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勇者彼氏の五股を羊羹で固めて終わらせた話 〜ずっしり重い手土産で過去を全部清算します〜

作者: 羽哉えいり
掲載日:2026/01/19

「花鈴、ずっと前から伝えたかったんだ」


 放課後の教室、西日に照らされてオレンジ色に染まっている。

 いつもはクラスのムードメーカーで冗談ばかり言っている彼の表情が、今は見たこともないほど真剣だった。


「好きだ。俺と、付き合って欲しい」


 17歳の冬、冷たい空気の中で涼太の真っ直ぐな言葉だけが熱を持って私の胸に突き刺さる。

 見慣れたはずの教室が彼の告白ひとつで、全く知らない場所に変わってしまったような気がした。

 ずっとこの瞬間をどこかで期待していた。でも、いざ現実になると、頭の中が真っ白になって、言葉が喉の奥で渋滞を起こしてしまう。


「……私も」


 やっとの思いで絞り出した声は、自分でも驚くほど小さかった。

 涼太が息を止めるようにして私の次の言葉を待っている。その真剣な眼差しに、私は逃げずに視線を返した。


「わ、私も、涼太のことが好き。……ずっとそう思ってた」

「良かった……、本当に、俺でいいんだ」


 涼太の声が少し震えているのが分かった。その声に、私の胸も温かくなる。


「うん、涼太がいい」


 そう答えると、涼太は安心したように大きく息をついた。


「マジか……、嬉しい……、夢みたいだ」

「夢じゃないよ」


 私たち二人の間に流れる空気が、さっきまでとは違うものに変わったのを感じる。少し気恥ずかしいけど、それよりも喜びの方が大きかった。


「これからよろしくね、花鈴」

「うん、よろしく、涼太」


 夕焼けに照らされた教室で、私たちは新しい関係の始まりを感じていた。 





 付き合ってから一年、二人の記念日を祝う帰り道いつもの公園のベンチ。お互いのことは何でも知っているつもりだった。

 けど、涼太の口から飛び出した言葉は、私の理解を粉々に打ち砕いた。 


「花鈴、実は俺、異世界で勇者なんだけどさ……」

「……え?」


 聞き間違いだと思った。あるいは涼太がよくやるたちの悪い冗談。でも私を見つめる彼の瞳は、一年前あの教室で告白してくれた時と同じくらい、いや、それ以上に切実に澄んでいた。


「ずっと黙っててごめん。……信じられないよな、こんな話。でも、どうしても花鈴には言っておきたくて」

「待って待って、涼太、異世界って、……あの、魔法とか、魔王とか、そういうやつ?」


 戸惑いながら私が尋ねると、涼太は困ったように眉を下げて頷いた。

 そして彼はゆっくりと右手の掌を上に向ける。すると、何もない空間から淡い光が溢れ出し、見たこともない紋章が浮かび上がる。


「これ、聖印っていうんだ。向こうの世界で戦うための力を引き出す、勇者の証」


 冷たい空気の中で、その光だけが神聖な温度を持って揺れている。

 目の前にいるのは今まで一緒に過ごしてきた私の大好きな彼氏だ。その彼が、私の知らない場所で命をかけて世界を救っていた?


