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震える手でアルナは通信機をヴァンから受け取り応答ボタンを押した。


「もしもし…」

「ヴァンか?至急対応しなくてはいけない案件があってアルナにすぐ戻ってきてほしいいんだ。詳細は今から話すから、かいつまんでアルナに説明して…。ん?この声は…。」


「お父さん…アルナです…。」

「アルナか?ヴァンと一緒だったのか?それなら話は早い。お前じゃないと対応できない患者が明日来る予定なんだ。できればこちらに至急帰ってこれないか?移動ゲートを使ってくれればいいから。」

「いいんだけどね、こちらも至急相談したいことがあって…。」


アルナはヴァンに助けを求める視線を送るも、ヴァンは目線をそらす。

もう逃げ道はないようだ。アルナは覚悟を決めた。


「浄化スキルを人前で使っちゃって…至急助けてください!」

「……。」


父の無言がこんな怖いなんて。

アルナは涙目で震えた。

通信機から深く息を吐いたような音が聞こえた。


「今日中…すぐにこちらに帰ってきなさい。話は直接会ってしよう。あとヴァンにかわってくれ。」

「はい…分かりました。」


アルナは黙ってヴァンに通信機を渡した。

ヴァンは通信機を受け取ると、アルナに会話が聞こえないように距離をとってハリスとしばらく話しこんでいた。

通話が終わるとヴァンはアルナのところに戻ってきた。


「お嬢様、帰る支度が済んだらここに来て私に声を掛けてください。私も一緒にギドニアに戻りますから。」

「え?ヴァンも?」

「どうやらアルナ様の抱える問題と今回のハリス院長の患者は何か関わりがありそうなので、私も行きます。お嬢様だけだと話が拗れそうですし。」

「ヴァン!やっぱり優しいなあ!」

「抱きつかないでください!ここ学園ですから!寮に戻って早く帰り支度をしてください!」


アルナは渋々ヴァンを離すと寮に戻り、帰り支度をした。

当初の予定では、明日の休みはシェリーと学園のある王都の散策をするはずだったのだか、キャンセルするしかない。

魔法通信機でシェリーに断りと謝罪のメッセージを送り、アルナはカバンを持ち保健室に戻った。


「ヴァン、お待たせ!」

「では行きましょう。ハリス院長もお待ちですよ。」


2人が転移ゲートを通るとハーストン大病院の診察室に着いた。

そこから院長室に向かった。

アルナはドキドキしながら扉をノックした。


「お父さん、アルナです。」

「入りなさい。」


部屋に入るとソファーに座ってコーヒーを飲み、カルテを見つめるハリスがいた。

コーヒーをおいたハリスは向かいのソファーを指差し2人に座るように促した。


「浄化魔法を人前で使った件だか、ヴァンから事情は聞いた。ペンドルトン公爵家の子息に浄化スキル持ちを明かさないと謝罪を受け入れてもらえないのだな?」

「浄化魔法を使ったことはバレてそうだから、スキル持ちは話さざる得ないと思うの。」


「じゃあ今度会ったらもう一度謝罪から始めて正直に浄化スキルのことも話しなさい。分かったね。」

「え?バラしていいの?」

「ああ問題ない。必ず真摯に事情を説明して謝ること。分かったね。」


アルナは呆気にとられた。


「分かった。そうします。」


ハリスはアルナに笑顔を向けた。


「呪いを受けたものは呪いの影響で心が不安定になりがちだ。きっと彼は他人を気遣う余裕がない。それを理解して謝罪の時に酷いことを言われても落ち着いて対応すること。アルナならできるはずだ。」


「ハリス院長。恐縮ですが、アルナお嬢様は気が短く暴言を吐かれると言い返す兆候が。」

「だからこそ注意してるんだ。分かったね?アルナ?」

「はい!!」


アルナは首をこくこく縦に振った。


「この話は以上だ。次は私の話だ。私の師匠、ハーモン先生は覚えているか?」

「魔法医のハーモン先生でしょ?『お父さんに魔法医学を叩き込んだのは儂だよ』ってドヤ顔で昔話してくれたよ。」

「そのハーモン先生は今ある貴族のお抱え魔法医をしているのだが、その貴族の子息が魔物を退治する際に酷い呪いをかけられてしまったらしい。

ハーモン先生は治癒だけじゃなく浄化魔法も得意なんだか、先生でも手に負えないレベルの呪いだ。」


「え?ハーモン先生でも浄化無理だったの?」

「ああ。私も浄化魔法は使えるが、ハーモン先生で無理なら私も対応できない。うちの病院でも浄化スキルを持つ奴はいるが、ハーモン先生以上の資質を持っているのはいない。そうなると、頼りになるのはアルナしかいなくてな。」


「うちの病院で浄化魔法が1番得意なのは私だもんね。『魔力量が多くて浄化魔法の資質もあるから将来有望じゃな』ってハーモン先生も太鼓判押してくれてたもの。けど1つ疑問があるのだけど…。」

