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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢うつつ

作者: 月水

習作です


 目に見えている事、耳で聞いていること。それらが本当に正しいとは限らない。

 それしか手がかりが無くても、正しいとは限らない。

 それに気付いたのは小さな素粒子の粉や光の中の影、目では見えない物がある事を知った時だった。

 思考する事をやめないように。

 見えない何かを探すように。

 自分の感覚だけを過信しないように誓ったあの日。





 それは私がまだ小学生で、家の周りにまだ家もそんなになくてまだまだ田舎だった頃の話。一軒平屋の木造建築だった家の裏には大きな森があった。くぬぎや杉や名前の知らない大きな木が寄せ合うようにみっしりと生えていて、中に入ると昼でも薄暗くてなんだか湿っていたのを覚えている。

 小さな私はまだ森とか林だとかそういう認識が無くて、知らぬ間にそこに迷い込んではお爺さんやお母さんや家族に迷惑をかけていた。子供の行ける範囲などたかが知れていたし、私にはそこへいくと必ず居たがる特別な<場所>があった。その場所は男の子でいう秘密基地や、学校で言う所の自分の勉強机の様なものだった。何故か理由はわからないけどとても気に入っていたのを覚えている。

 もう遠い昔となってしまったあの日の事、私はいつものようにその森の中へと向かっていた。足元は苔と少し濡れた土と落ちた葉っぱがあって、私はまだ小さかったからその乱雑に荒らされた地面を懸命に歩いていた。

 私のお気に入りの場所とは寂れて廃屋寸前の稲荷神社だった。砕けて散らばったよく判らない低い石の階段だった物が低い丘の中腹にまるで何かを導くように一線に並び、その両隣に崩れ落ちた石行灯だった物がならう。石段と行灯に導かれた先は崩れかけた御堂だった。何故私が稲荷神社だと判ったのかというとそれは御堂の両隣に白石で磨かれた狐が祀られていたからだった。誰も来ない、私だけの場所だった。


 でも何故かその日だけは違っていた。静かなその御堂の境内に座り、眼を閉じてうとうとと眠りかけた時だった。ふいに、近くで声がしたような気がした。

 初めは誰か迎えに来てくれたのだと思った。でも、あたりを見回しても誰も居ないしよく考えるとまだ日が高くて、探しに来てくれるような時間ではなかった。

 考えれば考えるほどおかしい。

一緒に遊べるような年代の人はいないし、近所のお兄さんは大学生でまだ学校から帰ってきていない時間だった。気のせいかな?と思って、目を閉じると、やっぱり声がする。まだ小さな、私の同い年くらいの声。誰かいるのかなと思って目を開けると今度はもと来た道……石段の方にちらりと白い物が見えた。丸いボールのような影。

「誰か、居る?」

 たたたっと小さな走る足音がして、小さな子が石段を駆け上ってきた。細い眼の透けるように白い肌をした小学生くらいの子で、腰まである長い髪と森の中を歩いてきたというのに全く汚れの無い真っ白な着物が印象的だった。そして無表情なその子の手の中にはさっき見えた丸いボールが大事そうに抱かれていた。

「こんにちは」

「……。……。……こんちは」

 きょろきょろとあちらこちらを見回した後、やっと自分に向かって言われた事に気付いたらしく、小さな声で挨拶を返してくれた。可愛い声だなと思ったのと、今どき着物なんてと思ったのと。小さくて可愛いと思った事を覚えている。

「何、してるの?」

「……何にも」

 警戒してるというよりは困惑していると言った感じで、女の子は口ごもる。

 もしかしたらこの辺の子じゃないのかもしれないと思った。着ている服がとても綺麗で、言葉のイントネーションがここらとは何だか違っているから。

「ここ、よく来る?」

「うん」

「楽しい?」

「……怖い」

 怯えたようにボールを強く抱きしめて、女の子が身をすくめる。おどろいて回りを見渡してみても、怖いと思えるような物は見当たらない。

 もしかしたら少し薄暗いから、それでこわいのかもしれない。

「大丈夫だよ、私いるから。そんなに暗くない」

「違う。……お札をもらわないといけない」

「おふだ?」

「七つになったから、お札をおさめに行くの。でも、通れないの」

 ほら、あそこ。と小さな手で恐る恐る指した場所は私が今まで座っていた崩れかけた御堂だった。誰も居ない何も居ない寂れた御堂を指して、女の子は怯えていた。

 普通なら……普通の子供なら笑って済ませるはずだったのに、私はそこを注意深く見つめていた。

 見えない何かを見つけるように、そこにあるはずもない物を見出すようにゆっくりと。

 空想癖があったのか、それとも元々何か変わった霊感か何かを持っていたのかもしれないけれど、今ではその力はなくしてしまって未だにそれが何なのかは判らなくなってしまった。

 とにかくその頃の私には、意識してみる事で違うものを見出せる事ができた。

 その視界の中で崩れた境内は崩れて失くした部分を鮮明に取り戻し、煤けた黒色から少しくすんだあめ色の古びた境内へと変わっていった。擦り切れて黒くなった扉は、木の閂が付いた立派な御堂へと変わった。ただ、両端に位置する狐の像だけが変わらない。すっかり様子の変わった御堂のそばはやはり誰も居なかった。

