あんなのお芝居が勝手につくった『呪い』よ。まあ、目は最初ほんと痛かったし、耳鳴りも頭痛もひどかったけど、すっかり《空気》にも慣れたしね。もう何百年かしらね・・・。あ、それで、あたしらには《半魚人》てよばれてる、《人魚》になりきれなかったかわいい妹たちがたくさんいるんだけど、あのころエレノアはまだ小さくてね。あたしと一番仲がよかったの。それで、あたしが人間になって陸にあがっちゃったのが悲しくって、自分も陸にあがろうってずっとがんばって、このたびようやく人間になることができたんだけど、・・・時代がねえ・・・。 身元の確認もいまはしっかりされるから、急ごしらえの嘘をつくことになっちゃって、しかもあのホセにひろわれちゃったのよ。あたしもすぐに来られなかったし、とりあえず、しかたないからそれこそ芝居の《人魚》みたいに歌でかせぐことにして、あたしがむかしもらったハープをあげたの。はじめに結婚した王子にもらったのよ。ほら、陸にあがってもう《人魚》じゃなくなって、『ふつうの歌』しかうたえないから、むこうもおもしろくなかったのかもね。歌えないなら弾け、みたいなかんじでくれたんだけど、腹がたったから弾かなかったわ。 だってしょうがないわよね。それを了承したうえで、人間になってくれっていうから、こっちはなってやったのに、・・・実現してみると、お互い、思い描いてたのとちがっちゃったのよ・・・。  まあ、でも高そうな楽器だったから住むところをかえるときにはいつも持っていったわ。エレノアはすごく気に入ってたし、おかげで店も繁盛してたってのに、それもとりあげるなんて、あの人間の男、ほんとひどいわよねえ。 あ。 ―― 行方不明なんでしょ?ホセ。 海はひろいもの。残念ね」


 ちっとも残念ではなさそうに、オリビアはメニューをようやくテーブルにおいた。


「エレノアは、病院にもどったってことにしておいたよ」

 アランのひとことに、オリビアは眉をあげおどろいた。


「そう。そうしてくれるとこっちも助かるわ。あそこってまあ、こっちじゃだいじな病院だし。 ―― じゃあ、ホセはエレノアをおいかけて行方不明になったのかしら」

 まんぞくそうに男たちにむけられた笑みに、みんな目をそむける。

「おかげで人間たちが『砂島』へ近づこうって気もこれでまた、うすれるだろうし。あ、言っとくけど、人間の男はあたしたち《人魚》は、基本、もう何十年もとってないわよ。あの『法律』が、こっちのほうにも適用されてるから」


「『法律』?」アランがそれについてなにか聞きたそうにジャンをみたが、微笑みかえされただけだった。


「きみは?このままこの島で暮らすの?」

 ルイが、メニューにある『店主のオススメ』をゆびさす。


「もちろん。この島すごく好きなの。海洋遺物をさがす仕事は、いちおうほんとにやってるしね。ここであたしの正体をうすうす感づいてるのって、ジュリアとエマぐらいだし、男たちもだれもいいよってこないし、いいところよ」


「なあ、それよりさあ、マリオの行方、ほんとうにしらねえの?」

 ザックがストローハットをかぶりなおす。


 ほほえんで肩をすくめた女が、手にした伝票に何かを書いてザックにわたしてから、「いじょうで、ご注文よろしいですか?」と確認する。


 男たちはそろって了承の手をあげた。



「 ―― たぶん彼女、この店で、いちばん高くて豪華な食事はこんでくるぜ」

 ジャンがザックからわたされた伝票をみんなにむけた。


 アランがほっとしたような息をつく。

「いいさ。 ―― よかった。ほんとに。ここはおれがおごる」


 伝票には達筆な走り書きがあった。



『 マルコの 息子 は 娘 になって、中央劇場出演をめざしてる。


    サインがほしいならいつでも言って!  』





「むずかしいかもしれないけど、親父さんを説得して、サインをもらいにいくさ」

 アランはうるんだ目もとをごまかすように顔をかたてでぬぐった。


「店はおまえがつげばいいだろ」

「『アランのつぶれた目玉焼き店』」

 ジャンとルイがそろってアランを笑わせ、ザックの腹が鳴った。




 《人魚の巣》とよばれる海の底に沈んだハープを、海洋遺物をさがすオリビアは、この先さがすのだろうか?



 すぐに、大皿にもられたご馳走が運ばれて来て、ザックはその質問をオリビアにするのを忘れてしまった。









 一か月ほどして、アランが警備官たちの会社にあそびにきて、マルコ親子が再会を果たしたと、うれしそうに報告した。それに、ピンクの首輪をした白い猫も、高い木の上で動けなくなっているのを見つけだした、と誇らしげにつけくわえた。

 


 オリビアはまだ島にいて、あいかわらずレストランで働いているらしい。




 だから、



 魚たちが弦のあいだをおよぐだけの、もう音を奏でることもなくなったその楽器は、どうやら



    ――― いまもまだ、海にしずむ。










目をとめてくださったかた、ありがとうごさいました!!

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