「なんだ?」

「呪い関連の案件は普通神殿に相談でしょ?怪我の案件を病院に依頼するのは納得できるけど。なんで神殿を頼らないの?」


アルナが疑問に感じるのは当たり前だった。

一般的に怪我や病気の場合は治癒魔法が受けられる病院へ、呪いや魔物による瘴気に侵された場合は浄化•解呪魔法が受けられる神殿へ行くのが普通だからだ。

ハーストン大病院のように浄化スキルをもつ魔法医がいる病院自体がとても少ないのも理由の1つである。


「アルナ、貴族は呪い持ちには冷たい。昔から呪いは穢れと忌み嫌い差別する。もし、子息が呪い持ちだと世間に知れ渡れば?」


「子息が差別されて一族の汚点になる?」

「それもあるし、そうなると貴族社会で縁談を結ぶのは難儀するだろう。まあ、親の気持ちとしては実の子供が迫害される立場に立たされるのは耐えられんだろうな。」


「神殿に依頼すれば、呪い関連の事案を一族が抱えているのは明白。しかもハーモン先生が対処できない程の酷い呪いであれば、大聖女が対応することになる。そうなると大事になりますし、より子息の呪いを隠し通すのは難しい。まあ、ゴシップ好きな貴族様はほっておかない話題ですね。」


ヴァンは苦々しい顔をした。


「ただの怪我なら、魔物から国を救った名誉の負傷で済む。だから表向きは魔物討伐の大怪我をハーストン大病院に治療を依頼したということにして欲しいらしい。実際は呪いをとくことだがな。」

「事情は分かったよ。至急対応しないとってことは呪いの進行が早いの?」


「強い魔物の呪いは厄介なものが多い。ハーモン先生の見立てだと呪いの放つ瘴気を払わないと1週間ももたないらしい。事態が深刻なため、明日先生と一族の長と子息がここを訪問する予定だ。アルナも私と一緒に立ち会ってくれるか?」