「信じられない。でも、この光、すごく綺麗だね」


 私は震える指先でその光に触れようとすると、涼太は優しく私の手を取った。その掌の厚みも、温もりも、間違いなく私の知っている涼太のままだ。


「向こうで俺は魔王を倒して世界を平和にしてきたんだ。今度花鈴を連れていきたいと思ってて、大好きな花鈴に俺が平和にした世界を見せたいんだ」


 涼太の言葉はまるで映画のヒーローのように真っ直ぐだった。私の知らない所で世界を救っていたなんて、驚きよりも、彼を支えたいという気持ちが強くなる。


「……涼太、うん、連れてって。涼太が見てきた世界、私も隣で見たい」

「ありがとう花鈴! 異世界への扉が次に通じるのは2週間後なんだ。その時一緒に行こう、俺のケジメをつけるために」

「ケジメ? ……2週間後ね、分かったわ」


 涼太のケジメというのが気になったけど、強く握られている熱くて力強い手に、胸の奥のわずかなざわめきと不安は淡い期待へと溶けていった。




 その日の夜私は異世界に関しての情報を検索していた。ネット上には異世界に関して膨大な情報が溢れていることを知る。

 でも私が求めているのは娯楽としての物語ではなく、実話としての手がかり。

 涼太が口にしたケジメという言葉は、一体何に対してなのか気になってしょうがない。


「……これといった情報は見つからない、か」


 没頭のあまり、時計を見たら深夜2時になろうとしていた。

 そういえば友達が推してる人気お笑い芸人コンビが、昔に異世界へ行ったことがあるって話をしてたっけ。そのコンビの深夜ラジオでは異世界に関するコーナーをやってるみたいだし。

 調べると偶然にも彼女らの担当曜日は今日のようだ。なのでラジオを聞いてみることにした。


「――えー、時刻は深夜2時を回りましたー。ここからは昔異世界へ喚ばれたことのある春日野おうりと上若林こやきの我々二人が、異世界に関することをリスナーの皆さんと一緒に語っていくいつもの名物コーナーになりまーす」

「先週のラジオでポーションの作り方の募集をした所、たくさんのメールが届きました〜。ありがとうごさいま〜す。ただ、うちらが喚ばれた世界ではポーションは見たことがなかったんですよね〜。でも面白いので後々紹介していきますね〜」

「回復魔法ばーっかり使ってたよね、主に勇者に」

「あっちの世界では我々二人ともチートでしたからね〜」

「まあ我々の話は置いといて、まずは最初のメールから――」


 この人たちのラジオは初めて聞いたけど、テンポも良くてちょっと面白い。二人が異世界へ行った話もネタなんだろうけど本当の話っぽく聞こえて、メールを送ってみることに決めた。


 残念ながら今週はメールを読まれなかったけど、来週読まれるかもしれないし、また聞いてみよう。





 涼太とは今まで通り変わらずに会ってた。放課後のデート、何気ないメッセージのやり取り、駅までの帰り道、その全てが愛おしくて、彼が異世界の勇者だなんて実感が少しずつ遠のいていく。


 そして一週間が経ち、私は深夜ラジオを聞いていた。来週このラジオの前の日に涼太と異世界へ行くのだから、出来たら今日メールが読まれて欲しい。


「――ではでは早速リスナーからのメールを読んでいきますねー。ラジオネーム、白いかりんとうさんから。この方は初めましてだね」

「白いかりんとうさん、メールありがと〜」

「えーっと、異世界へ行ったことのあるお二人に相談です。私の彼氏が実は異世界を救った勇者でした。付き合って1年後に打ち明けられました。彼は自分が平和にした世界を私に見せたいと言い、私も了承し、再来週一緒に連れて行ってくれる予定です。一つ気になっているのが、ケジメをつけるためと言っていたことです。何に対してのケジメなのか分からなくて不安になっています。本人には怖くて聞けていません。どうか助言よろしくお願いします」


 私のメールが読まれたー!

 なんか嬉しい。

 少しでも心が軽くなればいいな。


「白いかりんとうさんの彼は異世界を行き来できるタイプの勇者なんだね〜」

「ちょっ、こやき、これってガチの相談みたいじゃん。あー、白いかりんとうさん、ちょっと落ち着いて聞いて欲しい。我々異世界に喚び出されし者だった視点から言うと、十中八九あっちの世界の彼女に会いに行くつもりだと思うよ」

「間違いないよね〜。勇者でしょ。勇者ってのは一部を除いて、国の王女やら仲間の女騎士や女僧侶、聖女とか女子メンバーから好意を持たれているよ〜。変わりどころで魔王の娘なんてのにも〜」