「ねぇ、何も居ないよ」

「いるよ。いるんだよ。……駄目なのに」

「何が駄目なの。判らないよ」

「駄目なの。私はここにいちゃいけないのに」

「なんでいちゃいけないなんて言うの」

 女の子は黙って左右に頸を振った。言いたい事が伝わっていないのと、女の子の言っている言葉がわからなくてもどかしかった。まるで解けない算数の問題みたいに。

「だから、何で居ちゃいけないの。いればいいよ、誰も怒らないから」

「無いんだよ。本当はもう何処にもないの」

「・・・じゃあ、どうやってお札取りに行くの。」

 もう何回聞いても体とかの事は判りそうもなかったから、お札の事を聞いてみた。女の子は困ったようにきょろきょろと下をむいて首を振り、また向こうを見ないように私の顔を見つめて、そして哀しそうに困ったように首をふった。

 結局この子は何がしたいんだろうと私は困ってしまって、女の子が持っているボールをぼんやりと眺めていた。

 他に聞きたいこともなくなっていた。暫くその状態が続いて。

 女の子か哀しそうな顔をして、私の顔を見つめた。

「お札……取ってきて欲しいの。お願い……」

「私が?」

「本当は、頼んじゃいけないのに。お願いしないと駄目なの」

「・・・えーと。取ってきたらいいんだね?」

「……ごめんなさい」

 うつむいて泣き出しそうな女の子の頭を撫でて、御堂へと歩いていく。

 なんだか変な会話だった。取ってきて欲しいのか、それとも引き止めたいのか。とにかくお札は女の子にとって必要な物らしいけど、それを取りに行くには私には見えていない何かを見ないで行かなければ行けないらしい。

 ……さっぱりわかんない。

 真っ直ぐの石畳と石行灯の間を通り、ふと気付いて後ろを振り向くと女の子が蒼い顔をして下を向いたままそろそろ付いて来ていた。

「大丈夫だよ」

「……ごめんなさい」

 謝罪に対して何を言えばいいのか判らなくて、真っ直ぐに前を向いた。

 賽銭箱も何も無い質素な小屋のような御堂の両端に、真っ白な狐の像。へんに目に付くのが端麗に彫られた狐らしい涼やかな目元だった。先刻からその像から視線を受けているような気がして、背筋が寒い。

 そんな事ないと判っていても、眼がそちらへと向かってしまう。

 ……怖い。

 今まで丁度良かった森の気温が一気に下がったような気がして、両腕を抱いた。


 その瞬間だった。


「……ッ!」

 背中に衝撃が走り、両腕を抱いたそのままの格好で石畳を転がった。

 後ろで異様な音。紙を勢いよく破り捨てているような高い音と、硝子を石でこすっているような金属音。後ろを振り向くと、白い獣が舞っていた。紅い飛沫を振り飛ばしながら、高らかに狂気を持って遊び狂っていた。長い尻尾は二匹あわせて十八あり、昔聞いた昔話の九尾の狐を思わせる。その想像の中でしかない獣が次第に紅く体を染めながら猛り踊っている。

 その紅は何処から来たのか。超音波を思わせる金属音はよく聞くと悲鳴であり、声であり、人間の音だった。足元に転がってきたのは赤い赤いボール。林檎よりも暗い色をして、夕方の空よりは明るい赤色をして、どこか鉄錆に似た香を放つ。

 気付いた瞬間に、私はボールを抱いて

その場を駆け出していた。あの狐に見つからないように、あの子の姿が見えないように。暗い森の中を走り続けた。

 もっと、理解できるまで、あの子の言葉を聴けばよかった。

 いまならわかるのに。私を殺そうとしてたのに、それを思いとどまろうとしてた事。ごめんなさいと謝っていたこと。言いたい事が言えなくて、困っていた事。判るのに。

 どうしよう。殺されかけたのに。助けてくれたのに。

 踏み出しかけた足を踏みとどまり、振り向いてもそこに御堂の姿は無かった。どこまでも森は深くて、どこまでも哀しくて寂しくて恐ろしくて。私は泣いていた。

 泣きながら、ごめんなさいと叫んでいた。

 赤かったボールはいつの間にか白くなっていて、血の跡なんか全く付いていなくって。女の子がいたあとは何処にも無くなっていた。

 悲しかった。謝る事しか出来ない事が寂しかった。何か他に出来た事があったんじゃないかと、言う事があったんじゃないかと今でも思う。

 それは後悔と言う感情だと、あとで迎えに来てくれた祖母が話してくれた。拙い子供の言葉で、言いたい事が判らない言葉でそれでも何かは感じて、優しく頭を撫でてくれた。


 あれから数十年がたって、森は無くなり、小さな丘は崩されて、大きな住宅団地が出来た。崩れて忘れ去られた御堂は取り壊され、綺麗な白い狐の像も砕かれて無くなった。苔むした湿った地面はコンクリートで固められ、車が走りやすいように整備された。

 ささやかな森のさざめきよりも、人間の生きる大きな音で一杯になった。

 これは忘れ去られた昔話。ただ、私だけが忘れられない昔話。




時々、風のたよりでどこからかきこえてくる噂話だけれど。

年に何回か、住宅団地の決まった場所、

決まった時間に。

獣が食い荒らしたような他殺死体がでる。

それは決まって小さな子供。

小学生くらいの子で。

女の子。



 何故かその日は決まって、鞠を付く女の子が現れると言う話。




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― 新着の感想 ―
[一言] 美しく流れるような文章ですね。 引き込まれるというより自然と入り込んでいくように読み入ってしまいました。ありがとうございます。 おどろおどろしい物語があまり得意でないので最後つらかったですが…
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