「ハーモン先生の頼みならもちろん!浄化魔法の師匠であるお母さんにもいいところ見せたいしね!」

「うちの娘は頼もしいね。お母さんも喜んでいるよ。」


ハリスは自分の作業机に置いてある妻の写真をちらりと見ると嬉しそうに笑ってアルナの頭を撫でた。


「明日に備えて今日はこちらに泊まっていきなさい。ヴァンは明日のことで打合せしたいから残ってくれ。」

「分かりました。」

「じゃあ私は自室に戻るね!」


アルナはお咎めがあまりなくすっかり安心して部屋を出ていこうとした。


「アルナお嬢様。確認ですが、ペンドルトン公爵家の子息への謝罪は()()()()できるようにしておいてください。」

「うん?分かってるよ?」

「その言葉信じますよ。」


ハリスは何か言いたそうだったが、押し黙って2人のやり取りを見つめている。

アルナは変な父親とヴァンだなと思いつつ自室に戻り、ゆっくり休んだのだった。




**********




次の日の朝、アルナはメイド達に叩き起こされた。


「なんでもう起きなくちゃいけないの?患者さん来るまでまだ時間余裕あるのに。」


あくびをしながら、アルナは朝支度をのろのろしていた。


「アルナお嬢様!早くお支度を!今日はご令嬢らしい、ちゃんとしたドレスを着てもらいますよ。あまり時間がないので、すぐドレスを着ますよ!その後はお化粧です!」

「お嬢様のドレスはこれにしましょう!アクセサリーはこれがいいかしら?」

「あのさ、貴族が相手だからってこんな着飾る必要あるの?いつもの動きやすいワンピースでいいんじゃ…。」


アルナは着せ替え人形になりつつ、不満そうな顔をする。

そういえば、父親から相手は貴族としか聞いておらず一族の名前をアルナは聞き忘れていた。

せめて貴族の位は確認しておくべきだった。


「今日来られる方は上位貴族の患者さんです。令嬢として紹介されるそうですから、いつものラフな格好はダメです!」

「久しぶりにお嬢様を着飾れるの嬉しいです!元がいいのだもの。どこまで綺麗になるのかしら?腕がなるわー!」


メイド2人はテキパキとアルナにドレスを着せ、ヘアメイクと化粧を施していく。


「さあ、出来上がったわ!さすが私達!これならハリス様も満足されるわ!」

「本音はもっと着飾りたかったのだけど、お嬢様ったら、『そんなドレープいっぱいのドレス嫌!』とかダメだしされるから。」

「だってパーティじゃないのよ!ほどほどでいいのよ。この格好でも私からしたら華美な感じが…。」

「あら、もうこんな時間よ!お嬢様、ハリス様のところへ向かってください。患者様が来られるわ!」


メイド達に背中を押され、アルナはハリスのいる院長室へ向かった。


「お父さん、おはよう!」

「おはよう、アルナ。今呼びに行こうとしてたところだ。そのドレス似合ってるじゃないか。」

「久しぶりにこんな格好したよ。今日はそんなお偉い方が患者さんなの?」

「会えば分かるよ。失礼のないようにな。患者さんはさっき来られてもう応接間におられるようだ。一緒に行こうか。」


慣れないヒールでアルナはハリスと一緒に応接間に向かう。


「あれ?ヴァンは一緒に対応しないの?」

「ヴァンにはあるお願いをしていてね。それが終わればこちらに参加する予定だ。」

「ふーん。だから朝から姿を見せなかったのね。」


(そういえば、ヴァンが私の抱える問題と今回の患者は何か関わりがありそうって言ってたよね?拗れそうとも言ってたけどどういうことかしら?)


アルナが思考をめぐらせていると、応接間に到着していた。

ハリスはアルナに目配せをすると、扉をノックして開いた。

そこにはモダンなロングコート着た端正な黒髪の男性と白衣を着た白髪の老人がソファーに座っていた。


「お待たせして申し訳ない。レニー公爵と師匠。」

「いや、我々が早く着きすぎたんだ。久しぶりだね。『ハリス子爵』じゃなくて『不滅の騎士』と呼んだ方がいいかな?」

「…もう騎士は引退しましたよ。レニー先輩。」

「その呼び方懐かしいな。また魔法騎士団に英雄が戻って来てくれたら嬉しいんだが。」

「レニー様。こいつはもう儂の弟子ですよ。勧誘はほどほどに。アルナ嬢もすまんな。新生活でバタバタしてる時に呼び出して。」

「いえ、ハーモン先生のお願いなら飛んできますよ!」


にこにこ笑うアルナを黒髪の男性はじっと見るとにこりと微笑んだ。


「なるほど。この可憐さなら社交界で噂になるのも納得だね。私はレニー・ペンドルトンだ。君のお父さんとは騎士仲間だったんだよ。君の話はハーモン先生から聞いたよ。優秀な魔法医なんだって?」


「まだまだ見習いです。私はアルナ・ハーストンです。お父様がお世話になってます。」

「しっかりしたお嬢さんだ。うちの息子もこれぐらい礼儀正しくしてくれれば…。」

「レニー公爵、その息子さんの呪いの話をしましょうか。一刻を争うと聞いてますしね。」


ハリスはそう言うとちらりとハーモンを見た。


「そうじゃの。レニー様。アルナ嬢も居りますし、坊っちゃんの呪いの詳細を話しましょう。」


ハリス達が向かいのソファーに座るとレニーは頷いて話し始めた。


「2週間前、東部にあるドマグマ山脈で邪龍の目撃情報が入ったんだ。麓にある町では魔物の被害が頻発してて、原因を調べたら邪龍による瘴気の影響だと分かった。

被害を広げないためにも魔法騎士団が邪龍退治をすることになったんだ。住処を突き止めて退治を試みたが、なかなか手強くてね。精鋭集めてやっと退治できたんだ。とどめを刺したのはうちの息子だった。

邪龍が倒れてピクリとも動かず死んだと思って皆が勝利に沸いた時だった。邪龍が最後の力を振り絞って頭を上げて火を吹いたのさ。その時、邪龍の目の前にいた王子を庇って、息子は背中を火で焼かれてしまった。」


「儂も討伐に同行しており、火傷の治療をしたが火傷に呪いを付与されてるのがすぐ分かった。恨み辛みが籠った酷い呪いじゃ。悔しいことに儂の浄化魔法では太刀打ちできなかった。」

「それはいつの話ですか?」

「3日前じゃ。瘴気は坊ちゃんの身体を巡って全身覆い尽くしておる。瘴気の影響で身体の痛みやだるさに苦しまれてる。魔力の流れもおかしくなって魔法も使えん状況じゃ。」


「あの…ちなみに瘴気は人型の黒い煙の塊みたいになってたり?」

「おお!アルナ嬢!よく分かったな!儂が坊ちゃんを最後に見た時はそんな感じじゃったよ。」

「そういえばうちの息子はもうここに着くかな?」

「私の部下がランドル学園に転移ゲートで迎えに行ってます。もうこちらに着くと思いますよ。」


アルナは心当たりが多すぎて青ざめていた。


(ペンドルトン公爵家の子息?魔法騎士団に所属し邪龍にとどめを刺して呪いをうけた?そしてランドル学園に通ってる?それって…。)


「あの…レニー公爵?失礼ですが、ご子息のお名前は?」

「エドガーだよ。うちの長男でね。君とは同級生じゃないかな?」


アルナは固まった。

同時に応接間の扉からノック音が響く。


「ヴァンです。ご子息をお連れしました。」


扉が開き、そこにはヴァンと制服姿のエドガーが立っていたのだった。

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