「彼のそのケジメっていうのが、向こうの彼女にすっきりさっぱり別れを告げてくるか、最悪こっちの世界の彼女である白いかりんとうさんを紹介してあっちの彼女と比較する為の儀式をする可能性もあるかもしれないね」

「純粋に自分が救った世界を見せたいだけってこともあるかもしれないけどね〜。勇者ってのは世界を救うことはできても、一人の女の不安も解消できない不器用な生き物なんだよ〜」

「こやきー、それ勇者じゃなくてもあてはまるぞ」

「あはは〜、おうりの言う通りかも〜。白いかりんとうさん、本当に行っちゃうならうちらからのアドバイスとしては――」


 ラジオから流れてる二人の言葉に、私はスマホを握りしめたまま凍りついていた。

 

「あっちの世界の彼女……、考えもしなかったな……」


 私は涼太を特別な経験をした凄い人だと思って盲信してた。でも、よく考えたらあっちの世界で彼は英雄だもんね。英雄の周りに女子がいないわけないじゃない。

 ただの観光気分でついて行こうとしてたけど、もしかして最終決戦の第2ラウンドになっちゃうかもしれない。


 もやもやしているうちに二人のラジオ番組がエンディングを迎えている。


「――異世界コーナーで相談メールくれた白いかりんとうさん、聞いてるかな。オレらの言葉で不安にさせちゃってたらごめん。白いかりんとうさんが不安なのは、彼が英雄だからじゃなくて、彼の過去に自分がいないからなんだと思う。これからの彼の未来に白いかりんとうさんが必要か決めるのは、彼じゃなくて貴方だよ」

「もしあっちの彼女に会ったら背筋伸ばして、彼がお世話になりましたって言って笑顔で羊羹の一本渡すのもいいかもね〜」

「羊羹は強いねー。異世界の甘味もあんこの重厚感には勝てないからね。話を戻すけど、白いかりんとうさんが無事に帰って来るのをオレたちは待ってるから」

「そっちの異世界の土産話、うちら待ってるよ〜。頑張れ〜」

「それでは皆さん、また来週ー。バイバイ」


 時刻は午前3時。二人の番組は終わり、ラジオのスイッチを切る。

 

「……よし」


 小さく声に出してみると、胸の奥に渦巻いていた正体不明のもやもやが少しだけ輪郭を持った気がした。

 おうりさんとこやきさんの言葉は少々荒っぽかったけど、不思議と説得力があった。異世界に喚ばれて笑って帰って来たっていう彼女たちの強さが、電波を通じて分けてもらえたのかもしれない。


 ケジメ……、もしそれがあっちの彼女への挨拶だったとしても、今涼太の隣にいるのは私なんだもんね。

 羊羹、どこで買おうかな。どうせならあっちの世界の人たちが腰を抜かすくらい美味しいやつを持って行こう。


「涼太がお世話になりました。こっちの世界で一番美味しい甘味なんですよー」


 鏡の前で渡すイメージをしながら笑顔の練習をしてみる。引きつった顔が少しずつサマになっていく。

 窓の外はもううっすらと白み始めていた。


 とりあえず、明後日の休みにまずはデパ地下巡ってこよう。

 



 

「花鈴、今から行くけど、本当に荷物俺が持たなくて大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」


 今日は涼太と異世界へ向かう日、涼太の部屋に来ていた。

 私の背中にあるリュックの中は羊羹が10本入っている。ずしりと肩に食い込むほどの重み。でもこの重みは自分の覚悟なんだから。


「それじゃ行くよ」


 涼太は空中に円を描くように手を動かすと、空間が歪み、光のゲートが口を開けた。

 

 一歩、その光の中へと足を踏み入れる。


 視界を埋め尽くすほどの輝きの後、私たちは白亜の神殿に立っていた。

 目の前に広がった見たこともないほど透き通った青空、地平線まで続く緑の草原。風に乗って甘い花の香りが鼻をくすぐる。


「すごい……、本当に、異世界なんだ……」


 私は感動で声を震わせ、周囲を見渡した。遠くには大きなお城が見え、空には翼を持った生き物が優雅に舞っている。

 涼太は、こんなにも美しい場所を守り抜いたんだ。


「本当に綺麗だね、涼太!」

「……花鈴、俺、花鈴のことが大好きだ。だから俺のケジメに付き合ってくれ!」

「涼太……、嬉しい。でも怖くて聞けないでいたけど、涼太のケジメって何なの?」

「……俺のケジメは、こっちの世界での清算、なんだ」

「どういうこと?」


 聞き返した私の声を遮るように、神殿の奥から華やかな足音が響いてくる。

 現れたのは息を呑むほど美しい五人の女性だった。


 彼女たちは涼太を見るなり瞳を輝かせて駆け寄ろうとする。けれど、涼太が私の肩を抱き寄せたのを見てその足が止まった。


「みんな、久しぶり。あちらとの扉が通じる日に来て貰う約束、守ってくれてありがとう。……今日は、俺のケジメを伝えに来た」

「勇者様……、ずっとお帰りをお待ちしておりましたが、ケジメとはどういうことですか?」


 どこかの国の王女様っぽい女性が聞いてくる。

 柔らかく波うつ栗色の髪を細いリボンで結び、レースやフリルを多用したパステルカラーの軽やかなドレスを着ている。歩くたびに花の香りが漂うような雰囲気だ。

 

「リョウタ、その女性は誰なんだ?」


 厳格な規律を感じさせる騎士のような女性が引き締まった表情で尋ねてきた。

 深く濃い赤髪を一つに束ねたポニーテール。紋章が刺繍された重厚なマントの下には装飾の施された白銀の鎧を着用している。


「リョウタさん、ケジメというのにはその女の子は関係あるんですか?」


 慈悲深さの中に厳格な意思を持っている感じの僧侶みたいな女性も問いかけてくる。

 手入れの行き届いた長い青髪。カシュクール型の法衣の裾には聖印の刺繍が施されている。


 涼太は私の肩を抱く手に力を込め、五人の美女たちを真っ直ぐに見据えた。


「聞いてくれみんな。紹介する。この人は俺が元の世界で愛している唯一の女性、花鈴だ」


 神殿の空気が一瞬で凍りつく。


「俺は魔王を倒す旅の中で、みんなの想いに甘えていた。でも平和になった今、嘘をついたままこの世界にはいられない。俺が一生をかけて守りたいのは元の世界にいる花鈴だけだ」 

「そんな……、私たちはリョウタ様、あなたと一緒に生きるために戦ってきたのに!」


 今にも消えてしまいそうな透明感のある、まるで聖女さながらの女性が悲痛な声を上げる。

 光に透けるような淡い金髪。白を基調としたケープ付きの修道服風のドレスを纏っている。  


「勇者! 突然元の世界へ戻ったと思えば見知らぬ娘を連れてきおって! 我の父上を倒す為に我の力を借りた恩はどうなる!」


 深淵を覗き込むような真紅の瞳で、語気を強めて主張する彼女の言葉から、多分魔王の娘なのかもしれない。

 夜の闇を溶かしたような漆黒の長髪、衣装は、幾重にも重ねられたフリルがまるで黒い百合の花弁のように広がるゴシックのドレス。


 私は目の前の光景に呆然とする。

 涼太が私をここへ連れてきた本当の理由、それは、異世界を観光させるためではなかった。この世界で彼を支え、彼を愛した五人の女性たちとの関係を私の目の前で断ち切るため。

 自分自身の過去を清算し、私一人だけを愛し抜く証明を、残酷なほど誠実に行うためだった。


「……ごめん、俺は花鈴だけを愛して生きていくと決めた。だから君たちの気持ちには応えられない」


 目の前にいる五人の女性たちは絶望に肩を震わせたり、静かに涙を流している。

 彼女たちがどれほど涼太を助け、どれほど深く愛していたのかなんて、私には想像することしかできない。

 

 涼太は一年前教室で私に告白した時よりもずっと厳しい顔をして、彼女たちの愛を切り捨てていく。

 その横顔を見て、私は悟った。

 彼は勇者として世界を救い、そして今一人の男として私という日常に戻るために、一つの世界を壊そうとしているのだと。


「この男は私たち全員と関係を持っていた! そんな不誠実な男でも貴方はいいのか!?」


 騎士の人の鋭い叫びが神殿に響き渡る。王女や僧侶、聖女、魔王の娘たちが憎しみのこもった視線を涼太へと向ける。

 涼太はこの異世界で彼女たち全員と深い仲になっていたという事実に、私は頭が真っ白になる。


 私はどうしたいんだろう。


 涼太の手を振り払って、この場から逃げ出したい?

 それとも、裏切られた怒りで彼をなじりたい?


 ちらりと涼太の横顔を見る。

 彼は言い訳一つせず、ただ唇を噛み締めて彼女たちからの罵倒を真っ向から受け止めていた。その顔は、かつてないほどに惨めで、情けなくて。

 ――でも、あまりにも必死だった。


「……いいわけ、ないじゃない」


 私の口から乾いた声が漏れる。

 五人の視線が私に集まり、涼太の体がびくりと震えた。


「不誠実だし、最低だし、幻滅したわ。……でも」


 私はいつの間にか繋いでいた涼太の右手を、自分でも驚くほど強く握りしめ直す。


「でも、その最低な男が、全てを捨てて、もしかしたら刺されたりするかもしれない覚悟で私をここに連れてきた。……私の前で、自分のクズな部分を全部さらけ出して、過去を捨てようとしてる」


 涼太が目を見開いて私を見る。


「涼太、私はあなたのことを許したわけじゃない。元の世界に帰ったら、たっぷり後悔させてあげる」


 そう涼太に言い、私は彼女たちに向き直ると、震える声を抑えて宣言した。


「でもね、今の涼太が選んだのは、私。この不誠実で最低な男を地獄の果てまで引きずり回して責任取らせるのは、私なの」

 

 それは恋心というより、執着に近い感情だったかもしれない。

 けれど世界を救った勇者を、ただの『私の不誠実な彼氏』に引きずり戻すことができるのは世界で私一人だけ。


 私は彼が壊したこの世界の残骸を背負ってでも、この手を選んだ。


「他に用がないなら涼太、帰ろう。私たちの世界に」


 私の言葉に、涼太は魂が抜けたような顔で「あ、ああ……」と力なく頷いた。

 そして私は五人の女性たちの前に歩み寄る。彼女たちはまだ怒りに肩を震わせ、今にも涼太、あるいは私に掴みかかりそうな形相をしていた。

 凄く怖いけど、私は逃げない。


『これからの彼の未来に白いかりんとうさんが必要か決めるのは、彼じゃなくて貴方だよ』

『あっちの彼女に会ったら背筋伸ばして、彼がお世話になりましたって言って笑顔で羊羹の一本渡すのもいいかもね〜』


 ラジオで聞いたおうりさんとこやきさんの話を思い出しながら、リュックの中から丁寧に包装された小箱を取り出した。


「皆さん、涼太が本当にお世話になりましたー」


 背筋を真っ直ぐに伸ばし、最大限の「正妻の余裕」を込めた笑顔を作る。


「これ、日本で美味しいと有名な羊羹です。是非召し上がってくださいね」


 緊迫した空気が漂う場所に、場違いなほど穏やかな日本の言葉と和菓子を一人2本ずつ手渡していく。

 彼女たちは渡された羊羹を呆然と見つめていた。


「じゃあ涼太、行きましょうか」


 すっかり軽くなったリュックに満足し、涼太の腕をぐいっと引っ張る。光のゲートに向かうと背後から声をかけられる。


「この世界への扉は今後二度と開きませんのよ! 私たちと共にこちらで生きることを考え直して――」

「花鈴、行こう」


 涼太も私も振り返ることはなく、光のゲートをくぐり抜けた。




「……あの、花鈴。……本当に、いいのか? 俺、あんなに最低な……」

 

 元の世界へと戻って来たと同時に上擦った声で涼太が問いかけてくる。私は今日一番の冷ややかな、けれど深い執着を込めた笑みを向けて言った。


「いいわけがないでしょ。羊羹で済むと思ってたら大間違いよ。これからの人生、私に一生かけて償ってね」


 異世界で勇者として崇められ、美女たちに囲まれる輝かしい未来。彼はそれを全て自分の手で壊し、ただの高校生として私の隣にいることを選んだのだ。

 彼が切り捨てたものの重さを知っているからこそ、私に注がれるこの愛がどれほど惨酷で、どれほど純粋なものなのかがわかる。


 18歳の冬、私は異世界の五人の美女から一人のクズな勇者を奪い取った。これからは魔王よりも恐ろしい現実を彼にたっぷり教えてあげるつもりだ。

 二度と浮気なんかできないようにするためにね。





「――いやぁ、今夜も一段とこのラジオのメールボックスが熱いね。そんなにみんな異世界が好きなのかー」

「あっ、おうり、前に彼氏が勇者だったっていう白いかりんとうさんから後日談的なメールきてるよ〜」

「無事に帰って来たんですねー。おかえりなさーい。知らない人のために、ラジオネーム白いかりんとうさんは実は彼氏が異世界を救った勇者で、自分が平和にした世界を彼女に見せるため、彼と一緒に異世界へ行きますが不安っていう相談をされた方です。こやき、読んで読んで」

「彼と一緒に異世界へ行って帰ってきました。彼の言ってたケジメというのは向こうの彼女たちとの清算でした。あちらで彼は五人の美女と五股をしていたのです」

「は? 五股? 最悪じゃないその彼氏。おっとすみません。続きどぞー」

「彼は私の目の前で私一人だけを愛し抜くと言い、全員に謝罪していました。その後私は背筋を伸ばし笑顔で彼女たちに2個ずつ羊羹を配りました。ゔふっ、羊羹配ったんだね〜」

「ふはっ、ヤバい、羊羹、ジワる……」

「ふふっ、えっと、帰還後彼に一生かけて償わせることを約束させました。魔王より恐ろしい現実を教えてあげようと思います。だってさ〜」

「あははははっ! 最高! 白いかりんとうさん強い、強すぎるよ!」

「うふふふふっ、ホント最高だね〜。展開的に羊羹で良かったと思うよ〜」

「えー、何で何でー?」

「羊羹を贈る意味はね、謝罪の隠語で話を固めるってことや、事態を重く受け止めているっていう誠意や覚悟を示す品の意味合いがあるんだって〜」

「へー、まあでも向こうの人たちが知るわけないけど、チョイスは良かったんだね」

「そうだね〜。さて、白いかりんとうさん、貴方のその覚悟の羊羹の重みはうちらは忘れないよ。またいつでもこのラジオにメールしてね〜。メールは番組HPまでで〜す」

「それじゃあ曲紹介にいこうかな。次の曲は――」


 二人の軽快なやり取りと笑い声が深夜の電波に乗って、元勇者の涼太やその横で不敵に微笑む花鈴のもとへと届いていくのであった。

お読みいただき、ありがとうございました。


深夜ラジオって独特の魅力があって良いですよね。

おうりとこやきが超売れっ子お笑い芸人として活躍している所を書きたくてゲスト出演させました。

『喚ばれた二度目もチートステータス』から約6年後くらいの世界です。

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